暗黒の海と光の道
書籍化決定!詳しくは活動報告をチェック!
舌の根も乾かない内に海中に飛び出し、思う存分にドラゴンの交尾を眺めようとした私。
途中、呼吸すら忘れて窒息死しかけたり、水圧で圧死しそうになったり、海流に流されてたりと色々大変な目に遭いはしたけど、そんなものは得られた成果と比べれば些事である。
「新種のドラゴンの発見に加え、交尾シーンの観察……最高のデータを採取できてしまった」
「それは良かったですね……こっちは生きた心地しませんでしたけど……海流に流されながら交尾を観察してたよこの人……マジか」
「ま……まぁお姉様も無事でしたし……」
なんだかドッと疲れた表情をしているティア様とクラウディアとは対照的に、スサノオの背中に戻ってきた私はホクホク顔である。
やはり巨竜半島は良い……足を踏み入れる度に新しい発見と刺激を私にもたらしてくれる。控えめに言って天国かな?
「ていうかこの人絶対にツアーガイドとかに向いてないですって! 興味があることを見つけるとすぐに脱線しますもん! ガイドする側がされる側に救助されるって、もう意味わかんないし!」
「それは仕方ない……だってそこにドラゴンが居たんだもの」
生態観察とは、常に千載一遇のチャンスを待ち続けることに終始する。
決定的瞬間が訪れたなら、それを逃せば次はないというくらいの意気込みでいないと、生物学の発展は無いのだ。
「ダメだこの人、私たちでコントロール出来る自信がない……やっぱりユーステッド殿下にも同行してもらった方が良かったんじゃ……」
「それは当初の主旨から外れますし、何よりお兄様も多忙な方ですから……そ、それにお姉様もきっと、恐らく、多分……私たちの事を忘れているわけではないと思い、ます……よ?」
なんだか頼りないフォローをしてくれているティア様と、私を力づくで御せる人間を連れて行きたかったと嘆くクラウディア。
実を言うと、領地に一月以上ぶりに戻ってきたユーステッド殿下は現在非常に多忙な状況下にある。仕事を代行してた人からの引継ぎとか、辺境伯軍の軍事活動とか、その他色々で。
どうせなら殿下にも巨竜半島の素晴らしさを目に焼き付けて欲しかったところではあるけど……忙しいものは仕方ない。
「まぁさっきみたいな事はそうそうないから大丈夫ですって。こっからは気を取り直して巨竜半島近海をガイドしますよ」
「本当ですかぁ……?」
「本当本当」
新種のドラゴンの発見や、見たことのない生態活動に立ち会うなんて、基本的には滅多にない。さっきの出来事は本当にただのラッキーに過ぎないのだ。
「それにほら、まず見せたかったドラゴンが姿を現しましたよ」
私がそう言うと、私たちの前方に巨大な影が幾つも横切って行った。
クジラの群れにも似た迫力で急接近していたその生物たちは、私たちに気が付くと視線を送り、海中に留まるように漂いながら、興味深そうにスサノオを囲んで私たちに視線を送ってきた。
「うわ……凄い……! これ全部ドラゴンですよね……っ?」
ティア様が言うように、私たちを取り囲んだのは【水竜目鰭竜科】に属するドラゴンだった。
サイズは個体差が激しく中型~大型相当と色々あるけど、全て同種。ワニと海棲哺乳類が合体したかのような見た目をした恐竜、モササウルスに短い二本の角を生やしたような姿をしている。
「で、でもこれ本当に大丈夫ですか!? なんか凄い厳つい見た目してますけど!?」
「大丈夫大丈夫。このフタキバリュウは見た目に反してとても温厚だから」
そんなドラゴンたち……フタキバリュウと私が名付けた彼らの最大の特徴と言えば、頭部の前方に向かって伸びる、口から飛び出している長くて巨大な二本の突起物だ。
元々の顔の厳つさに加え、二本の角に二本の突起物で、見た目自体は凶悪に感じるだろうけど、それとこれとは全く話が別。
人間からは可愛い可愛いと言われているカワウソやイタチ、キツネとか滅茶苦茶狂暴だしね。このドラゴンの場合は、そう言った見た目だけは可愛い動物とは正反対の生物なのである。
「これは角……いえ、もしかして牙ですか?」
「正解ですティア様。実はこの口から出ている突起物は、犬歯が変形したものなんですよ。それが二つあるから、フタキバリュウって訳です」
「でも、なんでこんな形になってるんですか? なんか凄い邪魔そうなんですけど」
実際に彼らが邪魔に感じているかどうかはともかく、人間目線からすれば犬歯が口外に飛び出すほど発達する意味が分からないんだろう。クラウディアは周囲を漂うフタキバリュウたちを興味深そうに眺めながら聞いてくる。
「理由は幾つか考えられるけど、今のところ確認できた用途は二つ。一つは繁殖期でオスがメスを取り合う時に使う時とか、外敵に襲われた時に攻撃する為だね。フタキバリュウのあの犬歯は頭蓋骨と一体化していて、首の筋肉も発達しているから、あれでどつかれたら岩礁は簡単に砕けるし、魔物も一発で致命傷を負う」
フタキバリュウは短い角の代わりに、あの二対の犬歯を駆使し、闘牛にも似た戦い方をする。
普段は大人しい彼らだけど、いざ戦う時はあの二本の牙で敵を天高く打ち上げ、何度も何度も海面に叩きつけたりすることもあれば、そのまま牙で串刺しにして仕留めることもあったりと、結構バリエーション豊かな争い方をするのだ。
「もう一つは、海中の変化を細かく正確に察知する、感知能力としての役割を果たしてるってことかな」
むしろ私は、こちらが主要な用途であると考えている。
水中に適応した生物であったとしても、海中は水の流れ、外敵の数、水温と、生きる上では無視できない要素が数多くある。ドラゴンの全部が全部、どんな環境にも適応できるわけではないのだ。
