悪役転生第1話 転生
「はぁ?悪役の方が好きって、
お前本気で言ってんの?」
「ヒーロー嫌いなのか?」
「お前とは合わないな。」
嫌な夢、正確には過去を思い出した後、
僕は目を覚ました。
至る所にひびが入った部屋。
加えてさっきから建物全体が揺れており、
何やら慌ただしい雰囲気まである。
目の前には女性が一人。
薄紫の髪に、全身黒のメイド服。
紫色の瞳には、濃くも気品を感じさせる艶がある。
「ようこそおいで下さいました。早速ですが、
あなたには我々の魔王になっていただきます。」
「・・・はい?」
どうにも状況を飲み込めない僕に、
その人は端的に説明してくれた。
ノエラというそうだ。
この世界の悪の組織、「黒金」の構成員。
新たな統率者、「魔王」を求めて儀式を行った結果、
僕が召喚されたという。
要するに、僕はいわゆる異世界転生をしてしまい、
これからは魔王、悪役として
生きていかなければならない。
普通ならショックを受ける所だが、僕は嬉しかった。というか、興奮していた。
自己紹介が遅れたが、僕の名は蛇石京。
真面目だけが取り柄の高校生。
趣味は漫画やアニメで、ジャンルは主にバトル系。
悩み、苦しみながらも悪に立ち向かうヒーローが―
となるのが一般的な流れだが、
僕が好きなのはその対極―
悪役である。
呪いの黒幕や異形の王、宇宙一の悪党も、
人間味があって、ヒーローよりはるかに
魅力的に感じる。
特に「破壊の魔王」が登場した作品は、
悪役たちもその背景や魅力が
ヒーローたちと同じように濃密に描かれていて、
僕にとってはまさに理想的な、神作そのものだった。
作品の評価も、基本的に悪役がどう描かれているかで決めている。
こうした僕の趣向は、
学校でも、家でも話していない。
「漫画に出てくる悪役になりたくて、
オリジナルの悪役と、
その能力も考えちゃいました。」
なんて言おうものならどうなるか。
正直考えたくもない。
それがどうだ。諦めるどころか、
願ってすらいなかった夢が目の前にある。
しかも、この世界には魔法があり、
転生した僕も使えるようになっているらしい。
まさかと思ったが・・・
僕に発現した魔法は「八岐大蛇」
相手のエネルギーを吸収することで強くなり、複数の能力が解禁される。
八岐大蛇―自分で考えた悪役の能力。
どんな魔法が発現するかは、本人の素養や性格、
血筋でも決まるとは聞いていたが、
思った通りの魔法を手にしたことで、
予想外に興奮している。
が、
ドォォォン!!
また衝撃音。
ノエラ氏の様子といい、
どうにもこの組織には落ち着きがない。
流石に気になって聞いてみると、ノエラ氏は外を、
現実を見せてくれた。
黒い服を着た戦闘員たちと、
腐敗した人間―アンデッドが戦っている。
前者が黒金側。らしいが、見る限りどこも劣勢。
それどころか、アンデッドの一部が
建物内に侵入している。
踏んだり蹴ったりの戦況。と言うか、
「よくこの状況で僕を転生させましたね。」
「・・・すみません。
国英に襲われてどうしようもなく。私たちも、
まさかこんな タイミングで成功するとは。」
・・・魔王不在。
戦力も乏しく、おまけにひび割れの目立つ拠点。
薄々感じてはいたが、
この組織はかなり危ういようだ。
しかし、僕が気になったのはそこだけではない。
「国英、とは?」
「・・・国家英雄、通称国英。
国家の秩序を守る存在、ということになってます。」
成程。この世界のヒーローというわけか。
・・・ん? ヒーロー?
「あのアンデッドたちが?」
「いえ。彼らはあくまで操り人形。
国英は、あの男です。」
そう言うとノエラ氏は、白いローブに身を包んだ男を指差した。
金髪の若い男。愉快そうな高笑いをしながら、
戦闘員の一人と話している。
ちなみに、その戦闘員はゼイン氏と言い、
今の黒金のリーダーを務めているらしい。
大量のアンデッドを相手取りながら、男に侮蔑の声をぶつけた。
「相変わらずの非道だな! ネクロス。」
「黙れよ、黒金。これは正義だ。」
ゼイン氏の声を一蹴し、
ネクロスは周囲のアンデッドを集める。
それらは一体の体に潜り込むようにして合体。
一つの巨大なアンデッドになった。
だがその体からは手や足が不規則に飛び出ている。
集合体と呼ぶにはあまりに歪だ。
「さっき町で調達してきた。黒金を倒せるのなら、
市民共の命でも意義があるだろうが!」
・・・一瞬耳を疑った。調達、市民の命。まさか―
「その通りです。」
僕の考えを察したのか、ノエラ氏が話してくれた。
「ネクロス・グレン。彼は魔法で人を、何の罪もない
一般人を、アンデッドにして操るんです。」
「“英雄”がそんな・・・許されるんですか?」
「許されてしまっているんです! 王家によって。」
突如、ノエラ氏が語気を強めた。
「国英の攻撃で民家が壊れるなんて序の口。
ああやって魔法のために命を使われることも
珍しくありません。」
「今では悪の組織や盗賊よりも、
国英の方が遥かに人を殺しています!
