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雷竜考察と、かつて起きたことへの記憶

書籍化決定! 詳しくは活動報告をチェック!


 私が調査に出かけている間、待機してシグルドたちの面倒を見てくれていた護衛の兵士二人が、ミリセントで住民から情報を集めていた。

 このオズウェル領が誇るアラネス湧水山で起こっている問題は、濃霧と雷雲だけではない。時折鳴り響く轟音と地鳴り、そして空から降り注ぐ落雷と、水柱が山から立ち上るという異常現象が頻発し、住民の間で不安を大きく膨らませているらしい。


(住民の中には、災害レベルの何かが起こっているんじゃないかって感付いて、ミリセントから避難して別の町に移った人も居るみたいだけど……)


 そこはクリストフ代行が、待ったをかけた。

 帝国政府に直接、事態の究明と解決をするための人員を動かしてほしいと訴えている。住民が住む街自体には現状被害が及ぶ気配はないから、少し待っていてほしいと、オズウェル伯爵の名前を出してまで。


(オズウェル伯爵って、住民の間でもかなり信頼されてるみたいだしなぁ……その伯爵の言葉だからってことで、ミリセントに留まった人も多いっぽい)


 普通なら命優先で避難しそうなものではあるけれど……まぁ住民たちの気持ちも分からんでもない。

 オズウェル伯爵を慕ってミリセントに留まる人も居ると思う。けれどそれ以上に、避難中の食い扶持をどう確保するかっていう保身もあったはず。

 この異世界における今のご時世、災害で収入を失った人への補償というのは、それほど充実していない。だから出来るだけ収入源を手放したくないのが住民の本音。

 今のミリセントの現状にホテルみたいな観光業に直結している職場では閑古鳥が鳴いていて、中流階級向けの宿は殆ど休業中みたいだけど、産業についてはその限りではない……というのが、ユーステッド殿下の言葉だ。


(観光業がマヒしていても、ヒマワリ畑関連の産業はストップしてないみたいだし)


 元々、ミリセントのヒマワリ畑は輸出向けの産業だ。

 アラネス湧水山で異常が起き、今のミリセントが危険だからと観光客が来なくなっても、酒とか油とかは変わらず製造して輸出している。

 ていうか、生産業までストップしたらオズウェル領の経済はマジで終わる。そりゃ伯爵家も必死に住民を留めようとするのも当然ではあるんだけど……。


(避難準備すら満足に進められている様子が無いのはオズウェル伯爵らしくないって、ユーステッド殿下も言ってたなぁ)


 いくら現状、ミリセントの町そのものに物理的な被害が及んでいないと言っても、いざって時は何時でも逃げられるようにしているはず……オズウェル伯爵の性格を知っている殿下は、そんな疑問を口にしていた。

 私は伯爵のことを良く知らないから何とも言えないけど、どうやら領民の命最優先っていうタイプの領主らしい。


(まぁ、そこら辺はユーステッド殿下たちが上手いことやるでしょ)


 これまでの経緯を色々と振り返って見ると、キナ臭いことこの上ないけど、どうせ政争関連のあれこれだ。

 一応は第一皇子派の私ではあるけど、そっちの方に首を突っ込む気はない。私は目の前のドラゴンたちに集中するのみ。


「ふぉうふ、ひゃひふぅうおふぉーはらうーふーはんははふふはふぉうふぉふぉふぉひまふ」


 昨晩色々とデータを纏めて結論を出した私は、野営地での朝食中にベーコンとチーズを挟んだパンを食べながらユーステッド殿下に告げると、殿下はお行儀よく咀嚼していた朝食を飲み込んでから口を開いた。


「行儀が悪いぞ! 食べながら喋るんじゃないっ! まずは口に詰め込んだ物を飲み込んでから口を開かんかっ!」

「むぐむぐむぐ……ごくんっ。という訳で、雷竜の方を湧水山から連れ出そうと思います」


 昨日話していたことの続きだと分かったのか、殿下は居住まいを正しながら真っ直ぐにこちらに視線を送ってくる。


「まずは説明してくれ。縄張り争いを止めるために二頭のドラゴンを引き離そうというのは分かるが、なぜ居場所を突き止めた水竜の方ではなく、何処にいるのか分からない雷竜の方から、ミリセントから連れ出そうというのだ?」

「今回の縄張り争い、キリガクレナガヒゲリュウの方が優勢だからです」


 調査を始めた当初、私は二頭のドラゴンの力は互角であると思っていた。

 実際、その通りではあるんだと思う。そうじゃなかったら、幾らドラゴンが執念深いからって、相手との実力差に大きな開きがあると分かったら逃げるはずだから。


「ただ、キリガクレナガヒゲリュウは濃霧を展開して身を隠し、更には魔力の噴出孔の上を直接抑えている。言うなれば、補給路をしっかり確保した籠城戦をしている状態で、侵攻してきた敵を迎え撃っている状態なんですよね」


