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リレー小説書きます  作者: 蟻
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5.選択

 今はまさに、和也にとって修羅場という状況であった。他のプレイヤーを裏切る代わりに自分は生きるか、自己を犠牲にして他のプレイヤーに貢献するか、なんてことではない。そもそもこの状況が周知のことでない以上、自己犠牲によって得られるものは自己満足だけだし、それによって他のプレイヤーの安全が確約されるかといえばそうではない。こんな状況下で第一に置くのは自分以外誰があろうか。和也の葛藤は、プライドと原始的欲求との間にあったのだ。神無のことは嫌いでない。いや、むしろ好きな部類である。そこで、 嫌われずに玉砕するか、侮蔑されて生長らえるか、悩むことになっているのである。



 天気は曇り。

 気温は低め。

 一月の昼下がり。

 矯正のついた歯の生える口から放たれる、快活な笑い声が、和也にとってどうしようもなく煩わしかった。麦飯を口に運びながら、背後から訪れるその音を紛らわせようと、付近の人らに注意を向ける。前の三人の女子のうち一人は知能に欠けるような笑いを発し、もう一人はおしとやかに微笑んでいて、左端の一人は黙って俯き気味に食事していた。その女子は蟻にさえ遠慮するような内気な少女だったので、会話に混じることはなかったし、誰かから振ることもなかった。 和也の左右の男子と和也は、二人の女子と話しながら、盆の上の給食を食べていた。話の内容は、今昨日のテレビ番組のことになっている。

「 ――面白かったよね」

「ああ、こんな感じだったっけ」

 そういって、女子の隣の男子がその芸人の真似をする。

「似てるー」

 自身の品位を下落させるような笑いにあわせて、和也も一応笑う。

 しかし、やはり心中は穏やかでなかった。

 和也の家から徒歩5分の集合住宅に住んでいる、2年の時に転入してきた彼女。彼女は今、和也の二個後ろの班で食事している。そして、その班の男子と談笑している。それが憎かった。かれこれ4年間、一番近くて二個隣りの席で、彼女と物理的にも精神的にも近付く機会は少なかった。直近の思い出はといえば、一年前、4年の時の音楽会でのことだったが、それももう彼女にとっては過去のものなのだろうか。

「ねえねえ、和也は昨日出てた人の中で誰が好き?」

「うーん、分からない」


「ねえ、このペン可愛くない?」

 隣の女子がそういってボールペンをかざした。黄色い熊と思しきキャラクターが、様々なポーズで描かれている、ピンク地のペンである。

「そう? よくわからない」

 和也の回答は適当ではあったが、本心であったし、あまり好きではないのでない隣の女子と、深くは話したくないことによるものだった。

「はあー? 可愛いよねー」

 隣の女子は後ろを向き、そこに座っている女子に同意を求めた。

「うん」

 後ろの女子は板書を写す手を止め、静かに、しかし素早く頷いた。

「あ、可愛い」

 和也の後ろの男子も反応する。

「でしょ? ほらあ」

 隣の女子は民主的に勝利を突きつけた。

「これ、先週遊園地いったときに買ったの」

「ええー、いいなあ。誰と?」

「彩希と美乃里と優希と莉菜」

「今度どっかいくときは私も誘ってよー」

「いいよー」

「俺もいきたい」

「まあ、いいよ」

 和也は一人、乖離(かいり)していた。

 彼女のどこがいいのだろうか。――全てである。頭の天辺から足の先まで、すべての要素がいいように思えるのだ。小さめの背、黒いショートの髪、速い足、きつい言動と時折出る優しい言動、悔しそうにしかめた顔も純心な笑顔も、全て。そう、和也は考えて、妄想を()せていた。

 もし彼女と付き合えたなら、どんなに幸せであろうか。何をしよう。家に遊びにいったり、どこかへ出掛けたり。どこにいこうか。遊園地か。家にいったら、部屋でトランプなんかして。休み明けには家族旅行の御土産なんか渡し合ったりして。二月十四日だって……。

 しかし、その妄想も長くは続かない。

「はい」

 前の男子が、紙束を回した。

「ん? ああ」

 それは漢字テストであった。

 和也は、学校でのテストを侮蔑していた。大手塾の上位クラスに通っているから、不釣り合いだったのだ。それで、和也はそれを自己顕示欲の()け口としていたが、それとは裏腹に、仰仰(ぎょうぎょう)しく主張するわけではなかった。もっとも、他にも塾通いの人はそれなりにいたが口数の少ない和也が最も風情のある人物であったので、クラスメイトは基本的に学習面においては和也に一目置いており、結果として和也の目論見は一番よい形で成功していた。

