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反撃の狼煙

書籍化決定!詳しくは活動報告をチェック!


 結論から言うと、あの負け惜しみにも聞こえたヒューバートの言葉に嘘はなかった。


「はぁっ!」


 ユーステッド殿下が裂帛の気合と共に剣を振り抜くと、血飛沫が宙に上がり、襲い掛かってきた武装者が地面に倒れる。

 そんな殿下の反対側……私やクリストフ代行たちを挟んだ後方では、ヴィルマさんが襲撃してきた人間の胸に剣を突き刺すと、即座に体を蹴り飛ばして、剣を人体から引き抜いた。


「アメリア、クリストフ殿。夫人も無事か?」

「え、えぇ……な、何とか……」


 山中に襲撃者の死体が転がる中、奥さんは青い顔をしながら頷き、クリストフ殿は息も絶え絶えと言った様子で答える。

 細身で筋肉が付いているようには到底見えない、明らかに普段から運動してなさそうな上に、これまで長期間に渡って監禁されていた二人だ。フィールドワークの機会が多い私はともかく、この二人が襲撃者にちょくちょく襲われながら、山の中を突っ切るのは難しい。


「しっかし、これで何回目ですかね? 山が敵部隊に包囲されてるっていうのも、嘘じゃなさそうですけど……」

「同感だ。これでは正規の道から山を下りるのは難しい」


 私たちは今、ヒューバートとその手下たちから逃げながら、何とかアラネス湧水山から出ようと藻掻いていた。

 一先ず山から出てしまえば、帝都に応援を呼ぶのも、可能だろう。

 しかし、その行く手を阻むのは、すでに発見数百人は超えたであろう数の武装者たち。植物に身隠しながらの逃亡中に、殿下とヴィルマさんが遭遇した数十人を全員撫で斬りにしたけど、その残数は依然として多いままだ。


「アメリア、あちらの方に敵は居るか?」

「うーん……駄目ですね。二十メートルくらい先、薮と木に遮られた向こう側に六人一組で固まって動いてます」


 そんな護衛すべき相手を同行したまま追い詰められた私たちの生命線……それは殿下たちの武力と、私の透視魔法だ。

 元々私の透視魔法は、ドラゴンの体内を調べる為だけに習得したもの。透視できる距離には限度があって、せいぜい三十メートルくらいまでだ。

 しかし、緑豊かで隠れる場所が多いこの山の中では、十分に役立つ。おかげで体力のないクリストフ代行たちを、休憩させながら逃げることが出来ている。


「それにしても……この透視魔法も限定的な状況でしか使えない第三種禁術指定って奴なんですよ? 使って大丈夫なんですか?」

「構わん。私が全責任を取る」


 迷いなく即答するユーステッド殿下。

 元々、必要に迫られれば無許可でも使う腹積もりだったんだけど、殿下がそう言うなら遠慮なく連発しよう。


「それにしても、この連中は何なんですかね? 私やヴィルマさんみたいな平民を殺そうとするだけならともかく、皇族であるユーステッド殿下まで殺そうとするなんて」


 いくらヒューバートという、金を持っている雇い主が居ると言っても、上流階級の人間を殺そうとするのは相当な社会的リスクがあると思う。

 格好は帝国軍のものとは全然違うけど、装備くらい幾らでも取り繕えるし、私じゃ判別がつかない。


「お、恐らく……殿下を害しても逃げ切れる自信があるのでしょう。彼らは国外から来たようですから」


 そんな私の疑問に答えたのは、息を整えながら体力回復に励むクリストフ代行だった。


「私と妻は監禁中、彼らに監視されながら身の回りの世話や、政務書類の受け渡しなどを行ってきていましたが、その際に彼らが発していた言葉は帝国の仮想敵国であるレイディス王国のもの。発音の訛りから察するに、強硬派左翼たちが占拠した、王国西側から来た傭兵団ではないでしょうか?」