「これはまだ仮説の段階ですけど、フタキバリュウは温かい場所を好む傾向にあるみたいでさ。太陽光の影響を受けやすい海面近くの深度を泳いだり、時には海面から背中を出したり、砂浜に上がったりして日光浴をするんだけど、水温の冷たい深度までは潜ろうとしないんだよ。あの牙は、自分たちが快適に生きられる水温、水圧、塩分濃度、外敵の動きを感知する役割があるんじゃないかと考えてる」
これは捻じれた長い突起物を頭部から生やす海洋生物、イッカクとよく似た生態だ。
イッカクのドリルみたいな突起物も角ではなく実際には牙だし。その上、普通の牙と違って神経が通っていて、周囲の環境変化を感知する能力があると考えられている。
私はフタキバリュウとイッカクには共通するものがあるんじゃないかと考えているわけだ。実際、彼らの牙にも神経が通っていることは、透視魔法で確認済みだしね。
「実はこのフタキバリュウ、まだ未決定ではありますけど、辺境伯軍に取り込もうとセドリック閣下は考えているみたいです」
「叔父様が? そうだったのですか?」
「えぇ。温厚で社会性もあり、巨竜半島近海に一番多く生息しているドラゴンですからね。人間とは相性が良いんですよ」
閣下は前々から、巨竜半島に軍港を建造することと併せて、海洋巡行の強化のために船を引くことが出来る協力的なドラゴンは居ないかと、私に求めてきていた。
その最有力候補として、私が挙げたのがこのフタキバリュウという訳だ。
「荒事の時にも頼りになるのは当然ですけど、危険感知能力も高く、人間にも協力的ですからね。魔石を対価に提示したら、私の実験協力にも快く応じてくれますし」
私がフタキバリュウの角に感知能力があると考えてた経緯にも、その辺りの事が関わってくる。
感知能力の実験の際、私は彼らと海中かくれんぼ……みたいな遊びをやってたんだけど、フタキバリュウたちは海面から顔を出している岩礁群の陰に隠れていた私を的確に見つけ出して、何度やっても私が負けたものだ。
「今はまだどうなるか分かりませんけど……いずれウォークライ領の軍船を、フタキバリュウたちが引いて動かすのが日常風景になるかもしれませんね」
=====
その後、フタキバリュウたちと別れた私たちは、巨竜半島近海に優雅に泳ぐドラゴンたちを見て回った。
イソギンチャクやサンゴに隠れて眠る小さく愛らしいドラゴンから、海面をイルカのように連続でジャンプしながら移動する中型ドラゴン、小島のように巨大な岩礁を巣にする大型のドラゴン……海中海上海辺問わず、海に生息するドラゴンたちの姿に、二人は目を輝かせていた。
「……ただただ圧倒され、驚かされました。知識としては知っていたつもりでしたけど、海には本当に多種多様な生物が数多くいるのですね」
「本当に……こんなの普通に生きてたらまず体験できない事ばかりでしたよ……!」
そんな二人を見ていると、私もなんだか懐かしくて嬉しい気持ちになってくる。
きっと私も、スサノオに乗って初めてこの海を潜った時、同じような顔をしてたんだろうなぁ。
「海は本来、人類の足では進むことが出来ない未開の地ですからね。今回は危険なので行けなかったですけど、深海にはもっと不思議なドラゴンたちが数多く生息してますし、他にも未発見のドラゴンたちが絶対多くいますよ」
「そうなのですか? いつか安全性が保障されるようになったら、行ってみたいものですが……今日のところは、もう切り上げた方がいいでしょうか?」
そう言って、ティア様はスサノオの背中から周囲の海面を見渡す。
出発した時は燦燦と降り注ぐ太陽で凄い明るかった海も、月が上る今では真っ暗な暗黒の世界に早変わりしていた。
「ですよね……夢中になり過ぎていつの間にかこんな時間になっちゃいましたけど、流石に皇女様が暗くなっても戻ってこなかったら心配するでしょうし、そろそろ帰った方が……」
「まぁまぁまぁ、そう急がずに。どうせなら最後の〆に、海の主の姿を見てから帰りませんか?」
私の言葉に、ティア様もクラウディアも反応を示した。
そう……今回のサファリツアーの主目的は二つ。私が提案したルートの安全性の確認と、巨竜半島を支配する六頭の姿を見る事だ。
「でも博士、こんな真っ暗だと海の中はもう何も見えませんよ? いくら灯りの魔法があるからって照らせる範囲には限度がありますし、どうやって探すんですか?」
「いいや、それは違う」
暗くては探索に不向き……そんな至極当然のことを言うクラウディアに、私は首を左右に振った。
「暗いからこそ、あのドラゴンの姿を見ることが出来るんだ」
そう言うと同時に、私は自分たちの周囲を照らしていた灯りの魔法を解除し、視界は闇に染まる。
ただ波の音だけが聞こえる暗黒の中、ティア様たちが戸惑う気配を感じながらしばらく待っていると……とんでもなく巨大な魔力を発している何かが近付いてくるのが分かった。
「ちょ……!? な、何ですかあれっ!?」
その直後、クラウディアはある方角を指差して叫んだ。
こんな真っ暗闇の中でその姿を視認することが出来たのは、私がそういう魔法を使ったから……ではない。私自身が何もしなくても、見えるようになった。ただそれだけだ。
「光の……道……?」
呆然と呟くティア様の声が耳に静かに響く。
その言葉の通り、まるで道のように長く曲がりくねった、青を中心とした極彩色の強く柔らかな光の筋が海中から漏れ出し、暗黒の海を照らしていたのだった。
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