15・信じる気持ち
葵が改めて見ると、怪物の遺体はただの人間に戻っていた。そこにいるのは腹にハサミを刺された、覚せい剤中毒の男が倒れているだけだ。おびただしい血も撒き散らされた内臓も何一つ残ってはいない。 慌ただしく動く、鑑識の人間を避けながら二人は家を出る。庭で保護された少年が、母親に抱かれながら刑事に話をしている。
「お父さんが急に入って来て、僕を殺すって。お母さんが新しく結婚するのが嫌だったんだって。大声で怒鳴られて……怖かった」
「ごめんね、翔に辛い目を何度もみさせて」
母親が子どものように泣きじゃくりながら、自分の子どもの頭をさすっている。どうやら、別れたヤク中の夫が元妻が再婚するのを止めさせようと家に乗り込んで来て、留守番をしていた子どもが、母親の不在を告げた途端、自分の子どもを手にかけようとしたらしい。子どもが隙を見て、母親のスマホにメールを送ったため、母親が警察に連絡したといういきさつだった。
「代わりに親が死んだから、この件は終わりだ」
貫太郎はそう言いながら、自分の肩から爪を引き抜いた。
「あの、お兄ちゃんが助けてくれたんだよ」
子どもが指差す方へ目を向けた母親と刑事の目には、庭木以外何も目に映らなかった。
「あと、一件で葵は終わりだ。続いて行くぜ」
やれやれと言いながら歩き出す、貫太郎の疲れ切った背中を見て葵は何だか切なくなる。自分が口を出したことで大変な捕物になってしまった。あの少年を助けたことに後悔などないが、貫太郎に怪我を負わせたことには悔いが残る。口だけの自分が歯痒かった。
「貫太郎の招魂っていつもあんなに大変なの?」葵のかけた言葉に、貫太郎は苦笑いしながら振り返った。
「さっきのは、葵が大変にしたんじゃなかったっけ? まあ、正職員だからな。俺の仕事は自然死や安らかな死とは無縁だ。何せ重罪人だからな」
「貫太郎、本当なの?」
「うん、本当だ。俺は百人以上を殺したんだ」
――貫太郎の言ったことに、葵の頭の中はパニックになる。百人って一体……?
「話してやってもいいけど、仕事を済ましてからにしようぜ。辛気くさくなるってか、俺たちの存在自体すでに辛気くさいんだけど」
またもやはぐらかされたが、こんな話は本人がその気にならないと仕方がない。ねだって聞くものじゃないのも確かだ。気にはなるが今は、葵の知っている貫太郎を信じようと思う。さっきだって葵の頼みを聞いてくれた。貫太郎は優しい。
――だって私、貫太郎の事……。
「ストーップ、その先を考えるなよ、口にも出すな。俺、そういうの苦手なんだ、頼む」
「何が頼むよ、もう私の心の中覗かないでよ。バカ、変態、死神」
葵は、またもや貫太郎に自分の気持ちを読まれて焦った。
「なあ、急ぐし、飛んで行かない?」
「絶対嫌だ」
葵の答えに、くそっと言いながら貫太郎は前をずんずんと歩く。その後を葵は小走りに走りながら、何となく気分が沈むのを止められない。
後、一つ招魂すれば葵は無事、生き返ることが出来る。それは本当に嬉しい。でもそうしたら貫太郎を見ることは出来なくなるんだろう。話をする事もできない。それを考えると寂しくてならない。もっと普通に、何となく二人で河川敷でも歩きながら、話をしたい。
それはやっぱり無理なんだろう。
貫太郎はもう死んでいるんだから。