 レイディス王国は、私の故国であるエルメニア王国とでアルバラン帝国を挟むように位置している国だ。

 戦争をしているというほどじゃないけど、昔から帝国とは領土侵犯とかをし合う間柄で、そこそこ仲が悪いらしい。


「西側を占拠って……その国、内乱でも起こってるんですか?」

「あぁ。現王政の打破を掲げ、改革派を標榜する貴族たちによってな。元々、レイディス王国西部は複数の傭兵団の拠点になっていて、それが強硬左派の軍事力として王国の内乱に介入していたのだが、それと並行して資金調達の為にアルバラン帝国を始めとした各国で活動していてな。その動きはウォークライ辺境伯領でも注視されている」


 なるほど、たとえ他国の皇族を殺しても内乱でゴタゴタしている他国に逃げ込んでしまえば追及されないっていう腹積もりなわけか。

 実際、傭兵という事は非正規の人間で、辺境伯の兵士みたいに国章入りの装備とか、身元が割れるような物は一切身に付けていないみたいだし、皇子殺しの罪でも躱そうと思えば躱せるのかもしれない。


「そんな仮想敵国の傭兵を引き込み、我が国で犯罪活動を行うとは……!」


 拳を強く握り、怒りをグッと鎮めるように低く呟くユーステッド殿下。

 国の為、ひいてはこの帝国に暮らす大切な人の為に真面目に働いているこの人からすれば、自分たちの利益の為に国内に不穏分子を引き込むヒューバートたちの事が許せないんだろう。少しでも冷静になろうと、深く息を吐いて気を落ち着かせている。 


「……あ。あっちの方は敵が移動して居なくなったみたいですよ」

「よし……では進もう」


 その甲斐があってか、私が声を掛けた時には、ユーステッド殿下は落ち着いた様子で皆を先導し、山中の移動を再開するのだった。

 

   =====


 道中、何人もの傭兵を斬り殺しながら移動し続けること数時間。

 私たちを出さないようにしているのか、敵の数が多すぎて思うように進めず、山中を右往左往としながらも、私たちは何とか山と平原の境目近くまで辿り着くことが出来た……んだけど、事はそう簡単にはいかないらしい。


「予想はしてましたけど、山の外側が一番警備が厳重ですね」


 私は木に身を潜めながら、首から下げていた双眼鏡で、目の前に広がる平原の様子を見渡す。そこには山を囲むように、傭兵と思われる武装集団が等間隔で配置されていた。

 とは言っても、アラネス湧水山はそれなりに大きい。部隊ごとの間隔も、それ相応に開いてはいるんだけど……。


「あの間をすり抜けようとしたら、どうなると思います?」

「間違いなく魔力感知に引っかかるな。魔力の流れから、魔法を継続的に発動している者も大勢確認できているし、強行突破しようとすれば敵兵が一斉に集まってくる……籠城している相手を囲む包囲戦ではセオリーな陣形だ」


 まぁそうなるよね。

 私は軍事の事については専門外だけど、無策で山を包囲している訳じゃないって事くらい、予想付いてた。


「一応聞きますけど、ドラゴンとタイマン出来るユーステッド殿下なら正面突破は……」

「……必要に迫られれば実行も吝かではないが、勝率は低いな。単体を相手にするのと、集団を相手にするのとではまるで違う。巨体と大規模な魔法を有するドラゴンと違い、人間の体と魔法は、一人で集団と戦えるようには出来ていない」


 それも道理だろう。幾らユーステッド殿下が強いって言っても、数の暴力には敵わない。

 どんなに強い昆虫でも、アリの集団に負けるのと一緒だ。あれだけの数の敵を、クリストフ代行たちを守りながら相手にするのは現実的じゃない。


「それに見ろ。あの巨大な鉄の傀儡を」


 そう言われて、私たちはユーステッド殿下が指差す方向に視線を向けてみる。そこには大型ドラゴンに勝るとも劣らない大きさをした、これまた巨大な剣だの斧だのを持つ、全身金属甲冑の巨人のような騎士型人形が、まるで門番のように佇んでいた。

