表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/27

2 面倒見-1

 寒気が止まらない。体のだるさが治まらない。関節の痛みが癒えない。

 風邪らしい。十中八九、昨日冷たい川に落ちたのが原因だろう。

 今更だけど、もっと上手い助け方を思い付かなかったものか。無駄な体調不良の気がした。


(学校休みでよかった……)


 とはいえ、高校は振替休日が丁度よく挟まれたから助かった。

 自宅の居間。布団の中で寝転がる。窓の外は曇り空。これから雨が降るかもしれない。

 誰かが来客する予定はない。やるべき用事も片付けておいた。


(まあ、今日はひとまず安静にしてられそうな)


 ピンポーン


(気は……しない)


 呼び鈴が鳴った。なんとなく妙な予感がした。

 だるい体を起こして玄関までたどり着く。のぞき穴から外の様子を確認する。

 扉の向こうには少女が立って、なかった。というか誰もいない。


(あれ? っかしいな……呼び鈴鳴ったのに)


 今時ピンポンダッシュする物好きもいるんだな、とか呑気に考えた。

 昨日、全身ずぶ濡れになった俺が帰宅する際、舞と少女が部屋の前まで付き添いをしてくれた。

 ゆえに、少女は俺の家を知っている。

 物静かに見えて行動力のある子っぽいから、唐突な来訪を意識してたけど、今回は違ったらしい。


「ま……いいか」


 布団に戻るため、何気なく振り返る。


「お久しぶりです」

「どわあああ!?」


 少女がいた。涼しい顔して廊下に立ってる。

 距離が近かったせいで、俺は驚いて後ずさり、玄関扉に背中と後頭部を強打した。

 微妙に陽当たりの悪い廊下は、うまい具合に薄暗くて、そこに灰髪灰色ワンピースの少女がたたずむ構図は、どこかのホラー映画を彷彿とさせた。


「いてえ……し、心臓に悪いわ。いつからそこにいたんだよ」

「さっき。孝哉が外を見てる間に、扉の上の方からすり抜けた」


 説明しながら、少女は横に三歩ほどずれる。

 そこには風呂場に通じる、閉じられた扉があるのだけど、少女は当たり前のように、いともたやすく扉を通り抜けた。


「わ!?」

「たまに使うと便利」


 律儀に風呂場の扉を開けて、中から出てきた少女は言った。

 こんなもん驚くに決まってる。

 だけどきっと、驚きすぎてはいけない。普通に空中に浮ける少女だというのは知ってるから。


「便利そうだよな……うん」

「あ、それからもうひとつ」

「ま、まだなんかあんのか?」


 特技は空き巣なのかな、とか考えていたところ、さらに少女は言葉を紡ごうとしていた。

 もうビビらされるのは御免だ。これまで以上に心の準備を整える。

 やがて少女は、しとやかに語った。


雨模様あまもようです。どうぞよろしく」

「なんだ? 天気か?」

「私の名前。言いそびれてたから」

「ん……そうか」


 遅ればせながらの自己紹介だった。少女、いや雨模様は小さくほほえんでいる、ような気がした。

 変わった名前だという点は無視してみる。いちいち気にしたら時間が足りなさそうだ。

 住居無断侵入。それでも、時々こうやって丁寧な態度を見せられると、やっぱり悪いやつじゃないんだなと再認識する。


「じゃあ、立ち話もなんなので中に入りましょう。お邪魔します」

「あれ、それ普通は俺のセリフじゃ?」


 もしかしたら、ちょっとだけ、強引な性格を隠してるのかもしれないけど。


 ピンポーン


 また呼び鈴が鳴った。廊下を歩き始めたばかりだけど立ち止まり、雨模様と顔を見合わせる。

 今度はまともな訪問者かもしれない。実家からの抜き打ち仕送りだろうか。友達が遊びに来たんだろうか。

 ドアノブに手をかけようとした直前、元気よく玄関扉が開け放たれた。


「こんにちはっ! 遊びに来たよー」

「うわあびっくりした! 家主より先に扉あけんなよ!」


 舞だった。まともな訪問者じゃなかった。

 白い長袖シャツに、太もも丈の紺色ショートパンツ。ひざ上くらいまでの長さがある黒い靴下をはいている。活発な印象を与える格好だった。

 うむ、舞は足の形がきれいだな。普段は制服姿だから分かりにくいけど、体型も出るとこは出てるし、意外と色気が――はっ、いかん雑念が!


「やるかやられるかの勝負だからねっ。わあ、雨模様ちゃんも来てたんだ。久しぶりー!」

「うん。昨日はごめんなさい。怪我とかは平気?」

「だいじょーぶ。私の方こそごめんね。心配ありがとねっ」


 そしていつの間にか、雨模様と舞は友達同士みたいになっていた。仲良くなるの早えーなおい。

 雨模様は飾り気こそないけど、どこか不思議な存在感がある。色白だし、細身だし、意識してみれば顔もかなりかわいい――くっ、静まれ俺の煩悩!


