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知識の魔女

作者: さだ 藤
掲載日:2012/11/23

 

 コンコンコン。

 珍しく響いたその音に、魔女は薬の材料を仕分けていた手を止めて顔を上げた。


「あれ。珍しい事」


 何時振りだったかと小首を傾げて、材料を置いて自由になった手で頭をかき、まあいいかと結局は思い出さないままに魔女は玄関へと向かう。


「はいはい、はーい。よっと」


 向かう間もなっていたノックの音に、玄関の扉の向こうにいるだろう何時振りかのお客人に向かって軽く返事をして、ちょっとばかし建て付けの悪い扉を、ちょっとしたコツで開く。  

 コツがいるんだよねえ、コツが。


「はいよー」


 ちょっとばかし手間を用いて開けた扉の向こうに見えたのは、やたらめったらきらきらした容貌でやたらめったら暗くて硬い表情の青年二人。

 そんな二人に思わず魔女の口から出てきたのはこんな言葉。


「何、あんたらまた来たのかい?」


 眉を上げて、呆れまじりの声に青年二人は硬い顔から一転。え? 酷く無防備な顔をした。

 その様子に、魔女はんー? と言いながらまじまじと二人の顔を見て、おお。言い直す。


「あー、悪いね。あまりに似たり寄ったりの顔が来たから間違えちまった」

 あははと笑う魔女の顔に悪気は無い。謝罪を謝罪と感じさせない謝り方には誠意もなかったけれど。


 そこで魔女はふと思い出す。ああ、前に久方ぶりにお客人が来た時もこうだった、と。

 そんでもってそん時は薬の調合途中だったか? なんて余計な事まで思い出す。


 そうそう、それで煮込みすぎておしゃかになっちまったやつを、責任取らせて食わせたんだったなあ。

 別に体に害はでないやつだったからいいだろうって押し付けたが、嫌そうだったなあ。

 煮込みすぎてただでさえ微妙な味が、変化しちまって食えたもんじゃなくなっちまってたから。


 それでも最期まで食わせて最終的には涙浮かべてたっけか?


 そこまで、思い出す。


「あ、の。申し訳ありません」


 恐る恐る声を掛けられるまで、魔女の回想は続いていた。


「ああ。悪い悪い」


 声を掛けられ青年二人の存在をようやっと思い出した魔女は我に返る。


「それで……」


 用件は、と魔女が尋ねると思ったのだろう。青年はちらりと魔女の向こう、室内の様子を窺い一歩前に出てから口を開いて、取次ぎを頼もうとした。

 が、魔女は青年の言葉は不要とばかりに自らを名乗った。


「あんたらが訪ねてきた、知識の魔女はあたしだよ」


 ここに住んでいるのは後にも先にもあたし一人。他には誰も居りゃしない。

 魔女の言葉に、青年二人は驚いた顔になる。


「え、いえ。ですが」

「見た目が若いって? そりゃありがとう。けどこのやり取りも生きてきて何度目かねえ」


 戸惑った青年達の目に映っていたのは若い姿の魔女。やけに年寄りくさい言葉遣いと、思わず遠い目をする魔女の様子に、魔女の言っていることは本当だろうとか青年は二人、顔を合わせてから魔女に向き直る。

