第9話
一限目の授業が終わりみんなで2-Bの教室に行く。
教室の中、千里ちゃんの周りには誰も居なかった。
秀全社は教室内の男子のグループの中に居た。多分理解はしているのだろう。
自分のせいでこんな事になってしまった事を・・・だから千里ちゃんの周りに居られない事も。
秀全社が僕等に気付いてこっちに来る。
それがまた女子の視線を集めたが気にする事ではないだろう。
「おはよう御勘君、杉目さん、西木さん、松北さん」
手羅さんはいつの間にか僕達の後ろに居た。
「おはよう」
「おはよぉ」
「うむ、おはよう」
少し手羅さんが居る事に驚いたけど僕もすぐに「おはよう」と返事をする。
「今のところ女子が遠野さんに何かしてる様子は無かったよ」
僕は少し安心する。
けど安心は少しだけだ。
今は秀全社が居るからやらないだけかもしれない。
むしろ、その可能性が大きい。
けど、秀全社は分かっているので教室からは出ないようにしているらしい。
本当に噂通りに優しいな。しかも機転が効く。
「ありがとう」
僕はそれだけ言って千里ちゃんの周りに向かった。
休み時間が終わり二限目が始まる。
きっと手羅さんは抜け出してるんだろうな。
そんな事を考えながら授業が過ぎて行った。
◆
放課後、2-Bの教室に行き千里ちゃんを連れ出し帰る事にした。できるだけ早足で。
きっと千里ちゃんも今はこんなとこに居たくないはずだから。
学校を出て少し歩いてから気付いた。
「ヤバい・・・教科書忘れた・・・」
「もう、直喜君はドジなんだからぁ」
「いや、普段の奈美聴程じゃないよ」
「取りにもどるのですか?」
「うん、そうするよテストも近いし」
2学期の初めにあるテストがもうすぐある。
だから教科書は持って帰らないとマズい事になる。
なんせ・・・自分の周りの人の成績が高い。
なんか自分の成績のが低く感じるくらいに・・・(実際は真ん中ちょっと上
「じゃぁ二人で先帰ってて」
そう言って僕は学校方向に走り出すのだった。
学校に戻る。グラウンドには野球部とサッカー部が半々で使って練習している。
すでに残っているのは委員の人と部活をやってる人くらいだ。
僕が昇降口に入ると話し声が聞こえてきた。
その声は女子の声だった。
「なんなのよ、あの女は。シューズに画鋲入れたり後ろから消しゴム投げたりしてるのに何も反応無いし」
「最近つまんないよねぇ、こんどもうちょっと過激に行っとく?」
「そうね、それが良いかも」
「それじゃぁ、海里どうする?」
「シューズに画鋲が甘いのかしら?今度は虫とかにする?」
「うわっ、それキモ~い」
「でしょ?遠野千里に痛い目合わせるならこれくらいじゃないとね?亜紀もそう思わない?」
「思う、思う~」
・・・なんだよ・・・その最低の会話・・・
ふざけやがって!千里ちゃんが何をしたんだ!!
僕が下駄箱前に集まっている女子のとこに行こうとすると、突然肩を掴まれた。
気付けば手羅さんが居た。
「私も一緒に行こう」
「お願いします」
そして、再び女子のとこに向かった。
下駄箱前、女子は3人。
名前は知らない奴らだ。
「おい、お前ら何してるんだよ」
僕はすでに冷静では無かった。
向こうの反応も薄かった。むしろ僕等に邪魔と言いたげな顔をしている。
「うわぁ・・・あの女の保護者来たよ」
「海里~どうする~?」
「・・・何か用なの?」
何か用だと?当たり前だろ。
「お前らが千里ちゃんにイジメしてるのは分かってるんだ」
「だから何?」
「今すぐ止めろよ!」
「うわぁ・・・怖っ、何ムキになってんの?」
「ふざけるなよ、友達がイジメられてムキになるなって方が普通無理だろ」
「何それ?っていうか私達何もしてないんですけど?」
ここに来て何もしてないとか。
「お前らが今話してたのは聞いてたんだよ!だから止めろって言ってるんだ!」
「証拠でもあんの?あるならいいよぉ止めたげる」
証拠・・・そんなもの僕にあるわけがない。
でも、きっと手羅さんなら・・・
「証拠ならある」
「!!・・・松北・・・アンタそっち側なの?」
「もとより貴様らのような下衆に混じった覚えは無い」