「欲望よ消えてくれ!」

「なにが?」

「へっ? あ、いや、なんでもないです。はい」


 危ない。口に出てた。雨模様から疑問を持たれてしまった。用心しよう。


「じゃ、立ち話もなんだから上がっていいよねっ。お邪魔しまーす」

「だからそれ俺のセリフ! どっかの誰かさんも同じことしてたぞ」


 ちらっと雨模様に視線を送る。

 雨模様は何かを察知したように、一度こくりと小さくうなずいてから、


「孝哉の考えていることは分かる。上がる前にお邪魔しますを言うなんて、二人とも礼儀正しくて素敵だな、と」

「真意が伝わってねえ!」


 的外れもはなはだしい解釈を淡々と述べたのだった。


―――――


 忘れてたけど居間の真ん中には布団が敷いてある。午後二時なのに。

 室内に入った雨模様と舞は、やはりというか布団に意識が向いていた。


「あらま。だめだよ孝哉。布団たたまないと湿っぽくなるよっ」

「そうか? ついめんどくさくてな」


 主婦のような指摘が舞から入れられる。風邪だから寝てたんだ、とは言いたくなかった。

 我慢できない体調不良じゃないし、馬鹿正直に伝えたら、雨模様や舞は少なからず負い目を感じてしまうはずだ。

 川に落ちたのは、俺が勝手にやったこと。暇つぶしなのかもしれないけど、わざわざ家まで来てくれた二人の気持ちが、結構ありがたかった。


「夜ふかししてた?」

「特にはしてないな。言っとくけど変な番組なんて見てない……うっ」


 雨模様と雑談しながら布団をたたもうとした途端、不意のめまいに襲撃された。思わずしゃがみ込む。


「きゃ! な、なに? どうしたのさ急にっ」

「……い、いやその。カーペットの手ざわりを確かめたんだ! 買い替えも近いかな」


 すぐにめまいは治まる。とっさに舞へ付いた嘘は、我ながら下手だった。


「孝哉。もしかして」

「いやマジで! せっかくのお客さん相手に、状態の悪いカーペットじゃ申し訳な」

「せいっ」

「わー!」


 推論から一変、雨模様はいきなり俺を転ばせにかかって来た。

 しゃがみ姿勢だった俺は、軽い力で情けなく布団の上に転倒させられる。


「うそつき」

「ぐわ!?」


 間髪入れずに、正座をするような流れで俺の腹部に左ひざを落とす雨模様。

 加減はしてくれてるみたいだけど、少し苦しかった。


「体調が悪いこと、隠せてないよ」

「か、隠してねーよ!」

「まだ言うの」


 左ひざを腹の上からどけた雨模様は、今度は本当に床に座った。

 と思いきや、俺の胴体に、はわせるように右足を絡ませてまたぎ、結果的に完成したのは馬乗りの姿勢。


「おしおきしないと」

「お、おしおきかよ……なんだよ、それ」

「気持ちいいこと、してあげるから」

「気持ちいい……こと」


 体が、動かない。

 雨模様の体重は軽かった。人じゃないからなのか、女の子だからなのか、俺には分からない。


「あ、雨模様ちゃん! 私もいるんだからね。変なことやめてよっ!」

「大丈夫。私が終わったら、次は舞さんがやってあげる番」

「わっ私はいいよう! だって初めてで……ち、違くて、やり方とか知らないし! なにするかも分からないからさ! あ、あはは」


 恐ろしく冷静な雨模様と、露骨に顔を赤くして取り乱す舞との対比が面白かった。

 って、観察してる場合じゃねえなこれ。早いとこ抜け出さないと。でも手荒な真似はしないように。


「よし、雨模様。なにするか分かんないけどさ、日を改めて実行しないか?」

「安心して。痛くしない」

「あ、目が本気だこれ」


 交渉失敗。俺は勝ちをあきらめた。

 雨模様が、俺の上半身に向かって両腕を動かす。

 胸部、首元、のどを通りすぎて、目の真上まで雨模様の手は伸びてきた。天井が見えなくなる。

 え、目の真上まで? これはどういう、


四白しはくっていう部分があって」

「は」


 ぴたっと、雨模様の親指両方が、俺の両眼の下まぶたに当てられる。

 雨模様の手は少し冷たくて、ひやっとした。


「めまいに効くツボだから。押してあげ、るっ」

「痛い痛い痛い! 気持ちよくない! これじゃ余計めまいが悪化あああ!」

「そんなはずない。本で読んだんだか、らっ」

「ん゛ーーーーー!」


 指圧だった。痛すぎて異世界を見た気がした。

 舞は爆笑してた。俺と同じく勘違い全開だったくせに、電光石火で傍観者に転化しやがって。

 まさか生きてて、気絶を望む日が来るとは。人生って面白いな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