逃亡開始
書籍化決定!詳しくは活動報告をチェック!
「まぁ私を殺そうとしているのはいいとして、もしかして濃霧の一件を解決させて美味しいトコ取りしようとしてます?」
「全くよくないが……そういうことだ」
アラネス湧水山を覆っていた濃霧は、ミリセントの経済に大きな打撃を与えていた。
しかし、それはオズウェル伯爵たちにも解決できない異常現象。領地運営の実権を奪ったヒューバートもそれは同じで、必然的に住民からの不満が蓄積されていき、いつ爆発するのか分からない状態が続いていたはず。
(そこで事態解決のために派遣されてきたのが、第一皇子派に属している私たちってことか)
ミリセントの経済打撃で痛い目見てるのは、ヒューバートも同じ。私たちが本当に濃霧を解決できるなら儲けものだっただろう。
だから濃霧が無くなるのを辛抱強く待って……今日無事に晴れたことで、武装集団を引き連れて山に入ってきた。
「私を殺すことで第一皇子派が推進している、ドラゴン関連の事業をストップさせるために」
前々から注意されていた。現状、世界唯一のドラゴン研究者である私は、第一皇子派の事業にとってのアキレス腱のようなものだと。
事業を動かすには必要不可欠ではあるけど、失ったら事業が全てストップしてしまい、その批判は第一皇子派全体に殺到しかねない。
『ドラゴンの受け入れは専門家指導の下行なわれている』という、正妃様やレオンハルト殿下、セドリック閣下たちの言葉を信じて帝都やオーディスに受け入れた国民からの信頼、その根底を覆し、支持率の暴落に繋がると。
(そしてユーステッド殿下は、将来的に辺境伯として第一皇子派の中核メンバーの一人になる)
国境を守り、巨竜半島を領地として管理するウォークライ辺境伯家の価値は、私が研究協力をし始めたことで日増しに高まっている。その跡取りが第一皇子と仲良しともなれば、第三皇子派にとっては間違いなく将来的なリスクになるのは、私でも分かることだ。
しかもレオンハルト殿下に何かがあれば、事と次第によってはジルニール殿下と帝位を巡って争う事にもなり得る。
「なるほど、その不安が的中したと殿下は考えてるんですね?」
ヒューバートが第三皇子派と繋がっていると、すでに調査で判明している。
それだったら、政敵である第一皇子派の足を引っ張る為に私やユーステッド殿下を殺すくらいのこと、この異世界の、このご時世の人間ならやってのけるだろう。
「あぁ。とは言っても、今までは憶測の範疇に過ぎなかったがな。その憶測を裏付ける決定的な証拠を探る為にミリセントでも秘密裏に活動していたが……今回、本物のクリストフ殿が発見されたことで、発覚した情報が点と点で結び付き、ようやく事態の全体像が浮かび上がってきた」
そう言って、ユーステッド殿下は本物のクリストフ代行と、不自然な人工の洞窟を見る。
「木を隠すなら森の中とはよく言うが、魔法によって監禁場所の入り口を自然と同化させるとはな。普通なら、発見は困難を極めただろうが……恐らく、大きな振動か何かによって、入り口を塞いでいた岩盤が崩れたのではないか?」
「え、えぇ……ここに監禁され始めてしばらく経ったあたりから、山では大きな揺れが頻発しているとは思っていたのですが、今日は特に激しくて」
それを聞いて、私も凡その状況を把握した。
恐らく……というか、ほぼ間違いなく、ドラゴンたちの縄張り争いの影響が、クリストフ代行と奥さんの監禁場所にまで及んでいたんだろう。
あの激突は山全体を揺らすほどに激しかった。よくよく見てみれば、周辺の岩肌にも大きな亀裂が入っているし、あの縄張り争いが洞窟の入り口部分を崩したことで、クリストフ代行の助けを呼ぶ声が外に漏れ、それが近くにいた私たちの耳に届いたんだ。
(思い返せば、初日に拾った革袋は二人を監禁するための食糧が入ってたんだろうね)
人間を殺さず監禁する以上、日用品や食料の用意、ゴミの処理など色々必要になってくる。
あの革袋は、後片付けをする時に持って帰ろうとしたら何かの弾みで落として、そのまま気付かずに置いてっちゃったと考えるのが妥当か。
多分殿下もその可能性に行きつき、山に何かが隠されていると気付いてはいたんだろうけど、濃霧のせいでまともに調べることも出来なかったって感じかな。
