ズボラな元令嬢と、真面目な皇子の朝
短編作品、「私の鷹は、婚約者の浮気現場を撮影してくるお利口さんです」も、興味があれば読んでくれると幸いです
結果から言えば、私の提案は受け入れられた。
セドリック閣下たちも、ハシリワタリカリュウの群れがアルバラン帝国領の奥へ移動をすることと、それによって生じる混乱を懸念していたらしく、かといって戦闘になれば多大な犠牲は免れないのなら、巨竜半島への誘導が最善だと判断したのだ。
そしてその作戦は、私主導で行われることになった。
『我々はドラゴンを脅威として捉えているが、その実、詳しい実態に関して何も知らない。であれば、ブレインとなる専門家を計画の中核に据えた方が動きやすいだろう』
……というのが、このウォークライ領の統治を任せられる最高責任者である辺境伯閣下の言葉である。
こうして、ハシリワタリカリュウの群れを巨竜半島に送ろう作戦が実行されることとなった。
群れを囲っていた物々しい防衛部隊は、群れに刺激を与えるという事で、私の指示により監視役を残して撤退。時間も遅かったので、諸々の準備も兼ねて、翌日から行動を開始ことが決定した。
「あー……ベッドで寝たのなんて、七年ぶりだわ」
そして朝。辺境伯邸に泊った私は、客室のベッドで目が覚めた。
貴族が来客用にと用意したベッドはなかなかの広さと寝心地で、枕元で尾を丸めて眠っていたジークも、私の起床を感知して覚醒する。
「さーて、必要な物は昨晩の内に全部揃えてくれているはずだし、早速行こうか、ジーク」
ブカブカのローブを羽織り、ジークを背中に隠して客室から出ると、ユーステッド殿下とバッタリ遭遇した。
「あぁ、殿下。おはようございます」
「起きていたか。今日は朝から早いと言っていたし、今から起きているかどうかを確認しに行こうとしていたのだが、どうやら杞憂だったな」
「それはお気遣い、わざわざすみません。これでも眠りは浅い方なので、早起きは得意なんですよ」
早朝にも関わらず、首元までボタンを留めて、ビシッと軍服を着こなしているユーステッド殿下。
朝っぱらから随分と窮屈な格好で大変そうだが、どうやらこれがウォークライ領で軍事に関わる役職に就いている人間の正装らしい。
「それじゃあ殿下、私早速ハシリワタリカリュウの群れの所に向かうんで、失礼しまーす」
「おい待て」
意気揚々に、そして早朝らしく爽やかに立ち去り、早々に屋敷から出発しようと私の肩を、ユーステッド殿下が有無を言わせない様子でがっしり掴む。
「ちょ、何ですか殿下? 私、早くハシリワタリカリュウの元へ向かいたいんですけど」
「貴様まさかとは思うが、その髪の毛が乱れに乱れた、見るに堪えないだらしのない姿で出かけるつもりか?」
「え……? あぁー……」
確かに、私は巨竜半島に住み着くようになってからというもの、身だしなみというものとは無縁だった。
不潔なのは病気の原因になるから、物々交換で手に入れた石鹼や洗剤を使って体や服を洗う習慣は残っているけれど、実家にいた時みたいに身支度一つに時間をかけるような生活は送らなくなったと思う。
「でもまぁ、別に良くないですか? よっぽど悪臭でも放ってない限り、ドラゴンたちは私の格好なんて気にしませんよ」
「我々人間が気にするのだっ! 貴様は辺境伯である叔父上からの任を受け、今回の事態の解決へ向けて指揮権の一部の譲渡された人間なのだぞ!? そのような者が、目を覆いたくなるようなみっともない姿を晒してどうする!? 服に関しては準備が出来ていないゆえ、この際強くは言わんが、せめて顔を洗って髪を梳かさんか!」
「ちょ、あぁっ!? そんな無理矢理……ご無体なぁ!」
そのまま怒りに身を任せたユーステッド殿下により、私は無理矢理、鏡台の前まで連れてこられ、座らされた。
万が一にでも、産卵の瞬間を見逃したくないから、早く行きたいんだけどなぁ……この様子からすると、下手に抵抗したら余計に時間食いそうな気がする。ここは素直に従っておくのが吉か。
「寝癖とか、適当に水で濡らしといたら直りますから、水桶でも用意してくれたらそれでいいですよ?」
「それでは乾いてもすぐに髪がはねるではないか。……初めて会った時から思っていたが、貴様相当だらしなく、適当な性格だろう」
