血塗れのダイブ
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ヒューバートへの挑発が効いたおかげか、兵の追跡が激しくなってきていた。
相手が傭兵という金で雇われた人間である以上、雇い主の意向が行動の基準になる。たとえどんなに不合理的な作戦を指示されても、金さえ払われるなら黙って従うし、その結果雇い主に大きな損害が出たとしても、多少の忠告はしても、反感を買うほどの諌言とかはしない……忠義ではなく金で繋がる傭兵とは得てしてそういうものだというのは、ユーステッド殿下の言である。
(今の敵方は、怒り狂ったヒューバートっていう指揮官の下、半ば私怨から私を殺すことに執着している……これなら、ヴィルマさんたちも多少やりやすくなってるはず)
だから一応、狙い通りではあるんだけど……それは同時に、私たちを取り巻く状況も厳しくなっていることを意味している。
「……中々辿り着けんな」
そんな中、私と一緒に藪の中に身を潜めていたユーステッド殿下は、小さな声でぼやく。
私と殿下は今、アラネス湧水山から脱出するのではなく、ある場所に向かって移動をしている。
土地勘のない山の中、数多く存在している敵を掻い潜ってそこへ向かう為に、私の透視魔法を駆使する必要がある訳だけど、それでも中々に難しい。
「レイディス王国の内戦は、主戦場が山中や森の中、建物が密集した町中などと言った、ゲリラ戦になる場合もあるという……今回は向こうの土俵というだけあって、山中での捜索は敵の十八番と言ったところか」
「みたいですね。実際、透視魔法とか使ってそうなのもそこそこいますし」
私自身、こうして透視魔法を使いながら山の中を逃げ回っていて分かってきた。
連中の中に、遮蔽物を挟んだ先にある藪に隠れている私たちの元に、真っすぐに向かってきている部隊がチラホラ存在していることを。
習得が制限されている魔法なだけあって、全ての部隊がそうという訳じゃないみたいだけど、まるで遮蔽物なんて存在していないかのように身を潜めている私たちの元に真っすぐ向かってくる連中の多さを考えると、私の推察は多分当たってると思う。
「魔力の消費量も考えると、どうにか有効な作戦を考えたいところだが……」
その為の材料……敵だらけの山の中、目的地に辿り着くための要素が、現状では足りていない。
さて、どうするべきか。そう頭を悩ませていると、私の透視魔法の圏内に大勢の敵が入り込んだのを視認する。
「不味いですね、囲まれました」
しかもただ敵が近付いてきているんじゃない。明らかに私たちを包囲するようにして向かってきている。
動き方からしても、隠れている私たちの正確な位置を把握できる魔法使いが居るんだろう。それを聞いたユーステッド殿下は、何時でも剣を振れるように構え直しながら、私に向かって口を開く。
「アメリア、突破口としての最適なのは?」
「……四時の方角。あっちは崖になってて、包囲に僅かな穴があるように見えます」
そう答えると、殿下は眉根を潜めた。
「まさか飛び降りろと?」
「覚悟決めましょう、殿下。距離的に交戦の必要がありそうですけど、包囲を突破する可能性が一番高そうです」
「致し方なし……か。良いだろう、付いて来いっ!」
身を隠すために屈んだ状態から、殿下と私が立て続けにスタートダッシュをした勢いで、ガサガサと藪が揺れる大きな音が鳴る。
その音を聞いて、向こうも包囲を感付かれたと分かったんだろう。身体強化魔法を併用し、人間離れしたスピードで私たちを追跡し、その内の十数人ほどが私たちと崖を遮るように先回りしてきた。
「退けぇっ!」
そんな敵傭兵数人を一瞬の内に切り捨て、活路を開こうとする殿下。
その隣で、私は捕まえようと向かってくる敵を跳び箱の要領で跳び越えつつ背中をナイフで抉り、時に上下左右にフェイントを掛けながら突破しつつ足を切り裂きながら、崖に向かってひたすらに駆け抜ける。
正直、後ろから迫ってきている傭兵たちに意識を割く余裕とか全然なかった。いくら運動神経に自信があると言っても、相手は傭兵。戦闘のプロの包囲を抜けるには、素人に毛が生えた程度では足りず……私はすぐ横まで剣を振りかぶった敵が近付いてきていることに気が付かなかった。
「死ねぇえっ!」
傭兵たちからも多少は厄介と思われたのか、それともヒューバートの指示で作戦に変更があったのか、つい数時間前まで捕まえようとしていたのとは違い、明らかにこの場で殺すつもりで剣を振り下ろしてくる。
これはヤバい。避けれない……ならせめて、傷は出来るだけ浅く済ませようと体を捻ろうとした、その時。黒い軍服が私の視界一杯に映り込んできた。
「ぐっ……!?」
その直後、どこか聞き覚えのある短い呻き声と、金属同士が強くぶつかり合ったような音が鼓膜を揺らす。それらの情報から、私はすぐに状況を察した。
「殿下っ!」
ユーステッド殿下が、私を庇って割り込んできたのだ。
振り下ろされた剣は防いだことで胴体には当たらなかったようだけど、代わりに顔あたりから大量の血飛沫が飛ぶのが、後ろからでも見えた。
「問題ないっ! それより道は開けた、飛ぶぞっ!」
