巨両半島調査、再始動
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結局、私は頭にタンコブを作りながら部屋の片付けをする羽目になった。
身体強化魔法を覚えて、逃げ足もそれなりに早くはなったんだけどなぁ。これでも結構いい線まで行ったんだけど、最終的には殿下に捕まって、お説教&拳骨からの部屋の掃除で大分時間を食ってしまった。
「お前という奴は、少し褒めたらすぐにコレだ……しかも厄介な魔法を覚えて逃げ足ばかり速くなってからに……!」
「何だったら、殿下のお説教から逃げるために覚えたまでありますからね……結局捕まりましたけど」
「余計な悪知恵ばかり覚えるんじゃないっ!」
改めて思うけど、この人やっぱり人間離れしてると思う。
私が壁と木を交互に蹴りながら屋根の上に逃げようとしてる時に、ユーステッド殿下はさも当然のように壁を走って駈け上がってきてたし。
「クラウディア……講演会などではこいつはさぞ立派な学者に見えただろうが、私生活は酷いものでな……今回お前を助手として雇い入れたのは、そんなアメリアのだらしない生活を正すことが目的でもある。面倒ごとがあったらすぐに逃げ出すし、凄まじく手の掛かる野生児だが……くれぐれもよろしく頼むぞ」
「は、はい」
まるで一縷の希望を託すかのように、殿下はクラウディアの肩に念を押すように手を置く。
私の私生活ってそんなに酷いんだろうか? いやまぁ、確かに部屋の片付けとか超苦手だけどさ。
「まぁ何はともあれ、コレで巨竜半島にようやく出発できるし、そろそろ行くとしようか」
「あ、はいっ! 分かりました!」
終始困惑しっぱなしになっていたクラウディアは、巨竜半島に出発すると聞いて、眼に見えてテンションが上がっていた。
やはりドラゴンへの研究意欲が強いみたいだ。まるで鏡を見ているみたいなクラウディアの様子に、私も同好の士を持ったかのような得難い気持ちになる。
「これまで私が発見したドラゴンに関しては、辺境伯邸の資料室に全部纏められてるし、それを見ながら自主勉とかもしてもらうけどさ、やっぱり巨竜半島で実際にドラゴンたちの生活を見て回る方がいいと思うんだよね。その内単独調査とかもすることを考えると、土地勘とかも憶えておいて損はないし」
「そうですね……地図とかがあっても、実際に歩いてみたら迷う事も多いですし」
地図一つで遭難しないなら誰も苦労はしない。あの未整備の広大な半島で活動するには、相応の準備や長年に渡る経験則が必要だ。
「歩くだけで危ない土地ってのもあるし、種類によっては、接し方を気を付けないと攻撃してくるドラゴンとかもいるからね。そういうのが生息してる場所とかもちゃんと知っておかないと、下手すると死ぬから」
「こ、怖いこと言わないでくださいよっ」
「確かに怖い事だよ? でも本当のことでもある」
怯えたように体を仰け反らせるクラウディアだけど、私の言葉に嘘はない。
有毒植物の群生地だったり、単に地形が人間が歩くのに向いてない場所があったりするし、ドラゴンなら皆友好的という訳ではないのだ。その事はちゃんと理解しておかないと、巨竜半島でならマジで死ねる。
「私たちがこれから向かうのは、研究者と野生動物が同じ土俵に立つ大自然だ。その事をちゃんと理解していないと、怪我するからね」
巨竜半島は、人と動物の双方を檻で隔てた動物園なんかじゃない。
実際、かつての私はその辺りの事を実体験と共に学んできたから、何度も怪我したり死にそうになったりした。
知識は広めてこそ価値がある。だったらその辺りの事をしっかりと、後から来る人たちに教えてやるのも、学者である私の役目だろう。
「……とまぁ忠告はしたけどさ、人間を餌と認識する類の動物とかは居ないし、クラウディアが度々足を踏み入れていたアインバッハ大森林より全然安全だから! むしろドラゴンと知り合ったからって、よくあんな危険地帯に丸腰で通えたよねぇ」
「うっ……思い返してみたら、もしかしなくても私って凄く無謀なことしてましたよね……?」
「無謀っつーか普通に自殺行為です」
ケラケラ笑いながら私は肯定する。
正直、私からしてもクラウディアがあの肉食の大型動物や魔物が跋扈する森の中に何度も足を踏み入れていたと聞いて、『頭おかしいんじゃねーの?』って思った。まぁドラゴンに会いに行くのが理由ってなると、気持ちは凄い分かったけど。
「でもそんなクラウディアだからこそ分かると思うけど、そんな大自然の中だからこそ、ドラゴンの力を借りれるというのはかなり大きい。人間の力だけじゃ、どうしても行けない場所に生息してるドラゴンも多いしね」
「あ、確かにそれは分かります」
緊急時……例えばドラゴンの縄張り争いに巻き込まれた時とか、傍に味方してくれているドラゴンが居るか居ないかで、安全度が大幅に変わってくる。
アラネス湧水山でも、シグルドたちが傍に居ればなぁ……と、何度思ったことか。
「というわけで、今回の調査ではドラゴンと同行する形で行います」
そう言って、私たちは辺境伯邸に隣接する形で建設された、ドラゴン用の厩舎までやってきた。
そこにはシグルドを含めた十頭ものヘキソウウモウリュウたちに、蜷局を巻いて眠っているシメアゲカエンリュウのゲオルギウス、そして始祖鳥にもよく似た姿の白いドラゴン……ゲンチョウヒョウムリュウのシロがいた。