 本当だろうか? 本当だろうな。なんといっても相手は魔女なのだから。それ位は可能なのだろうと、魔女と一人で言葉を交わしていた青年は思い魔女に向き直る。


 ならば。

 ごくりと喉を鳴らし魔女と会話をしていた青年が、魔女に用件を言おうとした所でまた魔女が青年の言葉を遮り止めた。


「でしたら」

「あんた等の国に力を貸せってかい?」


 魔女の何気なく向けた言葉に、何故それを、驚く一人と怪しげに魔女を見るもう一人。


 その一人、怪しげに魔女を見る、魔女より僅かに離れた位置で口を噤み魔女の様子を警戒しつつ、前に出て魔女と言葉を交わす青年を気にかける様子は、従者。

 そして従者に背を向け魔女に向かい言葉を発し続け、いやに整った顔立ちでさり気に従者が魔女へと向ける敵意を抑えるのは、主。


 似たり寄ったりの格好をとってみても、さり気なくとも見て取れる何気ない仕草に二人の関係性なんてお見通し。

 ついでに二人の祖国も立場とやらもお見通し。


「あんた等ねえ、そんな格好で来られたって自分達で身元あかしてるようなもんだろう」


 呆れて種明かしをしてみれば、自らの格好を確かめるように視線を下に降ろしたりしている、主に口を開いている坊ちゃん。 


 あーあ、とんだ純粋ぼっちゃんの様だよ。まったく。

 自分の言葉を素直に信じた様子の坊ちゃんに、魔女は心の中で呆れ交じりに思った。


 まあ、嘘はついていないがそんなに素直でいいのかねえ。

 どこがと不思議がっている坊ちゃんの様子に、魔女は優しく教えてやる。


「幾ら平民の服装ったって出来が違うんだよ、出来が。大方特注で作らせたもんだろう? 見りゃ分かるよ。やる気あるんだったらちゃんと市場で買っときな」

 まあ、こんなに坊ちゃんなら平民階級の繊維質は肌に合わずに支障をきたすんだろうけど。

 ほんと、坊ちゃんは繊細なもんだからねえ。


 心の中で付け足した言葉は勿論、外に出さずに心にしまっておくが、むっとした様子で特に私の口調に怒っているのだろうか。従者が無言で私を睨みつけてくる。

 さっきから口も開きゃしないが、噛み締めているその口を開いたら出てくるのは罵詈雑言の嵐なんだろうか。


「それに」


 少しの時間を置いて続けられた言葉に、まだあるのかと坊ちゃんは顔を上げ魔女を見た。


「持ってるもんがみりゃ分かるさ。金髪碧眼なんざ、特定の国の、王族の証だからねえ」


 はっとした様子で魔女を見てから思わず視線を外した坊ちゃんに、眉を寄せ自分の手抜かりに気付かされて悔しげに視線を外した従者。


 やるなら完璧に、そんなこたあいわれるまでも無いだろうが。


 大方、腕利きの魔術師には頼めなくてランクを落としたのだろう。国専属の宮殿魔術師なんざそれこそ忙しいだろうからねえ。


 けれど、でも。

 だからって少しでもいい目を持ってるもんに、二流のまやかしじゃあ通用しない。


 どちらも若い青年じゃあ仕方が無いのかもしれないが、いい勉強になっただろうさと老婆心ながら思う。

 真実生きていた年月は婆なんてもんじゃないからねえ。


 これで少しはそこらで騙られる偽もんの魔女じゃあないって、信じたかねえ。


 そうして魔女もまた、視線を二人から外して斜め上を見やる。

 見やった先は森を形作っている数多の木。特に何も無い視線の先で見るものなんて何もありゃしない。ただ視線を外しただけだから。なんて思いながら、こんなやり取りも何度目だろうかとうっかり過去を振り返り、口から出て行くのは大きな溜息。


「あんたらが来たって事は、そうかい。まだ戦争は続けているのかい」


 魔女の言葉に、何かを感じ取ってしまったのだろう坊ちゃんの視線は魔女へと向かう。

 魔女はそれを視界に入れながらも、どうせこんな森の奥深くまで訪ねてきた用件なんてそれだろうさと、木々を見ながら言葉を紡ぐ。


「……知識の魔女たってねえ。特別な事はなんら知る由もないし、力だってない」

「ただそれだけの時を生きているからね。その間に見知った事が普通より多くあるってだけさ」


 坊ちゃんは魔女の言葉に当てが外れたかと思ったのだろう、顔を歪ませながらも、もともと望み薄なことを知った上でそれでも訪ねて来ていたのか。魔女に顔を向けなおし、


「ならば、……それならば、貴方は知っているのですか?」

 この戦いのはじまりを。


 それだけでも分かればいいとまっすぐな視線を魔女へと向けた。

 坊ちゃんの拳は、視線とは、言葉とは反対に震えていたが。

 けれど拳一つで留めるなんて、それだけで済ませられたら上等。当てにならないと分かりながらも、こんな森の奥深くまで力を求めてやって来たことは事実だからねえ。


 魔女は目を細め坊ちゃんを見やり、元々魔女の力などはなから信じてすらいなかったのだろう。坊ちゃんに比べ特に動じる様子も無く、しいて言えば己の主にこんな苦労をさせてと不機嫌な面が更に不機嫌になった従者と共に、坊ちゃんを家の中へと入れた。


「入りな。座って話そうか」


 魔女の言葉に従って、坊ちゃんと従者は魔女の家へと足を踏み入れた。




「そん、な」


 魔女の言葉。魔女の語った歴史に坊ちゃんもとい王子様は信じられないと言葉と顔に出している。

 不機嫌な面を更に不機嫌にしていた従者さえ更に顔をしかめていた。


「何を思い描いていたのかは知らないが、これが事実であり、それが真実なのさ」


 魔女は遠くを見ながら過去を語っていた視線を王子とその従者に向け、今となっては遠い過去の話を締めくくった。


「勝利者なんてもんはねえ、自分に都合の悪いもんは消し去っちまう。戦争のきっかけなんてその大抵が下らないもんだって、相場で決まってやがる」

「あれが欲しいこれが欲しいって手を出して。子供の我が侭と一緒ってなもんだ」


 呆れた表情で、呆れた溜息を吐いて、真実彼らが思っていた事を否定する。


「だからな、あんた等があっちの不当性を主張したってそりゃお門違い。どっちかてーと、あんた等の国の方が奪い取った土地だからねえ」

「…………」


 黙りこむ青年にいえる事はもう何も無い。最期まで口を噤んで声一つ発しなかった青年にも同じこと。

 この後をどう生きるのか、どうして行くのかはもう彼ら次第。


 そうやって、前の尋ね人も見送ってきたのだから。


 あの時の彼らに、今ここを訪れてきた彼らはそっくりで。思わず見間違えちまったが、この先の行動もそっくりそのままだったなら、きっと後の世にまた彼らの子孫が二人してやってくるのだろうなと思い、魔女は彼らの背を見送った。


「ったく、人ってもんは進化しないねえ」


 魔女の言葉を信じなかったのか、はたまた。

 信じた上で、既に泥沼と化していた争いを止める手立てが無かったのかは知らないが。


 今の今になっても戦争が続いていたとは。

 まったく、呆れたものだと魔女はちょっとしたコツのいる玄関の扉を閉めた。


「さてさて。もう日も暮れた。続きは明日やろうかね」


 久方ぶりのお客人に構っていて、薬の仕分けが途中になっていた。

 まあ、こんな日もあるものだと魔女は頷いて、夕食の支度を始めるのだった。


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