人とドラゴン、価値観の共有
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「それにしてもこれだけの縄張り争いの規模……恐らく、これまで発見した痕跡は、全て小競り合いによるものだったんですね」
吹き飛ぶ木々。抉れ飛ぶ地面。氾濫のように荒れ狂う湖。縄張り争いが始まってそこまで時間が経っていないというのに、その破壊の規模は加速度的に膨れ上がっていき、被害はこれまで発見した縄張り争いによるものをあっという間に超えてしまった。
(よくよく考えてみれば、キリガクレナガヒゲリュウの濃霧はサテツマトイリュウに大きな警戒心を抱かせていたのかも)
恐らくサテツマトイリュウは濃霧に隠れた敵に対して、様子を探る目的で攻撃を加え続けてきたんだと思う。どのように戦えば餌場から追い出せるのか、それを学習するために。
だからこれまでは樹木が焦げてたり折れ曲がってたりしてるだけで済んだけど……それが遂に、勝算を思い付いて本格的に行動を開始し始めたのかもしれない。
(そのタイミングで私たちが縄張り争いを止めに来たっていうのも、運が良いのか悪いのか)
そうこうしている間にも縄張り争いの規模は増していき、地鳴りすら引き起こしている。
今の私たちはとんでもなく危険な状況に巻き込まれてしまっている訳だけど、恐らくこのままではアラネス湧水山自体が破壊されかねない。
今ならそれを防ぐのが間に合うと考えれば……まぁまだマシかなぁ?
「凄まじいな……! 力だけではなく、お互いがお互いの動きを学習し、戦い方をこまめに変えようとしているぞ……!?」
そんなドラゴン同士のぶつかり合いを見ながら、ユーステッド殿下はそう評する。
私の目には、何がどう変わっているのかが具体的には分からない。戦局がシーソーみたいに揺れ動いているのは大雑把には分かるものの、現状では互角のようだけど……。
「水球で雷撃を防ぐのを真似て、雷竜は砂鉄を球状に押し固めて盾代わりにし、水竜の方は雷竜の攻撃パターンを学習していっているのか、対応速度が徐々に引き上げていっている……あの二頭は、戦いの中で互いの事を理解し、成長していっているのだ……!」
「ほう……そいつは興味深いですね。殿下の目にはそう映ると?」
「あぁ。これがドラゴンの知能の高さに基づくものであるというのなら、ドラゴンを軍事転用しようとする試みは、我々が想像しているよりも大きな意味があるのやもしれん」
軍部の人間として魔物や人間との戦いに身を置いてきた人だからか、私には見えないものが見えているんだろう。殿下の推察は、戦いについては専門外の私では気付けない側面を捉えているように聞こえた。
「では殿下に聞きたいんですけど、この縄張り争いはどちらの方が有利だと考えていますか?」
「ドラゴンの行動には未知な部分が多いので一概には言えないが……現状では、水竜の方が有利だろう」
ふむ……私の目には、サテツマトイリュウはキリガクレナガヒゲリュウの対策をしてきて、それが功を奏したのか激しく攻撃を加え続けているように見えるんだけど……。
「恐らく、単純な力自体は互角なのだろうが、水竜の方が上手だ。司る属性の相性差もそうだが、地に足を付けた守り中心の安定的な戦い方をしている。これは恐らく、魔力の噴出孔を押さえていることが関係しているのではないか?」
「なるほど、相手の魔力切れを起こして弱ったところをボコボコにしようって寸法ですか」
確かに、ほぼ無尽蔵に魔法を使える状態のキリガクレナガヒゲリュウと違い、サテツマトイリュウは大気中から雷属性魔力を時間をかけて吸収し、回復する必要がある。
どちらも魔力を回復している状態にあることに違いはないけれど、その速度のことまで考慮すれば、先にガス欠を起こすのはサテツマトイリュウだ。ドラゴンの魔力回復速度は、他の生物と比べれば群を抜いているけれど、あのペースであの規模の魔法を乱発していたら、通常では供給が間に合わなくなるか。
「その情報……使えるかも」
恐らくだけど、サテツマトイリュウもその事に気付き始めている、或いはすでに気付いている可能性が高い。
勝てると踏んで喧嘩を始めたのはいいけれど、相手の実力は想像以上。このままでは魔力の補給率の差で負ける。どこかで魔力を大きく回復させたいというのが本音ではないか……と。
「縄張り争いを止めるには、自分の土俵である空中から降りてこようとしないサテツマトイリュウを私たちに近づけさせたいところ……だったら、こうすれば……」
私は自身の内に宿る魔力の大部分を雷属性に変換、それを外部に放出しながら、一か所に押し固めていき、リンゴ三つ分はありそうな大きさをした紫色の結晶を生成していく。
