男のプライド
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不幸中の幸いと言うべきか、話し合いが終わるまでの間、私たちは敵に見付かることはなかった。
魔力感知の範囲外に、上手く留まり続けられたんだろう。何時見つかるかというハラハラ感の中、どうにか作戦を練り終えると、ユーステッド殿下はヴィルマさんに視線を向ける。
「それでは、手筈通りに頼むぞ、ニールセン」
「了解しました。ユーステッド殿下、それにアメリア博士も……どうかご武運を」
そう言いながら敬礼をし、ヴィルマさんはクリストフ代行と奥さんの二人と一緒に藪の中に隠れ、隠遁魔法を発動すると同時に、魔力の放出量を抑える。
こうすることで視覚的、魔力的な感知に引っかからないようにしているのだ。もちろん限度はあるし、近付き過ぎれば気付かれるけど、山の中で身を隠すなら十分。
そしてその隠遁魔法の範囲内に、私と殿下は入っていなかった。
「さぁて、行きましょうかね」
私はヴィルマさんたちが隠れた場所から離れ、眼下の草原に展開された敵陣を見据える。
狙いは一番近く、それでいて一番の狙いどころであるとユーステッド殿下が見定めた、最新ゴーレムを擁する部隊。そこに狙いを付けて、私は魔力のロープとハンカチで作った即席投石機をぶんぶんと回転させる。
「最後に確認するが……ここから先は命の保証は一切できん。覚悟はいいか?」
「くどいですよ、殿下。やるんならとっととやっちゃいましょう」
その隣で、殿下が握る剣に強い赤色の魔力が纏う。
火属性を司る赤……炎の魔法剣だ。その刀身からは、遠くからでも感知できそうなくらいに強い魔力が込められている。
「そうか……お前の覚悟を試すような物言いは愚も――――」
「あ、すみません。もう投げちゃいました」
ユーステッド殿下が何か言いかけている最中、私は投石紐からそこそこ大きめの石を放つと、石は放物線を描きながら敵兵の一人に当たる。
流石に頭に直撃させて昏倒させるって訳にはいかなかったけど、向こうも石が飛んで来た方角を割り出すことが出来たんだろう。私たちがいる方を指差しながら、何か叫んでいるように見えた。
「おまっ!? 合図を待つということが出来んのか!?」
「いや、だって殿下が無駄に勿体ぶって引っ張るから……それに敵の注意を私たちに引き付けるんだから、順番なんて左程関係なくないですか?」
「それはそうだが、なぁっ!」
殿下も怒りながら剣を振るうと、横一文字の炎が空中を駆け抜け、敵陣に迫る。
火属性の攻撃魔法だ。それに秘められた強い魔力を感知したのか、敵ゴーレムは大きさに見合わない俊敏さで前に出ると、その鋼鉄の巨体で殿下の攻撃を防いでしまった。
「流石はレイディス王国の最新ゴーレム。損害を出せればと思ったが、傷一つ付かないか……だが」
弾け飛んで落ちた炎が、そのまま草原に引火し、盛大に燃え広がって黒い煙がモクモクと立ち上る。
ここまでされると、向こうも完全に私たちの位置を割り出せたらしい。というか、攻撃する時には木々に隠れず、思いっきり表に出る必要があったから、向こうも私たちの姿を確認できたんだろう。草原を囲んでいた部隊が、一斉にこちらに向かって走ってきている。
「さて……何とか注意を引き付けられましたね。後はヴィルマさんたちが、お二人を連れて上手く逃げ切れればいいんですけど」
ここまでくればもうお察しだろうけど、私と殿下は囮になってクリストフ代行たちを逃がそうとしている。
やっぱり足が遅くて戦えない二人を逃がすとなると、どうしても誰かが囮になる必要があるしね。そこは当初の予定通りではあるんだけど……。
「ヴィルマさん、人間二人抱えた状態で、あの炎と煙の中を強行突破するってマジですか?」
作戦会議中、平然とそんな提案をした辺境伯軍の二人を前に、私もクリストフ代行たちも流石に呆れたものである。
確かに、あれだけの炎と煙を突っ切ることが出来るなら、上手く逃げられそうではあるけど……。
「私の想像の三倍は燃えてますよ、あれ。マジで大丈夫ですか?」
「確かに危険ではあるが、身体強化魔法の練度を上げれば不可能ではない。実際、私もニールセンもガドレス樹海から平原まで侵攻してきた魔物の群れと戦う時、似たような作戦を実行したことがある」
「改めて聞くとヤバいですね、ウォークライ辺境伯軍」
日頃からやったら厳しい訓練をしているのは、私も直に見たことがあるけど、そこまで命知らずなことをしていたとは。
やっぱり国境を何時でも守れるようにするには、そのくらいの勇猛さが必要なんだろうか? 大型の肉食獣や猛毒を持つコブラやにも立ち向かう小動物、ラーテルですらそこまではしないと思うけど。
むしろ確実に逃げるために炎の中を突っ切るという手段に顔を青くしながらも、貴族の矜持とやらで同意したクリストフ代行たちを褒めたい気分である。