 しかも一体だけではない。左右に視線を向けてみると、それと同じような大きな人型の姿が確認できる。


「密偵の報告書で確認した、レイディス王国最新鋭の戦闘用ゴーレムだ。あれ一体で、魔法使いを擁した一個中隊を打ち破ることが出来るという」

「へー、すご」


 まるでロボットアニメから飛び出してきたみたい。魔道具産業の発展が著しいとは聞いていたけど、隣国ではあんな物まで作ってるんだ。


「レイディス王国は内戦の只中にあるが、世界一の技術大国としても有名で、その技術力は戦争の影響を受けて著しい発展を遂げている……我が国でドラゴンの軍事転用の話が迅速に進んだ背景にも、あれだけの魔道具を生み出すレイディス王国の技術力があるのだ」

「あぁ、なるほど。そういうこと」


 確かにあんなもんが敵国の軍隊から出てくるようになったら、対抗手段くらい欲しくなるか。

 内戦が終わって、国外に向けて軍事力を差し向けられるようになったら、いざぶつかり合えば大損害は免れなさそうだし。


「聞いたところによると、あのゴーレムは大量の魔力を用意できれば空を飛ぶことも、背景に溶け込む隠遁魔法で姿を隠すことも出来るという。あの巨体をここまで運べたのも、その機能があってこそだろう」

「しかし、そのゴーレムがここにあるという事は、やはり今回の一件にはレイディス王国が……」

「その可能性は濃厚になってきたな。あのような最新兵器を第三皇子派に供与するなど……我が国の皇位継承権争いに介入し、国を弱体化させる狙いでもあるのか……? それとも、第三皇子派に力を貸し、後に不利になった第一皇子派にも兵器を供与することで莫大な利益を上げる算段か? ……仮にそうだとしても、あんな優れたデザインの魔導兵器を開発したところで、私は決して羨ましくなど……」


 ……と、そこで私は両手をパンパンと鳴らし、皆の注意を引き寄せる。


「まぁその辺りの議論については今考えても仕方ない事ですし、とりあえずどうやったら現状を打破するか考えませんか? 幸い、しばらくの間は敵に気付かれる様子もありませんし」

「む……そうだな、すまない。話が脱線するところだった」


 そう言いながらも、チラチラと巨大ロボもとい、最新ゴーレムに視線を向けるユーステッド殿下。

 ……何で敵の兵器にちょっと熱い視線を送ってるんだ、この人。


「取れる手段が限られ、護衛対象を抱えている今、最も効果的なのは囮作戦だろう。包囲している傭兵たちの注意を引き付け、その間にクリストフ殿と夫人、そしてアメリアを安全圏まで移動させる」

「なるほど……それでは囮役は私が行いましょう。殿下は博士たちと共に――――」

「いいや、囮役になるのは私だ」


 ヴィルマさんの言葉を遮り、とんでもないことを言い出す殿下。それに真っ先に反応を示したのは、クリストフ代行だった。


「なりません、殿下! 皇族である貴方様が囮になるなど……ましてや貴方は命を狙われているのですよ!? 囮と言うのであれば私が!」

「いいや、ヒューバートにとって今一番排除しておきたいのは、ドラゴン事業の要であるアメリアか、正妃殿下や兄上との面通りも比較的簡単に叶い、第一皇子派の中でも発言力を有する私のどちらか。囮としては、クリストフ殿より私の方が適任だろう」


 確かに……ヒューバートにとって逃がしたくない相手は、この場にいる全員ではあるけど、それでも皇族という肩書は大きい。

 仮に殺さなくても色んな利用方法がありそうだし、ユーステッド殿下は餌としてはかなり美味しいのは間違いないと思う。


「それに……クリストフ殿は長年に渡って伯爵家の政務の引継ぎをし続け、今やオズウェル統治に無くてはならない存在だが、次期辺境伯として学び出して然程年月が経っていない若輩者の私は、まだ替えが利く存在なのだ。死ぬつもりはないが、仮にそうなった時でも、代わりとなる者は育て直せる」


