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6 いいわけを-1

 放課後の解放感というのは最上級に心地いい。

 明日の登校時刻に遅刻さえしなければ、それまでは、どれだけだらだらしても誰にも叱られずに済むのだから。

 一切の横やりは入れられたくない。とっとと帰ろう。浮つく気持ちを抑えながら下駄箱(生徒用玄関)に到着する。


「待っておったよ」

「!?」


 そして驚愕した。自称神様の女の子がいたからだ。やな予感がした。

 やや離れた位置にある玄関扉付近に腕組んで立ってやがる。待たせた覚えなんてありませんが。

 無駄だとは思いつつ、気付かないふりをして立ち去ろうとしてみた、


「ま、待てい! なぜ逃げる! 我とおぬしの仲ではないか」

「うわああ! 俺は今日、のんびり休むって決めたんだ! もう平行世界なんて嫌だああ!」

「大丈夫! 大丈夫じゃから落ち着いて!」

「離せー!」


 のだけど無駄だった。手首を握られてるだけなのに全然動けない。力士なのかってくらい重心が座ってる。

 女の子は、紫色を基調とした半袖シャツとひざ丈スカート姿だった。前みたいに着物じゃない。これなら小学生にしか見えんね。


「静まるのじゃあ! 今日は喋りに来ただけじゃから。ね? 神に誓って嘘はつかぬ」

「いやお前神じゃん。自分で自分に誓ってるだけじゃん」

「む!? ぬふふ、我が神だと自然に信じてくれているようじゃね。ちょっともう一回言って」

「だめだこの子、なんかずれてる」


 会話が噛み合わなかった。神様でも見た目は小学校高学年の女の子だから、いまいち雑にあしらいにくいのがもどかしい。


「そういや、ここにいるの見付かったら厄介だろ。平気なのか?」

「ふっ、案ずることはない。おぬし以外の人間からは、存在を認識されないようになっておる」

「いっそ俺も認識できなかったらよかったのに」

「なにか言うたか?」

「いえ別に」


 本音をごまかすのも一苦労なのである。

 雨模様の存在を守ってくれたことには感謝してるけど、また平行世界に飛ばされたら、今度こそ帰還できない可能性もある。

 触らぬ神にたたりなし。近くにいなければ災いも避けられるはずだ。


「そうじゃ。我の名前を教えておらんかったね。水無月凛みなづきりんと言う」

「ああ……うん、それはどうも。というか人間っぽい名前あるのか」

「普段は人間やっとるからね。産土神うぶすながみとして人々を見守る役目が本業なんよ」

「なんだその、すななんとかってのは」

「人を守護する神と言うべきかのう。我以外にも神はいろいろいるからね」

「……へー」


 一般人の俺では理解が及ばなそうだった。聞き流す程度にしとこう。

 人を護る神か。高額納税者にしてほしいって頼んだら叶えてくれるかな。いや無理だよな。


「そうだ思い付いた」

「む? なんじゃ?」


 でもせっかくだし他に頼み事あるかな、と考えてみたところ、該当用件が一つ思い浮かんだ。


「雨模様に会ってやってくれないか?」


 また伝え忘れるところだった。前回みたいに消えられたら困るからね。

 雨模様は凛に会いたがっていた。ささやかな願いを叶えてあげたい。

 顔を合わせて会話して、初めて分かり合えるものもあるだろう。人間関係は一手間かかるのだ。二人とも人間じゃないけど。


「なんじゃ、そんなことか。高額納税者にしてくれとか、甘えたことをぬかすのかと思ったわ」

「な、なわけないだろー! ちなみに頼んでたらどうなってたんだ?」

「往復びんたじゃな。自分が幸せになるためだけに他者を利用するなど、本来なら殺○に値するがのう。ふふふ」

「ははは、は」


 怖え。伏せ字のせいかな。どこからか、ピーって音が聞こえたんだけど。

 それはさておき、誘いには乗ってくれたから結果は上々だ。待ち合わせは俺の部屋でいいか。

 雨模様はどんな反応するかな。今から楽しみだ。


―――――


 鍵のかかった玄関扉を開ける。凛は俺に続いて室内にお邪魔した。

 出迎えてくれたのは沈黙だけ。凛はきょろきょろしながらおとなしく歩いていたのに、廊下の中間くらいで、


「雨模様氏と同棲はしておらんのか?」

「しねえよ。なんでそうなるんだよ」

「数日前、キスを交わしておったではないか」

「貴様なぜそれを!?」


 人の秘密を開けっ広げに暴露し始めた。反射的に立ち止まり振り向く。


「その気になれば人の心を読めるんよ」

「……神がノゾキをするなんて世も末だ」

「真実を求めることこそ神の定めじゃからね」

「自覚のない悪が一番タチ悪いらしいぞ」


 文句と理屈の応酬を交えながらも居間に到着する。

 テーブルを挟んで、向かい合う形で座った。あとは雨模様が来るまで待機かな。それにしても、


「……」

「……」


 静かである。凛は室内を観察している。なにか適当な話題を探さねば。よし思い付いた。


「まだ凛への質問って受け付けてるか?」

「よいよ。我に答えられることなら協力するよ」

「雨模様が一人だった期間なんだけどさ。三ヶ月くらいあったのに、どうしてその間、凛は雨模様に会いに行かなかったんだ?」

「ぬ、うう。答えにくい問いを口にするのじゃな……意地悪め」


 凛は結構たじろいでいたけど、目をそらしながらも訳を話してくれた。


「……その件は申し訳なかったと思っとるんよ。雨模様氏のような存在を創り出したのは、初めてじゃったし……」

「そうなのか?」


 初耳だった。てっきり経験豊かなものとばかり思い込んでいた。


「言い訳になるかもしれんが、我は本来、まだ雨模様氏を創れるほどの能力は持っておらぬのよ」

「え、それならどうして、雨模様は存在してられるんだ?」

「我が頑張ったからじゃ。口内炎なのに激辛カレー食べる時くらい頑張った」

「あー確かに口内炎って妙に痛いよな。ってそうじゃなくて!」


 説明になってないからそれ! 頑張っただけで不可能が可能になるなら世の中奇跡だらけだから!