クラウディアが私の助手になるのに伴って、オーディスに連れて帰ってきたのだ。現状、帝都で長期的に面倒見続けるのは無理があるし、シロもクラウディアに懐いてるから。
「巨竜半島も広いからね。移動手段はドラゴンじゃないと、正直やってられないレベル。最悪の場合、徒歩で調査することもあるけど、基本的にはドラゴンに乗って行くから」
「分かりました……シロ、力を貸してくれる?」
クラウディアの姿を確認するや、厩舎から飛び出して彼女に甘えるように顔を擦り付けてくるシロ。
そんな一人と一頭の姿を横目で見ながら、私はシグルドに魔石を与えつつ思念波を送り、騎装具を装着してから、その背中に飛び乗る。
シロ用の騎装具は流石にまだ出来ていないけど、クラウディア自身乗り慣れているみたいだし、あまりスピードを出し過ぎなければ十分付いて来れるだろう。
「それじゃあ、行こうか。楽しい楽しい、ドラゴン研究の始まりだ」
=====
その後、ドラゴンに乗った私たちはガドレス樹海を経由して巨竜半島に向かった。
シロはクラウディアを乗せた状態で上空を飛行できるし、シグルドは樹海内にいる魔物とかを振り切って、木々の間を縫うように高速で駆け回ることが出来る。人間にとっては地獄みたいに危険な樹海も、ドラゴンに乗っていれば突破は容易だ。
「これが巨竜半島……!」
そうしてガドレス樹海を超えた先にある荒野を抜け、私たちは巨竜半島の草原地帯へと足を踏み入れた。
地球で言うところの中世のような文明を持つこの世界でも、ここまでの自然は珍しいだろうだろう。クラウディアは感動したかのような声を漏らすと、ある方角を指差しながら興奮した表情を浮かべる。
「見てください、博士! すっごい大きなドラゴンの親子が歩いてます! 巨竜半島って、あんな凄いのが普通に歩いてるんですか!?」
クラウディアが指差した先に居たのは、ブラキオサウルスにも酷似した見た目をした、頭から二本の角、長い首から尻尾にかけて無数の突起を生やした大型ドラゴンだ。
体高だけなら、確認されているドラゴンの中でもトップクラス。アラネス湧水山に現れた二頭の大型ドラゴンを遥かに凌ぐだろう。
体重もまた同様で、あのドラゴンが地面を踏みしめる度に、遠く離れたこの場所にまで地鳴りが聞こえてくる。
「【地竜目四脚竜科】の大型ドラゴン、ナガクビジナリリュウ……私がそう名付けた、開けた平地が多い巨竜半島の沿岸部に多く生息しているドラゴンだね。あれが今回の調査対象だよ」
あの見た目から想像できる通り、ナガクビジナリリュウは地形の凹凸が激しい場所や、木々が密集している場所での生活が向かない超大型のドラゴンである。
その為、自分たちが移動しやすい開けた平地に集まって暮らしていると考えられるんだけど、それが今回ちょっと厄介なことになっている。
「基本的には温厚な気質のドラゴンなんだけど、好奇心が凄い強くてさ。見慣れないものを見つけると寄ってくるんだよ」
私が初めて巨竜半島に来た時、人間なんて初めて見たのか、私を見つけたナガクビジナリリュウは地鳴りを起こしながら近づいて来て、凄い興味深そうに至近距離から私を見つめてきた。
当時はドラゴンが魔力食なんて知らなかったから『食べられる』なんて思ったけど……。
「実際は、初めて見る人間が玩具か何かに見えたのかもしれない……複数頭掛かりでボールみたいに鼻先でどつき回されたよ」
「そんな懐かしい思い出を語るみたいに笑いながら言われても……大丈夫だったんですか?」
「うん。地面は草原だったし、草の上を転がるだけで済んだ」
その時点で攻撃の意図が無いのが分かったから、私も出来る限りであのドラゴンを観察しまくった。沿岸部を歩いてたらちょくちょく見かけるし、今となっては懐かしい思い出だ。
「他にも焚火の火に興味を持って寄ってきたり、即席テントに寄ってきたり……少しでも変な物があるって考えると、とりあえず近付いて鼻先で突いたり、悪気もなく前肢で蹴飛ばそうとすんの」
「蹴飛ばすって、それ凄く危なくないですか?」
「そうだね。今セドリック閣下は不法侵入者対策として巨竜半島に軍港を設置しようとしているんだけど、あの好奇心と巨体は必ず邪魔になるからさ、その対策方法を探ろうってことになってて……鼻先でどつかれるだけならともかく、足で蹴られるのはヤバいね」
あれだけの巨体を体重を支えるだけあって、ナガクビジナリリュウの脚力は凄まじい。生半可な中型ドラゴンなら、ただ歩いているだけで蹴散らしてしまうくらいだ。
「迷い込んできた魔物がナガクビジナリリュウのことをデカい餌とでも認識して襲い掛かってきた時も凄かったよ。その魔物も結構大型だったのに、速攻で踏み潰されてペチャンコになって地面のシミみたいになってたもん。少なくとも、灯台くらいなら簡単に薙ぎ倒しそう」
「えぇ、凄っ! という事は、調べる時は安全な距離を確保して遠くから観察しないとダメってことですか」
「え? 何言ってんの?」
「……え?」
「ガッツリ体の下に潜り込んで、隅々まで調べるに決まってるじゃん。生物調査にそんな半端な妥協は駄目だって」
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