5 屋根の下から-1
下校途中に雨模様と会ったので、そのまま二人で帰宅することにした。
居間の窓から空を眺める。雨の足音が聞こえ始めそうだった。
こうして自宅に招くのは何度目になるだろうか。雨模様が部屋にいる光景も、それとなく日常的になりつつあった。
「なあ、雨模様の親が小学生女子だって言ったら信じるか?」
「……どういう意味?」
「すまん短縮しすぎた」
きょとんとする雨模様。当然だった。俺の伝達力が欠如しているから。
女の子が教えてくれたことを簡単に説明した。
話を聞いていた雨模様の視線は、うつむきがちになっていた。やはり衝撃が大きかったのだろうか。
「やっぱり私は……孝哉や舞さんとは、違うんだね」
疎外感を意味する発言。とっさに励ましの言葉を巡らせたのもつかの間、
「……つまり私は、特別な存在ということ」
「ん?」
「霧から生まれたなんて、とてもかっこいい。自分のことが、ほんの少しだけ好きになれそう」
「や、たしかにかっこいいだろうけど。あれ?」
落ち込んでたんじゃないのかよと問いたかった。紛らわしいですよ。
強がってるようには見えなかった。雨模様にとっては、ささいな問題なのだろう。
今、どこに立っているか。これからどこに向かうのか。それらを雨模様は見すえている気がした。
「私も神様に会ってみたい」
「後で会えるさ。けど気を付けろよ。もまれるから」
「もまれるって?」
「つかめるほどないとしても、用心しろよ。舞は犠牲者だからな」
「?」
雨模様の平坦さを確認しながら言う。神様の好みは分からんからな。
純粋な雨模様に、神様の薄汚れた劣情をぶつけられては困る。用心しながら生活しよう。
―――――
「雨模様って名前はさ、誰が考えたんだ?」
「それは私が」
「だよな。由来はあるのか?」
「自分のことを考え始めて、最初に思い付いたから」
なんの気なしに尋ねてみただけだった。
雨模様。雨が降りそうで降らない天気を意味する、雲の目的地のようにあいまいな言葉。
「もしかしたら、人間だった頃の記憶と関係あるのかもしれないぞ」
「そうなのかな?」
「当てずっぽうだけどな。ぱっと思い付いたにしては、変わった名前だからさ」
「言われてみれば。どうして雨模様にしたんだろう」
踏み込んで指摘してみたところ、当人でさえも不思議がっていた。
昔の記憶は全くないと雨模様は話していたけど、思い出は、覚えている出来事だけとは限らない。
生きている間に抱いた色々な気持ち。それらは決して消えず、心の深くから、俺たちに語りかけているのだから。
―――――
「どこかで聞いたんだけどね、世界は常に変わっていくんだって」
「難しそうな話だな」
「消えたくなるようなつらい環境も、いつかは必ず終わるんだって」
「止まない雨はない、みたいなことか」
どこの誰がそんな話をしてたんだろう。ものすごく暇だったのかな。
確かに、あらたまって考えてみれば、いつも見ている景色は、時間の流れと共に移り変わっている。
こんにちは。さようなら。簡単な挨拶すら交わさないまま、季節たちは出会いと別れを繰り返す。
「だから私たちは生きていられる。でも、その代わり、楽しい時間もいつかは終わる」
「救いばかりじゃない世の中か。救いのない世の中よりは、ましなんだろうけどさ」
「うん。……ばかだよ」
雨模様は言葉をこぼす。降り始めの雨のように。
「え、俺か?」
「ううん。世界を創った人。いつまでも楽しい日が続くようにすれば、みんな、ずっと幸せでいられるのに」
「雨模様……」
「誰かと一緒にいられるだけで、幸せになれるような、そんな世界だったらよかったのにね」
雨模様の表情は、どこか寂しそうだった。一人ぼっちで生きていた間、たくさんの考え事をしていたのだろう。
本当に、世界を創った神様は才能がないと思う。
楽しいことは長くは続かない。仮に長く続いたとしても、今度はそれが当たり前になってしまい、いつしか、ちっともありがたみを感じなくなる。
金がほしい。地位がほしい。尊敬されたい。そんな欲のせいで大事なものを見失ってる人は、きっとたくさんいる。
創造主は心の創り方が下手すぎだ。もっと上手く創れよと文句を付けたい。
「……そうだよな。おかしいと思う。こんなの」
「でも、幸せだけだと飽きちゃうよね。いろんなことがあるから楽しく生きられると、私は思うよ」
「あれっ? 雨模様と同じ意見だったはずが、いつの間にか俺が異端に?」
鮮やかな手のひら返しだった。そら飽きるわな。いやあ俺もそうだと思ってたんだよね。
でも、雨模様から人生観を聞けたのは初めてだった。難しい会話は良い刺激になった。
それに、お互いの距離も縮まった感じがして嬉しかった。恥ずかしいから、ありがとうなんて言えないけど。
「ねえ」
「ん?」
適度に砕けた雰囲気。その心地よさの中で、ふと雨模様は口を開く。
「もしも、行くべきところが私に出来て、孝哉と離ればなれになる日が来たら」
「……」
「その時は……」
長い沈黙だった。数秒だったかもしれない。
一旦は床に落とされた雨模様の視線が、再度俺に向けられる。
ひるんでしまいそうになるほどの素直な瞳が、俺を見つめていた。
「その時は……なんだっけ、忘れちゃった」
「忘れたのかよ! いやいいけどさ! 緊張の糸が思いっきり切れたぞ今の」
「反省するね」
「反省してくれ」
やや真剣味を帯びていた空気は、光の速度で彼方に消え去った。
あきれたように二人で笑う。しまりがなかった。
でも、雨模様は多分、わざと忘れたふりをしてるんだ。優しい子だから、俺のことを気づかって。
(その時が来たら、一緒に考えような)
心の中で固く誓う。
俺は特別な才能なんてないけど、雨模様は俺の存在を意識してくれている。
俺も、雨模様のことが大切だ。雨模様の力になれるなら、俺の人生の時間くらい喜んで差し出すつもりでいる。
他者との出会いなんてありふれている。けれど、この出会いは、なぜだか特別なものみたいに感じるんだ。
雨模様と一緒にいるだけで、心があたたかくなるのだから。




