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巨竜の蹂躙

書籍化決定!詳しくは活動報告をチェック!


「何とか、間に合いましたかね」

「こちらの損害は軽微、上出来だ」


 ズンと、大きな地鳴りの音を鳴らしながら水辺に上がってきたキリガクレナガヒゲリュウ。

 このドラゴンを山間湖から呼び出すのにはどうしても時間が掛かるのが現状だ。タイムリミットはユーステッド殿下が数に押されて負けるまで……私も思念波を送るのに集中しないとだったから満足に動けなくなるし、正真正銘の足手纏い状態の私を守りながら、良く時間を稼いでくれたものだと思う。


「さて……さっき私たちが追い詰められてるとか言ってたっけ?」


 私はキリガクレナガヒゲリュウの口に高密度の水属性魔石を投げ込みながら、ヒューバートたちに語り掛ける。

 虎の威ならぬ、竜の威を借りたキツネと言うのはこういうことを言うんだろうか……小娘と見下していた私の言葉に、連中は明らかに怯んだ様子を見せた。


「確かにこれだけの数で囲んだらそう見えるだろうけど……違うよ」


 ここで連中を逃すような真似をすれば、必ず禍根になる。

 その芽を摘む反撃の為に、キリガクレナガヒゲリュウが思う存分戦える場所……同じ大型ドラゴンとの激しい縄張り争いで更地同然の状態となった、この水の竜の棲み処である山間湖周辺まで誘き寄せたのだ。


「私たちが追い込まれたんじゃない、私が誘い込んだんだ」


 数の利は依然として向こうにある。ならこちらには、その数の暴力すら蹴散らす災害同然の個の力を味方にするまで。

 いくらアリの群れが虫の世界では脅威でも、防護服で身を包んだ人間に、どうやって勝てるというのか……人が大型ドラゴンに挑むというのは、それと同じだ。


「そんじゃ、優しく蹴散らしてくんない? 向こうも殺気立ってるけど、大して強くないからさ。落ち着いてやっちゃっていいからね」


 魔石を対価にそういう思念波を送ると、キリガクレナガヒゲリュウは鼓膜が破れそうなくらいに大きな咆哮を上げる。

 その直後、キリガクレナガヒゲリュウは発達した二本の前肢で地面を掴み、勢いよく敵陣に突撃していった。


「ぼ、防御結界を展か……ぎゃああああああああっ!?」

「馬鹿な!? け、結界が紙きれみたいに……ぐああああああああああっ!?」


 何の捻りもない、単なる体当たり。ただそれだけで、敵傭兵の陣形は無茶苦茶になった。

 キリガクレナガヒゲリュウは地上での移動が得意ではないけど、それはあくまでドラゴンの基準ではの話。今の突進も、一般道路を走っている車と同じくらいのスピード……時速四十キロくらいは出てた。


(あれだけの巨体と重量を持つ生物が、それだけのスピードで突っ込んできたら、そりゃ陣形も何もないでしょ)


 ただ突っ込む、ただ転がる、ただ体をくねらせる……それだけで、防御結界で身を守ろうとした敵傭兵たちが吹き飛ばされ、時に結界ごと身体を押し潰されていく。

 その姿はまるで、アリの群れを無邪気に潰していく子供のようにも見えた。


「ひ、怯むなぁ! 反撃しなければ勝機はないっ! 幾らドラゴンとはいえ所詮は生き物、集中攻撃を続ければいずれは勝てるはずだ!」


 しかし、向こうも戦闘のプロフェッショナル。ちょっとやそっとでは戦意喪失とはならず、キリガクレナガヒゲリュウから離れた場所から、攻撃魔法による激しい集中砲火を浴びせてくる。

 最早私たちに構う余裕も無いんだろう。部隊全ての攻撃をキリガクレナガヒゲリュウ一頭に集中させているようだけど……連続的な攻撃魔法の着弾による爆発に伴う煙から姿を現した水竜の体表面は、全くの無傷。

 血を流すどころか、火傷一つ負っていない綺麗な状態のままだった。


「ば……馬鹿な……」


 これには流石の傭兵たちも、絶望と共に愕然としている。

 確かに攻撃し続ければ、人間の魔法でも大型ドラゴンの体表を傷付けることは出来るかもしれない。しかし、その為にはどれだけ続ければいいのか、全くの目途が立たなくなったってところだろう。しかも相手は棒立ちしている的なんかじゃない。意志を持ち、反撃をしてくる生物だ。

