ツアーガイドが世界一向いてない女
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後日。お互いの都合を合わせて日取りを決めた私たちは、オーディスの近くにある軍港へと足を運んでいた。
今日は巨竜半島サファリツアーの初日。確認役のティア様と助手のクラウディアを連れて、軍船や倉庫ばかりが立ち並ぶ無骨な港町まで来たわけだけど……。
「という訳で、今日は巨竜半島の周辺海域……【水竜目鰭竜科】のドラゴンが数多く生息する、海中を見学していきましょう」
私は初っ端から、この世界では間違いなく初となる海中遊泳を提案した。
これには流石のティア様やクラウディアも驚いた顔をしている。
「ですがお姉様、海の中などどうやって見て回るのですか? 呼吸が出来ないと思うのですが……」
「まさかと思いますけど……根性で素潜りしろ、なんて言いませんよね?」
「それこそまさかだって。そりゃ昔は根性で海中探査をやろうとしてたけど、人間の肺活量じゃ無理だったわ」
「本当にやろうとしてたんですか……」
海中にドラゴンが生息していることは、巨竜半島に訪れた経緯が経緯なだけに、最初期から分かっていた。
となれば当然、私は何とかして海の中を調べようとしてたんだけど、私の潜水時間……言い換えれば、無呼吸でいられる時間はせいぜい二分前後。とてもまともな調査が出来る状態じゃなかった。
「水棲生物と陸棲生物は体の作りからして大きく違うからね。身体強化魔法があろうと無かろうと、水中に適応した体に進化してなければ、どんなに屈強な生物でも溺れ死ぬ」
そして水中に適応できない人間が海の中の見学する手段など、科学が発達した前世でも限られている。
膨大な費用をかけて水中探査ロボを開発するか、分厚くて透明なアクリル樹脂製の窓が付いた潜水艦を建造するか、ダイビング用の装備を付けて浅瀬辺りを見て回るのが関の山だろう。
……が、この世界では話は別。そんな莫大なコストなんてかけなくても、水中見学は可能なのだ。
「まぁそこら辺の詳しいやり方は、実際に見てのお楽しみってことで……ところで、ティア様はいつもと違う格好してるんですね?」
船着き場へ向かう道中、私はちょっと気になったことをティア様に聞いてみる。
一見すると、普段のシンプルで落ち着いた感じのドレス姿にも似ているんだけど、足の動き方が違う。靴はブーツで、スカートなのに随分と足に自由が利いているみたい。
「あ、はいっ。以前お話しした、私用の騎乗服です。ドラゴンに乗って移動し回ると聞いたので、動きやすい服をと思って」
「あー……そう言えば、そんな話をしてましたね」
確か、ゲオルギウスの能力によって魔蝕病の症状が大幅に改善した後、正妃様が騎乗用にオーダーメイド品を作ってくれるように手配したんだとか何とか。
「国内情勢が不安定なので引き続きウォークライ領で過ごすことになった私ですが、情勢が落ち着きさえすれば、ドラゴンに乗って各地を巡り、人と竜の橋渡し役の務めを果たすこととなります。この騎乗服は、その時に向けた私の仕事着でもあるんです」
そう言って、ティア様はスカートを摘まみ、横に向かって少し広げて見せた。
少し気恥ずかしそうにしながらも、その表情はちょっとだけ誇らし気で、与えられた役目は仕事に対して苦に思っていないという感情が、ありありと浮かんでいる。
「そっか……良かったじゃないですか。私にはファッションの事はよく分かんないですけど、多分似合ってるんじゃないですかね?」
「はいっ」
私はちょっと笑いながら、再び前に向いて目的地へと歩き出す。
するとすぐに船着き場辺りまで辿り着いた私たちは、近くにいた軍服姿の兵士……それも指揮官クラスに与えられるバッジを身に付けた、いわゆる隊長格の人に声を掛けられた。
「お待ちしておりました、ティアーユ殿下。そしてアメリア博士。セドリック閣下よりお話は伺っておりますので、どうぞこちらへ」
「わざわざどうもすみません」
私たちは隊長さんに案内されて、様々な船が並ぶ船着き場を横切るように移動する。
今回私の目当てであるモノは、最近ではこの辺りにすっかり居付いているのだ。
「博士、結局私たちはどこに向かってるんですか?」
「クビナガセオイリュウのスサノオのとこ。前に勉強用にって渡した資料にも書いてたでしょ? その個体のとこに行こうと思って」
「あ、なるほど……海を泳ぐドラゴンの力を借りて、海の中をということですね」
「そゆこと」
まぁそれだけでは呼吸の問題は解決できないんだけど、その辺りは人間の努力次第だ。
