人数合わせの合コンに呼ばれるのをやめたら、あの夜の美人から二人で会いたいと言われました
『今度、二人で食べに行かない? この前、もっと話したかった』
そのメッセージが来たのは、次の合コンへの誘いを断った翌日だった。
送り主は、白石佳奈さん。
数日前の飲み会で、隣に座っていた女性だ。
俺はメッセージを読み直した。
二人で。
何度見ても、そう書いてある。
あの夜、俺が亮介の話を止めたあとも、彼女はこちらを見ていた。
*
「一人来られなくなった。頼む、助けて」
長谷川亮介から連絡が来たのは、金曜日の夜だった。
翌日の飲み会に、男性が一人足りなくなったという。
俺、野口修平は二十七歳。メーカーで働いている。
亮介とは学生時代からの友人だった。
昔は一緒にゲームをしたり、駅前で飯を食ったりしていた。俺が負ければ亮介も笑ったし、亮介が負ければ俺も笑った。
最近は、何人かで飲むことのほうが増えた。
そこで亮介がよく話すのは、学生時代の俺の失敗だった。
俺も最初は笑っていた。自分でもおかしいと思う出来事はある。
ただ、何度も聞かされると、次に何を言われるか先に分かる。
そのうち、こちらが話していても、亮介が入ってくるのが気になるようになった。
「また合コン?」
「そう。三対三の予定だったからさ。相手の幹事にも人数伝えてるし」
俺は、スマホを持ったまま考えた。
予定は空いている。
恋人が欲しくないわけでもない。
亮介が声をかけてくれたことで、知り合いが増えたこともある。
「分かった。明日だけなら」
「助かる。場所送る」
翌日の夕方、俺は駅前の店へ行った。
亮介ともう一人の男性は、先に来ていた。
女性側も三人で、幹事同士が挨拶をしてから席へ案内される。
俺の隣に座ったのが、白石佳奈さんだった。
艶のある髪に、柔らかい色の服。
目が合うと、軽く笑ってくれた。
きれいな人だと思い、俺は視線をメニューへ落とした。
「野口修平です」
「白石佳奈です。よろしくお願いします」
自己紹介で、彼女も二十七歳だと分かった。
別の会社で営業事務をしているという。
女性側の幹事が、「佳奈は見た目にうるさいから」と笑いながら付け足した。
「そんなこと言ってないよ」
佳奈さんは首を振った。友人は「前に好みの顔の話してたじゃん」と返し、そのまま別の人の紹介へ移った。
俺は自分のシャツの袖を少し直した。
飲み物を頼み、料理を選ぶ。
大皿のメニューを見ながら、佳奈さんが俺に聞いた。
「苦手なもの、あります?」
「特には。白石さんは?」
「私も。ただ、最初から揚げ物だけだと、あとで食べたいものが入らなくなるので」
彼女は魚の料理を指した。
「これも頼みません?」
「いいですね。俺も食べたい」
亮介が店員を呼んだ。
少し話せたことに、俺はほっとした。
乾杯のあと、話は仕事や、よく行く店のことになった。
俺も聞かれれば答える。
ただ、人数がいると、話し始める前に別の人が口を開くことも多かった。
そのときは聞いて、話が戻ってきたら続きを話した。
休日の過ごし方を聞かれ、俺はゲームをする日と、出かける日があると答えた。
「どこに行くんですか?」
佳奈さんが聞いた。
「この前は、電車で一時間くらいの街へ。古い通りが残ってるって聞いたので」
「旅行?」
「日帰りです。行ってみたい食堂もあったので、昼を食べて、歩いて帰るくらい」
すると亮介が、向かいから口を挟んだ。
「こいつ、休みの日まで一人で行動してるから。誰か誘えよって言ってるんだけど」
俺は水のグラスへ手を伸ばした。
誰かと出かけるのも嫌いではない。
でも、行きたいと思った日に、一人で出かけるのも好きだった。
説明しようかと思ったところで、佳奈さんが聞いた。
「行きたかったお店、入れた?」
俺は彼女を見た。
「いや、臨時休業で」
「ああ……それ、着いてから分かると困りますね」
「普段の定休日は調べたんですけど。店の前に貼り紙があって」
佳奈さんは、自分にも似た経験があると頷いた。
亮介のほうではなく、こちらを見ている。