学術研究の末に高度な魔法技術を使える人間だけが生み出せる、超高純度の雷属性の魔石の完成だ。
その瞬間、サテツマトイリュウは初めてこちらに視線を向けてきた。同格以上の敵と縄張り争いをする上で、意識を割くに値しない脆弱な生物である私たちに。
(やっぱり、今のサテツマトイリュウは魔力の回復を求めている)
目の前に強大な敵が居るというのに、そこから視線を外すということは……つまり、そう言う事なんだろう。
そうと分かれば話は早い。個人的には、この盛大な縄張り争いの成り行きの一部始終を観察し、データ採取に励みたいところではあるけれど、ここは初志貫徹。今回は私が譲ろう。
そう判断し、私は生成した魔石を自分のすぐ真上に放り投げると、サテツマトイリュウは信じられない速度で空中を駆け抜けながら、私たちに高速接近をしてきた。
魔力補給の為だ。そうなれば必然的に、キリガクレナガヒゲリュウはそれを邪魔するべく、私たちごとサテツマトイリュウを攻撃しようと狙いを定めてくるけれど……。
「ジーク、今!」
サテツマトイリュウが魔石を口に含み、キリガクレナガヒゲリュウが攻撃を放とうとした、まさにギリギリのタイミングでジークの角から小さな電流が迸り、二頭の動きが同時に停まる。
縄張り争いをしていて気が立っていた二頭の意識が、私たちに集中するのが分かった。そんな彼らの目が、いきなり介入されて困惑していることが、私たち人間にも見て取れる。
しかしこのままでは、すぐに縄張り争いが再開されるだろう。その前に私たちは、この困惑に付け込む形で更に意識を争いから逸らさなくてはならない。
「ヴィルマさん、例の物を。殿下、よろしくお願いします」
「了解しました」
私が指示を出すと、ヴィルマさんは縄張り争いに巻き込まれないように確保し続けた荷物……ユーステッド殿下が持ってきたケースを開けると、そこには一本のバイオリンが収められていた。
「数日前に楽譜は渡しましたよね? ちゃんと弾けるようになってくれました?」
「内容は全て暗記したから即興でもある程度引けるが……本当にこんなことで縄張り争いが停まるのか!?」
「さぁ? 何しろ検証テストの積み重ねも全然足りてないですからね。私とティア様が共同で進めてきた、『音楽とドラゴンの関係性』の研究は」
事の始まりは、私が皇族主催パーティーへの参加が決まった翌日のこと。ダンスの練習をしていた時に、ティア様がバイオリンで演奏していたら、その様子をジークがジッと眺めていたのだ。
普通、よほどの騒音でなければ、ドラゴンは人間が発する音に関心など示さない。しかし音楽が鳴っている間、普段は特定のものに関心を示す様子を見せないジークが、明らかに聞き入っていた。
「その時に思い至ったんですよ。もしかしたらドラゴンは、人間が奏でる音楽を理解する能力があるんじゃないかと」
前世のとある動物園で、遺伝子的にも人間と極めて近い生物であるゴリラが隔離治療でストレスを抱えた時、それを軽減するためにテレビを見させ始めた。
その結果、ゴリラは番組内容の好みの有無があることが判明。知能の高いゴリラは、テレビ画面の変化を識別し、その内容をある程度理解する能力があることが証明されたのだ。
これと同じようなことが、ドラゴンにも当てはまる可能性……それを探るには、ジークの反応は十分なものだった。
「実際、ティア様とは色々と試したんですよ。ジークだけじゃなく、シグルドたちヘキソウウモウリュウたちに、シメアゲカエンリュウのゲオルギウス、ゲンチョウヒョウムリュウのシロに、クビナガセオイリュウのスサノオ、巨竜半島に生息している野良のドラゴン……とにかく身近にいるドラゴンの前で、片っ端から楽器を鳴らしたり歌ったりしてね」
「ティアーユと……何時の間にその様なことを……」
ユーステッド殿下が知らないのも無理はない。この人は基本的に忙しい人だし、研究成果もまだちゃんと纏まっていないから、セドリック閣下にも資料は提出されていないしね。
しかし、それでも二人で地道に続けてきただけの成果はあったと思う。
「結論から言うと理解してますよ、ドラゴンは。人間の音楽を」
言語は用いない。価値観も人間とはまるで違う。そんなドラゴンが人間の音楽などに、本当に興味を示すのか……初めは正直に言って半信半疑だった。
しかし、実際に実験を開始して見ると、いずれのドラゴンも音楽に反応を示したのである。もちろん個体差はあったものの、大抵のドラゴンは音楽が鳴る方に引き寄せられ、そのまま聞き入る傾向にあるという事が判明したって訳だ。
「そもそも、犬やサルみたいな聴覚があって知能が高い動物は音楽を理解しますし、狂暴なサメやヘビみたいな聴覚のない生物も、音が放つ振動を感知することが出来て、その能力を逆手に取ることで人間がある程度操れると言われています。人間以外の生物も、音を好むことが出来るだけの下地はあるんですよ」