 和也も同じように紙を後ろへ回した。

 テストといっても、受験や資格試験のような厳粛なものではなく、周りに答えを乞う行為が横行するような、無秩序なものであった。しかし、大体は各々考えてから不正していたため、テストの意義は大体果たされていた。小学生が教師足り得るほど容易なものであったのだ。

「清ケツの『ケツ』ってなに?」

 開始五分程で隣の女子に聞かれ、和也は自分の解答を晒した。とても丁寧と呼べる代物ではなかったが、第三者が読める程度の字ではあった。普段なら静かに悦に浸る和也だったが、今回はそうでなかった。

「ねえ、キコウってなに?」

「港に寄ることだろ、そんなのもわからないのか」

「うるさい! バカ!」

「僕でもわかるのにわからないとか」

「はあ?」

 日奈は筆箱で隣の男子を叩いた。

「あんたもされたい?」

「こら中野さん!」

「やーい、怒られてやんの」

 この三人の言動は、度々和也を(そね)ませた。

 現在の席の並びは、和也にとって過去最高レベルに厭悪(えんお)されるものであった。まず、八方のうち仲がよいないし好意的に思っているのは三人。それは過去にもあったことなのでまだよいのだが、彼女の八方に彼女に好意的な男子、彼女が好意的と和也が想像する男子が四人もいるのは大問題であった。和也の学年は今までずっと一クラスで、生徒間の親密度はそれなりに高く、故に高学年になって急激に告白やカップルが増えてきた。そのことが、和也の一番の懸念材料であった。


『下校時刻になりました。校内にいる生徒は速やかに帰宅しましょう……』

 夕日はもう大分傾いて、東の空は既に黒く染まっていた。

 和也はゴールキーパーをやめ、荷物のおいてある昇降口の方へゆっくり向かっていく生徒の波に乗った。

 和也の学年には放課後にサッカーをする慣習があった。和也は特別運動が好きというわけではなかったが、親好を深める意味も含めて、塾のない日は基本的に参加していた。

 校庭の中程に差し掛かったとき、和也は忘れていたことを思い出した。今日はピアノのレッスンがある日なのだ。和也はピアノを、約五年前から習っている。これも別に好きというわけではないのだが、親に勧められて始め、惰性で続けているのだった。それによって和也は、音楽会ではもちろん、学芸会その他ピアノ伴奏を要するときにはよく選ばれた。しかし、無論そのことを多少は誇りに思っていたが、それよりも面倒に思う部分の方が強かった。ともあれ、和也は歩調を速めた。

 通学路を歩くときは、ゆとりをもって彼女のことを考えられた。それは阻害するものがないということもあったが、彼女と通学路のほとんどが同じであるということが、主たる理由であった。その通学路を利用しているクラスメイトが和也を含め四人しかいないということもあった。和也にとっての絶対的な至福の空間が、通学路だったのだ。

 和也は彼女に遭遇しないかと、密かに望みながら足を進める。

 と、突如和也は背中を押された。

「どーーーん!」

 四歩程をバランスをとるのに要する。

 振り返るとそこには、彼女がいた。

 心の底から湧き出る歓喜をこらえ、和也は平静を装った。

「ああ」

「『ああ』じゃないよ」

「うん」

「今の、驚いた?」

「まあ、割と」

「ふーん。そういえば、彩希がコクったの知ってる?」

「誰に?」

「啓太」

 啓太というのは学校のサッカークラブに所属している体育会系の男子で、その運動能力によってクラスの男子ではかなり上位のカーストにいた。

「いや、知らない」

「アイツのどこがいいんだろうね」

「運動できるじゃん」

「でも、乱暴じゃない?」

 彼女の男子批判は、聞いていて心地好かった。

「それはお前も変わらないじゃん」

「はあ? なにいってんの?」

「今日だって怒られてたし」

「あれは宏樹が悪いの! それより、今好きな人っている?」

「え?」

 突然の質問に、和也は動揺した。どう答えればよいのか、咄嗟に思いつかなかった。

 しかしこのとき、日奈も必死のことであったのだ。

「まあ」

 こういうとき和也は、よかれあしかれ本当のことをいってしまう節があった。

「ふーん」

 含みを持った返事だったが、和也はそれに気づくことなく、一山越えたことを安堵していた。

「誰?」

 次の質問は一層答え辛いものだったが、故に返答はすぐ固まった。

「まあ、秘密」

「ふーん」

 日奈はしばらく沈黙していた。

 落ち着いてきた和也は、なるべく自然に、問うてみた。

「じゃあお前はいるの?」

「え?」

「ま、まあ」

 少し考えて、日奈は答えた。

 それを聞いて、和也は少し後悔した。例えそれがNoであっても、和也にそれをものにする自信はなかったし、Yesならなおさらである。その候補は悲しいほどに多かった。それも、元は彼女の性格によるものなので、責めることはできなかったのだが。

