一件落着……そして
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それから数時間後……私は何とか二頭の巨竜との交渉を進めることが出来ていた。
ゲオルギウスの時にもやった、思念波に首肯を織り交ぜたコミュニケーションだ。これにより、言語を用いなくてもドラゴンとの意思疎通を図ることが出来る。ジークの干渉能力と音楽の合わせ技で冷静さを取り戻した今だからこそ可能な手段だ。
「な、なるほどね……はぁ……はぁ……大体、事情は分かった……そういうことかぁ……はぁ……」
といっても、私は全身ボロボロの状態になったんだけど。もう全身あちこち怪我しただけじゃなく、泥や土、葉っぱや小枝塗れである。
そしてそれは私だけじゃなく、ユーステッド殿下やヴィルマさんも似たような惨状になっていた。
まぁそれも仕方ない話だ。ある程度落ち着いたとはいえ、先ほどまで大喧嘩していた相手が傍に居れば、ちょっとのことで気が立つ。それを宥めながら交渉するために、私たち三人は全力で体を張ってたから、転がされたり吹っ飛ばされたりしまくってたもん。
「つまるところこの喧嘩、原因はどっちもどっちってことか」
そうこうして何とか事態の経緯に関する情報を二頭から得ようと試みた結果、やっぱりと言うべきか、騒動の原因を作ったのはサテツマトイリュウの方でもあり、キリガクレナガヒゲリュウの方でもあった。
当人たち……というか、当竜たち? の方は不満そうに唸り声を上げているけれど、首を左右に振って否定を意思を示そうとしない辺り、私の指摘も間違いではないと思う。
「事情は分かったのか?」
「憶測ですけどね。どうやらこの二頭、同時期にこの餌場に辿り着いたようなんですけど、ちょっとした小競り合いから大喧嘩に発展したみたいです」
サテツマトイリュウは、他の生物を襲うシメアゲカエンリュウほど狂暴ではないけど、喧嘩っ早い気質。自分の近くに無視できないくらい力を持っている生物……ドラゴンとかが居ると、神経が過敏になりやすい傾向がある。
それに対して、キリガクレナガヒゲリュウは縄張り意識を持つドラゴン。自分の生息域に入り込んできた力のあるドラゴンや魔物は排除しようとする傾向にある。
「この生態に加え、二頭とコミュニケーションを取ってみたところ、最初に縄張りを侵したのはサテツマトイリュウだけど、その時に積極的に攻撃を仕掛けて争いを激化させたのはキリガクレナガヒゲリュウの方みたいです」
そうなれば当然、サテツマトイリュウは黙っていない。自然界に生息する縄張り意識のない動物に、不法侵入なんて概念は通用しないんだから、このドラゴンにとっては理不尽に攻撃されたようにしか思えないだろう。
しかし、キリガクレナガヒゲリュウも生きるために必死。自分の縄張りを荒らしかねない存在は事前に排除しておきたかった。
そんな双方の道理が真っ向からぶつかり合えば、縄張り争いの激化するのは必然だ……と思うところだけど。
「一般的な野生動物の観点から見れば、縄張り争いはもっと早期に終わっても不思議じゃなかったと思うんですけどねぇ」
「どういうことだ?」
「いえね、前々から不思議には思ってたんですけど……ドラゴンの縄張り争いってどうしてこんなにも長いんだろうって思って」
全ての生命体の至上命題とは、生きて子々孫々を繋ぐこと。
これは野生動物に対してより顕著に表れる特徴で、例え餌場を巡る戦いだとしても、自分の命が危険だと判断すれば即座に逃げ出す。たとえその先で飢えて死ぬことになったとしても、今その瞬間に生き残ることを優先しがちだ。
「サテツマトイリュウは長期間に渡って、縄張りに濃霧という陣地を築き、深い水場の底にある魔力の噴出孔という補給路を確保した状態だったキリガクレナガヒゲリュウと戦って来ていた……その途中で自分が不利だと考えることも出来たと思うんです。彼らの知能なら、その段階で餌場を諦めることも出来たはず」
ドラゴンは魔力の噴出孔の上でしか生息できないのかと言われれば、実は違う。
この世界では、純度や濃度に差はあれど、大気中には魔力が漂っている。個体数次第では餌不足になり得るかもしれないけど、渡りのドラゴンが海や空を超えて長距離移動をしていることからも察せられるように、魔力と水があり、外気温が許容できる範囲内であれば、彼らはどこででも生息できるはず。
「ドラゴンたちにとって、魔力の噴出孔や魔石というのは、人間で言うところの嗜好品なんです。好みはするけど、生きる上で必要とは限らない」