私の母も・・・」
顔を歪め、両手で服をきつく握る。
それでも止まらない彼女の涙。
落ち着いた第一印象からは想像できないような激情。だがおかげで―
やることが理解できた。
「教えてくれてありがとう、ノエラ。
最後に一ついいかな?」
「グスッ・・・はい。」
「アンデッドたちは・・・戻すことはできる?」
「いえ。残念ですが・・・」
「分かった。じゃあ、行ってくるね。」
「え?」
「魔王として、やることをやってくる。」
僕はそう言い残し、部屋の窓から外に降り立つ。
僕を襲わんと、多くのアンデッドが集まる。
体、特に指先に力を入れる。
「八岐大蛇」能力のうち、最初から扱えるのは二つ。その一つが―
触手。
スッ―
ほとんど音もなく、一撃でアンデッドの首を飛ばす。
戦闘員も国英も、唐突な乱入者を前に、
等しく息を呑んだ。
「誰、ですか?」
「魔王だよ。今後ともよろしく。」
尋ねてきた戦闘員に軽く挨拶をし、
僕は戦闘を続けた。
触手。蛇の頭のように変形した指先から、
刃状の触手を出し、斬撃や刺突で攻撃。
魔力による強化もあるだろうが、これだけでも
アンデッドを難なく倒せている。
触手の操作も、思っていたより難しくない。
まさか、何年も脳内で繰り広げていた、
悪役としてヒーローと戦う妄想が
こんな所で役に立つとは―
「ガアァァ!」
アンデッドの一体が、触手をかいくぐり懐に入った。拳の一撃。手で受け止める。
「ダメです、魔王様! アンデッドには触れたものを
腐食させる能力が―」
その忠告よりも先に、僕はアンデッドに触れた。
だが問題ではない。
「紫の手」
僕の手が紫に変色。その紫がアンデッドの腕を侵食。そのまま腕を溶かした。
「ガアアァ!」
「ごめんね。」
膝をつくアンデッドの首を跳ねる。
改めて手を見るも、腐敗はしていない。
紫毒が間に合ったようだ。
毒。触手同様、
「八岐大蛇」に最初から備わっている能力。
いくつか種類があり、 今使ったのは紫毒。
腐敗を上回る速度で先にアンデッドを溶かした。
実は触手にも付与しており、
これで触手の腐敗を防いでいた。
そうしてアンデッドを倒しながら歩みを進め、
遂にネクロスの元に辿り着く。
だがまだ余裕はあるようで、再びアンデッドを集めて僕を襲わせる。
「行けぇぇぇ!!」
濁流の如く、数十体のアンデッドが押し寄せる。
触手で全てを迎え撃つ。
指だけでなく腕からも触手を出し、
矢継ぎ早に刺突と斬撃を繰り返す。
しばらくすると、アンデッドは全て倒れた。
僕も呼吸を整え―
「魔王様!」
戦闘員の一人が声を上げる。
土煙を上げ、地中からもう一体の巨大なアンデッドが襲い来る。
複数体を囮にした、巨漢による背後からの奇襲。
勝った。と、ネクロスも口角をつりあげる。
「紫牙」
僕の背中から、巨大な蛇が顔を出す。皮膚は金色、
だが牙と口内は紫で満たされ、
あまりの気配にアンデッドさえも戦慄を覚える。
一噛みで頭と首を溶かし、その巨漢を地に沈める。
もう勝負はついた。
ようやく状況を理解したのか、
ネクロスは冷や汗をかいて後ずさりする。
「な、何故、奇襲が分かった。」
「悪役だからね。卑怯な人の考えは読めるよ。」
直後、ネクロスが攻撃。
間髪入れずに向かってきたので、
それより速く彼を捕らえ、“吸収”を行う。
背中から出した金色の蛇に彼を食ませ、
魔力と魔法を吸収。
ネクロスを無力化する。
力も体力も失い、ネクロスは膝をつく。
もう観念したのか、清々しい笑顔を浮かべている。
「・・・負けたよ、魔王。さっさと殺せ。」
「・・・ゼイン、少しいいかな?」
「ハァ、ハァ、何でしょう?」
暫定のリーダーに声をかける。
巨漢のアンデッドは倒したようだが、
地面に突き刺した剣にもたれかかっている。
息も絶え絶え。
かなり疲弊している。
「こいつを拘束したい。地下牢とかがあれば
入れたいんだけど。」
「ああ、はい。ありますが・・・」
「ま、待て! 俺はもう潔く―」
「うるさい。」
力なく騒ぐネクロスを一蹴。そして続けた。
「誰が“殺してあげる”って言った?
君には聞きたいこともある。潔く死にたい、
なんて知ったことではないからね。」
僕の言葉に彼は閉口。そして目も逸らした。
彼は触手で拘束。その後僕は瓦礫の山を登り、改めて戦闘員に挨拶をした。
「異世界転生でやって来た、魔王―蛇石京です。
もうこんなことが起こらないよう、
国英を倒しましょう。そしてそのためにも、
黒金を強くしましょう。」
「計画はあります。 追って説明はしますが、
まずは皆さん。今後ともよろしく。」
穏やか。それが戦闘員たちの抱いた印象だった。
先代魔王のような暴虐さはない。
だがネクロスへの対応を見るに、
ただ優しいだけでもない。
ある種の威厳も感じていた。
僕は、この挨拶に手応えを感じていた。
だが僕はまだ知らなかった。黒金の財政難も、
王家との因縁も。
僕が、本当の意味で“悪役”になることも。