「そう言う殿下は、随分と生真面目なようで……」
よく言えば世話焼き、悪く言えばお小言が多く、堅物で融通が利かない性格といったところか。
この七年、とにかく自由気ままに生きてきた身としては、ユーステッド殿下はちょっと相性が悪い相手だ。……私が極端にズボラなのは認めるけど。
「いいから黙っていろ。状況が状況なのは理解しているから、すぐに終わらせてやる」
そう言うと殿下は鏡台の引き出しからブラシを取り出し、それを水魔法で濡らして素早く、その上で繊細で優しい手つきで髪を梳かし始める。
明らかに慣れた手付きに、私は実家にいた時に、毎朝髪を梳かしてくれたメイドの事を思い出した。
「何か随分手慣れてません? 髪を梳かすなんて貴族……ましてや皇族ともなれば無縁の事だと思ってたんですけど」
「……私には、お付きの侍女というものがいない。身支度は全て、自分でやっているからな」
一介の伯爵家の生まれだった私にも日頃の世話をする人間が大勢いたのだ。皇族ともなれば、着替えから何まで身支度を手伝ってくれる使用人がいてもおかしくはない筈だ。
この辺境伯邸でも、侍女の人が働いているのを見たし、ウォークライ領に来てから自分の身支度を全部自分でするような生活はしてないと思うんだけど……。
「ていうか、私の髪を梳かすなんて、わざわざ皇族の殿下がしなくても良いのでは? 私に自分でやらせるのが信用できないなら、普通に侍女の人を呼ぶなりすれば……」
「そもそも、この館の侍女たちは皆、兵士たちの着替えの洗濯や食事の用意で忙しい。わざわざ人に手伝わせず、身支度は自分で済ませるくらいの事をせずしてどうする」
「あぁ……そうなんですか」
そう聞いて、私は自分を無理矢理納得させる。
侍女の人が凄い多忙という殿下の言葉にもきっと嘘はないんだろうけど……殿下は何かを誤魔化した。何となく、そんな感じ意図が口調の端々から感じられた。
正直、私は殿下にそこまで興味はないし、あんまり根掘り葉掘り聞くのもどうかと思うから、口には出さないけど……。
「さぁ、終わったぞ」
そのまま無言の時間をしばらく過ごしていると、鏡には相変わらず目つきが悪い小柄な娘……髪を梳かし終えた私の姿が鏡に映し出される。
癖が強い薄い鼠色の髪は、殿下みたいなツヤツヤでサラサラな黒髪とはほど遠いけれど、それでもある程度は見れる状態になっていた。
「おー……寝癖がない自分とか、なんか凄い久々な気分です」
「……お前はこれまで、どんな生活を送ってきていたのだ……」
見慣れない自分への新鮮さと、そこはかとない懐かしさを同時に味わっていると、殿下は頭が痛そうに深々と溜息を吐くのだった。
=====
身支度が終わり、紙やペン、インクに画板などを持って、オーディスを出て群れの元に向かう私だったが、実は同行者が一人ついてきている。
私の活動のサポートに加え、何かと忙しいセドリック閣下に状況を纏めて報告するための人員だ。それ自体は何も問題はない、むしろありがたいことではあるんだけど……。
「まさか殿下が私に同行するとは思いませんでした」
「お前をドラゴン対策の協力者にと提案し、ウォークライ領にまで連れてきたのは、他の誰でもない私だ。であれば、その行動を監督し、責任を取るのも私の役割だろう。それにここは巨竜半島とも隣接している地、ドラゴンについて知見を広めるのは必要な事でもある」
さも当然のように言ってのけるユーステッド殿下は、やはり生真面目な人だと思う……一瞬、「殿下ってもしかして暇人なのかな?」って思ったけど、それは言わぬが花だろう。
それに、誰が同行人であっても関係ない。私のやることに変わりはないのだから。
「それで、具体的にはどうするのだ?」
「そうですね……子供が生まれるまで、群れが移動をしないというのは昨日話した通りです。なのでその日が来るまで、彼らとコミュニケーションをとるための土台を作ろうかと」
ようはあのハシリワタリカリュウたちを手懐けようという事だ。
群れを囲む防衛部隊が撤退した今、ある程度までは警戒心が薄まっていくはずだから、可能か不可能で言えばそれも可能のはず。
「ドラゴンを手懐けると言うが……実際にはどのようなことを?」
「別に特別なことはしていないですよ? 馬や犬みたいな動物と同じく、餌付けで心を開いてくれたりしますから」
