解決への糸口
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「ほうほう。つまり雷雲は時々、アラネス湧水山の上空に高速で移動してくる……そういうことですね?」
縄張り争いを止める……この方針で当面の目的を固めた私たちは、雷竜の正体や棲み処を探るために、ミリセントで目撃情報を探っていた。
競争相手であるキリガクレナガヒゲリュウがアラネス湧水山を殆どを濃霧で覆っている以上、それに対抗するドラゴンが山を住処とする可能性は正直低いと考えられる。
勿論それはあくまで私の推察なので、決めつけるのは危険。この聞き込み調査が終われば山に入って再び探索をするけれど、せめて雷雲がどの方角から来ているのか……そのくらいの情報であれば、街でも十分聞けると思ったって訳なんだけど……。
「しかし方角については毎回別々。北から来れば南から来る日もあれば、西から来れば東から来る日もある……そう言う事だな?」
「えぇ、そうなんです」
私の聞き込み調査に同行していたユーステッド殿下が確認するように問いかけると、街の油職人だというオジさんは頷く。
「とにかく毎回バラバラ。まるで何か意思が宿ったみたいに黒い雲があっちこっちから雷雲が山に向かって来た挙句、何度も何度も雷を落としたら何処かに行って、何日か経ったらまた山に雷雲が来てっていうのを繰り返していて、怖いし迷惑だし、気味が悪いと思ってたんです。絶対に自然現象じゃないって、俺でも分かりましたし」
オジさんの言う通り、自然現象ではあり得ないことがアラネス湧水山で起こっている……そしてこの人と同様の証言をしている住民が、私たちの方でも複数人確認できた。
これらの情報が意味するところ……それを頭の中で考察し、整理をしていると、オジさんは不安そうに表情を歪めながらポツリと呟く。
「正直、不安だったんです。濃霧と落雷がずーっと続いてて、何時か落雷が街の建物に当たったり、山火事を起こすんじゃないか。そうなる前に別の街に逃げた方がいいんじゃないかって……他の誰でもない伯爵様に引き留められたから、この街で踏ん張ってきましたけど……その伯爵様も病気で倒れちまったって聞いた時は、どうなるもんかと」
直接聞き込み調査をしてみて分かったけど、その不安はこの街では皆が共有して抱えているものだ。
そしていずれも、オズウェル伯爵に引き留められたから、街に留まっているという人ばかりだけど……伯爵が倒れたことで、それも限界を迎えようとしていることも分かった。
「夫人は故郷に避難ってことで里帰り、ミシェナ様も学院の寮から帰ってこない……クリストフ様も色々とやってるみたいだけど、正直……ねぇ」
そう言葉を濁すオジさんだけど、多分『頼りない』っていうのが本音だろう。大型ドラゴンが引き起こす異常現象に、何の知識もない状態から『どうにかしろ』ってせっつかれた上に辛辣な評価を下されるのは若干可哀そうではあるけれど……それも人間という群れの纏め役ともなると、言い訳にならないこともあるんだろう。
「……ミシェナ様って?」
「クリストフ殿のご息女だ。将来は彼女の元に婿入りした人物が、このオズウェル領を統治することとなっている」
へぇ、あの人って娘さんいたんだ。学院の寮ってことは、アーケディア学院の在校生って事かな?