 むしろ反撃に出るなんて悪手。害意と共に攻撃を受け、怒りでヒートアップしたキリガクレナガヒゲリュウは、口から渦巻く水流を吐き出し、敵傭兵たちを纏めて薙ぎ払った。


「……完全に怪獣映画だな、コレ」

「? 今何か言ったか?」

「いえ、何でもです」


 幸い聞こえなかったけど、聞かれたらちょっと面倒なことが、私の口から思わず漏れてしまう。

 そのくらい、地面を抉り、倒木もろとも人間を吹き飛ばす大型ドラゴンの暴れっぷりは凄まじいものだった。

 しかもキリガクレナガヒゲリュウは私の頼みを忘れている訳じゃない。現に水のブレスの直撃を受けた敵傭兵たちは、動けない状態ではあるけど死んでいないのか、体を痙攣させて地面に転がっている。


「て、撤退! 撤退するぞ! こんなの相手にしていられるかっ!」

「お、おい待て貴様ら! こちらは金を払っているのに、目的を果たさずに逃げる奴があるかっ!?」


 絶対に勝てない……その現実を理解した直後、敵傭兵たちは撤退を決めたけど、それにヒューバートが即座に噛みつく。


「戦局を冷静に見極め、負けを悟れば即座に撤退する……判断としては正しいが、陣営内での意志共有が出来ていないようだな」


 ユーステッド殿下の言葉は、まさにその通りなんだと私でも思う。

 まぁそもそもの話、ビジネスライクで繋がっている傭兵側からすれば、全滅するまで雇い主に尽くす理由は無い。傭兵たちは自らの目的と保身のために引き留めようとするヒューバートの制止を振り切ろうとした、その瞬間。


「あ、丁度良いタイミングで来てくれたみたいですね」


 まるで檻のように全方位から噴き出す、電流を纏う真っ黒な山砂鉄が傭兵たちの退路を阻み、振れた者全員を感電させて動けなくしていた。

 

「言ったはずだ、我々は総取りの為に動いたと」


 ドラゴンの力を借りたとはいえ、本来水棲生物であるキリガクレナガヒゲリュウでは陸棲である人間の集団を制圧し切ることは難しい。ましてや相手は身体強化魔法の使い手たち。どうしても逃げられる可能性がある。

 

(なら逃げようとする奴を仕留める役が必要だ)


 そして今、まさにその時の為に、空からサテツマトイリュウが地面に降り立つ。

 絶望しているところに更なる追い打ちを仕掛けるように現れた双頭の巨竜の姿に、傭兵たちは震え上がり、中には腰を抜かす物が現れる中、サテツマトイリュウの首の後ろ辺りから、ジークがヒョッコリと顔を出した。


「アメリアが連れていた小型のドラゴンの姿が見えない時点で、不審に思うべきだったな。お前たちを逃がさないための仕込みは、すでに済ませてある」


 実を言えば……ヴィルマさんたちと別れる直前には、すでに私の傍にはジークは居なかった。山頂に移動してもらっていた、サテツマトイリュウを助っ人として呼び出しに行ってもらっていたのだ。

 頭の良いドラゴンは、思念波を併用して教え込めば人間が立てた作戦も理解できる。それをジークに教え込み、持ち前の強烈なテレパシー能力によってサテツマトイリュウと共有させることで、今まさにこの狙いすましたタイミングで、私たちを助けるために姿を現したのである。


「うわあああっ……! うわああああああああああああああっ!?」

「も、もう嫌だぁあああああっ! た、助けてくれぇええええええええっ!」

「応援、応援を呼べええええええっ! もう人間が生身でどうにかできる相手じゃないっ!」


 その後は、もう悲惨だった。

 電流を纏う砂鉄の壁で閉じ込められて、暴れる二頭の大型ドラゴンが地面を踏み砕いて地形を変え、倒木を吹き飛ばして木片を雨のように降らせ、水龍と電撃が迸る中、歴戦の傭兵たちが泣きながら逃げ惑っている。 


「……改めて思うが、この場所までわざわざ誘導して本当に良かったな」

「そうですねぇ。下手な場所で戦わせてたら、私たちも連中の仲間入りしてました」


 その光景を見ていたユーステッド殿下も流石にちょっと同情したのか、どこか憐みが宿った視線を向けながら青い顔で呟く。

 私たちがわざわざ山間湖の前まで敵を誘導したのは、キリガクレナガヒゲリュウを味方につける為だったんだけど、同時にドラゴンたちが暴れても巻き添えを食わないようにする為だった。