 敵からの攻撃を妨害する濃霧というだけでも厄介だけど、魔力量を計測する魔道具を使ってみて分かった。

 キリガクレナガヒゲリュウは噴出孔から噴き出る潤沢な魔力……戦うためのエネルギー源が外部に漏れないよう、平時よりも過剰に吸収し、独占していると。


「幾らドラゴンでも魔力量には限界がある。あれほどの規模の魔法にだって莫大な魔力を消費するはず。縄張り争いをしながら、長期に渡って濃霧を展開し続けるのもおかしな話だと思いましたけど、常時膨大な魔力を補給し続けているんだったら納得です」


 こうなったドラゴンは正に鬼に金棒って奴だと思う。知恵が回る種族であると常々思ってはいたけど、食糧を独占すれば自分に有利という発想まであるなんて……今のキリガクレナガヒゲリュウと縄張り争いをして勝てる個体は、巨竜半島を探してみても限られてくる。


「魔力感知だって、魔力の大まかな発生源を探れるってだけで、そこまで万能じゃないですからね。濃霧で視界を封じられたら相応の探知能力がないと対処は難しいですし、実際、大型種を相手に長期間に渡る縄張り争いをしている割には、キリガクレナガヒゲリュウの体には怪我をした形跡が殆ど見られなかった。これはキリガクレナガヒゲリュウが殆ど一方的に攻撃できている証拠だと思います」

「ふむ。籠城している敵を破るには、敵の三倍の戦力が必要になるというが……確かに戦況は雷竜の方が不利。縄張り争いが長期化する事へのリスクを懇切丁寧に伝えることが出来れば、縄張り争いを収束させることが出来るやもしれん」


 それが良い事なのか、悪い事なのかは私にも分からない。縄張り争いだって自然の在り方。それに人の手を加えることは、きっと大自然の理に反しているんだと思う。

 しかし、例え相手が自然の理だとしても、それに抗って生きるための手段を選ぶことも、あらゆる生命に与えられた権利だ。

 この地に暮らしている人間たちは、生きるための糧である産業や観光業を守り抜いて、子々孫々に繋げようと足掻いている。周囲を巻き込む縄張り争いをしているドラゴンたちを非難するつもりは毛頭ないけど、人間の邪魔するつもりも私には無い。


「ついでに言えば、キリガクレナガヒゲリュウの方は今の縄張りから離れたくないみたいです。例え魔石を餌に釣ったとしても」

「そうなのか?」

「えぇ。アラネス湧水山の魔力の噴出孔は、水竜目のドラゴンが好む水属性の純度が比較的高いですからね。そりゃあ人間が作る魔石ほど高純度じゃありませんけど、より確実な餌の安定的確保という意味では、あの地に留まりたいと考えているみたいで」


 昨日私は、キリガクレナガヒゲリュウの身体データや魔力量を計測するのと並行し、キリガクレナガヒゲリュウとコミュニケーションを取ってみた。

 雷竜の方を探さなくても、水竜の方を動かせば、ひとまず縄張り争いは終わる……そう考えたのは殿下だけじゃない。どうにかキリガクレナガヒゲリュウの方を動かせないかと思念波とジェスチャーで交渉をしてみたけど、今の地を縄張りと定めたドラゴンを動かすことは出来なかった。


「それなら餌場を独占された雷竜の方が交渉の余地がある……私はそう判断しました。まぁ長期間に渡って粘っていたあたり、件の雷竜は気性が荒い部類だと思いますけど」


 そもそもの話、縄張り意識が強くない温和なドラゴン同士なら、餌場のシェアは普通に行っていることだ。それをせずに独占したり、他のドラゴンを追い出そうとしているあたり、件の雷竜の気性の荒さが伺える。

 キリガクレナガヒゲリュウも縄張り意識が強い方だし、両者が対立しているのは種族としての生態だけじゃなく、個体差もあるんじゃないかと私は睨んでる。


「となると、やはり今回の調査も危険が伴う訳か」

「まぁそれは何時もの事ですよ。朝ごはん食べたら、早速雷竜を探しに向かうとしましょう」


   =====



『なぜですか? どうして私ではなく●●●●●が!?』


 時は二十年以上も前。かの地でそう訴えたのは、一人の男だった。

 名門の一家に生まれ、幼い頃から後継者となるのだと教えられて愚直に学んできた男は、自分が実家の跡継ぎになるのだと信じて疑っていなかった。

 しかし蓋を開けてみれば、当主である父が後継者として指名したのは別の人物。自分のこれまでの努力が全て否定されたような気持ちになり、男は父親に食って掛かる。


『何度も言ったはずだ。お前の考え方では人は付いて来ないと』


 そんな息子に対し、父はどこまでも厳然とした態度を崩すことなく告げた。


『我らが何を成すにも人の力が必要だ。しかし、周囲の人々はそうではない。我々が居なくとも、いざ追い詰められれば自力で生きていく力を長きに渡って受け継いでいる。故にこそ、我らは人から必要とされる存在であり、人に恩恵をもたらす存在であるとメリットを提示し続けねばならんのだ』