「火が服や体に燃え移るよりも早くに突破すれば済む話だ。クリストフ殿たちも、火に直接触れないように肩に担ぎ上げるからな……それより、来たぞ」
そんな話をしている内に、草原に居た連中が私たちの近くまで迫ってきていた。
強烈な攻撃魔法を使ったことで、山中の敵にも私たちの位置が漏れただろう。遠くからガサガサと藪を掻き分けるような音が聞こえて来てるし。
「行くぞアメリア。あのゴーレムは強大だが、その巨体故に山の中での活動には向かん! 襲い掛かってくる傭兵や足元に注意しつつ、目的地まで撤退する!」
そうやって、私たちは周囲の敵兵を自分たちが居る場所に引き付け、近付いてくるのを待ってから、私たちは一斉に動き出す。
「殿下、あっちの方からは人が来てません。何とか突破できそうですよ」
「よし、では行くぞ。アメリアは常に透視魔法を発動しつつ、周囲の状況を探りながら目的地への道を探ってくれ」
「了解です」
私からの助言を受けたユーステッド殿下が先導する形で、私たちはアラネス湧水山の奥へと向かい始めた。
真面に戦ったら命が無いってくらいに、数の利は向こうにある。となると、私たちに出来ることは隠れる場所の多い山中へ逃げ込むことだけど、どうしても視界が遮られる山の中では、私の透視魔法は移動の生命線になる。
(魔力感知は向こうも使えるだろうけど、透視魔法を使える人間はそうそう居ない……それはレイディス王国でも同様のはず)
ユーステッド殿下曰く、向こうの国でも透視魔法の習得と使用には制限が設けられているらしい。
まだ日中とはいえ、どこに段差や崖があるかも分からない山の中、透視魔法抜きで走り回るのは危険だ。仮に敵兵の中に透視魔法が使える人間が居たとしても、ある程度は敵の追跡を振り切りやすくなるはず。
「見つけたぞ! 第二皇子だ!」
「ターゲットの女もいる! 捕まえて殺せ!」
……とは言っても、流石に向こうの数も多い。逃げ続けるのにも限度っていうのがある。
しばらくの間は上手いこと逃げられていたけど、やがて敵の包囲に包囲され、どうしても実力行使で突破しなくてはならない時が訪れた。
「させんっ!」
そうなれば当然というか、殿下が真っ先に前に出て応戦してくれたわけだけど、数は向こうの方が上。殿下が目の前の敵に集中しないといけないタイミングを狙い、襲撃してきた傭兵の内の一人が私に手を伸ばしてくる。
私みたいな小娘一人くらい、簡単に捕まえられるとでも思っているんだろう。その動きにはどこか隙だらけ……だから私は、敵の手が自分の服や体を掴むその直前、ジャンプして二~三メートルは上にある木の枝に掴まった。
「なぁ……っ!?」
まさかこんな風に逃げられるなんて思わなかったんだろう。伸ばした手が空振り、前につんのめる傭兵の体が真下に来た瞬間、私は木の枝から手を放し、傭兵の体に飛び降りて、強引に肩車をする。
「私を殺そうとするのは一向に構わないんだけどさ……」
そしてそのまま、懐に忍ばせていた竜爪のナイフを傭兵の喉を切り裂いた。
「殺そうとしたら殺され返されるのも、自然の摂理だっていうのは自覚しておいた方がいいよ」
私の事をただの女子供、ただの学者だと考えない方がいい。
こちとら七年間に渡って未開の半島で生きてきた野生児だ。身を守る為、生き抜くため、必要に迫られれば、他の命を奪う事に抵抗はないのである。一方的に害せるなんて思わないでほしいところだ。
「こ、このアマぁっ!」
血を噴き出しながら倒れる傭兵の体から飛び降りると、仲間を殺されたことへの怒りからか、槍を突き出して私を刺し貫こうと、別の傭兵が襲ってくる。
その刺突をスライディングをしながら掻い潜った私は、そのまま傭兵の懐に飛び込み、その太腿に竜爪のナイフを深々と突き立てると、そのまま肉を抉るように思いっきり太腿を引き裂いた。
神経を傷付けられ、まともに立ち上がることも出来なくなったのか、傭兵は痛みに悲鳴を上げながら地面に転がる。こうなったらもう動けないだろう。
「気を付けろ! この女、ただの学者では……ぎゃあっ!?」
そうこうしている内に進行方向を妨げていた傭兵を瞬く間に片づけた殿下が、私と対峙していた最後の一人を斬り捨てる。
これで道は開けた……それを確信した私たちは、無言のまま同じ方向に向かって同時に駆け出した。
「いやぁ、人間相手の実践は初めてですけど、何とかなりましたね。覚えておいてよかったですよ、身体強化」
「だからと言って、無理はするなよ。相手は傭兵、戦闘が本職だ。先ほどのように何度も不意を突けるとは限らん」
魔力で肉体を強化していた傭兵たちを相手に大立ち回りが出来た理由……それは単純明快で、私も身体強化魔法を覚えていたからだ。
