融通が利かない優しい皇子様
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「いや……ふと思ったのだ。こんな事でも、私は周囲から失望されるのだろうかと」
突然そんなことを言い出した殿下に、私は思わず目をパチパチとさせた。
どういうこと……? いまいち要領を得ないんだけど、もしかして自分の顔が傷つくことが損失か何かだと思ってらっしゃる?
「突然のナルシスト発言。自分の顔に傷でも付いた責任を私に取らせようと? 庇われた側ですからそれも吝かじゃありませんけど、殿下って自分の顔とか気にするタイプでしたっけ?」
「違うわ馬鹿者! 別に私は自分の顔など、どうなろうと構わんし、お前を庇ったのも私の為すべきことを為しただけのこと。責任を追及するつもりなど毛頭ない。それに……」
不機嫌そうに鼻を鳴らした後、殿下は怒りを引っ込めて、自分の軍服の袖を捲る。
毎日服をきっちりかっちり着こなす殿下の腕をこうして見るのは、実は何気に初めてだけど……そこには大小幾つもの傷痕が刻まれていた。
「皇子とはいえ、私は曲がりなりにも軍人だ。古傷が残ることくらい日常茶飯事、今更傷の一つや二つが増えたところで何も変わらん」
「まぁそれもそうか」
次期辺境伯として、政務に携わっているだけじゃない。いつ魔物や隣国の軍に襲われるか分からない土地を、兵士たちを鼓舞して守る必要がある殿下は、兵士たちに混ざって軍事活動をすることで、兵士たちからの信頼……ひいては、兵士たちを実態を身を以て学ぶことで、改善案を考えたり、辺境伯軍でのカリスマを得ようと頑張ってる。
当人的には、実利とは別にもっと感情的な動機もありそうだけど、少なくとも怪我して当たり前の環境に身を置いているのは事実。訓練とか実戦とか、どれも相当激しくやってるから毎日のように怪我して帰ってくることもしばしば。
「……だが、急所が密集している首から上に、古傷になるほどの攻撃を受けたことはなかった」
「まぁ、そういう事もあるでしょう。それがどうかしたんですか?」
どんな強大なドラゴンだって、縄張り争いの結果として、古傷を残すことも多い。それは人間も同じで、軍人なら顔に古傷が付くことなんて当たり前みたいなところすらある。実際、辺境伯軍の兵士の中にも、顔にでっかい傷痕が付いてる人が結構いるし、何故かそれを自慢げに見せびらかしてくる人すらいるくらいだ。
「別に古傷くらい、どうってことないって言ったのは殿下本人じゃないですか。今日は随分と要領を得ないことを言いますね」
「いや、それは自覚している。自分でも、上手く言葉が纏まらんのだ」
ユーステッド殿下自身、どこか困惑した様子で、皺の寄った眉根を指で揉みながら言葉を探すと、やがて絞り出すような声で語り始めた。
「傷の一つや二つ程度で、次期辺境伯としての支障が出るとは考えていない。叔父上や正妃殿下、兄上にティアーユ、辺境伯軍の兵士たちも、そのような些末事はきっと気にしないでいてくれるだろう……だが、帝都での評価は変わるのではないかと、そう思ってな」
「ふむ…………あ、もしかしてモテなくなるのを気にしてます?」
「それこそどうでもいいわっ! 何をおかしな方に勘違いをしている!?」
「いやだって、殿下って帝都じゃ滅茶苦茶モテモテだったじゃないですか」
学院を歩けば女子生徒からキャーキャーと言われながらお茶会だのパーティーだのに誘われて、宮廷を歩けば侍女やら貴族の奥様連中に熱っぽい視線を向けられ、パーティーが開かれるとなると、『誰がユーステッド殿下と踊るのか』の話題で盛り上がる。
人間の美醜に疎い私だけど、ああいう光景を見ることで、モテる人間っていうのはユーステッド殿下みたいな人を言うんだって学習したくらいだ。
「ユーステッド殿下が女嫌いなのは知ってますけど、なんだかんだ言って男ってのはハーレム願望があるらしいじゃないですか? だから殿下にも、苦手意識とは裏腹にモテたいっていう、繁殖期のオスらしいムッツリな一面もあったりすんのかなって」
「誰がムッツリだ誰が! 十代後半の男子を繁殖期のオスとか言うんじゃない! 我が軍の兵士か!? お前にそんな下品な会話を覚えさせているのは、我が軍の兵士なのか!?」
正解。この手の話題の情報源は、大体がオーディスの兵士用食堂である。
「言っておくが、ハーレム願望だの何だのと言った願望も私にはない……ただ、世の中には文字通り、表面的な部分だけを見てすり寄ってくる人間というのは、確実に居る。そうした人間たちは、眼に見える箇所に刻まれた大きな傷跡を見ても、これまでと同じように接してくるのかどうか……少し気になっただけだ」
「あー……そういうこと」
殿下の言う通り、人間は目に見える場所……顔とかを見て繁殖相手を決めるという、クジャクみたいな性質を持っている。
本来なら清潔感とか健康面とか、遺伝子を残す相手として優良であるかどうかが、人間が繁殖相手に求める本能的な基準のはずなんだけど、不思議なことに外見とか身分を最優先とする個体が多いのだ。
