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生まれ変わり始めるオズウェル領

書籍化決定!詳しくは活動報告をチェック!



 ヒューバートが逮捕され、ミリセントに潜んでいた彼の手下……より正確に言えば、第三皇子派の手の者も幾人かが拿捕されたことによって、一連の事件が解決した五日後。その間に私の耳にも色んな話が入ってきた。

 どうやら後継者争いに敗れたらしいヒューバートは、その時に生まれた禍根が動機になって今回の事件を起こしたみたい。

 変身魔法でクリストフ代行とこっそり入れ替わり、秘密裏に第三皇子派の手の者をミリセントや領主官邸に紛れ込ませ続けて、オズウェル伯爵に毒を盛って領地を実効支配したって感じで。 


(で、そのバックに居たのはやっぱりと言うべきか第三皇子派か)


 貴族出身とはいえ、それは頭に『元』が付く人間だ。こんな大それたことをやるには金銭的にもコネクション的にも無茶がある。

 だから今回の企みが上手くいけばメリットになる人間が背後に居るのは予想出来ていたし、それが国内に点在する第一皇子派の領主を鞍替えさせることで次期皇帝になる為の地盤を築ける第三皇子派だと分かっていた。


(レイディス王国からの傭兵やら最新兵器やらが帝国内に紛れ込んでいたのも、領主代行の地位に就いたヒューバートや第三皇子派が手を回した結果みたいだし)


 ユーステッド殿下曰く、今回の事件の目的は帝都陥落の為の補給線確保の為だったのではないか……とのことだ。

 隣国で反乱を起こした左翼連中が何らかの目的で帝国の内乱に介入。第三皇子派に兵器や人員を提供することで、ジルニール殿下に皇位を与えようとしていたのではないかと。

 現状では単なる予想だけど、あながち外れてもいないように思う。アルバラン帝国の中枢である帝都は第一皇子派の支配下にあるし、そこを取らない限りは皇位を得られないみたいだから、力ずくで奪いにかかるっていうのはあり得ない事じゃない。


(つまり後一歩遅かったら、いざ内戦が起こった時には帝都のすぐ近くまで敵の補給線が伸びてきている状態で始まっていたってことか)


 実際、レイディス王国の領地から、ヒューバートが支配していたオズウェル領までを仲介する土地を収めているのは、第三皇子派の貴族たちだったらしい。 

 なるほど、確かにそれなら他国の兵士や兵器を帝国の内地までこっそり運び込むのも不可能じゃなさそう……というか、現に第一皇子派に気付かれずに帝都の隣領であるオズウェル領まで運んできていたし。


(ただ意外なことに……ヒューバートは逮捕された後は素直に聴取に応じていたみたいなんだよね)


 どんな心境の変化があったのか分からないけど、支援していた人間……つまり、国家転覆並みのやらかしをした第三皇子派の名前と顔を分かる範囲で話したそうだ。

 とは言っても、ヒューバートも支援者である第三皇子派の目的までは知らなかったらしいけど。ただオズウェル領の次期領主として返り咲きたかったヒューバートと、第三皇子派の利害が一致していただけで、隣国の傭兵や兵器を招き入れていたのも、支援者である第三皇子派に言われてやってたことみたいだ。 


(なんだかんだ言っても、親子の情っていうのでもあったのかな)


 私には縁が無いものだったけど、一緒に責任を取ったオズウェル伯爵に対して思うところがあったのは事実みたい。

 

(その責任を取って、オズウェル伯爵は元伯爵になったけど)


 犯行に及んだのが貴族籍から抜けて部外者となったヒューバートであり、今回の事件の被害者とも言える元伯爵だけど、息子を正しく導けなかったこと、その結果領地を……ひいては帝国を危機に陥れていたことに責任を痛感し、領主の地位から退いた。


(事の大きさの割には、法的に元伯爵が罰を与えられるようなことでもないらしいんだけどね)


 帝国では連座制とかも廃止されて久しいみたいだし、家族の罪と責任を背負う必要はない。

 それでも筋は通さないと皇族にも国民にも、何より息子に示しがつかないと言って譲らなかったらしく、今後は身軽な立場で持ち前のコネと経験、知識を活かしてオズウェル領と帝国の為に後継者を支え、レオンハルト殿下の皇位継承と、その後の統治に尽力するんだとか。


「……では、アラネス湧水山に棲み付いた水のドラゴンは、無理に追い出そうとしてはいけないという事でしょうか?」

「そうですね。サテツマトイリュウの方は巨竜半島へ移動させる方向で何とかなりそうですけど、山間湖を完全に自分の縄張りとして主張してるみたいです。駆除することを無理に止めはしませんけど、犠牲が出るのが嫌なら止めておいた方がいいです」


