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11 未来を信じて-1

 みんなが気軽に集まれる場所として、フードコートは理に叶っている。

 充分すぎるくらいの広さがあるし、なにより周りが賑やかだから気が紛れて、感傷的な気持ちにならないで済む。

 普段はうるさく思える、客の回転率を上げるための活気ある音楽も、たまにはいいものだった。


「というわけで」


 四人でテーブルを囲んで座りながら、雨模様が口を開く。

 あらかじめ、これが単なる雑談じゃないと分かっているからか、舞も凛も真剣な面持ちで聞いていた。


「私は、お母さんに会うことができました」


 昨日の帰り道、俺だけが聞いていた言葉が、みんなの前で繰り返される。

 雨模様の声は、昨日よりも明瞭だった。心が旅支度を終えたからだろうか。


「みんなといると、すごく楽しい。ずっと一緒にいたいから……私は、未雨に戻ります」


 それは単純に考えるなら、矛盾した発言だった。

 未雨に戻れば、雨模様にまつわる記憶も忘れる。四人で集まる機会は失われてしまうのに。


「私ができる、みんなへの恩返し。孝哉も、舞さんも、神様も、私が雨模様のままでいたら喜ばない」


 だけど、雨模様の気持ちは真っ直ぐだった。


「帰ってきます。会えなくなる前に。きっと大丈夫。だから」


 ただ、ひたむきに、可能性を信じていた。

 明日は早すぎるよとか、もっと一緒にいたいとか、伝えたい言葉はたくさんある。

 けど、俺たちは成長していく。選択しながら、時には強いられながら、大人になっていく。

 現実は変わる。風に流され始めた木の葉は、同じ場所にはとどまれない。


「……明日が、みんなと過ごせる最後の日です」


 雨模様の口から告げられた、別れの期日。

 本来あるはずの沈黙は、周囲のにぎやかな生活音が消してくれた。


「私たち……雨模様ちゃんのこと忘れちゃうのかな? 二度と思い出せない、のかな」


 気持ちをこぼす舞。やっぱり、寂しさを隠すのは苦手みたいだった。

 雨模様と舞は、まるで姉妹みたいに仲が良い。その思い出が消えるとなれば、誰だって、つらい。


「伊坂舞氏……」


 舞を励ますために、言葉を探している凛。

 みんなが、忍び寄る結末の影におびえていた。やがて来るのは、本当に暗闇なのだろうか。


「いや」


 俺は、否定したい。


「また会えるさ」


 未来は確定されているものじゃない。


「雨模様が未雨に戻ったら、みんなで集まろう。いつかその日が来る。俺たちは……生きていよう。命がある限り」


 今日までの人生、考えていた通りの出来事が起きたことなんて、ほとんどなかった。

 世界は、嘘が好きだ。毎日毎日飽きもせず、どこかで誰かの予定を狂わせ続けている。

 びっくりすること。むかつくこと。悲しいこと。嬉しいこと。色彩豊かで飽きにくいんだ、人生は。


「……そうだねっ。孝哉の言う通り、かも」

「ただ生きるだけ。……簡単なようで、深いのう」


 舞と凛は、どうにか自分の心を説得しようと頑張ってくれていた。

 心は気まぐれだ。年下の恋人を相手にしている気分に似ている。


「遅くなっても大丈夫だ。記憶が消えててもかまわない。未雨の居場所は、ここにもあるからな」

「……うん。ありがとう。孝哉」


 うつむく雨模様に、ひとつかみの救いを届ける。

 これまで何度も聞いた、ありがとう。

 ひときわはかない旋律は、いつもの優しい笑顔を置き去りにしていた。


 きっと雨模様は、長い旅に行くようなもの。

 旅行は、いずれ終わる。観光を楽しんだ後は帰ってくる。たくさんの思い出をお土産にして。

 俺たちは、ただ待とう。余計な手荷物は持たないでおこう。

 雨模様が旅から帰った時、両手を広げて、無事を迎えてあげたいから。


―――――


 学校が終わったら志乃さんの家に行こう。

 明日の予定は、全員で相談して決めた。

 帰り道。陽が沈みつつある空には、幾多の星がまたたいている。

 薄暗い景色は、今日の終わりと、明日への活路をほのかに感じさせた。


「すまぬ……みんな」


 先頭を歩いていた凛が、ふと立ち止まる。

 静かに振り返ると、まるで許しを乞うように頭を下げた。


「我がもっと優れていれば、雨模様氏の記憶を失わずに済んだのに……謝っても、謝りきれぬ」


 分かれ道に差し掛かる、わずか数歩前の出来事だった。