「ドラゴンの軍事転用計画が始動してから、スサノオは今では軍港で船を引いたり、大荷物を巨竜半島に運んだりと、色々と活躍してましてね。ヘキソウウモウリュウたちと並ぶくらいの結果を出してるんですよ」
「この間も、巨竜半島の噂を聞きつけて現れた海賊の拿捕をする際にも、敵船を体当たりで転覆させるなどの大活躍していました。海棲の魔物が現れた時も船や港に近寄らせない大立ち回りを披露していましたし、海に落ちた兵士を助け出してくれたりもする。今となってはウォークライの海軍に無くてはならない存在ですよ、スサノオは」
ドラゴンの中でも一際人懐っこい種族の一体であるスサノオは、海軍の間では頼れる仲間としてすっかり可愛がられている。
前に様子を見に来た時とかは、海兵たちを実際に背中に乗せて泳いでいたりしていたくらいだ。
「最近では、海兵たちとの間で新しい遊びを覚えたりしているんです」
「……遊び?」
「えぇ、兵たちが休憩時間などでよくやっているんですが……あぁ、丁度今やっていますね」
私は隊長さんが指差した方向に視線を向けてみる。
その先には、数人の海兵たちが海から顔を出しているスサノオを囲むように埠頭に立っていたんだけど、その内の一人が持っていたボール。
恐らく、羽毛やら綿やらを布に詰めた、この時代特有の製法で作られた物をスサノオに向けて投げると……。
「な、何ぃいいいいいいいいいっ!? 鼻先でキャッチしただとぉおおおおおおっ!?」
何とスサノオは、まるでアシカのように投げられたボールを鼻先で受け止めて見せたのだ。
こんな行動は私も初見だ。アシカやイルカみたいな知能の高い動物は人間と同様に遊びを通じて刺激を受けることができる。水族館で彼らがボールを使ったショーを披露したりするのも同様の理屈が関係しているからだ。
ドラゴンもその点は同様にも通じるだろうと思っていたけど、まさか鼻先でボールをキャッチするという、高度なバランス感覚を披露するなんて……!
「ちょちょちょちょいっ! そのままでそのままでそのままでっ! ボールを鼻先に置いたままでお願いっ! 今透視魔法で筋肉と骨の動きをチェックするからそのままでぇえっ! 後それから、この遊びはいつどんな経緯で覚えたの!? 分かっている情報は些細なものまで私と共有プリィイーズッ!」
「ちょっ!? 博士っ!? 予定はどうするんですか!?」
「うるっさいっ! 今はこの新発見について徹底追及する時間なのぉおおおおおおおおおおっ!」
=====
「ふぅ……一先ずは、満足した」
それから数時間後、スサノオが見せた新発見の行動について分かっている情報を纏めることで、私はようやく落ち着くことが出来た。
ボールという文明社会の道具がないサバイバル生活の中では気付けなかったけど、どうやらクビナガセオイリュウは首を含めた全身の筋肉や骨を正確に動かして微調整を行い、先ほどのようにボールを鼻先で受け止めるという芸当を披露出来るみたいだ。
(しかもこの運動能力は、泳ぎでも大いに活用している。あの巨体にしては随分と身軽だと思っていたけど、その秘密の一端に迫れた気分だ)
激しい海流や渦潮の中でも自由に動き回ったり、あの岩礁の多い海底をスイスイと泳ぐこともあるスサノオたちクビナガセオイリュウだけど、彼らはあのバランス感覚を活用して、障害物にぶつかることなく、あの巨体のまま軽やかに泳ぐことが出来るみたい。
とても背部を硬質な甲殻で覆われてるとは思えない。多分あの甲殻の可動域についても何か秘密があると見た……また新しい研究対象が出来て、私はウハウハである。
「も、申し訳ありませんティアーユ殿下……私がもっと強く引き留めていれば」
「いえ、どうか気にしないでください。お姉さまが楽しそうで嬉しいですし、私もスサノオと遊べて楽しかったですから」
そんな私とは裏腹に、クラウディアはティア様にペコペコと頭を下げていたけど、当人の言う通りそこまで気にしなくても良いと思う。
ティア様も途中から私の実験に付き合って、海兵たちに混ざってスサノオとボール遊びをして楽しそうにしてたし……何だったら、クラウディアも途中参戦してテンション上がってたし。
「ま、名残惜しくはあるけど、そろそろ当初の目的を果たすとしましょうか……スサノオ」
私が思念波と共に青色の魔石をスサノオの口の中に放り込むと、スサノオは私たちが乗り込みやすいように船着き場に身を寄せてくる。
その背中に私が最初に飛び乗ると、私はまずティア様に向かって手を差し出した。
「ほい、どうぞ。結構揺れるんで気を付けてください」
「あ、ありがとうございます、お姉様」
「どういたしまして。ほれ、クラウディアも」
