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お淑やかさは、生物学の前では捨て去るもの


 私が巨竜半島に流れ着いてしばらく経ち、ようやくサバイバル生活が安定し始めた頃、ふと私はある重大なことに気が付いた。

 数多くのドラゴンの姿を確認できたけど、食事を摂っている瞬間を見たことがないな……と。

 

「俄然興味が湧いた私は、ドラゴンの食性について調べることにしたんです」


 ドラゴンと一括りに言っても、その姿は千差万別。種類や生息域ごとに食べている物が違うのだろうけど、何よりも気になったのは食事量だ。

 ジークのような小型な種族もいるけど、基本的にドラゴンと言うのは大型で、鋭い牙を生やしている。この点から私は最初、ドラゴンは肉食で大食らいだと思っていた。

 肉食恐竜の代名詞、ティラノサウルスなんかは、獲物の肉を千切るために牙が鋭く発達し、その巨体を維持するために一日に数百キロの肉を摂取しているという学説もある。類似点が多いドラゴンも、同じような食性だと推察していたのだ。


「ドラゴンが肉食だと思っていた私は初め、巨竜半島にはドラゴンに捕食された生物の死骸や、未消化の骨や毛などが混じるフンが散乱しているものだと思ってたんです」

「……おい、貴様仮にも年頃の女性だろう。フンなどと、下品な言葉を抵抗なく言うのはどうなのだ……?」

「何言ってるんですか、フンの調査は生物を調べるのに超重要ですよ。そこを誤魔化すようなことをして、一体何になるって言うんです?」


 悪臭とか汚いとか、そんなことを気にしていて生物学を発展させることは出来ない。そこは完全に割り切らせてもらっている。


「ところが、私の予想に反して巨竜半島にはドラゴンの餌になったと思われる生物の死骸が、極端に少なかったんです」


 いや、それどころか、ドラゴン以外の生物自体が少ない。七年暮らしてみて、ウサギや虫、げっ歯類のような小型の生物はよく見かけたけど、クマやシカみたいな食いでのありそうな大型生物は確認できなかった。

 ガドレス樹海から出てきたり、遠くの海や空からやってくる狂暴な魔物はそれなりの頻度で確認できたけど、それでも半島全域に生息するドラゴンの食事量としては少なすぎる。

 まぁこれに関しては、ドラゴンという巨大な生物が縄張りにしているんだから、大抵の動物は恐れて棲み付かなくなった可能性が高いけど。半島にいる小型生物は、そうして天敵がいなくなって増えたのかもしれない。


「餌となる肉が足りていない。じゃあ実は草食なのかと思い、調べてみたんですけど、これも違う。半島の樹木の葉を食べるドラゴンの姿も確認できていなければ、ドラゴンに食べられた痕跡も見られなかった」


 このことに私は頭を抱えた。生物の食事量は凡そ、体の大きさに比例している。なのに肉も草も食べている様子や痕跡がまるで見られない。

 じゃあドラゴンたちは、どうやってあんな巨体を維持してるの……と。


「そんな行き詰った時です。私は思い切って、ドラゴンの肛門を確認して見ることにしたんです」

「貴様先ほどから下品な話ばかりしていないか!?」

「それが生物を調べるという事ですから」


 当時の私はドラゴンのことに関しては殆ど無知で、近付くのはそれなりに怖かったんだけど、それでも好奇心の方が勝り、ドラゴンの尻尾の付け根辺りにあるであろう肛門を拝んでやろうと、彼らの体の下に潜り込んだ。


「でも驚くべきことに、ドラゴンには肛門すら確認できなかったんです! 私が今まで確認出来た種族、全部! 最初は爬虫類のように目立たないだけかと思い、何日も何日も肛門に張り付き続けたけど……」

「貴様そんなことまでしていたのか!?」

「それでも一向にフンをしないんです! 辛うじて水を飲んで排尿するところだけは確認できましたけど、何食べて生きてるのか全然分からなかったんですよ!」


 フンをしない生物と言うのは、前世でも僅かだけど存在する。しかしそれは、消化しきれなかったものを口から吐き出したり、そもそも固形物を食べなかったりする種ばかりだ。

 ドラゴンは魔物などの別の生物と戦い、仕留めることもあるけど、それを食べることもせずに去って行ってしまう。あくまで自己防衛のための行動であり、捕食活動ではないのだ。

 正直、植物を除いたあらゆる生物は、捕食によって生命活動を維持していると思い込んでいた身としては、ドラゴンの謎が深まるばかりだった。

 

「正直、ドラゴンは樹液か何かでも啜って生きているのかと半ば本気で思っていた頃……私はついに決定的な瞬間に立ち会うことが出来たんです」


 それは、生物を介することなく、まるで水晶か何かのように自然界で稀に生成される天然の魔石を、巨竜半島で見つけた時の事。

 物珍しい物を見た私が思わず観察していると、そんな私の事なんて目もくれず、ドラゴンは魔石を噛み割り、そのまま呑み込んでしまったのだ。

 

「それを見た時思ったんです。もしかしたらドラゴンは魔力を吸収し、それを体内で栄養素に変換しているのではないか……と」


 現状ではあくまで仮説だけど、ドラゴンの生態を七年観察してきた結果、ドラゴンは肉食でも草食でもない、魔力を主食とする魔力食と言うべき食性である可能性が一番高いという事が分かったという訳だ。


「牙の形状から見てみても、進化の歴史を遡れば、肉を食べている時代もあったんでしょう。ですがあの巨体を維持するには莫大な食事量が必要で、餌不足による絶滅の危機があった。だからドラゴンは捕食に頼らなくても生きられるように適応、進化したんじゃないか……というのが、私が考えた説です」


