8 いつか帰る所-2
雨模様のいる場所。それが凛の意図した瞬間移動先のはずだった。
だけど、俺たちが立っていたのは、一軒の大きな民家の門前。
やや街外れの場所に建てられているためか、周辺は静けさに包まれていた。
「途中休憩か?」
「おかしいのう……この家から、雨模様氏の存在を感じるんよ」
首をかしげる凛。意外な言葉だった。ひとまず俺生きてたよかったああ!
気を取り直して、目の前の家を見上げる。
かなり広い。格子門の隙間からは、丁寧に砂利の敷かれた緑豊かな中庭が確認できる。小さな庭園と呼べそうだった。
高級そうな石の表札に描かれた『西条』の名字。確実に資産家だ。室内に雨模様がいる光景が浮かばない。
「この家か? なんつうか立派だねしかし」
「むうう……思えば最近、我は失敗ばかりじゃ。自分を信じるというのは、難しいのう」
「それなら」
凛は珍しく自信を失っていた。
出会った当初は、凛の発言や能力を疑ってしまう節があったけど、
「俺が信じるよ」
もう、凛が立派な神様だというのは知っている。ためらいなく呼び鈴のボタンを押した。
「孝哉氏」
「なんだ?」
「我の心をキュンとさせた責任……いつか取ると約束せいよ」
「大人になったらな」
互いに正門を見つめながら、そんな青春っぽい会話をかわした。
さて、誰か在宅してるかな。雨模様はどこにいるんだろう。
しばし待っていると、やがて、呼び鈴の下の小さなスピーカーから声が聞こえた。
『お待たせいたしました。どちらさまですか?』
女性の声。とても丁寧で、穏和な印象を受ける喋り方だった。
変に嘘付くのも失礼だよな。正直に尋ねよう。
「急にすみません。ちょっとお聞きしたいんですけど、こちらの家に少女が来てませんか?」
うむ。我ながらうまい敬語だ。いずれ社会人になっても安心だな。
『少女、ですか?』
「はい。髪も服も灰色で、霧みたいな雰囲気の子です。どこか近所で見てませんか?」
『えっと、そうですね……すみませんが、お力になれそうもありません』
謝る女性。どうやら雨模様を知らないらしい。
「いえいえ、急に失礼しました。わざわざありがとうございました」
『そんな、こちらこそ。またいらしてくださいね』
物腰柔らかな挨拶を最後に、女性との対話は終わりを迎える。
ちらっと横を確認すると、凛は腕を組みながら目を閉じていた。
「寝るならおんぶしてやろうか?」
「ちゃうわい! 考え事をしておるのじゃ」
「なんだ違うのか」
知ってたけどね。
「やはり、家の中から雨模様氏の気配がただよっておる」
「謎すぎるな……訳分からなくなりそうだ」
「うむ。そこで我は考えた。この家にいるのは、雨模様氏であって雨模様氏ではない存在じゃと」
「……なんすかそれ?」
摩訶不思議発言だった。混乱の魔法でもかけられたような気分になった。
雨模様が双子なわけでもあるまいし。一体どういう意味だ。
「確かめる方法があるんじゃけど、協力してくれるかの?」
「おう。ちなみに聞くけど、それってどんな――」
「せい!」
「おう゛っ!」
正拳突きで思い切り腹を殴られた。早えよ。まだ質問の途中だよ。
衝撃の大きさの割に、痛みは全くない。体に優しい暴力だった。
「い、いきなりなにすんじゃわれえ! いい拳持ってんな小娘め!」
「おおっ、幽体になったばかりだというのに元気じゃのう」
「うっさいわ! 幽体だかなんだか知らんけどな……え、幽体?」
ふと冷静になり、凛が覗き込んでる方向、つまり真後ろに振り返る。
俺が仰向けで地面にぶっ倒れてた。しかも両目を見開いたままで。
死体みたいで不気味っつうか、むしろ間抜けな光景だったんで、そらもう驚愕したのなんのって。
「ひゃああ俺が! え、俺死んだんすか!?」
「いや生きとるよ」
凛は落ち着いてた。取り乱してる俺がまともなんだ。いかれてるのは凛だ。
「雨模様氏は、今の孝哉氏と同じ状態になっておる可能性が高い」
「と、いいますと?」
「雨模様氏の肉体は、まだ生きとるということじゃ。おそらくは、の」
明かされた新たな可能性。俺の体が実験台に使われたためか、その意味を理解するのはたやすかった。
人間だった頃の雨模様は亡くなっている。
そんな、当たり前だと思っていた確定事項が、上書きされかけている。誰もが予想し得ない情報だった。
「おかしいと思ってたんよ。この家から感じた雨模様氏の気配は、普段とはなにかが違っておったから」
「……なあ。もし、それが本当だとしたら」
二人で、閉じられたままの格子門を見やる。
雨模様は素直な子だ。自分の存在を好きになろうと頑張っているし、損得関係なしに俺たちを好きでいてくれている。
だから俺も、雨模様とは正直な気持ちで向き合いたい。目をそらさず現実を見ている雨模様に、嘘は付きたくない。
「確かめなくちゃ、いけないよな」
「不法侵入といこうかの。幽体ならば人に認識されず、物をすり抜けて中に入れるからね」
「よし行こう。と言いたいんだが……あれをどうにかしないとな」
「む?」
ぐったりと道端に横たわった自分の肉体を指差す。
明らかに変死体だ。通行人に発見されたら絶対警察沙汰になる。
「葬!」
「消えた!?」
腕を横にひと振りする凛。俺の肉体は消失した。大丈夫かおい。いやな呪文が聞こえたんだけど。
「どこ行ったんだ」
「おぬしの家じゃ」
「成功したんだよな?」
「…………」
「沈黙!?」
真の恐怖とは静寂自体である。俺の中で名言らしきものが誕生した。
まあ、過ぎたことは仕方ないか。今は行動しよう。俺たちにしか出来ないことをやろう。
見るべき現実から目を背けても、待ち受けているのは虚しさだけ。それを教えてくれたのは、雨模様なのだから。