「何をぉ・・・」
底冷えするようなドスの効いた声が響く。
「貴様らが勝手に遊んでいるのは結構だ。だが私の友達に手を出したのだ。覚悟しろ」
「っ・・・・」
カチッ・・・ジィー・・・
『ホント最近あの女調子乗っちゃってさ・・・常に秀全君に心配されてるとか』
『どんだけ生意気だって言うのよねぇ』
『にしても、沙絵里は嫉妬深いわね』
『フンッ、そんなのどうだっていいじゃない』
『うわぁ、理不じ~ん』
『なんなのよ、あの女は。シューズに画鋲入れたり後ろから消しゴム投げたりしてるのに何も反応無いし』
『最近つまんないよねぇ、こんどもうちょっと過激に行っとく?』
『そうね、それが良いかも』
『それじゃぁ、海里どうする?』
『シューズに画鋲が甘いのかしら?今度は虫とかにする?』
『うわっ、それキモ~い』
『でしょ?遠野千里に痛い目合わせるならこれくらいじゃないとね?亜紀もそう思わない?』
『思う、思う~』
カチッ・・・ジィー・・・
ついさっきの会話が入っていた。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
女子達は何も話していない。
それほどに証拠は的確な物だった。
自分の好きな人が他の人に告白したことへの嫉妬から。
「これが証拠だ」
「そ・・・そんなの・・・」
3人の内一人が焦り始める。
そして、
「て・・っていうか沙絵里が先にイジメようって言ったんじゃない責任とってよぉ」
「はぁ?あんた達も賛成したんじゃない!それにやったのは実際海里でしょ!」
「そんな・・・沙絵里がやれって言ったんじゃない!」
「っ・・・亜紀だってノリノリだったクセに!」
責任の押し付け合いが始まった。
全て自業自得なのにせめて自分は、せめて自分はと言って人に押し付ける。
このテープがある限り無駄なのに。
「っていうか遠野千里が悪いんじゃない!いきなり来て秀全君に告白されるなんて生意気なのよ!」
「そうよ!自分はいかにも弱ってますみたいな顔しちゃってさ!」
なんだ?今度は千里ちゃんのせいだと?
「目が見えないってだけであそこまで優しくしてもらえるなら私だってそうなりたいわよ!」
『ふざけんな!!』
限界だよ。もう無理だ。
千里ちゃんに謝ってもらおうとも思ってたが限界だ!こんな奴らに千里ちゃんに話しかける権利もない!!
「目が見えない方が良いだと?だったら自分で目でも潰せよ!」
完璧にキレている。止められなかった。
「いや、むしろ潰してやろうか?目が見えない状況でシューズの中に画鋲が入ってるかもしれない、虫が入ってるかもしれない状況にしてやろうか?」
女子は黙っている。
この罵倒に口をはさめないでいる。
「目が見えない事が良い事だとでも思ってんのか?良いわけねぇだろ!常に誰かが付き添ってないと不安になる!誰かが居ないと行きたい場所に一人で行けない事が良い事な訳ないだろ!!」
当然の事だ。目が見えないのはプラスじゃない。普通ある物が無いんだ。
それはマイナスなんだ。
「考えたらすぐ分かる事なのになんで分からないんだよ!なんで分かってあげないんだよ!目が見えない中で必死に頑張ってた千里ちゃんに何も思わないのかよ!」
『もういいです!』
突然の声だった。
その声の方を見るとそこには奈美聴と
千里ちゃんが居た。
≪遠野千里side≫
帰る途中で御勘さんが忘れ物を取りに戻ったので西木さんと二人で帰る事になった。
「直喜君もそそっかしいよねぇ」
「そうですね、西木さんもすごいですけど」
「えぇ!?私もぉ?う~ん」
自覚は無いのですね・・・
「ちょっと待って!」
急に西木さんが足を止める。
「どうしたんですか?」
「・・・怒ってる、直喜君が・・・」
何を言っているのか分からないけど西木さんには何か聞こえているようだ。
「行こう!千里ちゃん」
「えっ?えっ?どこに?」
「学校!」
少し胸騒ぎがした。
手を引かれながら走る。
何度もこけそうになるがこけなかった。
だけど、どうして急に学校なんかに・・・
前の方から男性の声が聞こえる。
この声は・・・御勘さん?
