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17・貫太郎の罪―1

 その前の年は、日照りが続き作物は実る前にほとんど枯れた。次の年は変わって雨が続き、はじめは皆神のご加護だと喜んでいたが梅雨どきを二ヶ月も過ぎても雨は降り止まなかった。年の初めに撒いた種はすべて流れるか腐り、一昨年から蓄えていた雑穀を細々と分け合っていた村人の中からも倒れるものが出てきた。

「これはやっぱり神様におすがりするしかないな」

 村のまとめ役が集まってそう決まると、村にある神社の神官が放った矢が指した家の娘を人柱にすることで話がまとまる。

 その三日後、決まったのは佐吉の姉の小夜だった。

「これは神様のお決めになったことだ。かわいそうな事になったが堪えてくれ」

 村長が深く頭を下げるのに二人は何も言えない。

「祭祀は明日取り行うことになった。せめて今晩は母屋に来て、我らのために尊い命を捧げる方のお世話をさせてくれ」

 佐吉は二人でそれまでを水入らずで過ごしたかった。というより納得はしていなかった。

 ――神様って本当にいるのか? 二人から両親を奪ったくせに。神はまた、佐吉から大事な姉を奪うつもりなのか。

 黙り込む佐吉を横目に見ながら、一つ違いの姉の小夜が村長に同じくお辞儀をして答える。

「今まで村の人たちには良くしてもらいました。わかりました。今から母屋の方へ伺いますで。弟をよろしくお願いします」

「姉ちゃん」

「佐吉、これで村の皆に恩返しができるなら姉ちゃんは本望だ。だけどあんたのことだけが心配でならない。おまえが元気でいないと、おっ母やおっ父におら、顔向けできねえもの」

 一つしか違わないのに両親が死んでしまってから、いきなり弟の面倒を見なければならなくなった小夜は、十六という歳より随分と大人びていた。

「佐吉の事は、ちゃんとこっちで面倒をみるで。安心していいからな」

 村長に手を引かれて、攫われるように、小夜は牛小屋の一角にある佐吉と小夜の住まいから連れて行かれた。

 夜半過ぎ、佐吉はどうしても小夜に会いたくなって母屋にもぐり込む。床下を這って進むと話し声が聞こえて、佐吉はゆっくりと声のする座敷の下へ向かう。

「何やごねたらどうしようかと思っとったが、すんなり受け入れたようでほっとしたわい」

 村のまとめ役の一人がやれやれといった声を出した。

「そんな事言わすかいな。今まで世話したったのは、こんなときに役だってもらうために決まっとる」

 村長の言葉に佐吉は唇を噛んだ。やっぱりそうだ、この世に神も仏もいるもんか。そのまま床下を進んで客間になっている離れに行くと、一旦床下から出て外から小さく声をかける。

「姉ちゃん、開けて」

 その声にばたばたと慌てた足音の後に、そうっと戸を引く音がした。

「佐吉、おまえどうした。こんなとこに入って来て。見つかったら怒られる」

「姉ちゃん、逃げよう。やっぱり端っから姉ちゃんを人柱にするつもりだったんだ。おれらの面倒みたっていうけど、牛と同じ所に追いやってこき使ってきやがっただけじゃないか。そんな奴らのために姉ちゃんが死ぬことなんかない」

 腕を掴む佐吉の手を小夜は静かに、だがきっぱりと外した。

「でもやっぱり姉ちゃんは村長さんの言う通りにするよ。扱いがどうであれ、ここまで生きてこられたのは、やっぱり村の人のおかげだもの」

「姉ちゃん……」

 そこへ足音が聞こえて小夜は急いで、佐吉を押入れの中に隠す。現れたのは神主と村長ら村の重鎮達だった。

「小夜、おまえは神に捧げられるが、その前にその体をあらためさせてもらうぞ」

 村長の口調には、ぎらりとしたものが混ざっていて、小夜は夜着の前を堅く合わせると部屋の隅に後ずさる。押入れの佐吉は、聞こえた下卑た声に小夜と同じく身を堅くした。

「なんや、早くこちらに来んかい」

 神主に腕を取られて小夜は男たちの前に倒れ込んだが、悲鳴を上げそうになるのを必死で耐える。ここで声を上げたら佐吉が飛び出してくるのが目にみえていた。小夜が後ろを振り向いて小さく言う。

「こらえろや、頼むから」

 男たちに裸に剥かれながら小夜は固くく目を閉じていた。しかし、佐吉が感づかないわけもない。

「離しやがれ! この下種ども」

 いきなり押入れから佐吉が飛び出してきて、小夜に圧し掛かっていた神主を突き飛ばす。

「このガキ、どこから入ったんじゃあ」

 あっと言う間に取り押さえられた佐吉は、怒り狂った大人どもにしたたかに殴られ、蹴られて床に転がされた。

「こいつの母親を贄にした時に、こいつも父親と一緒に殺ってしまったら良かったんじゃ」

 村のまとめ役の一人が吐き出すように言った言葉を最後に、佐吉は意識を失った。




 佐吉が気付いた時には、すでに夜が明けていた。

「姉ちゃん」

 早く助けなければと、立ち上がろうとした佐吉は、あばらに激しい痛みを感じて呻く。きっと骨が折れているのだ。だけど小夜を助けにいかなくては。あんな奴らのために死ぬなんて絶対だめだ。

 痛む体を引きずりながら、佐吉は村に唯一かかっている橋に向かう。まだ、時間はあるはずだ。

 ――姉ちゃん、待ってろ。

 叩きつけるような雨の中、橋に向かった佐吉は橋脚に縛りつけられている小夜の姿に愕然とする。佐吉の目の前で姉の姿は、増水した川の水にあっと言う間に飲み込まれていった。

「許せない、ここにいる奴ら、全員許さない」

 佐吉は繰り返しつぶやきながら道を歩いて行く。その先は、干害に備えて造られたため池がある小高い山だった。佐吉はそこの堰を切ろうとしていた。


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