「そのあと、どうしたんですか?」
「駅へ戻ろうか迷ったんですけど、近くの定食屋へ入りました」
「何食べたの?」
質問が少しずつ短くなった。
俺も、続きを話したくなった。
店は小さく、メニューも少なかった。
日替わりの魚を頼むと、店主に小鉢も勧められた。
白い器に入った、茄子の煮びたしだった。
「魚もおいしかったんですけど、小鉢がよくて。追加でもう一個頼みました」
「そんなに?」
「熱くなくて、冷たすぎもしなくて。歩いたあとだったから、余計に」
佳奈さんが笑った。
「最初のお店に入れてたら、食べてなかったんですね」
「そうですね。結局、その小鉢のほうをよく覚えてます」
「分かる。予定を外したときのほうが、覚えてたりする」
彼女も、前に友人と出かけた話をした。
見に行った施設が休館日で、近くの商店街へ寄ったという。
そこで買った惣菜がおいしく、後日、また買いに行った。
「今度はそれを買うのが目的だったから、ちゃんと営業時間調べました」
「二回続けて閉まってたら、困りますもんね」
「そう。今度こそ何しに来たんだってなる」
俺も笑った。
隣の人と話しているうちに、亮介が次に何を言うかは気にならなくなっていた。
「その定食屋、名前分かります?」
「覚えてます。地図にも残してるので」
「教えてほしい。私も行ってみたいです」
俺はスマホを取り出した。
画面を見せると、佳奈さんも自分のスマホを開いた。
「よかったら、送ってもらってもいい?」
「はい。LINEでいいですか」
「うん」
連絡先を交換した。
その場で店の情報を送ると、彼女から短いお礼が届いた。
「茄子の小鉢、次もあるといいな」
「日替わりだから、ないかもしれないです」
「じゃあ、ほかのも楽しみにする」
そう言って、彼女はメニューの写真を眺めた。
*
食事が進み、会話が恋愛の話に変わった。
交際している人がいるかと聞かれ、俺は今はいないと答えた。
佳奈さんも、「私も今はいません」と答える。
そこで、亮介が笑った。
「修平は、そういうの苦手なんだよ。学生のときもさ、好きな子に――」
続きを聞く前に、何の話か分かった。
学生のとき、好きだった人を誘い、断られたことがある。
断られたことより、しばらく亮介にからかわれたことのほうがよく残っていた。
「その話、やめてくれ」
俺が言うと、亮介はグラスを置いた。
「別にいいじゃん。もう昔の話だし」
「俺が話したくないんだよ」
「そんな深刻なのじゃないって。こいつ、誘う前に店まで調べて――」
俺は亮介を見た。
「その話をするために呼んだのか」
亮介の言葉が止まった。
隣で、佳奈さんもこちらを見ていた。
「人数足りないって言ってたから来たんだよ。昔のことを人に話していいとは言ってない」
「盛り上げてるだけだって」
「俺が嫌だって言ってる話で、盛り上げないでくれ」
声を大きくしたつもりはなかった。
それでも、テーブルの会話は一度止まった。
亮介が、少し笑うように息を吐いた。
「分かったよ。もう言わない」
俺は頷いた。
目の前の取り皿へ視線を戻す。
さっきまでおいしかった料理が、少し食べにくくなっていた。
佳奈さんが、届いたばかりの大皿へ手を伸ばした。
「これ、取り分けてもいい? 野口さん、魚もう少し食べる?」
「……はい。ありがとう」
彼女が皿を渡してくれた。
もう一人の男性が店の話を始め、隣の女性もそれに答える。
俺も、聞かれたことには返事をした。
そのあと、亮介が俺の昔の話をすることはなかった。
ただ、さっきのことを謝る言葉もなかった。
会計は、最初に決めていた一人分の金額を払った。
駅の近くで解散する。
佳奈さんは帰り際に、俺へ軽く手を振った。
「お店、教えてくれてありがとう」
「こちらこそ。話せてよかったです」
彼女が笑った。
「私も」
帰りの電車で、俺はその言葉を思い出した。
亮介に言い返したことも、何度か思い出した。
言い方が強かっただろうかと考え、それでも、やめてほしかったのは本当だと思った。
