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4 事実等々-1

 天気が崩れる予兆を見せながらも踏みとどまっていた空は、午後、あいにく土砂降りの様相になり果ててしまった。

 消去法により、授業はマラソンからドッジボールに変更。

 体育館の屋根を打ち付ける雨音は、歓声や足音の騒がしさに消されてしまっている。


(どうか痛い思いしませんように)


 飛び交うボール。逃げ惑うメンバー。クラスメイトの一人が、腹に全力の投球を当てられてよろよろと退場していた。

 ちょい前までみんな仲良く勉強してたのに、この代わり様。なあ俺たち同校の仲間じゃねえのかよ。


(女子の方はどうなんだ?)


 ふと疑問がわいたので、女子側に視線を移す。やましい気持ちなんかない。うん。ぜんぜんない。

 結論から言えば、女子側も似たような感じだった。ボールの打撃により、容赦なく外野に追放されていく仲間たち。

 なんか一人だけやかましいのがいるな。誰だろなあれ。


「うっしゃあああ! まだまだ行くよー! みんな残さず狩ってやるわっ!」


 舞だった。あいつ主犯格だ絶対。安全な外野から攻撃を加えてる。


(っと、俺の方も試合中だった……うわ!?)


 うかつだった。よそ見の隙に投げられたボールが、俺の顔面に迫っていた。

 当たっても顔面セーフだから大丈夫だぜ、とはなりそうもない。反射的に目を閉じた。


「…………ん?」


 痛みが伴わない。衝撃すら感じない。

 ボールの軌道がそれたのか? 誰かが止めてくれた? 恐る恐る目を開ける。


「あれっ!?」


 消えていた。ボールどころか、同級生全員が。

 体育館内は、無人の空間に変貌していた。役割を失ったボールたちが床に転がっている。

 奏でられているのは雨音だけ。あまりの落差に、ただ呆然と立ち尽くすしかない状態が続く。


「え、ええ!? なんで私だけになってるの? 誰もいないなんてっ!」


 騒ぐ声が聞こえたおかげで我に帰れた。

 振り向いた先にいたのは舞で、その慌てふためき方は、田舎から初めて大都会に出て来た人の反応に似ていた。

 舞がいて、正直少し安心した。少しだけね。


「おーい」

「はっ!? 見知らぬ誰かの呼び声が……あー孝哉! 感動の再会だねっ!」

「んな大げさな」


 舞が近寄ってくる。フリスビーをくわえて飼い主の元に走ってくる犬みたいだった。

 速度をゆるめない舞。あろうことか、そのまま目いっぱい、飛び込むように俺に抱き付いてきた。


「わー! こ、これにはさすがの孝哉さんもびっくりしますけど!?」

「よかったあああ! 私一人じゃなかったー! ううううう!」

「……そんなに心細かったのかよ」


 声をあげながら、俺の肩に顔をうずめる舞。本当に泣いてはいないようだ。

 しかし、なんつうか。舞も女の子なんだな。柔らかい感触だし、甘いような良い匂いもするし。

 やべ、なんか一気にどきどきしてきた。鼻血出そうだ。


「あ……き、急に抱き付いてごめんね。痛くなかった?」

「平気だけどさ……照れた表情は反則だろ。いつもの舞らしくないぞ」

「そだね……ごめん」


 俺から離れた舞は、とてもしおらしく謝罪を繰り返していた。

 若干うつむいて、かすかに顔を赤くしている。なんだよいつもの舞でいてくれよ恥ずかしいだろ俺が。


「え、えっとでも、なにが起きたんだろうねっ?」

「なんだろなこれ。面影石の効果、ってわけじゃなさそうだ」


 いろいろと妙な空気を払拭するためにも、とりあえず周囲の状況を観察することにした。

 体育館内には俺と舞の二人だけ。あとは雨の騒がしい演奏音のみ。じわじわと孤立感を覚えた。

 でも、雨模様や面影石のおかげで、非日常には少しだけ慣れていた。

 またなにか起きたのかな、と楽観的に考えられるくらいの余裕は生まれた。


「体育館から出てみるか」

「迷うより行動だねっ」


 速やかに舞と体育館の出入り口に向かう。待っていても腹が減るだけだ。

 横開きの扉を両手で開けようとしたが、まるで溶接されたようにビクともしなかった。鍵は開いているのに。


「開かない、だと」

「ええっ! ホラー映画みたいな展開じゃん! やだよそんなの」

「だとしたら、最初に死ぬのは舞だな。騒ぐ若者は真っ先にやられるのがお約束だし」

「だからやだって言ってるのに! 今こそ男を見せる時だよっ!」

「ぬぐぐぐ……開けっての! おらああ!」


 全力出しても、蹴りを入れても、扉は頑として動かない。厚いコンクリートの壁を相手にしてるみたいだった。


「はっ……誰かの気配」

「な、なんだよ急に。怖いこと言うなよ」