「ふーん。……誰?」

 これは尋ねてから後悔した。和也の望む回答は出てくるはずがなかったからである。

「教えるわけないじゃん。和也がいわなかったんだし」

 ここでいう勇気は、和也にはなかった。その確率は、宝くじの一等のように思えたのである。

 結局、妄想の域を狭めてしまうだけの結果となってしまった。

「ふーん。そういえば、啓太ってOKしたの?」

「うん。いいよね」

「……うん」


 七時半。

 和也はランドセルを背負い、家を出た。学校には早く着きすぎる時間だったが、和也は急いでいた。昨晩の雨で茶色く濁った川を渡り、和也が小三の時にできた豆腐屋を越えた先のT字路に、その訳はあった。

 T字路見えるところまできて、和也はペースダウンした。それからは、ただひたすらT字路を見つめることしかできなかった。

 T字路の3メートル程手前まできて、和也はようやく目的を果たした。このミッションは成功率が約七割と高く、また絶大な利潤を得られるので、和也は毎朝試みていた。

「あ、和也! おはよー!」

 彼女も気がついたのか、手を振り垂線の足で歩みを止めた。

 つまりそこは、二人の通学路の分岐点であり、合流点であった。さらに、他の二人との合流点はそこからゆっくり歩けば五分以上かかるところにあったので、和也にとって安定的かつ独占的にアドバンテージを得られる唯一の機会でもあった。

 和也の心は、メントスを入れられて白い泡に変わりながら破裂したコーラのようだった。

 しかし、和也はそれに答えることも、手を振ることさえしなかった。ただ、再び繰り出しを早めた。

「返事くらいしてよ」

「うん」

 そういいつつ、二人は並んでゆっくり歩み始めた。

 無論、昨日エンカウントしたときもだが、常にもっと活発に会話したいとは思っているのである。

「そういえば、土曜日にバスケの大会あるんだけど、選手に選ばれたんだ! 凄くない?」

 日奈は学校のバスケクラブに入っているが、クラスのムードメーカーが所属していることもあり日奈の学年は男女ともにバスケ部が多く、そのため、背の低い日奈は大会があっても基本ベンチであった。

