双頭の雷竜
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この音は、普通に生きているだけでも多くの人が耳にするだろう。
壁に囲まれ、窓を閉じた室内に居ても耳をつんざく、はるか遠く離れた地上からでも発生源が目視することが出来る、天空という領域内で起こる代表的な現象……雷鳴だ。
「来ましたよ、これは……!」
私は喜びで全身を震わせながら、急いで靴を履き、首にぶら下げていた双眼鏡を手に取る。
本当なら紙をセットした画板とペンを手にしたかったところだけど、この濃霧の中だと紙がすぐに湿って使い物にならなくなるから、泣く泣く持ってくるのを我慢してたのだ。
そんな私の行動理由を肯定するかのように、肩に乗っていたジークと、山間湖から顔を出したキリガクレナガヒゲリュウが、上空を見上げながら歯茎を露出し、唸り声を上げているのが聞こえてきた。
「まさか、例の雷竜か!?」
「そのまさかです! 五日間連続で張り込み続けた甲斐がありましたっ!」
そのおかげで、実は私もほぼ徹夜状態が五日続いてたんだけど、これに関しては些事だよ些事。
こうしてドラゴンの襲来を、こんな近場で体験できることに比べれば、私の眠気なんてどうでもいい事だ。
「でも濃霧で何も見えねぇーっ!? 風魔法で視界を確保したいけど、それやったらキリガクレナガヒゲリュウに利敵行為認定されちゃうかもだし、何より縄張り争いをナチュラルな形で拝めない! 私は一体どうすればぁーっ!?」
「呑気なことを言っている場合か!? 急いで離れるぞっ!」
「あぁ待って殿下! せめてキリガクレナガヒゲリュウの方は近くで見させて!? あの個体が他のドラゴンとどういう風に争うのか、よく観察したい!」
「いいからさっさと離れんか命知らずの馬鹿者がっ!」
「ちょ、何私を持ち上げて……あぁ~~~~~~~~~~っ!?」
殿下が私の腰に腕を回して肩に担ぎ上げ、ヴィルマさんが荷物を急いで纏め上げてダッシュで山間湖から離れていく。
その途中、濃霧を貫くほどの光が空から放たれ……落雷が降り注いだ。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
目にも止まらない速さで無数の落雷が至るところに着弾し、それに少し遅れる形で鼓膜が破れそうな轟音が辺りに鳴り響き、衝撃波が吹き荒れる。
まるで爆撃機から爆弾でも落とされたかのような状態になり、私たち三人はまとめて爆風と衝撃波で吹き飛ばされ、地面を転がる羽目になったんだけど……必然的に、その衝撃波は辺り一帯を覆っていた濃霧を吹き飛ばすことにもなっていた。
「……見えたっ! あれがオズウェルの雷雲の正体です!」
地上から約五十メートルよりやや高い程度だろうか……野生の飛行生物を眺めるにはかなりの至近距離まで近づいてきていたソレは、なるほど。確かに山の外から眺めれば、小さな雷雲に見えるだろう。
しかしその正体は、全身に青白い電流が流れる黒い粒子を大量に纏って空を飛ぶ、二つの頭を持つドラゴンだった。
「何だあのドラゴンは……!? 翼もなく空を飛んでいるぞ!?」
飛行魔法の理論が考案されるこの世界だけど、空を飛ぶには翼が必要と言うのが一般的。それはドラゴンでも同じではあるんだけど……中には例外も存在する。