(それこそ、帝都に居た女の人たちみたいに)
ティア様は言っていた。ユーステッド殿下は帝都で暮らしていた時には、女性貴族から色々と問題を起こされていたと。
それが切っ掛けになって女性に苦手意識を持つようになった訳だけど……。
「人間誰しも、良い一面と、良くない一面がある。一つの側面だけを見て、その人間を判断する者ばかりでないというのは分かっているが…………いや、とりとめのない話をしているな。すまない、忘れてくれ」
そう言って、会話を打ち切ろうとした殿下の表情は、どこか諦めのような感情が宿っていた。
まるで結果は試してみなくても分かる……ほんの僅かだけど、そう言わんばかりの目をしているのを見て、私は何となく察しがついた。
「そっか……ユーステッド殿下は、誰かに失望とかしたくないんですね」
私の言葉にユーステッド殿下は目を見開き、こちらを凝視しながらも何も言い返さなかった。
この人、短気で口うるさいけど、何だかんだで優しくてお人好しだ。とことん性が合わない私が相手でも良いところを見つけて褒めてくれるあたり、人の悪い一面だけを見て、人を見限るような真似をするのに抵抗があるんだろう。
(でも同時に、現実もちゃんと直視しようとしている人でもあるから、必ずしも他人の良いところを見つけられるとは限らないって分かってるんだ)
自分の顔とか身分だけしか見ないまま、自分を追い詰めてきた帝都の貴族女性にだって、自分には見つけられていない良いところがあるはず……そう思いながらも、もしこれまで自分の顔に寄ってきていた人間が、傷一つで遠のいていったとなったら、流石に失望しかねないって予感してるんだと思う。
もしそうなった時、その人の全てを知らないまま、自分の一方的な見方だけで悪し様に評価するのも、流石に悪いかなぁ……なんて事を考えてるんだ。
「馬鹿ですねぇ、殿下って。私に馬鹿者ってよく言いますけど、そっちも十分すぎるくらい馬鹿です」
「おぉいっ!? 最近思っていたが貴様、仮にも皇族相手に遠慮が本格的に無くなってきていないか!?」
「そうですか? 元から遠慮もして無かったと思いますけど」
嫌なら嫌で、他人なんて……ましてや女嫌いの原因を作ったような連中なんて、遠慮なく見限ればいいのに。
何事も白黒ハッキリさせたがる殿下が言葉を詰まらせて会話を打ち切ろうとするのも納得だ。内心ではとんでもなく複雑な気持ちなんだろうけど、お人好しな上に融通が利かず、誰が相手でも見限るような真似が出来ないあたりが、本当に殿下らしい。
「貴様という奴は本当に……相手が皇族だろうと、顔の傷が付こうと、何も変わらん」
「え? 何で傷一つで付き合い方を変える必要が?」
殿下の言葉に、私は素朴な疑問を抱く。
確かに世の中、表面上の部分だけで人を判断する人間は居るし、それを悪い事とは一切言うつもりはない。繁殖相手に容姿の美しさや、ご立派な身分を求めるのも、次世代に強い遺伝を残そうとする本能の表れと考えれば、責められる謂れはないだろう。
「人間の顔なんて、生きてれば自動的に皺だらけになるんです。そんなもんを重要視して、一体何になるんです?」
けれど、何事にも個体差と言うのがある。私は単に見た目の美醜を重要視しない個体だった……ただこれに尽きるってだけの話だ。
「少なくともね、殿下。最初は研究支援目的で一緒に行動するようになった私ですけど、別に支援の為だけでも、ましてや殿下の顔面見て陣営に加わり続けてるわけじゃないんです。どんなに金払いの良いパトロンでも、ただ面倒で口うるさいだけの奴が近くに居続ける環境を我慢し続けてなんかいません……そう考えられませんでした?」
面倒なくらい口うるさくて、融通が利かなくて頑固だけど……これでも私は、不思議なくらいにこの人の事を気に入っている。
ただ性に合わないだけの奴が近くに居ても、研究の邪魔としか感じないしね。嫌なことは嫌だとハッキリ言うし、それを言わないという事は、つまりそういう事だ。
「むしろ良かったんじゃないですか? 殿下は線が細くて外見では威厳が出にくいって悩んでましたし、傷の一つでもあった方が軍隊の中じゃ威厳が出るってもんですよ」
確証のない不安を抱えるよりも、何事もポジティブに考えた方が色々と上手くいく……そんな考えと共に言ってのけると、ユーステッド殿下は笑った。
それは私も初めて見た、未だ十七歳のユーステッド殿下の、無理に背伸びしていない年相応の笑みだった。
「馬鹿者は考え方がシンプルで良いな。傷一つで威厳が簡単に出るなら、そう簡単に苦労などせんわ」
「いやいや、分からないですよ。人間にも未解明なところが多いですからね。顔に傷が付くことで、別の個体の心理に与える影響と言うものが――――」
それから私たちは、体力と魔力が回復するまでの間の時間潰しに、いつもとは少しだけ変わった調子で談笑を続けるのだった。
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