……まぁこの情報に関しては、私にはあまり関係が無いことだけど。
「そのクリストフ殿について少し聞きたいのだが、ここ数か月の間に何か変わったことはないか?」
「変わったこと……ですか?」
「あぁ。どんな些細なことでも構わない。何か違和感があると思ったら答えてくれ」
「そう言われましても…………あ、そう言えばここ最近は、住民と顔を合わせる機会がめっきり減ったような気がしますね」
ポンと、手のひらに拳槌を打つような仕草をしながらオジさんは言う。
「伯爵様もそうなんですけど、クリストフ様や婦人も領民と顔を見合わせて良く色んな話をする人でしてね。俺も油製造所の所長なんてもんをやってますから、伯爵家の方たちと顔を合わせて話をする機会が多かったんですけど、近頃はそう言うのも全然なくなりました。最初の方は異常現象の対応に追われて忙しいのかと思ってたんですけど……」
「ふむ……それにしたって頻度が下がり過ぎている、と言ったところか?」
「えぇ。よくよく思い出してみれば、地震とか洪水とかが起こった時だって、伯爵家の方は忙しそうにはしてましたけど、それでも俺たち領民と話をする時間は出来るだけ作ってましたし……それにしては仕事が遅くなってるような気もしますし」
オジさん曰く、クリストフ代行もオズウェル伯爵も、仕事が早いことが領民からの評価に繋がっていたらしい。
普通、貴族が大々的に動くとなると、色んな手続きが必要になってくる。だから平民みたいに即決即断では動けないんだけど、それでも努力次第では行動に移すまで時間を短縮することは可能みたい。
「伯爵様が倒れて、普段よりずっと大変だっていうのは分かるんですけどね。それにしたって、クリストフ様らしくないって言うか。今回みたいに調査員の人をミリセントに来させるようにしたのだって、俺ら街の住民がせっついたからですし……でも皇子殿下、そちらの博士っていう娘さんのおかげで、原因が分かったんですよね?」
「あぁ、その通りだ」
肯定しながら、こちらに視線を送ってくるユーステッド殿下に応じて、私は前に出て口を開く。
「少なくとも、山を覆う濃霧を引き起こしているのがドラゴンであることは、既に確認済みです。そして雷雲も同様であり、二体のドラゴンが縄張り争いをしている可能性は非常に高い」
「彼女の言葉は事実だ。私自身、大瀑布の上にある山間湖で巨大なドラゴンを見た」
私みたいな小娘の言葉に、何処か疑わしそうな表情を浮かべているオジさんだったけど、補足説明するかのような殿下の言葉に顔色を変える。
「今現在、私たちはドラゴン同士を引き離して縄張り争いを止める為に動いていて、それが無事に成功すれば濃霧は消えて雷雲の襲来も無くなるだろう。住民の皆には引き続き山には入らず、ドラゴンを刺激しないようにしてもらいたい。そうすれば、我々が必ず事態を解決へ導いてみせる」
「そ、そうですか……皇子殿下が直直にそう言ってくださるなら」
ユーステッド殿下が力強くそう言うと、ホッと安心したような表情を浮かべるオジさん。
そのまま一言二言交わしてからオジさんと別れると、私は殿下に呟きかけた。
「必ず解決に導くとは、随分と大風呂敷を広げましたね。生物を相手にする以上、絶対は無いんですけど」
「それでもお前は口を挟まなかった。であれば、解決の見込みは十分にあると考えているのだろう?」
「……ま、否定はしませんけどね」
真っ直ぐな信頼の眼差しを向けてくる殿下に、私は鼻息を吐く。
普段は結構ぞんざいな扱いしてくる割りには、こういう時にはちゃんと信頼してくるから、私もちょっと反応に困る。
「とりあえず、アラネス湧水山を中心に調査をしますけれど、それはあくまでも待ち伏せの為になりそうです」
調査対象の片割れである雷竜は、恐らく濃霧で包まれたアラネス湧水山の周辺をグルグルと回りながら、虎視眈々と餌場を狙っている。
何度も撃退されたこと頭に血が上っているのかもしれないけど、数日に一度の頻度で向かってきているあたり、まだ諦めていないようだ。
「アラネス湧水山は山脈ではないけど、それなりに大きな山。そんな山の東西南北バラバラの方角から襲来してくることからも分かる通り、行動範囲は相当広いんでしょう。無策で追いかけ回して思念波を届けるのは、ちょっと現実的じゃないです」
「ならば、来ると分かっている場所で待ち構えた方が、より早くに接触できるという事か」
「えぇ。前回撃退された時に、餌場を諦めていないのであればですけど。問題は、どうやって思念波を届けるかですが……」
別の生命体の思念を角から受信し、害意や敵意の有無、果てには人間からの協力要請や取引すらもを感知し、内容を理解することが出来るドラゴンだけど、その感知範囲にも限度がある。
これまで得た情報を総括した限りだと、件の雷竜は基本的に濃霧が届かない遥か上空を移動する種であると推察できるわけだけど、そんな場所を飛び回るドラゴンに人間の思念波を届けるのは無理だ。
「先日の調査した時、キリガクレナガヒゲリュウが落ち着いた様子だったことも、縄張り争いが優勢である証左ですが、敵となっている雷竜の方は、何度も撃退されて気が立っているでしょうしね」