『そのようなことはありません! 父上の言うメリットなどなくとも、代々積み重ねてきた威光さえあれば、人は我々に従うのだと私は学院の友人たちに教えられました! 実際、そのようにしている家もあるではないですか!』

『お前が言うように威光をもって人を治めるその家は、本当に上手くいっているのか?』


 男は鼻息を荒くしながら訴えかけるが、父親は先ほどよりも明らかに温度の低い声ですかさずに問いかけ直し、男は思わず言葉を詰まらせる。


『その様子では、その友人とやらのお家事情について何も学んでおらんのだな……お前が言うように、確かに彼らの実家の権威は偉大だ。長きに渡り、地元の人々を纏め上げた手腕も認めよう……だが、最早そのやり方に限界が来ていることは理解しているか?』


 父は語った。

 時代が流れるにつれて人々は次第に賢くなっていること。

 自分たちに負担が一方的に圧し掛かっていると分かれば反発することを覚え、もはや力を持つ家が威光だけで人々を従える時代は終わろうとしていること。

 迫りくる時代を生きる息子が、旧態然とした考え方をしていたら、いずれ必ず纏めていた人々の手によって家ごと滅ぼされることを。

 そんな父の言葉を証明するように、学友たちの間では『反発的で生意気な民が増えた』と愚痴を零すのが定番になっていた。

 

『魔法や産業といった多くの技術と知識が、多くの人の間で共有されるようになった今、民衆が我らを見限ることも容易になりつつある。自分たちを蔑ろにする上位者など用無しだからだ。いざとなれば、技術や知識を軸にした生産力という強力な武器を持った彼らは、他家の庇護下に入ることも出来るからな。この考え方は、世界中に急速な勢いで広まっている』


 そしてこの流れはもはや修正不可能な域に達している……そう締めくくった父親の目には、失望と哀れみが同居した光が宿っていて、愕然とした男は、自身から血の気が引いていくのを自覚する。

 

『分かるか? 私はただ、当主としての心構えだけを説いているわけではない。我が家がこれから長きに渡って生き残る為の生存戦略を説いているのだ。これを理解できぬのであれば、息子が相手と言えども切り捨てねばならん』


 それだけ告げると、父は金銭が詰め込まれた袋を息子に差し出した。


『どのような友人の影響を受けたかは想像に容易いが……民の為、我が家の為、そのような危険な考えを持つお前を次期当主として据えるわけにはいかん。その独立資金を元手に、家や民衆に縛られぬ自分の為の人生を生きるがいい』


 その言葉と共に生まれ育った家を追い出された男は、憐憫と共に渡され、屈辱と共に受け取った金銭を手放すことも出来ぬまま故郷を出た。

 しかし、何時まで経っても憐みに満ちた父の言葉と目が脳裏から離れず、渡された独立資金を酒で食い潰すだけの日々に、かつて『我こそが次期当主である』と未来への展望に輝いていた眼は、もはや面影も残していなかった。


『何が民の為、ひいては自分の為だ! 父上の言葉は詭弁だ……! そんな誰かの幸せの為だけに息をするような生を送る、人の為の傀儡になるために、私は幼少の頃から励んできたのではない……! 挙句の果てに、自分の邪魔になるからと、体よく私を追い出そうというのか……!? お家運営の為に、私が足手纏いになるからと!』


 ただ生まれたからには幸せになりたかった。勉学に励み、人との交流を深めた末、何時しか当主となり、権力と威光を一身に集める存在になれれば、幸せになれると信じていた。

 しかしそれを他の誰でもない父親に邪魔をされた。例え家族が相手だとしても……いいや、家族だからこそ、これまで積み重ねてきた親愛が反転して恨みは骨髄まで染み渡るほど深くなったのだ。


『見ていろ……私はこのままでは終わらない……! 父上、私はいつか必ず、貴方の言葉とやり方を否定してみせる……!』

 

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― 新着の感想 ―
何不自由無く育ち、実地での経験を持たずに机上での勉強のみを続け、学生時代に同じような境遇の人物とだけ交流を持ち、その結果としてプライドを肥大化させた上で極端な思想を正しいと思い込み、それが誤りであると…
 そりゃ今まで積んできた研鑽を全否定されたらなぁ。忙しいにしてももっと会話して諭せば良かったのに。
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