それこそがあのドラゴン。翼を持たず、まるで宙に浮かぶ目に見えない足場を、四肢で踏みしめながら走るように空を駆け抜ける、雷を司る竜だ。
「サテツマトイリュウ……磁力を自在に操る双頭のドラゴンです」
雷竜目多頭竜科に属するドラゴンで、その名の通り帯電する黒い砂鉄を身に纏う。
私たちが追っていた件の雷竜は、雷雲を発生させる種ではなかったんだけど……その姿は遠くから見れば、高速で動き回る小さな雷雲にも見えたことだろう。
「ドラゴンというのは、翼から推進力となるものを放ち、空を飛んでいるのだろう? あのドラゴンはどうやって……」
「磁力の応用ですよ。自分の体の真下に磁力を発生させ、それとは対極の磁力を四本の脚の裏から放つことで、反発する力を利用して空を走るように駆け抜けているんです」
何も翼だけがドラゴンの飛行手段ではない。雷竜目のドラゴンの中には、磁力を操ることで空を飛ぶ種も少なからず存在する。
その内の一種が、あのサテツマトイリュウなのだ。
「巨竜半島でも中々お目に掛れない希少種ですよ、あのドラゴンは! それにほら、見てください! 目を凝らしてみれば、周囲の山砂鉄があのドラゴンに吸い寄せられていくのが分かるでしょう!? サテツマトイリュウを象徴する纏った砂鉄は、縄張り争いでも大きな武器になっていてですね!」
「興奮しとる場合か! 早くジークの力で停戦を呼び掛け――――」
「るには、ちょっと遅かったですね」
殿下の言葉に私が被せるように呟くと、キリガクレナガヒゲリュウが咆哮を上げて、吹き飛ばされた濃霧が元に戻り始める。
敵から視界を奪う霧の領域の再展開。姿を隠して相手の狙いを逸らそうとするが……それよりも先にサテツマトイリュウが再び強烈な雷撃を落とし、着弾すると同時に発生する衝撃波で霧を散らしていく。
そして間髪入れず、姿を現したままになったキリガクレナガヒゲリュウに無数の雷撃を浴びせ、辺り一帯の空気にビリビリと電流を迸らせた。
「そうか! 私は思い違いをしていた! あのサテツマトイリュウは、濃霧に対して自分なりの適応を始めている!」
水場から離れた場所に雷を落としていたのは、単に狙いが定まらなかったからじゃない。
邪魔な濃霧を吹き飛ばし、視界を確保しようとした痕跡だったんだ。
「ドラゴンが無策のまま何度も何度も挑みにかかるとは思わなかったけど、やっぱりちゃんと学習してたんだ……っ」
「だから……興奮している場合ではないと言っているだろう!? 早く止めなければ被害が拡大するぞ!」
「いいや、それはまだです。まだ早い。今やっても、すぐに喧嘩が再開されて意味がありません」
ジークの力で意識をこちらに向けさせることが出来る時間はほんの僅か。目の前の外敵の排除以上の要件じゃないと判断すれば、即座に暴れ始めるだろう。
その間に、臨戦態勢に入った二頭のドラゴンを止めなくてはならない。
「まずはサテツマトイリュウが近付いてくるのを待つ……今回あのドラゴンに届けなきゃいけないのは、思念波だけじゃないんです。ちゃんと聴こえる距離まで来てもらわないと」
だからその間に、二頭が縄張り争いをしている様子をじっくりねっとり観察しなければ。
……一応言っておくけど、これはタイミングを逃さない為であって、決して研究欲優先している訳じゃないよ?