「小さいのに?」

 当然馬鹿にしていった言葉ではあるが、和也にとってはそれは悪いことではなかった。

「うるさい! 大きくなるの!」

 むしろ、その方がよかった。

「無理無理」

「うるさい」

 和也の腹部に痛みが走る。

 かなり力を入れたのか、それは朝食を戻しそうになる程の衝撃を与えた。

 しかし、和也は彼女が本当に嫌がっている声色で心苦しくなったのと、彼女と接触できたのとで、更に暴力を奮われても文句はなった。

「痛った……」

 これも、批判的なものではなく、反射的に出た台詞であった。

「あ、ごめん」

 日奈は手を強く、強く握りしめた。

「いや、大丈夫」

「……」

 謝意が舌の付け根まできて、出ようとして、とうとう消えてしまった。

 冬の風が二人の間を吹き抜ける。

 日奈も和也も、数秒間口を閉じながら、この空気に危機感を抱いていた。

「寒いねー」

 本来和也がその役を担うべきということは、和也も分かっていたが、結局、日奈が行った。

「うん。冬は本当に、朝が辛いね」

「そう! 布団出ても、思わず戻っちゃうんだよね。お母さんに内緒で、カイロ二つ持ってきちゃった。ほら」

 日奈はピンクの上着の左右のポケットから、それぞれカイロを取り出した。

「へえ」

 和也はそれを表面化させるつもりはなかったが、明らかに和也からは羨望の眼差しが感ぜられた。

 日奈は右の方を、和也の左手に押し付けた。

 和也は突然のことに戸惑い、紅潮し手を引いた。

 ふふ、日奈は静かに笑った。

「……」

「……」

「上今、四枚着てるの」

 そういって、日奈はピンクのダウンのファスナーを下ろして見せた。その下には水色地のフリース。それに加えて日奈はマフラーと手袋をしていた。

 はぁー

 日奈の吐息は白く変わった。

 ふぅー

 和也も真似する。

 それは、真に二人の時間だった。その間和也はひたすら直面した出来事に尽くしていた。そうしているのが、至福であった。そこには不安すら、入る余地はなかった。


 学校に着くと、二人は自然と普段仲のよい人の元へ別れていった。それからは、和也にとって苦悩の時間であった。

 日奈は今は咲いていないトリトマの花壇の付近で(たむろ)している女子集団に合流した。

「おはよー!」

「おはよー!」

 日奈の方から声をかけると、三人全員が日奈の方を向き、返事をした。

「今日も和也と一緒に登校したの?」

 一人が、いやらしく尋ねてきた。

「偶々!」

 もちろん恥ずかしいが、嫌な気はしなかった。

「またー。アイツのどこがいいの?」

「うるさい!」

「暗いしー」

「いいの! もう……。そっちはなんか進展あったの?」

 その四人ともう一人の一派で、現在病にかかっているのは二人だった。そのため、その類いの話をするときは決まってその二人が(いじ)られた。それは二人にとっても支えとなっていたし、なにより盛り上がる内容なので、大変有益なものであった。

「別にー。昨日プロフ帳渡したくらいかなー」

「えー。冷たー」

「そういう訳じゃなくて、好きだけど、なにしようかなって……!」

 顔を赤らめる彼女に、三人とも声を出して笑った。彼女もそれを受けて、顔を緩ませた。

「コクれば?」

「そんな段階じゃないの! そういうのは日奈にいってよね」

「え? 私?」

「随分仲いいじゃーん」

「そんなことないってー」

「でも実際、和也、日奈のこと好きだと思うよ」

「えー、そう?」

 八時になり、鐘が響いて、校舎が開いた。

 校庭に居た人たちは皆一斉に、それぞれ二つある昇降口へと向かい始めた。

 日奈たちの向かう昇降口には、ハッカの花が描かれていた。


 その日三時間目は体育だった。

「寒っむ」

 一年でもっとも寒いこの時期でも指定の体育着は半袖半ズボンであったため、担任も上着を羽織るのは許可していたし、体育着の下に下着を着ることも黙認していたが、それで寒さが(しの)げるかといえばそうではなかった。

 授業内容は鉄棒で、準備運動した後各人配られたシートにかかれた項目を自由に練習するというものだった。つまり、サボろうと思えばサボれるようなものだった。和也も、ほとんど鉄棒をすることなく過ごしていた。しかし日奈は違った。日奈は一人、段違いで練習していた。というより、披露していた。

 前回りとか逆上がりとか、豚の丸焼きといった下劣なものは一切やらず、彼女はひたすら高鉄棒に右足だけかけて回転していた。和也は遠くからそれを眺め、楽しんでいる日奈に浸っていた。


 そんな日常がにヒビが入り始めたのは四時間目が終わり、給食準備で当番以外は自由にしているときだった。

「はい、今ね」

 和也は、日奈の友人から四つ折りにされた紙を静かに渡された。

 和也はそういう機会が少なかったので、深く考えず机の中でそれを開いた。しかしそこにある文面は、とても重いものだった。

『和也へ


 隣の教室に来てください


           日奈』

 文面だけで考えるなら、告白への誘導だという可能性はごまんとあった。そのため和也は、それ以外の可能性に思いを寄せた。しかし、これといって見当がつかない。奥では告白への期待を募らせつつ、表面上はそんなわけないと否定していた。

 そうこう悩んでいるうちに、すぐに隣の教室の前にいた。この学校は歴史があり、少子化の影響で空き教室が多いのである。そこで和也は、しばらく立ち尽くした。この先何が待っているのか、考えてもしょうがないことだったが、考えずにはいられなかった。

――――!

 引き戸の向こうには、カーテンのお陰でオレンジに染まった空間が広がっていた。

 部屋に入っても、日奈は黙って動じなかった。和也は、入り口を閉めてそのすぐ前に立った。

 椅子も机もほとんどないその教室で、周りの教室からの声はより一層、そこに二人だけの世界があることを感じさせた。

 和也は唾をのみ、ゆっくり日奈へ近づき、適当なところで止まった。

 所々から(ほこり)っぽい臭いがする。

 日奈の沈黙は、永遠のように感じられた。

「――――好きです、付き合ってください」

 それは、静かに和也に伝わり、脳内で反響した。

 これは。これは、夢なのだろうか。和也は立って、黙ったままだった。日奈を気遣う余裕なんて、全くもってなかったのである。

 空いた窓から冷たい風が吹き抜ける。

 当然、喜んでこちらこそお願いします。せめてはい。何か、なんでもいい! 受け入れの言葉を和也は発せなかった。答えは一択なのに。それさえも、選択できなかった。



「アイドはどうなのよ! こんな奴らに手を貸してプレイヤーを殺すの!?」

「えっと、俺は……」

 嫌な風が、吹いてきた。


更新の遅さ

内容が自慰だったこと

作中時間を進めなかったこと


この3点について、この場を借りてお詫び申し上げます

by若干

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