 そんな風に情勢が目まぐるしく変わっていく中、私はオズウェル領の新しい統治者……クリストフ代行もとい、クリストフ閣下に研究結果を報告していた。

 キリガクレナガヒゲリュウが観光資源である大瀑布に棲み付いた以上、これからのオズウェル領はドラゴンとの共存を強いられる。

 なにせ魔石を餌にしても退くつもりがないみたいだしね。かといって追い出そうとすれば絶対に抵抗してくるだろうし、この土地でこれからも生きていくつもりなら、それはもう避けられないと思う。


「まぁ接して見た感じ、害意さえなければ基本的に人間を嫌がる個体でもないみたいですし、上手く付き合っていけば何もしてこないですよ。濃霧だって、サテツマトイリュウっていう強い競合相手が現れた結果のものですし、高濃度の魔石を対価にすれば、立ち退き以外の要求もある程度は応じてくれます……まぁいざ暴れ出したら手が付けられないのも事実ですけど」


 今回縄張り争いを上手く諫められたのは、ジークの力によるところがかなり大きい。

 農地やら開拓の手間やらの事も踏まえ、この土地でこれからも生活していく以上、また同じようなことが起きた時に地元民の力で対応できなければ話にならない。


「とりあえず、積極的にコミュニケーションを取り続けるのが大事です。怖いかもしれませんけど、長期的な目で見れば放置するのはよろしくない。自分たちミリセントの住民がドラゴンにとってもメリットがある存在、つまり共生できる相手であると理解させることが出来れば、キリガクレナガヒゲリュウが暴れ出した時、人間の呼びかけにも応じてくれる……かもしれない」


 これに関しては本当に確証がない。現時点で人間とドラゴンの関わりと言うのは前例が少なすぎるから。

 ただ不可能ではないとは考えている。ドラゴンが懐いた人間を自発的に守ろうとするのは確認済み。飼い犬や飼い猫でも、主人がクマに襲われた時は守る為に体を張ることがあるというし、文化を持ち合わせているのではないかと思えるほど知能が高いドラゴンであれば、同じ場所に住む人間への配慮を覚えるかもしれない。


「確かに、アラネス湧水山は我が領にとって重要な土地。その場所に居付いたドラゴンとの関わりを避けて通ることは出来ないでしょう……分かりました。ご協力、感謝します。アメリア博士」

「博士って呼ばれるような身分でもないんですけど……まぁ今はいいや。非常に名残惜しいですけど、私も他に研究しないといけないドラゴンが居ますから、この土地に滞在し続けることは出来ませんからね。とりあえず何か問題が起きたら、手紙を出してくれれば駆け付けますんで」


 何しろ私は今日、オズウェル領を発って帝都に戻らないといけないし、そこでの用事が済めば巨竜半島で引き続きドラゴンの研究を進める必要がある。

 魔力の噴出孔の増加に伴い、ドラゴンたちの分布に変化が出てきている以上、巨竜半島におけるドラゴンの分布も変わっているはずだ。


「何から何まで、感謝の念に堪えません。ユーステッド殿下やアメリア博士たちの尽力のおかげで、我が領地の問題が一気に解決したこと……オズウェルの新たな領主として、心より感謝いたします」


 そう言って頭を下げてくるクリストフ閣下。

 キリガクレナガヒゲリュウのこと、ヒューバートが起こした特大の醜聞のこと、オズウェル伯爵家はこれから色んな苦難が待ち受けているのは私の目にも明らかだけれど、不思議と悲壮感のようなマイナスな雰囲気は感じられなかった。


「まぁこの領地への損害を取り戻せたとは、皇族の人たちも考えてはいないみたいですけどね。大変なのはここからだって言ってましたし」

「なんの。これしきの苦難を退けるのも領主の役割です。……いっそのこと、歴史と伝承あるアラネス湧水山の新たな観光資源として、ドラゴンを組み込んでしまうのも良いかもしれません! 聞いたところによると、かのドラゴンは威容溢れる荘厳な姿をしているのだとか。壮大な大瀑布や神秘的な山間湖の雰囲気にも合いそうですし、大々的に宣伝すれば減った観光客を取り戻すどころか、増やすことも出来るかもしれません!」

「へぇ、そんなもんなんですか?」


 私はそういうのにはあんまり詳しくないんだけど、キリガクレナガヒゲリュウは曲りなりにも長期間に渡って山を濃霧で包み、サテツマトイリュウと大喧嘩をして山の地形を変えたドラゴンだ。