勿論、種族や個体差によって差はあると思うし、魔力の噴出孔の上に棲み付くことで、生存能力の向上が見込めるのも事実。
けれど魔力の噴出孔を抑えられた状態のサテツマトイリュウは長期間に渡って、ごく一般的な魔力濃度の地域で生き、定期的に大型ドラゴンとの戦闘も可能としていた以上、このドラゴンは例外には当て嵌まらないと思う。
「……もしかして何ですけど、ドラゴンたちの感情レベルは文化を築くほどなのかも」
ここで言う文化というのは、種族や生まれた地域ごとに形成される、価値観や習慣を指す。
基本的に全ての動物は生存を最優先とするけど、この常識を破ることが出来るのは、時として死を超越する文化を有する種族……すなわち、人間だ。
「人間だって、馬鹿みたいに頭が良い動物なのに、自分が不利益を被っても馬鹿みたいな行動を繰り返すことがあるじゃないですか。犯罪とか戦争とか、自分が死ぬと分かっていても実行に移す……これって文化の力でしょ?」
「確かに、人は宗教や国家理念、友愛や憎悪の情によって命を懸けることがある。我々からすれば珍しい話には聞こえないが、生物学者としての観点から見れば、人間はあらゆる生物の中でも際立って特異に見えるという事か?」
「そゆこと。で、ドラゴンもそれは同じなんじゃないかって、今回の一件で考えたんです」
今回の縄張り争い、サテツマトイリュウは自分が不利だと分かっていても、キリガクレナガヒゲリュウに挑み続けていた……そう仮定すれば、サテツマトイリュウの行動は本能を超えた文化が育んだ行動心理、意地によるものじゃないだろうか? 魔石を餌にして停戦を呼び掛けても無視されたのは、その為では?
当然、脳の構造が判明しない以上、何の確証もない話だけど、学説の一種としては面白い。第一皇子派が推し進める政策にも関係してくるだろうし、研究費用を引っ張り出せないかな?
「いずれにせよ、このまま放置って訳にはいきません。キリガクレナガヒゲリュウがこの縄張りから動かない以上、サテツマトイリュウの方を遠く離れた別の場所に誘導する必要があります」
そうしなければ、このアラネス湧水山は何時までも濃霧と雷雲に悩まされることになる。
解決するには、二頭のドラゴンが興奮状態から落ち着いている、今のタイミングしかないのだ。
「ひとまず、巨竜半島に連れて行きたいところですねぇ。あそこなら、他のサテツマトイリュウもいますし、魔力濃度も高いから餌に困らない筈です」
正直な話、昨今のドラゴンの生息域の拡大を考慮すれば、このサテツマトイリュウが巨竜半島から来たと断言できない。もしかしたら、別の土地で生まれ落ちた卵から孵ったのかもしれない。
それなら、移動先にはドラゴンが生息するにあたって可能な限り好条件な土地がいい、生態系が崩壊する危険性の事も考えると、巨竜半島こそが最適だ。
「キリガクレナガヒゲリュウに関しては、オズウェル伯爵との話し合い次第で色々決めればいいと思いますけど、無理に動かそうとしたり、悪戯に縄張りを荒らそうとしなければ、基本的には無害なんで。急いで対処する必要も無いかと」
「それは同感だが、これだけ巨大なドラゴンの誘導となると騒ぎになるな。ドラゴンに乗り、最短距離を最速で半島まで誘導したいところだが……ヘキソウウモウリュウたちの調子は?」
「今頃、野営地付近で走行能力の確認をしてくれているはずです。実際に騎乗して走るには、その結果次第ではあるんですけど……経過が良好なら、そろそろ乗れるかなって思います」
「よし、では山間湖や河からは引き剥がそう。魔石と水を供給し続け、こちらの準備が終わるまで待ってもらう……それは可能か?」
「今なら落ち着いてますし、魔石や餌場で巨竜半島まで誘導も出来るかも……ちょっと待ってくださいね、今から交渉してみるんで」
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結論から言うと、サテツマトイリュウの誘導に成功した。
私たちが奏でた音楽に効果があったのか、それともある程度暴れて気が済んだのか、あるいは戦い過ぎてお腹が空いていたのか……魔石を餌にして誘導すると、思いの外アッサリと私たちの後を付いてくるようになったのである。
「それじゃあ、明日もまた魔石を持って来るから。ここで大人しく待っててねー」
そうして私たちが連れてきた場所は、同じアラネス湧水山にありながらも、山間湖から遠く離れた山頂だ。
