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13・ターゲット(高橋未来)

 葵は自分が待合にいた妊婦の一人に姿を見られた事も知らず、階段を上がっていく。魂が青く変わる前の松島学や野次馬のおばさんには見えていたようだが、その人以外は葵を見ることは無かった。つまり霊感の在る無しで今の葵は見えたり、見えなかったりする。だが、霊感のある人にとってはかなり実体を伴った形で違和感無く見えているらしい。

「えーと、三百三号室よね」

 カラリと引き戸を開けると中にはパジャマ姿の女の人が、可愛いレースの飾りのついたお宮参りの時に着るようなベビードレス姿の赤ちゃんを抱きしめていた。その赤ちゃんごと、父親らしき若い男性が包むように抱き寄せている。そこに華やぎがないのは、二人の双眸から静かに流れているのは嬉しい涙では無かったからだ。赤ちゃんは固く目を閉じていて眠っているように見える。

 葵が次に迎えに来た魂は、死産の子どもの魂だった。

「この子と一緒にわたしも死んでしまいたい」

 掠れた声で言う母親は、もう何時間も泣いていて声も枯れてしまったらしい。

「ばか、俺は娘を亡くして同時に妻まで亡くすことになるのか? 未来が天国に行けるように一緒に祈ろう。何度でも泣いていいから。俺が側にいるから」

「未来、ごめんね。ママを許してね」

 母親に抱かれた赤ん坊の小さな胸が、オレンジ色から水色に近い澄んだ青い色に変わる。

「高橋未来ちゃんだね、迎えにきたんだけど」

 顔を覗き込むように葵が近寄った。

「生まれる前から、名前で呼びかけてくれたんだよ。だから……未来がいなくなったらパパやママは悲しむよ。とても、置いていけない」

 目を開けた赤ん坊は、大人びた言い方をして慈しむように自分の両親を見上げた。

「そうだね、でも未来ちゃんがパパやママが心配でずっとこちらでうろうろして天国に行ってないって知ったらもっと悲しいかも。早く天国に行って、また新しい命で戻って来れたらいいと思うけどな」

 葵の言葉に赤ん坊は素直に頷く。

「そうだね、このパパやママたちでは無くても、きっと私が産まれたら喜んでくれるパパやママのところに戻ってくるね」

 赤ん坊は、自分の両親をその小さい手でポンポンと労わるように叩くと葵を見上げた。

「行こうか、お姉ちゃん」

 途端に赤ん坊の姿は消えて、珊瑚礁の広がる海のような青い玉が浮かぶ。それを容器に入れながら葵は自分の両親のことを思う。親より早く勝手に死のうとしてたなんて、お父さん、お母さん本当にごめんと早く謝りに行きたい。


 魂の回収を確認すると、病室の窓の外で成り行きをうかがっていた「ちょっと白」は一声カア、と鳴くと飛び立っていった。

 それにしても「ちょっと白」って本当に貫太郎はネーミングセンスないよと思いながら、病室を出て、葵はそっと戸を閉める。

 惜しまれる死。穏やかな死。どうせなら川崎さんのように自分も死んでいきたい。それまではがむしゃらに生きていたい。

 そんな事を考えながら歩いていると、待合に置いてある大きなテレビからニュースが流れていた。

「只今、凶悪な事件が起こったもようです。K市松原町の住宅地に少年を人質に取った男が立てこもっているようです。現場にカメラを回します、報道の池田さーん」キャスターの上ずった声の後に映し出された映像を見て、葵はここから事件の現場が近い事を知り、思わず走り出した。

「パパ、あの子よ。さっき言ってた娘」

「え? どこに?」

「もーいっちゃったわよ」

 怒られた彼女の夫は、生返事を返してテレビを食い入るように見ていた。その家の窓に一羽の鴉が飛び込んでいった。



 現場に駆けつけた葵は、警察やテレビ局の車を縫って、その家の敷地に入って行く。お勝手口の辺で中をうかがう警官の横を通り過ぎ、窓を開けて入り込む。葵が入ったのは、風呂と洗面所など水周りの場所だった。そこから廊下がリビングまで延びていて、怒鳴り声はそのリビングから聞こえてくるらしい。

 そうっと歩きながら、もし犯人に霊感があったらまずいと警戒した葵は和室に隠れてリビング側の襖を少し開けた。

 男は三十代始めくらいで、病的に痩せた体をリビングの窓の横に貼り付けて外の様子をうかがっていた。包丁を突きつけられた小学生くらいの男の子が泣きじゃくりながら捕まっている。

「た、助けなきゃ」

 腰に括りつけたナイフを取り出して葵が飛び出そうとしたが、後ろからがっちりと腕を回されて止められた。

「ばか、止めろ。同じ事を二度も言わせるな」

 その声に葵は、びっくりして後ろを振り向いた。

「貫太郎、もしかして招魂するのはあの男の子の魂なの?」


 

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