元々、巨竜半島でのフィールドワークに活用できそうだと目を付けていたし、辺境伯軍というその道のプロが身近に居たからね。元々運動とかも得意な方だったし、習得は割と簡単だった。
おかげで身体強化を使っている殿下のスピードにも付いていけてる。そうして敵を掻い潜り、遠回りしながらも目的地へ向かおうとしていると――――。
「……あっ!? 見つけたぞっ!」
藪を突き抜け、崖をジャンプして飛び降りた私たちは再び、ヒューバートと対峙した。
どうやらいつの間にか、この男の元まで戻ってきてしまっていたらしい。流石に重力には逆らうことが出来ず、私たちはそのままヒューバートの元へ落下していき――――。
「皇族の威光を汚す下賤の血の皇子に、私の顔に石をぶつけた無礼者め! 今こそ天誅をぶぎゅっ!?」
「あ、ごめん」
私はそのままヒューバートの顔面に着地してしまった。
本当だったらそのまま竜爪のナイフを突き立てたいところだったんだけど、すぐ傍には護衛で固められていて、トドメは刺せそうにない。
仕方なく、剣を振りかぶって襲い掛かってくる護衛の敵兵から逃げるように、私はヒューバートの顔面を踏みにじるようにしながら再びジャンプし、殿下と共に距離を取った。
「ここでヒューバートの身柄を抑えられれば良かったが……これだけの護衛に囲まれていては困難か」
ユーステッド殿下は今にも舌打ちしそうな表情で、小さく呟く。
自分の身を守ることへの余念はないのか、ヒューバートの周りには大勢の護衛で囲まれている。他の傭兵たちも迫ってきている中、これだけの人数を同時に相手にするのは流石に厳しいか。
「じゃあせめて、ヒューバートの意識も私たちの方に誘導させます? そうすればヴィルマさんたちも色々とやりやすいでしょうし……私たちに釘付けにしてミリセントから意識を逸らした方が、何かと都合が良いでしょ?」
「それが出来るならそうしたいが、具体的にはどうする?」
「任せてくださいよ、殿下。私は男心を傷付ける秘密の言葉を知っています」
敵からを目を離さないまま、私たちは内容を聞き取られないように小さな声でやり取りをする。
そうこうしていると、ヒューバートは血が流れる鼻の穴を押さえながら、血走った眼で私を睨んできていた。
「平民風情が一度ならず二度までも、貴族の顔をぉぉ……! 最早ただで死ねると「あぁ、それよりさ」」
通算、三度に渡ってヒューバートの言葉を遮った私は、ジッとヒューバートを……より正確に言えば、その下半身を見据える。
「実は私、透視魔法が使えるんだけど……ヒューバートのハート柄パンツの奥にある生殖器、何か小さくね?」
私の言葉に、戦場が奇妙な沈黙に包まれる。
普段は透視魔法で人様の服の奥を覗くような真似はしないんだけど、今回は緊急事態ってことで遠慮なく。
「何だろう、親指サイズっていうのかな? 繊細な小枝みたいで簡単に折れそうって言うか……とにかく、そんなサイズの生殖器が許されるのは、初等部までだと思うんだ。あんたのミニウインナーが移ったら嫌だから、それ以上近寄らないでね短小」
それだけ言い残し、私はユーステッド殿下を無言で促しながらヒューバートから背を向け、敵が呆然としている内に歩き去っていく。
そのまま数十メートルくらい歩いたところで、背後からそれはもう大きな怒声が聞こえてきた。
「あの女を殺せぇええっ! ただで殺すなど許さん! 八つ裂きにしてやるんだっ!」
「よっしゃ逃げますよ殿下! このまま掴まったらマジで八つ裂きにされそうですっ!」
怨嗟に満ち溢れた怒鳴り声と共に、私たちは地面を抉りながら猛ダッシュを開始する。あれだけ怒らせれば、意地でも私を殺そうと躍起になるってものだろう。
「どんな挑発方法だ貴様! こんな時に言うのも何だが、あんな下品極まりない会話を何処で覚えてきた!?」
「そりゃあ、辺境伯軍でですよ。私は軍の人たちとも食堂とかで普通に仲良く喋りますし、平民出身の男が大部分を占める男所帯ですからねぇ。皇族の人たちの前じゃ気ぃ使ってますけど、平民同士で会話する時は大体あんな感じの猥談ですよ? 私は猥談自体に興味はないですけど、生殖器の構造自体には生物学的に興味ありますし」
「あ奴らめぇ……! 女性の前で何という話をしているのだ……!」
どうやら男と言うのは、生殖器の大きさをとにかく気にする生き物で、特に女から平静な声で『小さい』って言われると酷く傷つくらしい。
その上、ヒューバートは市井に降った後も、二十年以上にも渡って自分が伯爵家の当主になるはずだったと豪語している、明らかにプライドの高い人間だ。
そんな奴が平民の女に生殖器の大きさをネタにしてからかわれた以上、許せるはずもなく……アラネス湧水山での鬼ごっこは、さらに激しさを増すのだった。
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