普通なら、キリガクレナガヒゲリュウも気が立っていてもおかしくないんだけど、先日の調査ではそのような兆候は見られなかったのは、私が立てた予想が的中していて、キリガクレナガヒゲリュウに余裕があることの証明だと思う。
ではその逆の方はどうなのか……その答えも明白だ。相手が気性が荒い種であると予想出来る上に、縄張り争いで敗退が続いて気が立っていると考えられる以上、人間の思念波を無視する可能性も否定できない。
「そこでジークの力を借りようと思います」
ジークは危険が迫った時、広範囲に渡って思念波を飛ばし、遠くにいるドラゴンの角に干渉。仲間であると誤認させて引き寄せる力を持つ品種、デンシンコリュウだ。
いわばドラゴンの意識に介入する能力。その力を応用すれば、無数のドラゴンを呼び寄せて火災を消し止めることも、広い海原を泳ぐ特定の水竜を私の元に来させることも出来る。
「しかもいざ縄張り争いが始まったとしても、ジークの強力な思念波でなら意識を敵から外させ、一時的にですが争いを中断させる見込みもあります。ゲオルギウスの時みたいに、痛みで思念波をキャッチする余裕も無いって状態でもない限りは、コミュニケーションを取る余裕も生まれるかも」
「その力を使い、早期に決着が付くというのならこちらとしても助かるが……お前はそれで良いのか?」
「正直、良くは無いです」
今回の一件では既に、前回のアインバッハ大森林に棲み付いたシロの時よりも、ずっと多くの損害を出してしまっている。
だから四の五の言わずに早めの決着が求められるという、人間側の事情も理解はできるんだけど……人間が下手に手を加えて、ドラゴンたちのあるがままの生態行動を崩すのは、私の本意ではない。
「本音を言わせてもらえば、二頭の大型ドラゴンの縄張り争いにおける行動を、自然な形でじっくりと時間をかけて何度も何度も観察しながら研究したかった……クソゥッ!」
「心底口惜しそうに吐き捨てるんじゃない。お前という奴は、どうしてドラゴンの事となると平然と身を晒す選択肢が頭に出てくるのだ?」
心底呆れたように額に手を当てながら溜息を吐くユーステッド殿下。
なぜ危険と分かっていても飛び込むか? 愚問である。
登山家が危険を承知で山に登るのは、そこに山があるから。そしてドラゴン研究者が危険を承知で調査に出るのは、そこにドラゴンが居るからに他ならない。
「言っておくが、それは絶対に認めんからな? 被害が悪戯に大きくなるだけの上に、何よりお前の命が危険すぎる」
「へいへい、分かってますよ」
今回の調査は私一人が気が済むまで知的好奇心を満たせれば良いって話でもない。
オズウェル領の人たちの経済だけじゃなく、私の調査に同行するというユーステッド殿下やヴィルマさんたちの命にも危険が及ぶ以上、今回は私の方が大人になろうじゃないか。
「ただ、今回の一件はどう足掻いても危険が付き纏いますよ。安全なんて一切保証されません。いくらジークが居るからと言っても、待ち伏せという選択肢を取る以上は、絶対に後一回は縄張り争いが起こります」
そしてその時には、私たちはアラネス湧水山の中に入る手筈だ。
衝突の余波を受けて吹き飛ばされるだけならまだマシ……下手をすれば、ドラゴンの攻撃の直撃を受ける可能性だって十分にある
「ジークの力もあくまで一時的。縄張り争いを繰り広げる二頭のドラゴンの意識をジークの力でお互いから外した時、どのようにして二頭を宥めるのか……そこが鍵になるな」
「そうですねぇ」
ジークの力を使っても、二頭の害意や怒りと言った感情が消えるわけではない。これを忘れさせない事には、何度でもぶつかり合うだろう。
(思い出せ……アリステッド公爵令嬢とシロは、理屈と損得を超えて縁を結んだ)
それはドラゴンの感情レベルの高さを私に思い直させる衝撃的な事例だったけど、今回の一件も見方を変えればドラゴンの感情に基づく話。
長期間に渡る縄張り争いで双方に宿った互いへの敵意は、ドラゴンたちから冷静な判断力を奪っている可能性がある。魔石を餌にした理屈を説いても、互いへの禍根は消せないかもしれない。
もしそうなった時、もっとドラゴンの気持ちを揺さぶる感動といった別の感情で、ドラゴンたちの怒りを打ち消す……それが出来れば、一研究者としても実に興味深い事例を拝めそうではあるかな。
「殿下。経費でちょっと買って欲しいものがあるんですけど」
「それは内容と用途にも寄るが……一体何を求めているのだ?」
私からの要望に当然の返事をする殿下。
経費申請の使い時と言うなら、まさにこのタイミング。その直感を信じて、私は口を開いた。
「えぇ。実はこの街に無ければ別の街の専門店でも百貨店でもいいから、取り寄せて欲しい物があるんですよね。場合によっては、皇宮や領主官邸まで借りに行くのも可です」
「……専門店? しかもその口振りだと、街によっては無い物なのか? しかし皇宮や貴族邸にはあると?」
「そこは需要の問題と言いますか……私が今欲しいのは――――」
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