 あの鋭い牙は進化する前の名残であり、今は戦うため、あるいは魔石を噛み砕くためにあるって感じだろうか。


「その後、私は色んな検証と実験を繰り返し、ドラゴンは司る属性によって、好んで摂取する魔力の属性も変わるってことまで突き止めたんです。雷竜目なら雷属性の魔力を、火竜目なら火属性の魔力をって感じに。で、私が用意したのが、この餌って訳です」


 そう言って私は、ローブのポケットからビー玉サイズの魔石を幾つも取り出す。色はバラバラで、全部で六色ある。

 これは私が先ほどと同じように、魔法によって生成した人工の魔石だ。それを幾つもストックして、ドラゴンとの交渉に使えるように常に持ち歩いているのである。


「自然界の魔力は、色んな属性が入り乱れていて純度が低いって言いますからね。高純度の属性魔力は、人間の魔法でなければ用意できませんが……奇しくもそれが、ドラゴンにとっての大好物だったって訳です」

「まさかそのような……! まるで伝承に出てくる精霊のようではないか……!?」


 精霊……確か、自然界の魔力が集まったものに意識が宿った、魔力を糧にして生命を維持する、魔力生命体だったか。

 といっても、この世界では精霊はあくまでもフィクションの存在だけど……確かに、魔力を糧に生命活動を維持しているという点では、ドラゴンと同じだ。


「では我々がこれまで信じてきた、ドラゴンは人を食うという話は何だったのだ?」

「さて……そこは歴史学が絡んでくるので、確かなことは私の口からは何も言えませんが……ドラゴンに対する畏怖が形を変えて、人食いドラゴンの話が出てきたって言うのはありそうですよね」


 ドラゴンは向けられた感情を角で感知し、友愛・無視・敵対を決めて他の生物に対応する。かつて人間から向けた恐怖や害意に反応し、ドラゴンが外敵の排除のために暴れたっていう話が、人々の間で捻じれに捻じれたことで、ドラゴンに人食いのレッテルが張られるようになったのかもしれない。


「ドラゴンが巨竜半島に密集するように集まって暮らしているのも、食性や人間を始めとした他の生物との関わりも関係しているのかも……あ」


 そんな時、私たちの元に近付いてくる一人の兵士がいた。


「殿下、アメリアさん。準備は整いました」

「すみません、わざわざありがとうございます」

「いえ、問題はありません。また何かご要望があれば、いつでもお申し付けください」


 私がお礼を言うと、兵士はを敬礼をしてから去っていく。


「もしや、昨晩叔父上に頼んでいた準備とやらか?」

「そうですそうです。ハシリワタリカリュウの群れと、産卵の瞬間を見届けるためにテント張ってもらったんですよ」


 視線を動かしてみると、群れから程よい距離にテントが一つ張られていた。

 そのテントまで歩いていき、中を覗いてみると、野営に必要な保存食やら着替えやらの道具が一通り揃っていた。


「うんうん、ちゃんとドラゴンの張り込み調査に使えそうな物がありますね……おぉ!? 双眼鏡までちゃんとある! これでズームアップしてハシリワタリカリュウの群れを観察できますよ!」


 しかも閣下によるとこの双眼鏡、私に正式に譲渡してくれるのだという。これで今後のドラゴンの観察も捗るというものだ。


「さぁて、じゃあ早速ハシリワタリカリュウの群れを、じっくりねっとり観察させてもらうとしましょうか!」


 私は意気揚々にテントの傍で胡坐をかいて座り込み、画板に観察記録用の紙をセットすると、左手で双眼鏡を覗き込み、右手で得られた情報を紙に書き込んでいく。

 いずれはハシリワタリカリュウたちと打ち解け、間近で新たなドラゴンの誕生の瞬間に立ち会いたいところだが、今の彼らの警戒心だと、この辺りの距離感が妥当だろう。


「それにしてもお前、まさか本当にドラゴンの群れが移動するまで、この平原で過ごすつもりか?」

「それはそうですよ! せっかくハシリワタリカリュウが誕生するという、これまで拝めたことがない瞬間を捉える絶好のチャンスなんです! その瞬間が来るまで、私はもう絶対にここから離れませんからね!」


 そもそも私は七年間野営し続けてきたような生活を送ってきていたのだ。こんなちゃんとしたテントまで用意してくれたなら、何年でも張り込んで見せる。


「それに、定期的に食料品とか届けに来てくれるんですよね? だったら何の問題も無いですよ」

「普通の人間なら問題だらけなのだが……承知した。私も定期的に様子を見に来るので、必要な物があればその時に報告するように」

「ありがとうございまーす。お手数掛けますけど、よろしくお願いしますね」


 それから、ハシリワタリカリュウの群れの密着調査が始まった。

 これまでと同じ、私にとっては苦を苦とも感じない、楽しい楽しいドラゴンの調査だ。そこに関しては巨竜半島での調査と何一つ変わらない……しかし、ウォークライ辺境伯家によるバックアップを受けた調査は、半島で何でも一人で行っていた調査と比べると、格段に快適で便利であったのは、認めざるを得ない。

 特に食料品の調達。これは毎日必須なのに、一人だと結構苦労させられることも多かったのだ。長期の密着調査の為には、あらかじめ食料を大量に貯蔵しておかないとだし。


 そんな、これまでとは格段にスムーズに行なえた調査の日々が過ぎていき……四日目の夕方。

 私が思っていたよりも早くに、ハシリワタリカリュウは三つの卵を産み落とすのだった。



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― 新着の感想 ―
草原、がどのような草原なのか情報が少ないのですが、どこからも見渡せるような平地だと思いつつ、かわいい卵を産めるのはやはり最強の生物だからでしょうか? でも、魔石?魔力?が食料ということは、卵も黄身や白…
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