 地形が不安定で、木々が多くて見晴らしの悪い場所で戦わせてたら、絶対に私たちもタダじゃすまなかった。トラが遊びのつもりでじゃれついてきても、それで人間を殺してしまうことがあるように、大型ドラゴンたちは手加減をしているつもりでも簡単に人を巻き添えにして殺す……そのくらいの力が、彼らにはある。


「こうして縄張り争いで開けた状態の場所でなら、巻き添えに対応するだけなら容易だからな」


 そう言いながら、飛んできた倒木を避け、木片を弾くユーステッド殿下。それに倣うように、私も同じように飛来物を避けて巻き添えにならないようにしていると、ゴォオオオオ……というジェット音のようなものが、空から聞こえてきた。


「あれは……レイディス王国の新型ゴーレム?」


 アルバラン帝国では実用化されていない、飛行できる魔道具でもある巨大な人形兵器、計六機が砂鉄の壁を飛び越えてドラゴンたちと対峙、それぞれに三体ずつ割り当てて一対三の状況を作り出す。

 誰かが応援を呼んだのか、状況を察したのかは分からないけど、仲間の危機に駆けつけたのは間違いなさそうだ。


「やった……やったぞ……!」

「最新ゴーレムが六体も……! これなら……!」


 山中では巨体がかえって邪魔になって満足に動けなかったであろうゴーレムだけど、この開けた場所という地の利を生かせるのは向こうも同じらしい。

 この世界では最先端である人知の結晶でもある最新ゴーレムたちは、その巨体に見合うだけの大きな武器を振り上げ、二頭の大型ドラゴンに何度も何度も叩き込み始める。

 その光景を見て、敵傭兵たちやヒューバートの表情に喜色が浮かぶのが見えた。大型ドラゴンにも引けを取らない巨体を持つ、全身鋼鉄製のゴーレムが応援に駆け付けたとなったら、当然の反応だ。上手くいけばドラゴンを倒して形勢逆転だし、現に攻勢に出ているのは数で勝るゴーレムの方なんだから。


「……ま、あれで災害をどうにかできるんなら、誰も苦労なんてしないだろうけど」


 最初の方は、確かにドラゴンたちも守勢に回っていた。自分たちと同じくらいの大きさをした未知の物体が、計六体で突然襲い掛かってきたんだ。しかもゴーレムという感情を持たない相手……殺気も害意も感知できないのに襲い掛かられて困惑したことだろう。

 しかし、事態を飲み込めば殺気が無かろうと、攻撃をし続ける目の前の鉄の塊が、自分たちの敵であると認識し出す。そうなった後は、早かった。

 キリガクレナガヒゲリュウは両前肢と顎で、サテツマトイリュウは二つの顎と、哺乳類にも共通する骨格をした前肢で、それぞれゴーレムを三体ずつ抑え込んだのだ。


「おぉっ!? 凄い! 自分と同じくらいの大きさをした複数体の外敵を相手にする時は、同時に抑え込むための工夫をしている! 自分たちの身体構造の特性をちゃんと理解してるんだ!」


 私が新事実に興奮する中、ドラゴンたちは鋭い牙と強靭な咬合力で、巨体を持ち上げて大瀑布を登る凄まじい握力で、地面に押し倒す脚力で、鋼鉄製のボディをグシャグシャに変形させ、潰しながらゴーレムを押さえつけると、止めとばかりに凄まじい密度と量の魔力が二頭に収束していき……解き放たれた。

 まだ明るい日中の光景を塗り潰すほど巨大な雷撃と、巨大な間欠泉を思わせる水柱が、ドラゴンたちの体を起点として放たれ、彼らに拘束されていたゴーレムは木っ端微塵に砕け散る。

 バラバラとゴーレムの破片が降り注ぐ中、いつの間にか離脱して近付いてきていたジークを、私は肩に乗せると、隣にいたユーステッド殿下はポツリと呟いた。


「…………巨大ゴーレムが」

「殿下? 何でちょっと寂しそうな顔してるんですか?」

「し……していない。していないぞ、そんな顔」


 急いで取り繕ったように真面目くさった表情を浮かべる殿下だけど、その眼は玩具を失った男の子のように見えた。


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― 新着の感想 ―
だって、男の子だもん
この場面映像で見たいなあ! しょんぼり殿下込みでw
おお、素晴らしい展開です。 私もこの場所にいたかった!ドラゴンたちの雄姿を拝みたい!
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