家へ着いたころ、佳奈さんからメッセージが来た。
『あのお店、魚以外にもあるんだね。卵焼きもおいしそう』
送ったページを見てくれていた。
俺も開き直し、その日は頼まなかった料理の写真を見る。
『卵焼きは食べてないです。今度行ったら頼んでみようかな』
『小鉢二個で、お腹いっぱいだった?』
俺は少し笑った。
『そうです。帰りに甘いものも食べるつもりだったんですけど、入らなくて』
『予定、だいぶ変わったね』
それから、彼女の買った惣菜の話を聞いた。
店の情報も送ってくれたので、俺は地図へ残した。
あの夜の話が、まだ続いていた。
*
数日後、亮介からまた連絡が来た。
『来月の土曜、空いてる? 別の子たちと飲むんだけど』
日付を見る。
まだ予定は入っていない。
俺は返事を書く前に、少し考えた。
あの夜、途中までは楽しかった。
佳奈さんと話せたのも、行ったからだ。
ただ、亮介の機嫌を見ながら、次に何を言われるか考える時間は、もう過ごしたくなかった。
『次は行かない』
すぐに返事が来た。
『まだ気にしてる?』
『やめてって言っても続けたから。また同じ扱いなら行かない』
『冗談なのに。お前がそこまで気にするとは思わなかった』
俺は、その文章を読んだ。
亮介には冗談だったのだろう。
でも、自分が嫌だと言ったところで止まらなかった。
そのことは、今も変わらない。
『人数は別の人に頼んでくれ』
送って、スマホを置いた。
少し肩が軽くなった。
その土曜日は、行きそびれていた街へ行ってもいい。
家でゲームをしてもいい。
誰と、どう過ごすか、自分で決めたかった。
翌日の夜、佳奈さんからメッセージが来た。
『今度、二人で食べに行かない? この前、もっと話したかった』
俺は、しばらく画面を見ていた。
最初は、あの定食屋へ行く話かと思った。
続けて、彼女から別の店のページが送られてきた。
『ここ、気になってる。駅の近くだし、どうかな』
二人で、という文章へ視線を戻す。
人数が足りないからではない。
俺と話したいから、誘ってくれている。
『行きたいです。俺も、もっと話したかった』
送ると、笑っている顔の絵文字が返ってきた。
『よかった。土曜か日曜、どっちが空いてる?』
亮介に誘われた日とは別の週末だった。
俺が日曜日を返すと、佳奈さんも大丈夫だと言った。
休日の昼に会うことが決まった。
彼女の送った店には、魚料理と肉料理の両方がある。
俺はメニューを見て、気になった料理を送った。
『これ食べてみたい』
『私もそれ見てた。もう一つは、こっちが気になる』
自然に、返事が短くなっていた。
会う前に、同い年だし普通に話そうと相談した。
日曜日が楽しみだった。
*
「野口くん」
佳奈さんは、店の前で俺を見つけると手を振った。
合コンのときより、少し軽い服装だった。
近づくと、こちらを見て笑う。
「来てくれてありがとう」
「誘ってくれてありがとう」
二人で店へ入った。
窓に近い席へ案内され、向かい合って座る。
食べたいと言っていた料理をそれぞれ頼む。
佳奈さんは、迷っていたもう一つの料理を見て、小さく息を吐いた。
「次はこっちかな」
「俺も、そっちは次に食べてみたい」
言ってから、また一緒に来る話に聞こえただろうかと思った。
彼女は、特に困った顔をしなかった。
「うん。今日のがよかったら、また来よう」
俺は頷いた。
料理が来るまで、俺が普段やっているゲームの話になった。
佳奈さんは詳しくないが、友人と遊んだことのあるものはあるという。
俺が好きなのは、少しずつ資源を集めて、街や設備を作るゲームだった。
「最初から完成してるんじゃないんだ」
「最初は、結構不便。道路が足りなかったり、建物の場所が悪かったりする」
「そこから直していくの?」
「うん。でも、直したら別のところが困ることもある」
佳奈さんが笑った。
「仕事みたい」
「それは、やりながら時々思う」
「休みの日にも働いてる」
「でも、こっちは自分の街だから」
彼女は面白そうに頷いた。
俺も、佳奈さんが休みの日に何をするのか聞いた。
