事態の終結
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「何はともあれ、コレで向こうも抵抗手段を失いましたかね」
バラバラになったゴーレムの破片を呆然と眺めながら、青い顔をして膝を付く敵傭兵たち。
その顔にはもはや戦意など微塵も残っていない。比べるのもバカバカしい戦力差にただ絶望しているだけのように見える。
「殿下」
「あぁ。そろそろドラゴンたちを止めてやれ。彼らにもう戦意はない……これ以上は無意味な殺戮だ」
確認を取るようにユーステッド殿下に視線を送ると同時に呼びかけると、そんな返事が返ってきた。
これだけ力の差を見せつけた生物が私たちの傍に居る限り、連中もこれ以上の反抗はしないと私も思う。
「警告する。これ以上の戦いは、そちらに被害をもたらすだけだ。命が惜しければ、潔く投降するがいい」
「うっす。……さぁて、もう大丈夫。ありがとねー。お礼にご馳走を上げよう、ほれほれ」
実際、ユーステッド殿下が降伏勧告を呼び掛けると、傭兵たちは一斉に武器を地面に落として抵抗の意思がないことを示し始めた。
捕まったら捕まったで、裁判からの刑罰コースは目に見えているけど、このままドラゴンと戦い続けたら間違いなく死ぬって分かってるんだろう。
私も必要以上の殺しは望むところじゃないし、これならドラゴンをけしかける必要も無いだろう。そう判断し、思念波を送ることで魔石に意識を向けさせ、二頭のドラゴンの臨戦態勢を解除させに掛かる。
「ふ……ふざけるなぁっ!」
そんな中、ヒューバートの怒号が山彦のように響き渡る。
その声に反応し、この場にいる誰もが同じ場所に視線を向けると、そこには怒りで顔を真っ赤にしたヒューバートが興奮した様子で佇んでいた。
「こんな……あそこまで追い詰めてこんな……ありえんっ! 高い金で雇い入れたというのに戦局を簡単にひっくり返されるなど……この役立たずどもめ! 何を早々に降伏しようとしている! せめて命の限り抗え!」
現実が受け止めきれないのか、ヒューバートは傭兵たちに凄いことを言い出す。
完全な利益関係で繋がっている傭兵相手に、敗北必至の敵に立ち向かえなんて無茶ぶりが過ぎる。
戦いを生業とする以上、命を落とすことくらい彼らも覚悟しているだろうけど、無意味な特攻なんてしたくないだろう。現に傭兵たちも、負けたことに変わりは無いから言い返さないけど、誰もヒューバートの言葉に納得して武器を再び手に取ろうとはしていない。
「それ以上の醜態を晒すのはよせ。それは命の限り戦った者たちへ向ける言葉ではない……貴様も曲がりなりにも高貴な血が流れていると謳うのであれば、敗北の責を一身に背負う覚悟を示すべきだ」
「いいや、まだ負けてはいない! お忘れですか!? ミリセントや領主官邸は、すでに私が実効支配していたことを!」
その言葉を聞いて私は……そして恐らく殿下も、ヒューバートの言葉の意図を予想出来た……どうやらこの男は、人質作戦に出るつもりなのだと。
「私も無策で街を離れ、こんな山の中まで足を運んだわけではない! ミリセントや領主官邸の至るところには、私の手の者が潜んでいる! 私に何かあれば、父や住民を処分するようにと! 今ここで私を捕らえるようなことをすれば、彼らもただでは済みませんぞ!? それでもいいのですか!?」
「……自らの保身のために、父君だけではなく民草の命まで脅かすか」
卑屈な笑みを浮かべて脅しに掛かるヒューバートに、ユーステッド殿下は怒りを滲ませる小さな声で呟く。
まぁ人道という観点を除けば、上手いやり方なんじゃないかとは思う。人間を相手にするんなら、ありきたりだけど他人の命を盾にするのは有効だしね。上手くいけば、自分の身の安全は保証されるかもしれない。
……あくまで、上手くいけばだけど。
「そちらこそ忘れてはいないだろうな? 我々は元々、アラネス湧水山だけでなく、ミリセントでも異変が起きていると悟った上で行動していたことを」
溜め込んだ怒りを鎮めるように息を吐くユーステッド殿下。
すると、私たちの上空を長い飛行物体が横切っていき、そのまま旋回。音も立てずに着地してきたのは、赤銅色の体色をしたドラゴンだった。
「ゲオルギウス? どうしてここに?」
「お兄様! お姉様!」
赤銅の蛇竜、ゲオルギウスの背中から降りてきたのは、そのパートナーでもあるティア様だった。
余所行きの動き易そうなドレスに身を包んだティア様は、小走りで私とユーステッド殿下の元まで走り寄り、両腕を広げて私たちを抱きしめてくる。
「よかった……お二人が事件に巻き込まれたと聞いて、どうなっている事かと……」
「あー……ちょっと心配かけちゃいましたかね」
