悪役転生第23話 挑発
ヴァロマ王国 王都「セイオル」
その中心街にそびえ立つ屋敷にて静かに、
されど酷く狼狽する男がいた。
力の限り握りしめ、何度も机に叩きつけた手紙に
その原因はある。
【拝啓 白騎士 グラディオ・スペリオン様
突然のお手紙失礼致します。
この数週間、部下であるハルス・シルク氏が
行方不明となり、心配で夜も眠れない状態が
続いていらっしゃることでしょう。
心よりお詫び申し上げます。
彼の身柄は、現在私共の方で
預からせていただいております。
我々を尾行していた彼を拘束。
その後、今回の調査は貴方の命令であること、及び、
現在貴方をはじめ、
王室や国英の一部で進めていらっしゃる、
「地方民鎧化計画」についても把握致しました。
つきましては、ハルス氏の身柄の引き渡しのため、
一度我々と会ってはいただけないでしょうか。
件の計画に関しましても、
お話できればと思っております。
引き渡し場所:ディルナスの森
引き渡し日時:9月21日 14:00
それでは、お会いできる日を心待ちにしております。
敬具 黒金魔王】
この手紙を読んだとき、
腹の中は怒りで煮えたぎった。
丁寧な言葉遣いとは裏腹に、
中身は完全に喧嘩を売っている。
話し合い、などと白々しくも書いてはいるが、
普通に考えてそれで済む筈がない。
そもそも、ハルスの身柄を素直に返すとも思えない。
よくて恐喝、悪くすれば
ハルス共々その場で消される。
つまり宣戦布告。白騎士の一角である自分への挑発。
壊滅寸前だったはずの黒金から、
侮辱に等しい扱いを受けたのである。
部下を、盟友を質に取られたことも相まって、
脳を沸騰させる程にまで怒りが燃え滾る。
勢いのまま机に手を叩きつける。
が、その手はふと止まった。
指先に残る震えに、自分でも気が付いてしまった。
怒りが峠を越え、
冷静さを取り戻した所で別の感情に襲われる。
恐怖だ。
ハルスの身が危うい。
既に殺されている可能性もある。
だが何より恐怖したのは、
やはり「鎧化計画」が漏れたという事実である。
言うまでもなく大失態。
国英はおろか、王室でもごく一部しか知らない
極秘計画。
その情報が、よりにもよって黒金に漏れてしまった。
禁断のカードが、それを使える敵の手に渡った。
元雷に売りつけるか、あるいは国民に公表する。
どちらにせよ国家の危機。
数年で国が潰れる可能性もある。
それに、もし情報が漏れたと王室に知られれば―
“あの街”はどうなる?
身体が恐怖に蝕まれていくのを感じる。
だがおかげで怒りは落ち着き、
ある程度は冷静になれた。
深呼吸をして瞼を閉じる。
拳は白くなるほど握られたままだが、
それでも頭は回っている。
自分は何をすべきか?
まず考えるべきは、こちらの勝利条件。
森に現れた黒金、魔王を含め全員を倒せれば
御の字だが、恐らくそれは難しい。
であれば、やることは一つ。
ハルス―物的証拠の奪還だ。
そもそもこの情報を悪用するとして、
連中はどう計画を証明するつもりなのだろうか?
ただ発表した所で、元雷も国民も、
悪の組織の言葉を真に受けるとは思えない。
だが、生け捕りにした国英の証言があれば
話は変わってくる。
ならばそのハルスを救出すれば、
黒金は鎧化計画の存在を証明する手立てを失う。
次に考えるべきは戦力。
ほぼ間違いなく罠。
馬鹿正直に一人で行くのは論外。
だが応援は呼べない。
他の白騎士や王室を頼れば、
情報漏洩の失態が明らかになる。
かと言って、事情を知らぬ国英を
駆り出すことも難しい。
・・・結局、鎧兵しか使える戦力がない。
だがそれで充分。
現在鎧化計画の指揮官として、
自身の裁量で動かせるのは五千体。
これだけあれば、黒金だろうが魔王だろうが
殲滅できる。
もちろん、この規模は普通ならあり得ない。
後で王室にもあれこれ聞かれるだろうが、
倒してしまえば言い訳はできる。
準備を始める。
怒りも恐怖も胸にしまい、
覚悟を決めた一人の白騎士。
かつての惨劇を繰り返さんとするその意志だけは、
紛れもない英雄のそれだった。
だがその覚悟が、
後に国を揺るがす大乱へ繋がることは、
彼も、魔王も、誰も知らなかった。
■ 9月21日。来たる交渉、もとい決戦の日。
上位個体・特殊個体含め、
総兵力五千人分の戦力と共に、
森へ踏み入るグラディオ。
広大な森の中、魔王やハルスがどこにいるのかは
記されていなかったため、
やむを得ず隊を分けることにした。
しばらくすると、白のローブ―国英の証が
目に入った。
ハルスが木に括り付けられている。
目立った傷こそないものの、かなり疲弊している。
生きた友の姿に安堵、
分離した隊を呼び戻そうとしたその時―
大地が動いた。
揺れたとかそういう話ではない。
文字通り動いている。
四方の土が、高波のように
自分たちを飲み込まんと向かってくる。
まるで土に、大地そのものに意思があるかのようだ。
視界の端に、為す術もなく埋もれていく
金伯の姿が映る。
思わず息が詰まり、口の中もからからに乾いた。
直面した事象に困惑しながらも、
グラディオは悟った。
そして後悔した。
鎧化計画のために送り込んだ銀属の部隊と、
それを下した存在を討つべく、
送り込んだ金伯の部隊。
どちらも壊滅した。そして直後にハルスが消えた。
自分は、これから戦う相手を見ていなかった。
冷静になったつもりでも、どこかに焦りがあった。
だから失念していた。
相手は黒金。
銀属も金伯も下した、魔王であることを。