出かける日もあれば、家から出ない日もある。
予定を入れたあとに、何もない休日も残しておけばよかったと思うことがあるという。
「行くのは楽しみなんだけど、朝に目覚ましかけると、休みなのになってなる」
「分かる。俺も、始発で出かけようとしてやめたことある」
「それで、行かなかった?」
「昼前から出た。見られるところは減ったけど、それはそれでよかった」
「いいね。全部回らなくても、行ければ楽しいし」
彼女は、そう言って笑った。
俺は自分の話をしながら、彼女の休日も少し想像した。
料理が来ると、佳奈さんは一口食べて、すぐにこちらを見た。
「これ、おいしい」
「よかった。俺のも」
彼女はもう一口食べ、そのあと、付け合わせについて話し始めた。
俺も自分の皿を見て、似たものがあると答える。
合コンのときより、彼女はよく喋った。
俺も、途中で誰かが入ってくるのを待たずに返事をした。
しばらくして、佳奈さんが少し迷うように言った。
「この前、友達が『佳奈は見た目にうるさいから』って言ってたの、覚えてる?」
そういう紹介をされていた。
俺は頷いた。
「あれ、私がそう言ったことはないんだよね」
「そうなの?」
「うん。前に一度、好みの顔を聞かれて答えたら、それがずっと残ってる」
彼女はカップに触れた。
「紹介してくれる人にも、勝手に言ってるみたいで。それで最初から、すごく気を遣われることがある」
「俺も、今日の店を見て、もう少しおしゃれな店のほうがいいのかなって思った」
佳奈さんが目を上げた。
「ここ、嫌だった?」
「いや。俺は食べてみたいものがあったから、ここがよかった。ただ、佳奈さんはどうなんだろうと思って」
「私はここに来たかったから、送ったんだよ」
俺は、もう一度メニューの写真を思い出した。
彼女は、どの料理が気になるかまで書いていた。
「そうだよね。勝手に考えてた」
「分からなかったら、私に聞いてくれればいいよ。私も、野口くんに聞くから」
彼女は少し笑った。
「きれいなお店も好き。でも、毎回そっちじゃなくていい。今日みたいに、食べたいものがある店も好き」
「俺も。行った先で見つける店も好きだし」
「じゃあ、あの定食屋にも行こうね」
彼女が言った。
俺は頷き、その街には食後に歩ける通りもあると話した。
「お腹いっぱいでも、歩くところなら寄れるよ」
「小鉢二個食べても?」
「多分」
佳奈さんが笑った。
俺も笑った。
店を出て、駅までの道を歩く。
彼女は仕事の話もした。
俺も、今週あったことを話した。
駅が近づいたところで、俺から聞いた。
「次、あの街へ行かない? 店が開いてる日を確かめて、一緒に歩きたい」
佳奈さんがこちらを向いた。
「行きたい。今度は、野口くんが誘ってくれるんだ」
「うん。俺も一緒に出かけたいから」
彼女の口元が緩んだ。
その顔を見て、誘ってよかったと思った。
*
次の休日、二人で電車に乗った。
店の営業日は、俺が前日に確かめていた。
それでも入口の暖簾が見えると、少し安心した。
「あ、開いてる」
佳奈さんも笑った。
「今日は、予定どおりだね」
小鉢には、前とは違う料理が並んでいた。
俺は少し残念だったが、佳奈さんが一つ指して、これもおいしそうだと言う。
結局、それぞれ違うものを選んだ。
食後に歩く通りでは、彼女が古い建物の窓を見上げた。
「ここ、上の階はどうなってるんだろう」
「何かやってたのかな。看板が残ってる」
二人で、歩道の端へ寄って眺めた。
俺が一人で来たときには、通り過ぎた建物だった。
佳奈さんには、目を止めるところがある。
俺とは違うところを見る。
それを聞くのが、面白かった。
先の店で彼女が小さな皿を見つけ、俺も一緒に中へ入った。
売り場で迷っているときは、食事の店を選んだときより真剣な顔になる。
買うかどうかを聞くと、家の皿と大きさが似ているから、いったん考えると言った。
「好きだけど、もう置く場所がなくて」
「家に帰ったら、やっぱり欲しくなるかも」
「そう。そのときは、また来る理由ができる」