「聞かせてくれよ。責めたりしないから」

「よ、よいのか? 神が言い訳をするなど」

「理解してもらうための言い訳ができる人は、勇気があると思うぞ。神様だから、勇気あるよな?」

「た、確かに……へたれの神は格好悪いやもしれぬ。ふううう……勇気、勇気じゃな」


 大きく息をはいて気持ちを落ち着かせる凛。

 あれ。もしかしてこの子、意外と人間らしい感情を抱えているのだろうか。

 万能で、迷わなくて、世の中を達観しているから悩みなんかなくて。神様はそんなものとばかり考えていた。


「我は十一年しか生きとらん。でも、人生の中でたびたび見てきた出来事の中で、どうしても納得いかない現実があったんよ」

「それは?」


 自信満々な立ち居振る舞いの裏に隠された葛藤。今だけは、凛が普段より小さく見えた。


「迷える魂が、消えてしまうことじゃ。人が亡くなると、魂は天に向かう。でも、ごくまれに、そうならない魂が存在しての」

「迷子の魂、か」

「けど、救うための力を行使できるのは、本来、我が十八歳になってからなんよ。無理に力を行使すれば、我が死ぬ可能性もある」


 おだやかじゃない話だった。凛の言葉は続く。


「救わなかった魂が消え逝く瞬間は……全身の血の気が失せるんよ。意味があって魂は迷っておるはずなのに、我は、それを見殺しにしてきた」

「……」

「我は将来、たくさんの人を護る神にならねばならぬから、ここで無茶をして死ぬわけにいかない。今は見捨てても仕方ない。……言い訳だけが、上手くなっておった」


 世の中では、毎日たくさんの人が死んでいる。消え逝く魂があるのは自然の道理。

 けれど凛は、そこを冷淡に考えることをしない性格の持ち主だった。


「我は、自分が死ぬことを恐れていた。神なら、自らを犠牲にしてでも人を助けねばならぬのに」

「凛、それは仕方が」

「仕方がない、と言うのじゃろ? おぬしは優しいから、そう励ましてくれるはず。我としても……すごく嬉しい」


 小さく笑う凛。陰が差していた表情は、かすかに晴れてきていた。


「……見過ごしたく、なかったんよ。手を差しのべられる命が消えるのは、もう見とうなかった」

「じゃあ雨模様は、凛が初めて救った命なのか」

「そうなるかのう。大成功、と言いたいものの、我の疲労は予想より遥かにひどくて、三ヶ月近くも入院するはめになったけどね」


 どこか、昔を懐かしむような様子で凛は語った。

 凛は、雨模様と会いたくても会えなかった。能力の代償を払わされていたんだ。

 凛の行動は、万人に理解されるとは言い切れないかもしれない。

 十八歳になるまで待てば、安全に能力も行使できた。もしも凛が死んだら、たくさんの人が深く悲しんでいた。

 けど、凛のおかげで、雨模様は生きている。雨模様と出会えて良かったと、俺は心から思ってる。

 だから、凛は正しい。立派な神様だ。単純だけど、俺の正直な気持ちだった。


「凛。今までごめん」

「な、なんじゃ急に?」


 立ち上がり、深々と頭を下げる。凛は驚いてるけどかまうもんか。


「俺、凛のこと疑ってた。うさんくさい神様だって。凛を怒らせてしまったこともあったよな」

「保健室でのことかの? あれは別に怒っておらぬよ! 伊坂舞氏の胸をもむための演技じゃったし」

「凛が命をかけたとも知らずに俺は……本当に、すまなかった。凛は立派な神様だ。俺が断言する」

「そ、そうかのう? もっと褒めてはくれぬか?」

「いいぜ。凛は可愛らしくて、思いやりがあって、正しい人助けができる最高の神様だ」

「ぬふふ。い、いいものじゃね。誰かに認めてもらえるというのも」


 凛の照れ方は、小学校高学年の女の子そのものだった。ますます人間にしか見えなくなる。

 凛は凛で、苦悩しながら物事を考えているんだ。親近感がわいた。おだやかな付き合いが続けられそうだ。

 その時、呼び鈴が鳴った。この時間帯は、きっと雨模様だ。


「来たか」


 速やかに出迎えに向かおうとする。


「あの。えっと、ちょっと頼みがあっての」

「どうした?」

「我が悩みを打ち明けたこと……二人だけの秘密にしておいてほしいんよ」


 それを引き止めたのは、もじもじと話す凛の一言だった。


「ほら、あれこれ悩んでる神なんて頼りないじゃろ? かっこつけることも神には必要じゃし……だから、その」

「ん、分かった。言わないって約束するよ」

「……すまぬ」


 あれだけ人間くさい悩みを打ち明けておきながら、まだ神様らしさを保とうとするなんて。

 けなげというか、頑張り屋というか。ある種のおかしさすら込み上げてきて、つい応援したくなった。


「俺は好きだけどな。悩んでる凛の姿も」

「孝哉氏……ふふ、ありがとう」


 だから、すんなりと凛に本音を伝えられた。

 自然な様子で結ばれた凛の笑顔は、梅雨晴れの朝のようにすっきりしていた。

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