海までも続く大きな大河とミリセントの街、青々とした草原とヒマワリ畑を一望できる人気スポットで、聞いたところによると、アラネス湧水山を訪れる観光客たちは大瀑布と一緒に山頂の景色を眺めに行くんだとか。
(といっても、大瀑布に続く山道の途中にある分かれ道から、全く別のルートを辿って登らないといけないから、大抵は日を分けて観光に来るみたいだけど)
いずれにせよ、この山の頂上は大型ドラゴンが居座れるくらいには開けた場所であるのは確か。
山間湖からも十分離れているから、サテツマトイリュウの一時隔離場所としては適している。
(何より、濃霧が晴れた今、舗装された山道を迷う事も事故ることも無かったし)
真っ白な霧で包まれていたアラネス湧水山の山中は晴れ渡り、今ではその優美な自然の光景を露わにしている。
説得の甲斐があったのか、キリガクレナガヒゲリュウの警戒心が薄れた何よりの証拠だ。外敵だったサテツマトイリュウを遠くへ移動させるという、私たちの意図を理解したみたいで、一時隔離するために移動したいと交渉してみたら、濃霧を発生させる魔法を解除してくれたって訳だ。
「さてと……とりあえず、今日のところは野営地に戻りますかね」
「そうだな。濃霧が晴れたことは、すでにミリセントの街にも伝わっているはず。私も事の経緯の説明と、帝都に居る正妃殿下や兄上を始めとした各方面への報告書を作成しに戻らねばならない」
「いいですね。私も研究資料を纏めたいっ!」
あれだけの縄張り争いに巻き込まれ、その後も散々ドラゴンに転がり回されたのに、まだまだ元気な様子のユーステッド殿下は大真面目にそんなことを言ってのける。
私も今回発見したドラゴンたちの行動について、早く観察レポートを纏めたい。そう考えると、これまで蓄積されてきた疲れも吹き飛んできた。
そんなこんなで、意気揚々と下山しようと元来た山道を降りていると……ふと、何かが私の耳に届いた。
「すみません……何か、声みたいなのが聞こえません? 人間の声みたいなのが……」
「言われてみると確かに……遠くで誰かが叫んでいるような……」
具体的に何を言っているのかは分からない。しかし、その響きにはどこか必死なものを感じるように聞こえる。
「……もしかしたら、我々の様子を見に山に入り、怪我をした人間がいるかもしれん。ここまで声が届くという事は、それほど遠くない筈……すまないが、戻るのは少し待っていてくれないか?」
「えぇ、いいですよ。私も付き合います」
もしかしたら、人手が居る事態かもしれない。そう判断した私は、素早く動き始めたユーステッド殿下とヴィルマさんの後を付いて、声らしきものを頼りに進み始めた。
どうやら山道から外れた未整備の場所から、その声は発せられているらしい。鬱蒼とした草木を掻き分け、声が次第に大きく聞き取れる方向に向かって歩き続けていると、私たちは岩肌が露出した断崖の一部に大きな亀裂が入り、崩れている場所を見つけた。
「……何あれ?」
問題は、断崖の一部が崩れていることそのものじゃない。その崩れて山積みになった無数の岩の向こうに、洞窟の入り口らしきものが見えたからだ。
あの岩の崩れ方は不自然だ。まるで魔法で作った一枚の大岩を、洞窟の入り口部分に接着して蓋をしていて、その大岩が何かの拍子で崩れたかのように見える。
実際、洞窟の入り口を塞ぐ岩々の形は平らな物が多く、その片面は自然とそうなったとは思えないくらいに滑らかなのが多いし……。
「頼む、誰かいないのか!? 助けてくれっ!」
なにより、声の主はこの洞窟の入り口を塞ぐ瓦礫の向こうから声を張り上げているみたいだし。
経緯は不明だし、何かと不可解な要素が多いけど、洞窟に居たら何かの拍子で入り口が崩れ、閉じ込められたと考えるのが妥当かな……?
「声を聞いて駆け付けた! 一体何があった!? 体は無事なのか!?」
「あ……あぁ……! 良かった……! 誰も来なかったら、どうしようかと……!」
ユーステッド殿下が大きな声を張り上げると、声の主は心底安心したような泣きそうな声を、瓦礫の向こうから発する。
状況が状況だし、それも当然の事だと、私は平然とその声を聞いていたんだけど……次の瞬間、声の主は私が想像もしていなかったことを喋り始めた。
「私はオズウェル伯爵家次期当主、クリストフ・オズウェル! 顔も知らぬ通りすがりの者よ、どうか私たちをこの場所から助け出してくれっ!」
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