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霧隠れの巨竜

書籍化決定!詳しくは活動報告をチェック!



「な、何だアレは……!?」


 ユーステッド殿下が愕然と呟くのも無理はないと思う。

 つい先ほどまで、大瀑布の水圧と激流がどれほどのものであるのかを話していたところなのに、今まさに目の前で瀑布を登っている生物が居るんだから。

 毎秒何リットル落ちてんのって言いたくなる規模の滝で溺れないというだけでもおかしいのに、それを登る生物カテゴリーなど、私は一つしか心当たりがない。


「間違いない……あれが濃霧の原因ですっ! 二人とも、行きますよ!」


 私はリュックサックを担ぎ直し、急いで山道を駆け上がり始める。

 濃霧で足元が見えなくて危険だとか、そういう意識すらこの時ばかりは頭から吹き飛んでいた。あの生物の存在を確認したことで、私がここまで足を運んだ甲斐があったと判明したのだから。


「待て待て、お前が先行するんじゃない! ニールセン!」

「了解しましたっ」


 そんな私を追い越し、風竜の風切り羽で霧を払っていくヴィルマさん。

 ユーステッド殿下はそれに少し遅れる形で私に追い付き、並走をし始めた。


「急に走り始めて、どこへ向かうつもりだ!?」

「どこに? 決まってます、この大瀑布を形成する無数の水流の合流地点……魔力の噴出孔でもある山間湖ですよ!」


 この整備された山道は、アラネスの大瀑布を上から眺めたいという観光客向けに、その前まで続いているという。濃霧を払い除けて道なりを見失わないように進んで行けば、自ずと辿り着くはずだ。

 

「帝都を出発する直前に色々調べましてね。この地の魔力の噴出孔は、大瀑布の上の山間湖の水底にあるらしいんです」

「そこへ向かうという事は……やはりあの生物の正体はドラゴンなのか?」

「えぇ、あのタイにも似た背ビレには見覚えがあります」


 勿論、流れ落ちる膨大な水のせいで、見えたのは背中という体の一部だけ。全体像を眺めない事には品種の特定はできない。

 しかし、伝承にも登場する大型の魔物すら呑み込む大瀑布の水流に真っ向から逆らい、上まで登ることが出来る生物など、ドラゴン以外に何があるというのか。


「しかし、あの生物は相当な巨体だったぞ? シロのような小型なドラゴンが大森林に潜んでいたのとは訳が違う……あんな生物が誰にも発見されないまま、帝国の中心部に近いこの場所まで辿り着いていたというのか?」

「海まで続く大河を潜水しながら渡ってきたんでしょう。大型船でも通れる水深をしたこの河なら、それも不可能じゃない」


 そもそもの話、私の予想が正しければ、あのドラゴンは空を飛ぶことは出来ないし、地上での移動も不得手な鰭竜科に属するドラゴンだ。

 移動手段となれば水中だし、この場所まで辿り着ける水路となると限られてくる。


「海を渡ってこの地に棲み付いたと? 幾らドラゴンでも、そのようなことが可能なのか? あのドラゴンが本来、淡水に生きるのか海水に生きるのかは知らないが、海を越えて淡水に棲み付くなど、不自然ではないか?」

「いいや、そうでもないですよ。淡水と海水の両方に適応した、水棲生物というのは他にもいます」


 例えばワニの中にも淡水と海水の両方を泳ぐことが出来る種もいるし、前世の日本で昔ブームになったというアゴヒゲアザラシは比較的淡水への耐性もあり、海から淡水の河に一時期棲み付いていたという。


「普段は海の近くで暮らしている殿下にも馴染みのある魚でも、サケみたいに川と海を行ったり来たりする種も幾つがあるじゃないですか。水棲生物が海を越えて淡水に棲み付くっていうのは、そこまで珍しい事じゃないんですよ。恐らく、あのドラゴンも餌場を求めて河を遡上してきたんです」


 これと似たような行動を取る生物にシャチが居る。

 本来は海水で生きるシャチだけど、餌を求めて稀に河に入り込んでくることがあるというのだ。

 ドラゴンの環境適応能力は尋常ではないことは既に確認済み。淡水と海水の行き来は魚や海棲哺乳類にも出来ること。ドラゴンにも同じことが出来ても不思議じゃない。


「……?」


 そんなことを話しながら、ロープの柵に沿って山道を駆け上がって行っていると、私はふと周囲の光景の中で気になるものを見つけた。

 周囲の樹木の幹が斜め向いてたり、中には折れて新芽が生えてきているのもあったりしたのだ。それも一本や二本だけでなく、見渡せる限りの範囲で。

 正直、疑問ではあるけど……今は立ち止まっている場合じゃないと判断し、私たちはそのまま大瀑布の上にある山間湖の前まで辿り着いた。


「あのドラゴンは……居ないようだが、一体どこに……?」


 少し息を切らせながら、私たち三人は周囲に視線を巡らせる。

 風竜の風切り羽や風魔法で濃霧を散らして探しても見たけど、少なくとも水上に居るようには見えなかった。


「となると、水中か」


 即座にそう判断し、私はリュックサックを地面に置き、その上にジークを乗せると……おもむろに、自分の上着と靴を脱いだ。


「今日の上着の下は軽装で良かった……危うく、人前で全裸になるところでしたよ」

「な……お、お前一体何をするつもりだ?」


 何をする? ドラゴンが目の前の湖に潜んでいると分かった以上、やることなんて決まっているじゃないか。


「当然飛び込むっきゃないでしょ! 待っててねドラゴンいやっほぉぉおおおおおおおおおおおおおおいっ!」


 私の内に宿るドラゴン研究への情熱が身体能力に影響したのか、水際を蹴った私の体は軽く感じられ、思いの外高々と長距離をジャンプしながら入水するのだった。


「何ぃいいいいいっ!? 高速横回転をしながらあれほどの飛距離を!? アメリアはとうとう人間すら辞めたのか!?」

「凄いですね。身体強化抜きで五メートルは跳んでましたよ、今」

「とういうか、水に入る前に準備運動をちゃんとせんかぁああああああああっ!」


 そんな殿下の怒号が聞こえてきた気がするけど、私の体は重力に従い、そのままドボーンッと湖に沈む。

 辺りが濃霧で覆われているのか、陽の光が満足に入ってこず、湖の中はほの暗い。そんな水中で私は灯りを発生させる魔法を発動し、それをサーチライト代わりにして水中を泳ぎ始めた。