「で、異常現象が無事に収まっても収まらなくても、私たちを殺す腹積もりだったってことですかね?」
「恐らくな。濃霧で覆われた山の中を歩き、転落死でもすれば事故で済ませられる……これだけの人数を集めたのは、それを確実に実行するためだ」
つまり全員纏めて生け捕り状態にして、崖からでも突き落とすつもりだったんだろう。
そして時系列を誤魔化すのを考慮すれば、それは濃霧が晴れたその直後がラストチャンス。濃霧が晴れたばかりの今なら、私たちが転落死しても事故で済ませられる。
(正直、何もかもが後手に回っているやり方だ)
多分だけど、最初の方は計画的に動いていたんだと思う。
変身魔法でクリストフ代行と入れ替わって、それとほぼ同時期に奥さんも同じ場所に監禁。それと並行する形で、オズウェル伯爵を病気や過労で倒れたと見せかけるように、少しずつ一服盛り始めてたんだろう。
でもここで、想定外の事態が起こった。ドラゴン同士の縄張り争いである。
(突然の異常現象によって経済打撃を受け、てんやわんやしてるところに私とユーステッド殿下の派遣が通達。どうすればいいのかと慌ててたところに、第三皇子派から何らかの指示を受けて、私たちを殺せとか何とか、そういう指示を受けたって感じか)
少なくとも私が逆の立場だったら、領地が異常現象に見舞われている時に伯爵家から実権を奪うなんて面倒なことはしないし、皇族を殺すにしても、こんな雑な手段は使わない。
話を聞く限り、私たちを殺そうとしているのは計画的なものじゃない。異常現象に伴ってチャンスとピンチが同時に転がってきたから、何とか自分たちの利になるように立ち回ろうとしていたように見える。
周囲を囲む武装集団にしたって、魔力感知を掻い潜りながら何時でも動けるようにしておくので精一杯だったと思う。
(そもそも動物を相手にする以上、何もかもが計画通りに進むとは限らないし)
ましてや相手は、政敵と言えども皇族。好き勝手に指示なんて出せないし、下手なことをすればボロが出る。
二頭のドラゴンが引き起こした突発的な事態の中、私たちも相手側も翻弄されながら目的達成のために動いていた結果が、今という事か。
「それで、この推察は正解か? そろそろ答え合わせでもしてもらおうか」
「答え合わせも何も……全てその通りですよ、ユーステッド殿下」
そんな肯定の言葉を呟きながら、目の前に立つ偽クリストフ代行の声色が明らかに変わる。
同時に、顔の表面がドロドロと粘液のように崩れ、その奥から全く別人の顔……柔和な糸目が特徴なクリストフ代行とは違う、どちらかというとオズウェル伯爵に似た厳つい感じの顔立ちをした中年男性が姿を現した。
「全てお察しだというのなら話は早い。口封じも兼ねて、その小娘共々、お命頂戴いたします」
殿下の予想通り、魔法で姿や声を欺いていたヒューバートの言葉と共に、私たちを取り囲むように配置されていた武装集団が一斉に武器を構える。
それと同時に、全員から強い魔力が噴き出てきた。視覚的な違いは分からないけど……連中が戦うことを目的とした、素人ではない集団であると仮定すれば、身体強化魔法を発動した可能性は極めて高い。
「兄上……一体どうしてです!? 私たちを監禁し、父上に手を掛けただけでなく、皇族であるユーステッド殿下のお命まで狙おうなど!?」
「どうしてだと!? よりにもよってお前がそれを言うのか!?」
顔を晒し、他ならぬクリストフ代行から『兄上』と呼ばれた以上、その正体は確定的。
となると、私のやるべきことは悠長に話を聞いている事じゃないな……そう判断した私は、その場から移動せず、足だけを動かし始めた。
「そもそも、今のお前の地位は本来私のものだった! それを耄碌した父上が何をトチ狂ったのか、お前を次期伯爵として後継者に据えたに過ぎん!」
幾らユーステッド殿下やヴィルマさんが強いとはいえ、これだけの人数が同時に身体強化魔法を使い、襲い掛かってくれば勝つのは難しいと思う。ましてや背後には、長い監禁生活で弱っているご夫婦も居るんだから、今回の一連の事件の生き証人である、この二人の事も守らないといけないとなると尚更だ。