「うわっ!?」
そう言いながら、殿下は剣を持ったまま素早く私を横抱きに持ち上げ、崖から飛び出した。
そこまでは手筈通りだけど、想定外なのは透視魔法でも確認しきれなかった崖の高さ。真下を見れば、およそ数十メートルは下に無数の木々が生えているのが見える。
このまま落ちれば、流石にただでは済まない。それは殿下も察していたのか、風魔法の応用で全身から旋風を巻き起こし、跳躍したとは思えないほどの距離を、時間をかけて跳び続けていた。
「やっば!? 私たち飛んでませんっ!?」
「飛んでいるのではない、風魔法で滑空しているだけだ! 落下の勢いを殺して着地するためにな!」
ボタボタと殿下の顔から血が滴り落ち、私の顔や服を濡らし、背後から敵の傭兵による攻撃魔法が殺到する中、私たちは高度数十メートルを高速で滑空する。
風魔法で勢いを殺すと言っても、着地場所を選ばないとエラいことになるのに変わりは無さそうだ。どうにか無事に着地そうな場所は……。
「殿下、あっち! 大瀑布が見えます!」
ユーステッド殿下の腕の中で、私が指差す方向。そちらには、大量の水煙を上げる大瀑布と、そこから海の外まで続く大河が見えた。
「よし……あそこなら……!」
すると私の意図するところをすぐに察したのか、ユーステッドはまるでジェット噴射のような突風を巻き起こして更に加速。
攻撃魔法の直撃を食らうか、滑空する私たちが地面に落ちるより先に、私たちの体は大河の水に突っ込むのだった。
=====
風魔法を併用した崖からのダイブによって、何とか敵を撒くことが出来た私たちは、河辺に上がって岩陰に隠れながら、小休止を取ることにした。
何時間の魔法を併用した逃亡を続けたことで、体力も魔力も尽きてきた。今の内に回復に専念した方がいいし……何より、ユーステッド殿下の止血はちゃんとしといた方がいい。
「ふぅ……何とか血は止まりましたかね」
殿下が顔……右目の下から右耳の下あたりにかけて横斜めに刻まれた傷は深く、出血量も多かった。
一応私が使える治癒魔法で何とか出血は止められたけど、それでも生々しい傷を塞ぐには至らない。私の治癒魔法も本職レベルじゃなく、あくまで応急処置用だしね。
「すまない、助かった。止血が済んだならもう大丈夫だ」
「今はちゃんと応急処置しといた方がいいですよ。動けばまた傷が開きますし、雑菌の侵入を塞がないと破傷風になりかねません」
正直、飛び込んだのが濾過された綺麗な水が流れる山の清流で良かったと思う。これが濁った河だったらどうなっていたことか……。
それでも油断はできないけど、せめて何か傷口を防護する処置でもしないと……。
「よし、ちょっと待っててください」
私は少し離れた場所に生えていた針葉樹からトゲトゲした葉っぱを数枚引き千切り、それを綺麗な河で丁寧に洗ってから殿下の前に持ってくる。
「お待たせしました、殿下。さ、コレで止血しましょう」
「おい待て! それはお前が自分で有毒植物と言っていた木の物だろう!? まさかそれを私の傷に塗る気か!?」
「流石にそんなことしませんって」
そう、私が持ってきたのはアラネス湧水山に群生する、草食動物だけでなく、虫や細菌すら寄せ付けない有毒植物の葉だ。
触るだけならともかく、生葉が口や体内に入り込めば危険で、医薬品と使用する場合には専用の知識と設備が必要になってくるんだけど、実はサバイバルでの応急処置で使うことも出来る。
「ちょっと剣を貸してください、殿下。こうやって、ガーゼや包帯代わりの布の間に挟むようにしておけば……」
私は自分の白いローブコートを殿下の剣で解体。即席のガーゼと包帯を作り出し、それを川で丁寧に洗ってから、傷口を下からガーゼ、生葉の順番で覆い、最後に包帯でキツく固定し、テーピングする。
「これで傷口には直接生葉が触れず、殺菌効果だけ期待できるようになるんです。この植物の毒素は汗や水で染み出し難いですから、少しの間ならこれで大丈夫って、学院の教授が教えてくれました」
「なるほど……ウォークライ辺境伯軍でも野草を使った応急処置を行う事もあるが、場所が変われば使う植物もまた違ってくるのだな。まさか毒草が応急処置に使えるとは」
殿下が言うような応急処置は、私も巨竜半島でのサバイバル生活中にお世話になった。前世でもヨモギを使った止血と殺菌は有名だし。
「まぁ気休めにしかなりませんけどね。怪我をすぐに治すとかは無理ですし、少なくともその傷は確実に残りますけど」
私は殿下の隣に腰を下ろし、ようやく一息つきながら答える。
現状、私の拙い治癒魔法とサバイバル下での応急処置で、殿下の傷を塞ぐのは実質不可能。仮にちゃんとした治癒魔法使いが傍に居たとしても、それだけ深くて大きな傷となると、痕に残らないなんてことは期待しない方がいいレベルだ。
「……傷、か」
「ん? どうかしたんですか?」
そう言いながら包帯で覆われた傷にそっと触れるユーステッド殿下に私が首を傾げると、殿下は小さな声で呟いた。
「いや……ふと思ったのだ。こんな事でも、私は周囲から失望されるのだろうかと」
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