 昔は泳げなかった私だけど、今は違う。七年にも及ぶ半島生活の中、素潜り漁やドラゴン研究の為、独学で必死に泳ぎを覚えたのだ。


(焦ることはない……肺に取り入れた空気を節約しつつ、思念波で語り掛ければいい)


 あのドラゴンが私が予想している通りの種であるなら、このほの暗い湖の中でも向こうから私の位置を特定し、近付いてくるはず。

 そう判断し、魔石を餌に思念波で呼びかけた後は早かった。私の意図するところを汲み取ったらしく、深い水底から巨大な影が私目掛けて浮上してきたのだ。

 その大きな影は私の体を押し上げるように水上へと運んでいく。その感覚に私は、初めて巨竜半島に着いた時の事を思い出した。


「……ぷはっ」


 それからすぐ、水音を立てて私の体は水上へと持ち上げられる。

 手足からは鱗でも甲殻でもない、ブ二ブニとした皮の感触が伝わってきていて、離れた場所にユーステッド殿下とヴィルマさんの姿が見下ろせる。


「アメリア! 無事か!?」

「えぇ、問題ないですよ」


 私は心配した声を張り上げる殿下に手を振って、無事であることをアピール。

 そのまま今いる場所から、滑り落ちるようにしながら水面へと降りていき、水面を立ち泳ぎながら、巨大な生物の正面までやってきた。


「これが……アラネス湧水山を覆っていた濃霧の原因か」

「えぇ。キリガクレナガヒゲリュウという、その名の通り霧を発生させて身を隠すドラゴンです」


 私は誘き出し、調査に協力してもらうことへの対価として、青色の魔石を口の中に放り込みながら答える。


「外敵と遭遇した時、広範囲を霧で覆って姿を隠し、相手の視界を覆った状態から襲い掛かるっていう習性を持つ、水竜目のドラゴンでして。崖をよじ登れるくらいに発達した前肢からグループ分けには頭を悩ませましたけど、後肢や背ビレ、尾ビレがあることから、最終的には鰭竜科に属させました」

 

 キリガクレナガヒゲリュウは、背ビレのある背部だけ見ると巨大な魚のようにも見えるが、その表面は鱗ではなく、ウナギやナマズのようにブニブニで、カエルのように仄かな滑り気がある、白い斑点模様入りの群青色の皮になっている。

 口にした通り、前肢の爪と爪を繋ぐように皮膜……カモノハシのような水掻きがあり、筋肉自体も発達しているので、自らの巨体を持ち上げたり引き摺ったりして地上を移動することも可能。

 これだけなら鰭竜科に属させるには弱いけど、後ろ脚と尻尾はヒレ状になっていて、全体的な体の構造は、トドやセイウチのような大型の海獣に近しい。


「何より特徴的なのは、この長い髭! これが自分で発生させた濃霧の中でも活動するために発達した、キリガクレナガヒゲリュウの外見を象徴する重要器官です!」


 そんなキリガクレナガヒゲの口の上あたりには、東洋龍のような長くて太い髭が二本生えている。

 この髭はナマズやドジョウのように、振動の波や水の流れを正確に捉えてることで周囲の物体を感知し、泥水の中でも濃霧の中でも問題なく活動できるようになっているって訳だ。


「本来なら巨竜半島奥地の大きな淡水湖や河で生息していることが多い種ですが、海を越えて大陸の内地まで来るなんて……これはレア! 非常にレアなケースですよ!」


 少なくとも、私はこれまでキリガクレナガヒゲリュウが海へ向かうなんて言う事例は確認できなかった。

 今回の一件は、このドラゴンの環境適応能力に伴う生息域の広さを実感できる、非常に貴重な事例と言える。


「……と、これだけなら素直に喜んで調査したいところなんですけど、そうも言ってられないかもしれません」

「どういうことだ? 随分とらしくないことを言うではないか」


 ユーステッド殿下は怪訝そうな表情を浮かべる。

 らしくないというのは、確かにそうではある。私だって、並大抵の事は無視してドラゴンの研究に没頭したいところではあるんだけどねぇ……。


「先ほど、このドラゴンは外敵に襲われたら濃霧を発生させるって言いましたけど、実はキリガクレナガヒゲリュウが濃霧を発生させることは滅多にないんです」


 大型竜なだけあって、キリガクレナガヒゲリュウは強大な魔力と、大瀑布をよじ登る膂力を持つドラゴン。魔物どころか、大抵の中型ドラゴンが相手でも、真っ向勝負で捻じ伏せることが出来る。

 だから並大抵の外敵であれば、濃霧を発生させて身を隠す必要性すらない。なのに長期間に渡って山全域を覆うほどの濃霧を発し続けているという事は……。


「実力が近い外敵が現れて、縄張り争いが発生。それが長期化している可能性が非常に高い……現時点で、私はそう推測します」



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― 新着の感想 ―
 なるほど『雷雲』発生させてる存在がまだいたな。竜同士の縄張り争い?
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