俺は、その理由ができたら一緒に来たいと思った。
それからも、何度か会った。
俺から誘った日も、佳奈さんから誘ってくれた日もある。
出かけるつもりだった日に雨が降り、相談して近くで昼を食べるだけにしたこともあった。
遠くへ行けなくても、話すことはあった。
俺が前に話したゲームの続きや、彼女が仕事帰りに見つけた店。
佳奈さんの選んだ皿を、結局買ったかどうか。
彼女が俺の話を聞いてくれるのは嬉しかった。
でも、それだけではなかった。
俺も、彼女が何を考え、何を選ぶのか知りたくなっていた。
会う日が近づくと、聞こうと思っていたことを思い出した。
別れたあとには、次に会える日を考えた。
佳奈さんが好きだった。
*
何度目かの外出で、俺たちは最初に食事をした店へ戻った。
彼女が迷っていた料理を、今度は頼む。
「こっちもおいしい」
一口食べて、佳奈さんが笑った。
「最初からこれにしてもよかったかな」
「でも、前のもおいしかったよ」
「そうなんだよね。また迷う」
彼女はメニューを閉じた。
次に頼むものは、その日に決めればいいと言う。
俺も、そうしようと答えた。
食後、駅まで少し遠回りして歩いた。
人通りが落ち着いたところで、俺は彼女に声をかけた。
「佳奈さん」
彼女がこちらを見る。
俺は道の端へ寄り、足を止めた。
「俺、佳奈さんと付き合いたい」
言うと、彼女の目が少し大きくなった。
俺は、続けた。
「話してると楽しいし、一緒に出かけたい。佳奈さんが気になったところを、俺も見たいと思うから」
彼女が黙って聞いている。
「好きです。付き合ってください」
佳奈さんは少しのあいだ俺を見て、それから笑った。
「うん。私も好き」
肩の力が抜けた。
彼女は一歩近づいた。
「この前から、今日言おうかなって考えてた」
「佳奈さんも?」
「うん。でも、誘ってくれるし、会うと楽しいから、それだけで帰っちゃう日もあって」
俺も、何度か言いそびれていた。
次に会う約束をして、ほっとしていた日がある。
「あの飲み会で、連絡先を聞いてくれたの、嬉しかった」
俺が言うと、佳奈さんは頷いた。
「それは、もっと聞きたかったから。あのお店の話も、ほかの話も」
彼女は、俺を見た。
「一人で出かけた話を、長谷川さんが笑ったでしょう。でも私は、楽しい休みだったんだなって思ったんだよ」
俺は、少し言葉に詰まった。
自分でも気に入っていた休日だ。
一人だったことより、そこで何をしたか聞いてくれたのが、改めて嬉しかった。
「楽しかったよ。閉まってたのは残念だったけど」
「うん。聞いてて分かった」
佳奈さんが笑った。
「次も誘ったのは、二人なら最後まで話せると思ったから」
「俺も、そう思った」
俺は彼女の手へ視線を落とし、手を差し出した。
佳奈さんは嬉しそうに取り、そのまま少し近くへ寄った。
「佳奈でいいよ」
「じゃあ、俺も修平で」
彼女が名前を呼んだ。
俺も呼び返す。
短くなった名前が、少し照れくさかった。
*
付き合い始めてから、佳奈と昼を食べていたときだった。
店の近くにある二つの店のうち、どちらへ寄るか話していると、俺のスマホが震えた。
佳奈がグラスの水を飲んでいるあいだに、画面を確認した。
亮介からだった。
『一人足りなくなった。今日の夜、来られない?』
前に断ってからも、数人で飲む誘いは何度か来ていた。
俺は、参加していない。
『行かない。今日は予定がある』
返して、通知を閉じた。
佳奈がこちらを見る。
「夜、何か入った?」
「ううん。断った。今日は佳奈と出かけたいから」
彼女は少し笑った。
「じゃあ、もう少し歩けるね」
「うん。それで、どっちに寄りたい?」
俺は、二つの店のページを開いた。
佳奈が片方を指す。
「私はこっち。修平は?」
「俺も気になってる。先にこっち行こう」
「うん。もう一つは、また今度でもいいし」
二人で予定を決め、会計をして店を出た。
佳奈が俺の手を取る。
今日は、俺が一緒にいたい人と出かける日だった。
~完~