『ふざけんなよ!!』
今までに聞いた事の無い声だった。
「目が見えない方が良いだと?だったら自分で目でも潰せよ!」
私はその声に恐怖を抱いた。
怒りからの恐怖じゃない・・・大切な人が変わってしまいそうな恐怖。
「いや、むしろ潰してやろうか?目が見えない状況でシューズの中に画鋲が入ってるかもしれない、虫が入ってるかもしれない状況にしてやろうか?」
このままだと・・・御勘さんが・・・
「目が見えない事が良い事だとでも思ってんのか?良いわけねぇだろ!常に誰かが付き添ってないと不安になる!誰かが居ないと行きたい場所に一人で行けない事が良い事な訳ないだろ!!」
私が固まっている所に西木さんが話しかける。
「直喜君が本当に怒ってる時は絶対に他の人のためなんだぁ。そしてねぇ、その人が大切であればあるほど怒るんだよぉ」
「でも・・・このままじゃ・・・」
「そうだねぇ、ちょっとブレーキが効かないかもしれないねぇ」
その言葉通りだった。
「考えたらすぐ分かる事なのになんで分からないんだよ!なんで分かってあげないんだよ!目が見えない中で必死に頑張ってた千里ちゃんに何も思わないのかよ!」
御勘さんが止まる様子は無かった。
でも私はこれ以上御勘さんの怒っている声を聞きたくなかった。
だから私は叫んだ。
『もういいです!』
と。
≪御勘直喜side≫
放課後の昇降口に声が轟いた。
『もういいです!』と千里ちゃんの声が。
今までに聞いた事の無い大きな声が。
「もう・・・いいんです」
「でも・・・僕は・・・」
「ありがとうございます御勘さん。でも、もう彼女達は何もしてこないのでしょう?」
その声に女子達は無言だった。
「まぁ少なくとも、このテープがあるからな、そんな事させはしない」
手羅さんの声がする。まだ少し冷えた声だ。
「松北さんもありがとうございますです」
「けど、なんで千里ちゃんがここに・・・」
「私が連れて来たんだよぉ、学校の方で直喜君の声が聞こえたから心配になってねぇ」
そうか・・・覚人のコイツならあれだけ離れていても聞こえていたか。
「そうか、それは悪かったな」
僕は確認のためにもう一度彼女達に言う。
「もう、千里ちゃんを虐める気はないよな」
彼女達の答えは
「・・・もうしないよ」
「すいませんでした」
「これ以上は絶対・・・」
だった。
これで、悪意による日常は終わるのだった。
◆
次の日。
「なんだ、私が出る事も無く解決しちゃったのね」
少し残念そうな顔をする矢飛。
まぁ立ち会えなくて寂しいのはわかるがそれは仕方のない事だし諦めてもらおう。
「でも良かったわね」
「そうだな」
最近の千里ちゃんはずっと笑顔である。
誰かの悪意に晒される事も無く僕達と同じ学校を、同じ時間を過ごしている。
そして、最近まとも喋って無かったので分からないが。
前より少し話すようになった気がする。
そして手羅さんはいつものように授業を抜け出しているようだ。
昨日は「テープは私が預かっておく」と言って帰ってしまったけど、今日もいつも通りのようだ。
秀全社は自分の責任でこんな事になってしまった事を千里ちゃんに謝った。
実際彼が悪い訳ではないから千里ちゃんも戸惑ってしまっていた。
謝られるとも思ってなかったらしい。
むしろ断ったこっちが謝らないといけないとまで考えていたそうだ。
どっちも律儀で真面目で優しい考え方だった。
けど、そうなると千里ちゃんは誰が好きなのだろう?
僕・・・って事は無いだろう。なんていうか妹みたいなものだし。
う~ん・・・・・
「どうしたのぉ?」
「ん?あぁ・・・結局千里ちゃんの好きな人って誰なんだろうと思ってさ」
そういうとなぜか二人が「えっ」と言って固まった。
「どうした?」
「いや・・・なんていうか御勘君も割と奈美聴ちゃんと良い勝負と・・・」
「えぇ~!私そんなに鈍くないよぉ」
鈍い?鈍くない?
「どういう事だ?」
「そんなの自分で気づきなさい!」
なんか怒られた!なんで?
時々女子の事が分からなくなる。
う~ん・・・なんでだろ。
◆
昼休み、いつものように千里ちゃんが僕達の教室に来る。昨日とは打って変わってものすごい笑顔で入ってくるからちょっと照れてしまう。
「御勘さん、手繋いでください」
「はいはい」
そして手を繋ぎ図書室のベランダに向かった。後ろで矢飛と奈美聴が何か話してたけど・・・まぁいいか。
ベランダに出ると今日は珍しく手羅さんが先に居た。