 ……その言葉を聞いた途端、私の脳裏に色んな記憶が浮かんでは消えていく。

 それはユーステッド殿下と楽しそうに話しているティア様の姿だったり、殿下の成長を温かく見守るセドリック閣下だったり、何時でも真剣に学びながら仕事をしている殿下に期待を寄せるウォークライ領の人たちの顔だったり。

 ……ついでに、これまで私と過ごしてきた時の殿下の、怒った顔とか、笑った顔とか、真剣な顔とか、心配している顔とかだったり。


(……何かやだな)


 私は率直にそう思った。

 命を守る為に逃げる権利が誰にでもあるように、命を懸けて戦う権利もまた誰にでもある。だから私はユーステッド殿下の選択に口を挟む気は毛頭ない……けれど、この人が目の前から居なくなるっていうのは、何か嫌。

 自分でもちょっと不思議なくらいだけど……私たちを守る為に、自分一人だけで命懸けの活路を開く選択を選んだ殿下の背中を、押してやろうという気持ちになった。


「だったら殿下、どうせなら総取りにしません?」

「総取りだと?」


 私がそう言うと、ユーステッド殿下は怪訝そうな表情を浮かべる。


「そう、総取りです。だって嫌でしょ? 外敵に譲歩して餌や縄張りを譲るみたいな、生きるために自分を犠牲にするような真似をするのは。まぁ生きるっていうのは得てしてそういうものではありますけど……ただ目の前の肉を食うために戦う動物と違い、人間は知恵を絞って、より多くの利益を得るために戦うことができる生物です。殿下だって本当は、全部上手くいかせる手段に心当たりがないわけじゃないんでしょう?」


 殿下は私の言葉に押し黙る。

 この様子を見るに、図星なんだろう。本当に分かりやすい人だ。


「だが、仮に私が考えている事と、お前が考えていることが一致しているとしたら、それはお前の身を危険に……」

「殿下、それに関しては今更過ぎますって。前にも言いましたけど、野生動物の研究している以上、殺気だった動物に追いかけられるのは何時ものこと。それが今回はたまたま人間だったって話です」


 殿下の言葉をそっと遮る。

 私だって分かっている。この人が何かにつけて、私を守ろうと立ち回っている事くらい。以前、自分が口にした『守る』という約束を、愚直なまでも果たそうとしている事くらい、私だって理解しているのだ……それでも。


「そもそも守られ系なんて、私のキャラじゃないんですよねー! あぁいうのは、ティア様みたいな深窓のお姫様って感じの人向けであって、私みたいな罠張って獲物を仕留める系野生児には似合わないっていうか、想像しただけで鳥肌立ちそうです!」


 私はケラケラ笑いながら、手のひらを上下にヒラヒラと動かす。

 そう、私は守られるだけなんて性に合わない。何時だって、私は自分の道は自分で切り開いてきたから。たとえ相手が怒り狂うドラゴンでも、私は我を貫いて研究を続けてきた。

 今回もそうするってだけの話。この人の負担になんて、なってやらん。


「だから殿下、私が貴方を研究に利用してきたように、殿下も私を上手く使ってみてくださいよ。不敬だろうと無礼だろうと、私は貴方の悪友として、ぶつかり合いながら隣を走ってきたつもりなんですから」


 そう言うと、殿下は何か言い返そうとしたけど、口から言葉が出てこずに喉に詰まり……やがて諦めたかのように、それはもう深い溜息を吐いた。


「そこまで言うからには、お前の方にも何らかの策はあるんだろうな? 言っておくが、半端な策では私は決して意見を変えんぞ」


 その言葉に私はニカっと笑う。

 こうして私たちは、反撃の狼煙を上げるための作戦会議を始めるのだった。



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ヒューバートの反乱だが、予想はしていたもののここまで結果を急がれるとはユークリッド殿下も考えていなかったということかな。 でなければ、自分からわざわざ肉食獣の口の中に入っていくような真似をするはずが無…
 殿下、殿下ッ! 意外と好かれて...懐かれてますよッ!?
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