動物が人に懐くのは、彼らが社会的な生き物であり、人間との間で相互に利益のある関係を築くことが出来るからだと言われている。
人間との共生関係を築き、愛情や協力を示すことで、人間から餌を与えられたり、怪我をした時は保護してもらえることを学習しているのだ。
ドラゴンもそこは同じ。だからジークやスサノオも私が用意した餌を対価に、私のために働いてくれているという訳である。
「それに関しても疑問だったが、一体どのような餌を与えているのだ? 我々もかねてより、戦闘ではなく餌で誘き寄せながら、群れを遠くまで誘導しようと試みたことがある。しかし、肉類、野菜、果物……果てには牧草などといったものも用意したが、一向に興味を示さないようだったぞ」
「私も最初、ドラゴンの食事に関しては疑問に思ってました」
しかし、そこに関しては説明するよりも、まずは見るのが手っ取り早いと思う。
そう考えていると、ハシリワタリカリュウの群れが肉眼でもくっきり捉えられる位置まで、私たちは移動してきていた。
「殿下、ここから先は危険なので私一人で行ってきます。今から餌を与えに行くので、この場で待機して見ていてください」
「……いや、緊急時の為に私も同行しよう。いざという時、お前を抱えて逃げる必要があるだろう」
深く深呼吸をし、意識的に気持ちを落ち着かせながら、殿下は真っ直ぐに私を見据えながら断言する。
多分だけど、昨日言った、個体差で攻撃してくるドラゴンの話でも思い出したんだろうか? 私は慣れっこだからどうってことないのに……本当に真面目な人だと思う。
「はぁ……分かりました。常に感情の波を押さえながら、私に付いてきてください。動揺や恐怖を悟られれば、それはドラゴンたちにも伝播しますから。あと、怪我しても自己責任でお願いしますよ? 私は止めましたからね?」
「承知した」
殿下が頷くのを確認すると、私は先導する形で群れにゆっくりと近づいていく。
そのまま昨日と同じくらいまで距離を詰めると、卵を腹部に抱えた母竜を囲むハシリワタリカリュウたちが、一斉に私たちの方を向いて頭と尻尾を繋ぐラインを水平にした。まだ警戒心と興奮が、完全に抜け切っていない証だろう。
「どーも、昨日ぶり。お母さんの調子はどう? 昨日言った通り、周りを囲ってたのは皆追い払ったからさ、今日は今まで怖がらせたお詫びに来たんだ」
そう言葉に嘘が無いように強く念じながら語りかけると、私はある魔法を発動する。
この魔法は、決して特別なものではない。魔力をエネルギー源として動く魔道具産業が発展してきてからは、一般家庭でも使われることが多くなった、ごくありふれた魔法だ。
放出した魔力を一点に向かって凝縮と圧縮をするのを繰り返すことで、無形の魔力はやがて形を持ち、硬度のある物体へと変質していく。
凝り固まった魔力の結晶体にして、魔道具の動力源にも使われることが多い物体……魔石を生成する魔法だ。
「さぁて、出来たよー。私たちはここにいるから、好きな時に好きなだけ持っていきなー」
そうして鮮やかな赤色……ハシリワタリカリュウが司るのと同じ、純粋な火属性魔力だけが凝縮されて生成された、一抱え近くまである人工の魔石を幾つか作り出した私は、それらを地面に置いて、殿下と一緒に数メートルほど後退する。
すると、群れからハシリワタリカリュウが三頭ほど、ゆっくりと魔石の元へと近付いていき、それらをパクリと咥え、そのまま母竜の元へと運んでいった。
母竜は運ばれた魔石を口で受け取り、それをまるで飴玉みたいに噛み割りながら、あっという間に呑み込んでいく。
「うんうん。出産にはエネルギーがいるからね。平時と比べると、やっぱり食いつきが違う」
「ま、待てアメリア! 今魔石を食べたが、まさかドラゴンの食事と言うのは……!」
「多分、殿下の御察しの通りですよ」
ドラゴンの食性に関して、私が多くの観察と実験から辿り着いた答え。
それは既存の生物学の常識から逸脱した食性。
ひいてはそれは、ドラゴンという生物による、種を存続させるための驚くべき進化の過程でもあった。
「魔力食……それが肉食とも草食とも異なる、ドラゴンの食性です」
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