ただ今は手が出せないから、仕方なく様子見をしているだけで、状況にかこつけて思う存分、生体の観察にしゃれ込もうとか、そういうことは考えてないから。
「凄いですね、アメリア博士……この凄まじい魔力がぶつかり合っている雰囲気の中でも、凄いウキウキしながら観察を始めてますよ」
「この女ときたら……! この状況でも研究意欲が削がれないとは正気なのか!?」
そんな呆れたような声が後ろから聞こえてくるのを無視し、私は介入のタイミングを計ると同時に、二頭のドラゴンをつぶさに観察する。
雷撃を受けたキリガクレナガヒゲリュウだけど、大きな損傷を受けている様子は見られない。むしろ攻撃を受けたことでヒートアップし、瞳孔は狭まった眼で空を見上げるや否や、反撃の水ブレスを、サテツマトイリュウに向かって放った。
まるで重力に逆らうかのように上へ上へと伸びる、巨大な滝を連想とさせる幅と密度の水流。それを軽やかに回避したサテツマトイリュウはカウンター気味に無数の雷撃を飛ばしたけれど、その攻撃は全て、キリガクレナガヒゲリュウの周囲に突如として浮かんだ巨大な水の球に吸収されてしまった。
「あれは水の盾……? 雷撃が吸収されて、帯電状態に……」
「……人間同士で魔法を用いた戦闘を行う時、あれと同じように雷魔法を水魔法で防ぐことがある。実体がない電撃を防ぐには、水が最も高い防御力を持つからだ。そしてそれは、反撃にも繋がる」
意外なことに、目の前の現象を解説したのはユーステッド殿下だった。
そしてその言葉の通り、キリガクレナガヒゲリュウは電気を纏った水の塊を砲弾のようにサテツマトイリュウに向かって一斉発射。あの巨体では全てを掻い潜ることは出来ず、水球の内の一発が轟音と共に直撃した。
しかし相手もドラゴン。その一発だけでは大したダメージにはならず、サテツマトイリュウは空中に留まったまま、更に反撃の雷撃を何発も落とすけれど、それも全て先ほどと同様に水球で防がれてしまった。
「戦闘用の魔法には属性ごとに相性差がある。それは縄張り争いでも発生することもあるだろうが……まさか自然界で生きてきた生物が、人間と同様の戦法を使うとは……!」
「ですが見てください。サテツマトイリュウもただ攻めあぐねているだけじゃないみたいですよ」
電撃の効果が薄いと悟ったのか、あるいは最初から分かっていたのか、サテツマトイリュウは雷撃を撃ち続けて濃霧を蹴散らしつつ、キリガクレナガヒゲリュウに防御に専念させ続けながら、自身の周囲に纏っていた大量の砂鉄を操作し、何本もの黒くて太くて長い棘を敵を囲むように形成。それを水中以外の全方位から一斉に撃ち出した。
「殿下殿下! 見てください見てください! あれがサテツマトイリュウの磁力操作能力です! サテツマトイリュウはああやって集めた砂鉄を使い、競争相手を倒すに最も適した形状に変化させるんですよ! しかも自分で全部考えて! 野生動物なのに凄くないですか!?」
「えぇい、分かった! 分かったからこの状況で揺らすなぁっ!」
私は殿下の肩をガックンガックン揺らす。
あの砂鉄の棘の鋭さと勢いなら、水の球も突き破ってキリガクレナガヒゲリュウに届くだろう……そう思われた瞬間、山間湖を陣取る水竜は、自身の髭を横に広げながら揺れ動かしたかと思った瞬間、湖の水を的確に操り、最小限の力で砂鉄の棘を全て側面から弾き飛ばした。
「見ましたか殿下今の! キリガクレナガヒゲリュウの髭はああやって縄張り争いの時に敵の攻撃を正確に感知できるんですよ! 現に、最初の一撃は不意を突かれたようですが、それ以降の攻撃は全部防いじゃってます! あれはキリガクレナガヒゲリュウの探知能力の優秀さと、それを即座に利用できる演算能力の高さの表れで、自分に当たる攻撃だけを最小限の力で受け流したんです! サテツマトイリュウにも言える事ですが、野生に生きる生物が縄張り争いでここまで繊細なことをやってのけるなんて、他の動物では考えられませんよ!」
「おかげでその巻き添えを食らいそうなのは我々だがなぁっ!?」
当然、向こうは全力の殺し合いの真っただ中。別種族の……それも特に親しくもない人間を気遣うなんて配慮をドラゴンたちに期待する方がおかしい。
必然、二頭の巨竜の周辺は災害が起こったかのような大惨事。飛び交う水球と水流、雷撃と砂鉄が飛んできて、縄張り争いから目が離せなくて観察に忙しい私を、ユーステッド殿下は肩に担いで全力で避け続けていた。
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