「ありがとうございます、博士」
続いてクラウディアに手を差し出し、二人をスサノオの背中に座らせる。
これから海中を潜航し、巨竜半島近海を観察するルートを辿る訳だけど……その前に一仕事する必要がある。
私は魔力を練って魔法を発動させると、私たち三人を中心とし、スサノオの背中の形にピッタリと添い、隙間が生まれないような形で透明な膜が張られた。
「これは、結界魔法ですか?」
「えぇ。潜水中、水が入ってこないようにしつつ、展開の際に空気を取り込んで呼吸ができるようにする防護膜を周囲に張るんです」
海棲のドラゴンの背中に乗りながら空気ドームとも言える結界を張る。これなら泳げない人間でも海中遊泳を楽しむことが出来るし、中の空気が減ってきたら海上に浮上して空気の補充をすることも出来るって寸法だ。
「更には一番の問題である水圧という課題も解決できますからね。現状では、海中探索をするにはこれが一番有効な手段だと思います」
「水圧……ですか?」
「えぇ。内陸部育ちの二人には馴染みが無いかもしれませんけど、海ってあんまり深く潜ると周囲の水の力で体が押し潰されたりするんですよ」
「ひぇええっ!? そ、そうなんですか!?」
水圧は、呼吸が出来ない事と並ぶ海の危険性の一つだ。時に人体をも押し潰す水の圧力は、水深が増していくごとに増えていって、人間の生身では五十~六十メートル潜るのが限界、安全に潜ろうと思えば更に浅いとこまでしか潜れないという。
「だから潜水中は間違っても、結界の外に出ようと思わないでくださいね」
その言葉が合図となったかのように、スサノオは私たちを乗せたまま一気に海中へ潜る。
視界を真っ白に染めるほどの水泡が上へ上へと浮かび上がるのに逆らうように、下へ下へと沈んでいくと……そこに広がっていたのは、水色の世界だった。
「…………」
「これ……は……」
降り注ぐ太陽光が水面を通過し、全体を水色に染める海中を見た二人は、ただただ圧倒されていた。
その気持ちは痛いほど分かる。神秘的な青色の中、無数の魚たちが優雅に泳ぎ、色取り取りのサンゴやイソギンチャクたちが岩礁を染めるその光景は、帝都で暮らしていたら絶対に拝むことが出来ないものだ。
前世でも、登山と同様にダイビングによって人生観が変わったという人が居たという。そのダイビングを、ドラゴンという雄大な生物の背に乗って行っているんだから、感動もひとしおだろう。
「何と表現すればいいのか……ただこの光景を見たら私……お姉様が自然の中に焦がれてしまう気持ちが理解できるようです」
「なぁに、こんなのまだまだ序の口ですよ」
むしろ巨竜半島近海のダイビングは、ここからが本番。食卓でも馴染みのある魚とは一味違う、この世界で最も雄大で力強く、そして美しい生物たちが優雅に泳ぐ……今からその姿を拝みに行くんだから。
「まぁ、いくら綺麗な光景だからって、海中は危険がいっぱいですからね。先ほど話した水圧然り、結界から出たら色々大変なことがああああああああああああああああああっ!?」
「うわあああっ!? ビ、ビックリしたぁ……! 一体なんですか博士!?」
「ヤバいヤバいヤバい、二人とも見て見て! あれあれあれっ!」
そう言って、テンションが跳ね上がった私はとある方向に指を差す。その先には……。
「ちっちゃいドラゴンが交尾をしているっ!」
「ひぇ……っ!?」
「ぶふぉおっ!? ちょ、博士っ!? 皇女様の前で何つーことを!?」
何とそこには、タツノオトシゴくらいの大きさをしたドラゴンが交尾をしていたのだ。
しかもあれって、私が今まで見つけたことがない新種じゃないか!?
探索難易度の高さから、海棲のドラゴンの全貌は陸棲のドラゴンよりも明らかになっておらず、未発見のドラゴンも数多くいるだろうと思っていたけど、まさかこんなところで新種……それも交尾をしている瞬間に立ち会えるなんて!
「こうしちゃいられない! 間近で見たいけど、このまま近付いたら結界が邪魔になって交尾を妨害しちゃうから……仕方ない。私は行くぞひゃっほぉおおおおおおおおおおいっ!」
この時の私の頭には、危険だのなんだのそんな物は全部頭から吹き飛んでいた。
ドラゴンの生態解明に命を賭ける。その意志はどんな時でも迷うことはないのだ……だからこそ、私は迷うことなく結界から飛び出し、海中へと躍り出るのだった。
「お、お姉様ああああああっ!?」
「海中が危険だって言った傍から何してんのあの人ぉおおおおっ!?」
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