そしてドラゴンは聴覚だけでなく、角を媒介にした感情受信能力を有する。
人間が音楽を楽しみながら奏でれば、音と共にその感情を角で捉えて、共に音楽を楽しむことが可能ではないか……ひいては、全く異なる価値観を持つ人とドラゴンが、音楽を通じて価値観を共有できるのではないか……これに興味を示さない私じゃない。
何より……。
「この研究はね、殿下。これから先の人生をドラゴンと歩むティア様が、皇族としての自分なりに人とドラゴンの関係を上手い具合に落ち着かせるために協力してくれたんです」
魔蝕病という奇病に侵されたティア様は、これから先もゲオルギウスと共に生きていくことになる。それは彼女にとっては喜びではあるけれど、同時にドラゴンを危険視する周囲の人々に様々な懸念を抱かせることに繋がった。
無理もない話だ。ドラゴンへのイメージは未だに『狂暴』だの『人食い』だののワードが付き纏っている。しかもシメアゲカエンリュウは気性が荒い種となれば尚更だろう。
(そんな相棒であるドラゴンへの評価を黙って見過ごすほど、ティア様は弱い人じゃなかった)
些細なことでもいいから、人とドラゴンを繋ぐものを見つけて、第一皇子派が推進するドラゴン関連の施策の後押しをすることで、人々が抱くドラゴンへの悪いイメージを払拭しようとしているんだ。
そうしてティア様が新たに始めたのが、私が行っていたドラゴンと音楽の関連性の研究支援というわけである。
「今回の作戦を提案した時、殿下に見せた楽譜は貴重な研究資料であると同時に、私とティア様が見つけ出した、ドラゴンを比較的鎮静化させやすい曲のもの。気性が荒いゲオルギウスを始め、ドラゴンが暴れ出しそうになった時、それを鎮められるようにするために、宮廷の楽士にも作曲を協力してもらいながら作り出したものです」
もしこの研究が実を結べば、人とドラゴンが魔石による利益だけでなく、音楽を通じて感情で繋がれることへの証明となる。
それがこれから訪れるドラゴンの生息域の拡大や、ドラゴンの事業利用に向けて、どれだけの影響があり、どれだけ人間の助けになるかは不透明だし、これからも研究を続ける必要があるけど、決して無価値な研究にはならないと、私は確信している。
「それで雷竜の方が近付いて来てから介入しようとしたというわけか」
「そういうことです」
あんな上空に居たんじゃ、音楽なんて届かないしね。
キリガクレナガヒゲリュウにも同時に聞かせなきゃいけない以上、サテツマトイリュウには下に降りてきてもらう必要があったのだ。
「本当なら、何時もみたいに魔石で何とかならないかなって、サテツマトイリュウに停戦の呼びかけを思念波に乗せて送り続けてはみたんですけど……ガン無視されちゃいましたしね」
あのドラゴンの詳しい事情や気持ちについては、今の状況下では引き出すことは出来ない。
しかし、昨今判明しつつあるドラゴンの感情レベルの高さを鑑みれば、サテツマトイリュウが意地になっている可能性は否定できないと思う。
こうなったら理屈を並べ立てても納得いかなくなるのは人間も同じ。私が予期した通り、長期間に及ぶ縄張り争いで煮え湯を飲まされ続け、勝たねば気が済まないって感じになってるのかも。
「人もドラゴンも理屈だけでは動かない。なら感情の揺さぶりで怒りを鎮める……今回の試みはその試金石です。これで縄張り争いをしていたドラゴンたちを鎮めることが出来れば、ドラゴンが急速に生息域を広めようとしている今の状況にデカい一石を投じることになりますよ」
「全く……お前は相変わらず無茶苦茶なことを思い付くな。要するに、上手くいくかどうかは賭けということではないか」
そう溜息を零しながらも、ユーステッド殿下はケースからバイオリンを取り出し、構える。
「だが良いだろう。今回はお前と、ティアーユが導き出した検証結果を信じよう……先ほどまで大規模な争いを繰り広げていたドラゴンたちを前に、楽器を演奏することになるなどとは夢にも思わなかったがな」
「まぁそう言わないでくださいよ」
確かに、今からやるのは命懸け。ジークの力で一時的に戦意を失わせたとはいえ、この二頭が人間の音楽に耳を傾けるかは未知数だし、上手くいかなければ、私たちは纏めて吹っ飛ばされる。
まぁ……要するにいつも通りって訳だ。駄目だったら駄目だったで別の方法を考えるけど、殿下に一番危険で一番肝心な演奏を任せる以上、発案者である私が逃げるわけにはいかない。
……だから。
「私も歌いますよ。殿下の演奏に合わせて、この鎮めの唄を」
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