「私は幼少の頃からオズウェルの地を治めるために教育を受けてきた嫡子なのだ! 本来は伯爵家を出るか、家臣になるしかなかった筈のお前に奪われた権利を奪い返すことの、一体何が悪い!?」
となると、私も敵を近寄らせないようにする為に牽制できる物が欲しくなってくる。
まぁ私は火の玉を出したり、電撃を飛ばしたりといった、攻撃用の魔法は使えないけど……なにも魔法だけが手段じゃない。
「私は本来自分のものだった地位を取り戻そうとしているに過ぎん! 本来なら貴族位とは嫡男が継ぐもの。それを邪魔立てし、権利を奪おうとする皇族に、どうして従わなければならないのだ!? それも下賤な血が流れる、半端者の皇子などに!」
古来より人類には、石ころと言う武器がそこら辺に転がっているのだ。
そしてその武器は今の私の足元にも沢山転がっている訳で……その内の一つ、手頃な大きさの石ころを自分の足元にさりげなく誘導し――――。
「もはや問答は無用! アルバラン帝国の体現者たるジルニール殿下の御代の為、我ら帝国貴族の未来の為、万難を排させてもらう!」
そうヒューバートが号令を出し、周囲の武装集団が動き出そうと前傾姿勢を取った……その機先を制するように、私は足元の石を、先陣を切ろうとしてた奴の顔面目掛けて蹴り飛ばす。
些細な抵抗でもやらないよりかは百倍マシ。少なくとも牽制くらいにはなるだろうと、そう思って蹴り飛ばした石は、標的の真横を綺麗に通り過ぎていき……。
「さぁお前たち、今こそぶっ!?」
ヒューバートの顔面に、思いっきり直撃し、ヒューバートは鼻血の弧を描きながら地面に倒れ、鼻を押さえながら悶絶していた。
「あ、ごめん。当てる気はなかった」
思わず軽い調子で謝ると、周囲に変な沈黙が降りる。
うん、何かカッコつけて号令とかしようとした瞬間に、思いっきり邪魔しちゃったからね。謝りつつも別に悪いとかは微塵も思ってないけど……おかげで、ほんの少し連中に隙が出来た。
「いいや……上出来だ!」
その隙を突くように、ユーステッド殿下とヴィルマさんは同時に魔法を発動する。その瞬間、周囲の風景が強烈な蜃気楼か何かでも発生したかのように大きく歪み、私たちの姿は幻影の中に紛れ込んだ。
殿下は理由もなく長々と話をし、それを悪戯に引き伸ばしていたわけじゃない。あの剣の柄をトントンッて二回指で叩く仕草は、こっそりと敵に気付かれないように隠遁魔法を発動するぞという、事前に取り決めていた合図だ。
(つまり逃げるなら今がチャンスっ!)
護衛対象が居る中、後方は断崖、前方は敵という状況はどうしてもこちらに不利。だから最初から逃げの一手を取るために行動し、準備が整うまでの時間稼ぎをしてたって訳だ。
ハンドサインのおかげで無言の連携を取れ、敵から姿を晦ました私は、ゲオルギウスの時にも役立った魔力のロープを生成し、幻影で敵が混乱している隙に先端に石を括り付ける。
それを崖の上に生えている木に向かって投げつけると、石の遠心力によって魔力のロープは木の幹に巻き付き、即席の登り綱となった。
「これより撤退を開始する! 私はクリストフ殿を抱えるので、ニールセンは夫人を!」
「了解しました!」
「よっしゃ! じゃあ全力で逃げますよ!」
私はユーステッド殿下がクリストフ代行を、ヴィルマさんが奥さんを片腕で肩に担ぎ上げ、もう片方の手で魔力のロープを握るのを確認すると、自分もロープにしっかりと掴まり、魔力のロープの長さを縮めることで、一瞬で崖の上まで登る。
この魔法には、単に移動手段として活用できるだけでなく、その移動時間を短縮できる応用法もあるのだ。
「ま、待て……! 絶対に逃がさんぞ……! この山は既に、私が配置した部隊で包囲されているんだからなっ! このまま逃げられるなどと、思うてくれるなよっ!?」
背後からヒューバートの怒りに満ちたくぐもった声が聞こえてくる。
多分、鼻血が詰まって上手く喋れないんだろう。そんな鼻声の怒声を耳にしながら、私たちは振り返ることなく一心不乱に山を駆け抜けるのだった。
面白いと思っていただければ、評価ポイント、お気に入り登録よろしくお願いします




