表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

99/110

水竜の王

書籍化決定!詳しくは活動報告をチェック!



「凄い……まるで東洋で語り継がれているという、星屑の川のようです……!」


 星屑の川……前世で言うところの、天の川みたいなものかな?

 確かに遠くから眺める、この夜闇の海に浮かぶ光の筋はそれっぽく見えはするけど……実際のところは違う。


「これは生物特有の光、冷光って奴です。その名の通り、殆ど熱を発しない発光現象で、身近なところだとホタルとかが有名ですね」


 青色に赤、緑、紫、黄色の粒子が混ざる、世にも不可思議で神秘的な色をした光の正体は生物から発せられる冷光だ。

 この異世界でもホタルを始めとし、魔物を含めた色んな生物が冷光を発するけれど、周囲を明るく照らすほど強い光を発することが出来る生物は、そうそう見られないだろう。


「この光、全部生物が発しているものなんですか!? だってこれ、数百メートルはありますよ!?」


 そして最も特筆すべきは、その長さ。

 前世には数十メートルにも及ぶ長さの生物と言うものが存在しているけど、この冷光を発している生物は文字通り桁が違う。

 ドラゴンの中でも、これほどの全長を誇る種はそう居ない。そんな生物が全身から光を発しながら海を泳ぐ姿は、光の道だの川だのの表現に例えられるのは、ある意味当然かもね。


「そう言えば、少し聞いたことがあります……このウォークライ領の海では、夜になると鬼火の群れが現れるという怪談があると。流石にただの噂話と思っていましたが……お姉様、もしかしてこれが……?」

「まぁ、そうでしょうね。港から見たこの光が、それっぽく見えたんでしょう。色んな色をした光の粒が空に浮かんでますし」


 人魂が可視化された鬼火……その話は私もこっちに移り住んでから聞いたことがある。

 この異世界でも魂だの幽霊だのはただの怪談でしかないんだけど、もしかしたら海上でメタンガスを燃やしているドラゴンか何かが居るのかと意気揚々と調査してみたら、その正体が既に知っている奴だったというオチもあったっけ?


「それじゃあ、今度は海中からその全貌を拝んでみましょうか」


 私は防水の結界を再展開し、スサノオに思念波を送って再び潜水させる。

 ゴボゴボという空気を含んだ水音を聞きながら潜った海中は、海上と同じように神秘的な光に照らされていて、昼間に潜る時とはまた違った様相を呈していたんだけど……その中に、異様なものが混じっていた。


「な、なんですかあれ……? 長い……骨……?」


 クラウディアの言う通り、海中にはとにかく長くて太い骨髄のような骨が漂っていた。

 長さにして数百メートルは下らないその骨は、今の位置からでは全貌を確認できない。そう考えた私は、スサノオに指示を出し、長い骨に沿うように泳がせながら、解説を続けていく。


「ただの骨じゃないよ。その周囲によく目を凝らしてみな」

「……あ、本当です。よく見たら半透明の何かに覆われていて……光はそこから発せられているようです」

「え!? じゃあもしかして、この透明なのが全部体表とか筋肉なんですか!?」


 そう、海で発光現象を引き起こしているこの生物の肉体は、クラゲのように透明な生物なのである。

 いや、骨があるからどちらかというと、グラスと名の付く一部の魚やカエルに近いかもしれない。

 しかし、そういった骨がある透明な生物というのは大体が手のひらに収まるほどの小型種。これほどの巨体で、骨が透けて見えるほど透明な肉体を持つ生物は他に類を見ないと思う。


「透明になっている原理はどうなっているか分からないんだけどね。ただ触って見たら分かるんだけど、この生物にはちゃんと頑強な甲殻もあるし、筋肉も凄い発達してるんだよ」


 普通、こういう透明化した肉体というのは外敵から隠れるための手段であり、その能力の対価とばかりに肉体強度自体は脆くなっているはずなのに、だ。

 頑強な肉体が透明化し、発光する性質……普通なら相反するはずの二つの要素を併せ持つ巨大生物の頭部を追いかけていると、内臓が詰まっている肋骨が確認できた。

 そのタイミングでスサノオは少し距離を取り、頭部全体を拝める適切な位置へと移動する。


「そしてこれが、巨竜半島近海の主……【水竜目鰭竜科】、キョッコウトウカリュウ。個体名を、リヴァイアサンと名付けたドラゴンです」


 神話の世界で海を支配したという大海蛇の名が与えられ、それに恥じない巨体を誇る、極彩色の光を放つ透明なドラゴンの頭部は、頭蓋骨の輪郭までもが透けて見えていて、一見すると動き回る骨(スケルトン)にも見える異様な姿だ。

 クラゲのように神秘的な光を透明な肉体から放つその姿も合わさって、まるでこの世のものとは思えないだろう。


「夜行性な上に、昼間は透明な体を海中に差し込む太陽光と同化させながら海底で寝ているから発見が難しいんですよね。だからこうやって活動を開始する夜まで待ってたって訳です」