 ありえない。本当に。

 凛がいなかったら、みんなの現実は何も変わらなかったんだ。

 雨模様が生きているのも、舞の笑顔が増えたのも、俺が莉子と向き合えたのも、凛がいてくれたから。

 だから、そんなふうに頭を下げないでくれ。痛ましさに満ちた顔を見せないでくれ。


「神様」


 俺が否定するより先に口を開いたのは、おだやかに微笑む雨模様だった。


「私は、みんなのことが好きです。神様のことも、好きです」


 一歩前に出た雨模様は、凛を優しく抱きしめる。


「もしも迷惑じゃなかったら、これからも、一緒に生きていきたいです」


 清流のように物静かで、涼やかな優しさに満たされた声だった。


「そうですよっ。私たち、仲良しなんですから。神様だからって、特別扱いはしてあげませんよっ」


 続けて紡がれた、舞らしい励ましの視点。

 負の感情なんて、軽々と吹き飛ばすおおらかさ。人懐っこい舞ならではの本音だった。


「雨模様氏、舞氏……」


 凛を解放する雨模様。凛の表情に巣食っていた責任感は、いつの間にか逃げ出していた。


「凛には、本当に感謝してるんだ。舞の胸をもんだりもしたよな。大変お世話になりました」

「孝哉氏……ふふ、今度もむ時は、もっとよく見えるように工夫するでの」

「ぜひお願いします」


 遅ればせながら、俺からも凛に言葉を伝える。

 意図的に場の雰囲気を砕けさせるのは、けっこう難しいものだった。


「こ、こらあ! 勝手に話を進めるなっ! 神様でも次は許しませんからねっ!」

「ちっ」

「ちっ」


 舞が怒り出す。舌打ちの瞬間が凛と重なった。

 それがなんだかおかしくて、俺たちは、誰からでもなく笑い始めていた。

 しばらくの間、みんなで笑った。楽しかった。ひとしきり笑った後、みんなと顔を見合わせた。

 やっぱりみんな、寂しさが心の片隅にあるみたいだった。俺も、同じような顔をしてるんだろう。


 夕陽は、地平線に沈んでいた。星たちが闇夜の羽衣に包まれていく。


「そろそろ、時間じゃ。三人で話したいこともあるじゃろう。我は、先においとまするとしよう」


 まず挨拶を始めたのは凛だった。凛にも帰る場所がある。無事を待つ家族がいる。

 俺たちは、いつものように別れのやりとりを済ませた。また明日な。気を付けてね。ありきたりで、あたたかい言葉が交わされた。

 凛は、静かな歩調で帰路を進んでいく。遠くなる後ろ姿を、無音のまま三人で見送った。


「じゃあ、私も帰るとしますかっ。早めに寝て明日に備えないとね」

「や、俺らは見守るだけだから、早く寝る必要はないんじゃないか?」


 続けて舞が口を開く。聞き慣れた明るい喋り方。反射的に指摘を入れる。

 いつもの流れだと、舞は元気に返答してくれるはずだった。だけど、


「なに言ってんの! 明日が最後なんだからね。最後……あっ」


 舞の瞳から流れ落ちたのは、ひとすじの滴。普段は決して見ることの叶わない、哀しさの姿。


「や、やだもう! 雨模様ちゃんは幸せになれるし、私も嬉しいのに……なんで、かな」


 一旦こぼれた涙は、本人にも止められない。舞が両手で顔をおおうのを、ただ見つめるしかできなかった。

 舞は嘘が下手だ。涙は素直さに手をひかれて、外の世界を眺めたがる。


「……舞さん」

「……舞、あのさ」


 俺と雨模様は、舞が立ち直れるような言葉をかけようとした。


「ごめんねっ……明日までには、きちんと、笑えるように……しておくから」


 だけど、それよりも早く、舞は俺たちの前から走り去ってしまった。

 どんどん離れていく舞の背中。追いかけたい気持ちは、生まれなかった。

 なぜなら、これは舞の意思だと直感的に分かったから。

 舞は笑顔が好きだ。人前では笑っていたいはずだ。だから、なるべく泣き顔は見ないでおこう。


「雨模様」


 名前を、呼んだ。


「帰ろう、一緒に」


 俺の隣に立つ、大切な人の名前を。


「うん」


 返事をしてくれた雨模様の表情は、雨上がりのようにおだやかだった。

 みんな、心の準備を始めている。俺も、のんびりしてはいられない。

 後悔には、さよならを告げよう。次の朝日が、地上を見渡すまでに。


 雨模様と手を繋ぎ、帰り道を歩き出す。

 いつも少し冷たい雨模様の手が、今だけは、不思議とあたたかく感じた。

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