 普通なら怖がって近寄ってこないと思うんだけど……。


「何事も伝え方が重要なのですよ。報告によれば、雷のドラゴンが山で暴れても火事にならなかったのは、水のドラゴンが濃霧で山の湿度を非常に高い状態にしていたからだとか。この話を上手く広めれば、かのドラゴンは山火事から人々を守った守護竜として観光客たちへ認知させることも出来ますし、実際に人とドラゴンが接している姿を見せれば、評判が評判を呼んで、その光景を一目見てみようと更なる観光客を呼び込めるという寸法です」

「実際は物事が偶然上手く嚙み合っただけですし、キリガクレナガヒゲリュウも人間を守ろうなんて意識はなかったでしょうけどねー」


 しかし物は言いようだとは思う。確かに見方を変えれば、キリガクレナガヒゲリュウが人間に対して好意的であると錯覚させることは出来そうだ。


「更に博士たちはインパクトのある方法で縄張り争いを収めてくださったことも大きい。皇族であるユーステッド殿下が、竜の聖女と呼ばれるアメリア博士と共に荒れ狂うドラゴンたちを音楽で鎮め、オズウェル領に平和をもたらし、更にはこの地で渦巻いていた陰謀をドラゴンの力を借りて解決した……まるで神話のような出来事が実際にあったとなれば、ミリセントは単なる観光地ではなく、竜と音楽の街として新たな産業発展と、歴史に残る新たな伝承の誕生の切っ掛けにもなり得るかもしれません」

「……まぁ、キリガクレナガヒゲリュウも音楽を好むのは、ここ五日の調査で判明しましたけど」


 実際は神話みたいに、原理の説明不可能な不思議パワーに溢れるようなものではなく、ドラゴンの聴覚を介して脳機能に介入、リラックス効果によって興奮状態からの鎮静化を図れるかどうかの実験だったんだけどなぁ。

 でも確かに、傍から見れば神話の内容みたいなことはしてたし、観光資源になるほどのインパクトあるエピソードとして、歴史に残る伝承なんて謳い文句があれば、よりそれっぽく聞こえはする。時の皇子が聖女の力を借りて暴れるドラゴンの怒りを鎮めたとか、まさにそれっぽい……当人は聖女なんて柄じゃ全然無いけど。


「それに、ドラゴンの木彫りやドラゴンを象った小物類にクッキーやサブレなどの銘菓、ドラゴンを酔わせた酒といった、ドラゴン関連の土産物のアイデアが、既に住民の間で開発され始めていますし、今回の事件も悪い事ばかりではなく、領民の活力にも繋がっているのです」


 確かに、奈良県のシカとかは信仰の対象であると同時に、観光資源として人々の暮らしに恩恵を与えてきた。

 今回の一件が切っ掛けで、このオズウェル領でも歴史と伝承に紐づけられた産業が生まれてくるかもしれない……まぁぶっちゃけ、上手くいくかどうかなんてギャンブルだけど、事業なんて大体そんな物なのかもしれない。


「まぁ良いんじゃないですか? ドラゴンを変に邪魔者扱いをして、害意や敵意を向け合う関係になるよりかは、人間にとってもまだマシなように思いますし、この状況でもチャンスを見い出して食い扶持を得ようとする辺り、逞しい話じゃないですか」

「そうですな……このくらいしなければ、私を信じて当主の座を前倒して継承してくださった父上にはもちろんのこと……兄上にも面目が立ちませんので」


 そう言って、クリストフ閣下がどこか寂しそうに笑ったタイミングで、私たちが話し合っていた部屋の扉からノックの音が聞こえてきた。


「失礼いたします。アメリア博士、そろそろ出立のお時間が迫ってきておりますが……」

「あぁ、分かりました。今行きます……それじゃあ閣下、私はこの辺で」

「えぇ。では改めまして、今回の尽力に当主として深く感謝を。今回は観光をしていただく時間を提供することは叶いませんでしたが、いずれ更なる発展を遂げたオズウェル領へご招待させてください」


 そう言って、クリストフ閣下が差し出してきた右手に、私は握手で応じる。

 とは言っても、私の帝国内地での仕事は終わっていない。帝都に戻ったら戻ったで、本来の目的であるパーティーに参加しなくちゃならないのだ。



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― 新着の感想 ―
そういやパーティーあったねww ドラゴン関係の事件のインパクトで忘れてたw
ドラゴン観光!最高ですね。私も行きたい。
私も、ドラゴンを酔わせた酒はまずいかも、と思いました。ドラゴン力の源の酒、みたいに、陰謀解決に一役買った(かも知れない)酒、と、敵国に誤解を与える名前が良いのでは?(実際、たっぷり寝た後、活躍して、一…
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