 いきなり神妙な面持ちになり、ステージの壇上に視線を飛ばす舞。背筋がぞくりとした。

 やばい。たしか舞は、俺が明かす前に雨模様の存在を言い当ててた。人ならざる者の気配を探る勘を持っている。


「誰かに見られてるね。私たち」

「やめて頼むから。謝るからやめて。ハエも蚊も叩かないで外に逃がすから」


 降り止まない雨の音。密室に閉じ込められているがゆえの圧迫感。

 互いの沈黙は続く。舞は、辺りを見回しながら気配を探り続けていた。


「……来るっ!」


 舞の声と同時、微動だにしなかったはずの出入口の扉が一気に開かれた。


「うわああ! ごめんなさい知らないうちに踏んだアリに対して慈悲の気持ちが欠けてました! ごめんなさい殺さないでくだ……え?」


 必死で命乞いをしたのもつかの間、すぐに拍子抜けをくらう。

 出入口から当然のように体育館内へ侵入してきたのは、薄紫色の着物を見事に着こなした、小学校高学年くらいの女の子だった。

 やけに大人びた雰囲気をたたえていて、仕草からは自信がただよっている。


「え……どちら様?」

「かわいいね。迷子かなっ?」


 舞は普通に話しかけてるけど、この状況で現れた女の子が単なる迷子のはずがない。

 背の小さな黒髪の子。確かに見た目は小学生だけど、黙っているのに妙な存在感があるのだ。

 女の子は、凛とした眼差しを俺たちに向ける。そして、


「失敬な。迷子ではないわ。我は神様なのだから、もっと偉い扱いを要求する」

「かみ? なに?」


 だいぶおかしい自己紹介を口にしたのだった。

 あーなるほど神ね。みたいに納得できれば楽なんだろうけど、それはさすがに難易度が高すぎる。


「うむ。様を付けてくれるとありがたいのじゃが。小田桐孝哉氏」

「……かみさま?」

「そうじゃよ。やはり若者は素直でよいね」


 女の子は一人うなずいて納得していた。何歳の目線だよと言いたかった。


「あれ、俺の名前教えてないよな? さらっと当てられたけど」

「神ともなれば、それくらいはたやすいんよ。伊坂舞氏は信じるかの?」

「し、し……」


 連続的に舞の本名も言い当てる女の子。

 問いを向けられた舞はというと、口を開けたまま言葉に詰まっていたが、やがて、


「信じられないっ! 神様に生で会えるなんてー! あの、その、神社生まれの伊坂舞です今後ともよろしくです!」


 超興奮しながら女の子の手を取って、ぶんぶんと熱烈な握手を交わしていた。


「いたっ。そ、そこまで激しくせんでも」

「すみませんっ! でも昔からの夢だったんです! 本物の神様に会うことが」

「夢が叶ったんじゃね。力になれて嬉しいよ」

「もったいないお言葉ありがとうございますっ!」


 土下座する舞。いつにも増して元気だった。

 ひょっとしたら、霊感的なものの働きで、女の子が本物の神様だと感じ取ってるのかもしれない。

 いや、俺は同意しかねる。たいした理由もなしに神様がほいほい出現するとは思えん。飛行機雲じゃねえんだから。


「んで、その神様とやらが、なんでまたこんなところに?」

「あ、私も気になってました。どうして現れてくれたんですかっ?」

「もちろん、二人に用事があるから来たんよ」


 俺たち二人からの疑問に、女の子は余裕の態度で答えていく。


「雨模様氏とは仲良くやれてるかのう?」

「あ、雨模様だって?」

「なにをかくそう、雨模様氏を創ったのは我じゃからね。かわいく創れたと自負しとるよ」

「えええ! ほっ……本当ですか!?」


 俺たちの側を静かに歩きながら、女の子は驚愕の言葉を告げた。

 いきなり雨模様の名前が出たと思ったら、雨模様の創造主は自分という発言。一気に興味がわいた。


「もしかして、話してくれるのか? 心の準備するからちょっと待って」

「ふふ、なにから話そうかのう。まずは、雨模様氏の正体について教えた方がよさそうじゃね」


 いきなりの核心だった。これで事実がはっきりするはずだ。にわかに期待が高まる。

 ごくり。つばを飲み込む音が大きい。ゆっくりと近距離を歩きながら、女の子は話し始めた。


「雨模様氏の正体。それはなにをかくそう、き――ぶへっ」


 が、床に転がっていたボールをモロに踏んだせいで、女の子は無様にも顔面から転倒していた。

 突っ伏したままの女の子。顔を見合わせる俺と舞。気まずい空気。


「……」

「……」


 ほっとくわけにはいかなかった。

 最近の神様ってのは、かなり人間味があるらしい。親しみやすいっちゃやすいんだろうけど。

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