「これが水竜の王……! なんて異様で、壮麗な……!」

「確かに体の作りも大きさも色んな意味で凄いです……でも博士、どうしてこのドラゴンが海の主だと? 正直、見た目だけならもっと強そうなのが多いと思うんですけど……?」

「まぁ言わんとしてることは分かるよ」


 確かに、パッと見の印象では骨が透けて見えていて頼りない印象だろう。

 しかし、実際の肉体は非常に強靭で、並大抵の大型ドラゴンすら寄せ付けない……というか、ドラゴンは皆、このリヴァイアサンに喧嘩を売りに行くような真似をしない。それはどんなに気性が荒く、縄張り意識が強いドラゴンでもだ。


「でも一番の理由は、能力の規模が桁違いって事かな」


 先日話した通り、巨竜半島を支配する六頭の主は、他のドラゴンと比べて能力……ドラゴン固有の魔法とも言える力の強さが段違い。

 当然、このリヴァイアサンも同様である。水のブレスを吐く、雨を降らせる、霧を生み出す……水に関する多彩な能力を有しているけれど、その最大の力はずばり、海流操作だ。


「一生命体でありながら、海っていう自然そのものの力を操る能力を持っててね。波の高さや速さ、辺り一面の海流の向きを自在に変えることは勿論のこと、渦潮を自在に作り出すことも出来るんだよ」


 ちなみに言えば、私が初めて巨竜半島に訪れた時に飲み込まれた渦潮も、リヴァイアサンが生み出したものだと半ば確信を得ている。

 実際、後になって渦潮があった場所を見に行ってみたら、綺麗さっぱり無くなってたし、海底を見てみても岩礁とかが壊れて地形が変わった後とかも見られなかったし。


「海を支配する力……まさに人知を超えた力ですが、どうしてこのドラゴンは、そのような力を振るうのでしょうか?」

「いい質問です、ティア様」


 そう、普通ならそんな能力は一生物が持つにはオーバースペック過ぎる。進化の過程でそれだけの力を持つようになった、相応の理由が必要だ。


「キョッコウトウカリュウの生態には謎が多い。なにせ個体も、このリヴァイアサン以外に確認できていませんからね。他の個体との比較が出来ないので一概には言えないんですけど……海中に大量の空気を取り込むのが目的なんじゃないかと思ってます」

「空気、ですか?」


 水中には一切酸素がなく、水棲生物は無呼吸で暮らしている……子供時代はそういう勘違いに陥りがちだけど、学校で理科を習い始めるとそれが勘違いだと気付くことも多い。

 実際、水の中の生き物にも酸素が必要で、水中には酸素が含まれている。それは海でも同じで、海藻が光合成を行ったりして酸素を作り出しているんだけど、それ以外にも台風などによって海がかき混ぜられ、海中に大量の空気が含まれることがある。


「あれだけの巨体、あれだけの力を維持するために、リヴァイアサンは魔力以外にも、自然に作り出される分だけでは足りない大量の空気が日常的に必要なのだと仮定すればですが、自力で海をかき混ぜることで必要な空気を得る能力を身に付けたのではないか……というのが、今の私が考えている仮説です。実際、他の主たちも自分が生きやすいように周囲の環境を変化させる大規模な力を振るっていますし」


 一個体で星の理を超越し、自然環境すら塗り替え、自身の生活圏一帯をそこに住まう生物ごと支配する……その力を有しているのが、私が考えた巨竜半島における主の定義だ


「その証拠って呼ぶにはまだ根拠が弱いですけど、ウォークライ領の海産物って他の領地と比べても活きが良いらしいじゃないですか。リヴァイアサンが海中の空気量を増やした恩恵を魚たちも受けていると考えれば……こじつけ感は拭えませんけど、一応説明が付くかなって」

「確かに、輸出に力が入っていないので殆ど知られていませんが、ウォークライ領の漁獲量は帝国内でも特に安定し続けていて、不漁とは無縁と聞きますね」


 これもウォークライ領に住み始めて気付いたことの一つだ。

 人間の領域と隣接する巨竜半島の近海を支配するリヴァイアサンは、昔から人間の生活に大小善悪問わずに色んな影響をもたらしていたのである。


「巨竜半島で主と呼ばれるだけあるって感じですね……こんなすごい力を持っていて、こんなに大きいドラゴンが居るなんて……!」

「いやいや、驚くにはまだ早いよ」


 感動に打ち震えるクラウディアだけど、リヴァイアサンの大きさに圧倒されている場合ではないのだ。


「言っておくけど、巨竜半島本土にはリヴァイアサンが小さく見えるほど巨大なドラゴンが潜んでいるからね。次はそいつを見に行くから、単なる大きさに驚いてる暇はないよ」


面白いと思っていただければ、評価ポイント、お気に入り登録よろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
リヴァイアサン、素敵でした。キョッコウトウカリュウも美しく強く素晴らしいドラゴンでした。人間の営みなんて小さいものだと思わされます。
 『極光灯火竜』かな?(笑)  リヴァイアサンが小さく見える程の巨躯となると、いや、世界蛇は流石に無理か…イツ・ナム・ナー(だっけ??)とか、ラードーンあたりかな? 天空の主はバハムートが定番だけど…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