「な、何故ここに皇女殿下が……!?」
突然現れた帝国の姫君に、ヒューバートは口をパクパクとさせる。
不思議に思うのも無理はないだろうけど、私からすればそこまで唐突とは思わない。ここまで揃っているあらゆる情報、条件を考慮すれば、ティア様がこの場にいることはあり得ない事じゃない。
「お兄様……そのお顔の怪我は……」
「気にするな。大した怪我ではない……それよりも、連れてきているな?」
「は、はい。ゲオルギウスに乗るのが一番早いからと」
そう言って、ユーステッド殿下とティア様の二人は、ゲオルギウスに乗って現れたもう二人……全身鎧兜で身を包んだ大男と、その男の手を借りてドラゴンの背中から降り、深くお辞儀をしている老年の男性を見た。
「あの二メートル越えの身長に、凄い立派な鎧に国章入りのマント……顔を隠しても目立つ人ですね」
「わはははははっ! 私ほど身長のある人間もそうはいないからな! おかげで戦地やパーティー会場では良くも悪くも目立つのだ!」
老人を伴い、私たちの前までやってきた大男は、聞き覚えのある笑い声を上げながら兜を外す。
そうして露になった素顔を見て、ヒューバートはとうとう腰を抜かした。
「だ、だだだ……第一皇子殿下まで……!? 一体、どうして……!?」
「うむ。我が国に弓引く愚か者が居ると聞いたのでな。適正に処分するために赴いたのだ」
まるで食堂で夕飯でも注文するかのような気軽さで、レオンハルト殿下は答える。
しかしその言葉の内容は、ヒューバートからすれば決して笑えないものだろう……その上、レオンハルト殿下の後ろに控える老人を見れば、まるで幽霊でも見たかのように両目を剥くのも当然のことだ。
「……ヒューバート」
「ち……父上……! どうして……動けない筈じゃ……」
老人……ベッドから起き上がれなかった筈のオズウェル伯爵は、どこか頼りない足取りではあるものの、背筋を伸ばして真っすぐに息子を見据えていた。
ヒューバートはもう、先ほどまでの威勢を完全に失っている。いつでも殺せる人質として扱っていた自分の父親が現れたとなったら当然だろうけど。
「ミリセントの調査を行う上で、私とユーステッドは密に連携していてな。オズウェル伯爵が毒を盛られていたことや、ドラゴンが揮発したアルコールに酔うなど、複数のハプニングに見舞われはしたが、弟の調査結果を受けて、私も兵士と魔法使いを少しずつ、密やかにミリセントに潜入させていたのだ。今の私に帝国正規軍の全てを動かす権限はないが、第一皇子直属部隊という一部だけであれば可能であるからな」
「んー……つまり、ミリセントに居るヒューバートの手下っていうのは……」
「すでに捕縛済みだ。オズウェル伯爵の協力のおかげでな」
そう言われて、私はオズウェル伯爵に視線を向ける。このお爺さんが意識があるのは分かっていたけど、動けたり喋れたりする様子は見られなかった。
目に力は宿ってたけど、私から紙を受け取った時の手には、握力が全然籠ってなかったし。
「オズウェル伯爵はまともに喋ることも出来ない状態だったが、優秀な懐刀を数人抱えていてな。具体的な指示を出せない状況でも、私から出した手紙を見舞いに訪れた信頼できる部下に渡したことで、その者たちが私たちに協力するように促していたのだ」
「なるほど、それでヒューバートの味方をしている人間を割り出してたって訳ですか」
「あぁ。後は確証を見つけることで捕縛の正当性を得るだけだったのだが……ニールセンが上手くやってくれたようだ。兄上がこの場に居るのもそういう事なんだろう」
そこまで言われると、私も事態の全貌が見えてきた。
オズウェル伯爵が動けるようになったことからも察せられるように、盛られた毒の解毒を進めると同時に、何時でも守れる状況を密かに作ってたんだろう。ミリセントに兵士を潜入させていたことからも察せられるように、住民の警護も同様だ。
そして偶然にもクリストフ夫婦を救出したことは、同時に居場所が分からない人質を確保できたことを意味する。
(そうなったら、レオンハルト殿下とその部下の兵士たちも遠慮する必要はない)
人質を気にすることなく、仕立て人を逃がさないように一気に片を付けることが出来る。
私がドラゴンの調査で『うっひょー』って叫びながら楽しくフィールドワークしている間に、ユーステッド殿下はレオンハルト殿下と協力して、そんな大規模な大捕物の準備をしてたんだなぁ。
「という事は、今こうしてレオンハルト殿下が大急ぎで現れたのは、山狩りの総指揮を取る為ってことですか」
「うむ! ヘキソウウモウリュウに乗ったニールセンという兵士が、ミリセントから即座に皇宮まで報告に来てくれてな。事は隣国も関わる国際問題、皇族であり、外交の権限と経験を持つ私が出張って現場で陣頭指揮を出さねば、適切に対処できまいて! この場に居ない傭兵たちは今頃、街に潜伏させていた部隊によって捕縛されている頃だろう」
