平凡な高校生―有村嘉一―4
面接が終わった直ぐに、嘉一は緊張の糸が切れたように笑みを溢した。
初めてのアルバイトだ。新しく探偵事務所の所員となった嘉一を歓迎するように、暁彦は満足げに口角を上げた。
芳しいコーヒーの香りが鼻腔を擽る。砂糖もミルクも入っていないブラックコーヒーがテーブルに置かれた。
きっちりと燕尾服を着込んだ男性――神蔵吉富が柔和な笑顔を浮かべて深々と頭を垂れた。
「お初にお目にかかります。わたくしは暁彦様専属の執事を務めている神蔵吉富といいます。これからよろしくお願いしますね。嘉一君」
「は、はい! ……って、え。執事? なんのプレイですか?」
「プレイですか……。まだ、わたくし神蔵は暁彦様にプレイを強要しておりません。否、暁彦様に変質的なプレイをわたくしにご所望ならば、わたくしは喜んで臀部を突き出しますゆえ……」
息を荒げながらおかしな妄想を繰り広げる美丈夫の姿が目の前にある。そっち系統の変態か、と嘉一はとても突っ込みたくなるが、とんでもない程表情が恍惚に蕩けさせているのを見ると引くことしか出来なかった。
向かい側のソファーに座っている金髪碧眼の美少年――キアラは腹を抱えて大笑いしていた。笑い袋のような狂気的な笑い声に達しているのに更に引いてしまった嘉一は、うとうとと微睡んでいる月夜を抱き締めた。
「うにゅ?」
「~~~~っ! か、可愛い! 萌えー!」
思わず叫んでしまった嘉一は、自分の発言に慌てて気付いてわざとらしい咳払いをした。
それを面白おかしそうに見ていた真美は、吉富の入れたコーヒーのカップに異臭の放つ雑巾を詰めて、ティーカップに入れられた紅茶と交換してから、苺のショートケーキを置いた。
「嘉一君。仙竜寺財閥って知らないの?」
「……ごめん。知らない、かな」
「だと思った。暁彦さんは仙竜寺財閥の次男なんだよ。でも、財閥から離れて探偵業務やってるから気にしないでね」
「そっか。分かったよ、真美『君』」
嘉一は笑いながら――少年・小林真美の名を君づけで呼んだ。それを聞いた真美は慌てふためいた顔をして、思いきり嘉一の頭を引っ叩いた。
「か、嘉一君! 私は女だからね!?」
「……うん。でも、真美君は『理由あって』オカマなんでしょ?」
「――――っ!」
するりと簡単に入ってくる言葉に、真美は言葉を失った。邪気のない猫目の黒い瞳が、真美の驚愕に染まった顔を映していた。
暁彦とはまた違った、見透かすような目に、真美以外の四人も緊張した面持ちだった。
「……クハッ。やっぱりおもろいわぁ。のぉ、月夜君?」
「……ん。嘉一のこと気に入った」
小さく幼い月夜は、嘉一に力一杯抱き着いた。純真な色を放つ綺麗な赤い瞳はまるで兎だ。可愛らしく頬を桃色に染めてすりすりと嘉一にすり寄っていた。
金髪碧眼の少年――キアラは、どこか色気の滲む表情を浮かべた。
「僕は五條キアラや。嘉一はんと同い年やから敬語はなしやで?」
「うん。よろしく、五條君」
「因みに、趣味は絵を描くことや。似顔絵はお手のものやでぇ? 看板に描いたカジキマグロは僕が描いたんや。お近づきの印に絵でもプレゼントしましょか?」
「え。いいの?」
「おん。嘉一はんの好きなキャラクター描いたるよ」
「え! じゃあ『デビルズ・エンジェル』の……って、ちょっと待った! 俺がオタクだといつ!?」
「お。オタクやったんか。まず、そのアニメな、月夜君ごっつ好きやねん。ゲームも好きやから、話が合う子が来て良かったわぁ」
「嘉一ぃ! デビエンの話しよ、しよ!」
見えない尻尾をふりふりと振りたくる月夜に抱き締められた嘉一は、これまで隠れていた筈のオタクが露見してしまうのを抑えられないことに涙を飲んだ。白い毛並みの犬みたいな兎に懐かれた嘉一は、優しく微笑みながら月夜の頭を撫でた。
◇◇◇
「……チッ。オカマが」
「吉富、落ち着いてくれ。折角面白い人間が現れたんだ」
暁彦は盛り上がってる嘉一、真美、キアラ、月夜の四人を見て、満足げに口角を上げた。
嘉一が来る前も賑やかではあった暁探偵事務所。しかし、今は一層騒がしくなった感覚がした。
顎に手をやった暁彦は、吉富を見上げた。
「飽きの来ない風が吹いたな」
「左様ですね」
「折角の祝いの時だ。吉富、今日は新人の歓迎会として食事を用意しよう」
「はい。分かりました」
満足そうに暁彦と吉富は笑いながら、騒がしい若者達を見守っていた。まるで、親心から見守る温かな眼差しだった。