確かに、ここにいる傭兵たちはただのならず者じゃない。自国の最新兵器をアルバラン帝国に持ち込んできた、仮想敵国の貴族の支援を受けた連中だ。
他国による内政干渉とか、軍事介入とか、そういう小難しい政治的な問題にまで発展しているのは私にも想像できる。となれば、これは確かに皇族が出張る案件だろう。
「これもお前たちが敵兵や最新ゴーレムを一か所に集め、一網打尽にしてくれたおかげだ。混迷した状況下で、よくぞ十全な働きをしてくれたな、二人とも」
「……いえ、場当たり的な対処で、上手くいったのも結果論に過ぎないので、褒められるほどでは……」
そう言いながらも、ユーステッド殿下は嬉しそうに歪む唇を何とか横一文字に引き締めようとしている。
結果論だろうが何だろうが、最終的には上手くいったんだから、素直に褒められておけばいいのに……なんて事を考えていると、サテツマトイリュウの臨戦態勢が解除されたことで砂鉄の壁が無くなり、帝国軍の鎧を着た部隊が山間湖前まで現れる。
その中には、五体のヘキソウウモウリュウに加えて、その内の三頭に乗ったヴィルマさんたちまでいて、満身創痍で戦意を失った傭兵たち……そしてヒューバートを捕縛していく。
「それではこれより、ヒューバート・オズウェルを連行するが、今の内に何か言っておくことはあるか?」
レオンハルト殿下にそう促され、オズウェル伯爵がヒューバートの前まで歩みを進める。一見すると無表情だけど、内に秘めた感情を必死に押し込めるために取り繕った顔をしているように思えた。
「……愚かな真似をしたな、ヒューバート」
「ち……父上」
そんな小さく重い呟きに、ヒューバートは叱られる子供のような表情を浮かべる。
「かつてお前には教えたはずだ。お前が持つ価値観では、平民の地位が向上し続ける今の時代には適応できないと。貴族という身分から実権が取り払われ、称号だけを残そうとしている時世となり、いずれは一介の行政官と同等の地位に納まる……そんな時代からは逃れられんと」
「…………」
ヒューバートは何も答えない。
納得はしたくない……したくないけど、平民である私と、平民の血が混じった殿下にしてやられたから、何も言い返せないといった様子だ。
「もう貴族が権威を振るっていた昔とは違う。大きく力を付けた平民を下に見過ぎれば、簡単に大きな火種が起こりうる……そんなこれからの時代を生きる貴族に、お前は向いていなかったのは分かっていた……だからこそ、お前には自分の幸せを求めて欲しかった」
「……え?」
しかし、そんな中で放たれた思いがけない一言に、ヒューバートはオズウェル伯爵の顔を見る。
「貴族として平民の生活を支えるために身を粉にする生き方はお前には合わないだろうということは分かっていた。ならば義務に囚われない自由な立場で、自分の幸せの為だけに人生を謳歌した方がお前の為になると思っていたのだ。平穏を望むなら慎ましく暮らしても良いし、裕福な暮らしを求めるなら商人となってもいい。とにかくお前が自分の為の人生を切り開けるだけの資金を渡し、貴族に厳しい時代から解放してやるのが、幼少の頃から厳しい教育を受けさせながら、それを無為にしてしまった私に出来るせめてもの償いであると」
勤めて平静な表情と声で語り掛ける父親の言葉に何を思ったのか、両手を後ろで拘束され、膝を付かされたヒューバートは、顔を俯むかせながら震える。
「だがお前はそれでは満足できなかったのだろう。その為にこのような凶行に及んだのだろうが、それは決して許されることではない。私は皇族の家臣として、この国を守る者の一人として、罪を犯したお前を厳しく罰するように動かねばならない……だが、お前を正しく導けなかったこと、我が子が罪を犯さぬように見守ることをしなかった私にも、今回の事件の責任がある」
ポタリと、ほんの小さな水音が私の耳に届く。
この男がこれまでどんな人生を送ってきたのか……それに関してはさして興味はないけど、顔の辺りから滴り落ちる水滴が、ヒューバートとオズウェル伯爵の間にあった色んな感情を物語っているように見えた。
「今回の事件の後始末には、当主としてだけでなく、一人の父親として私もお前と共に責任を果たす……親子共々、皇族の方々の沙汰を受けよう」
そう言って、オズウェル伯爵は震えて俯くヒューバートの肩に優しく手を置く。
こうして、ミリセントとアラネス湧水山で起こった異常は、幕を閉じるのであった。
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