ドラゴンの意外な弱点
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私の指示通りに、その場にいた全員がヘキソウウモウリュウの背中から降りると、体を揺らすドラゴンたちの体を横から支える。
まずはこうなった原因を判明させないといけないんだけど……。
「アメリア、これは一体どういうことだ? なぜドラゴンたちの様子が急におかしくなった?」
「正直、分かりません」
長年ドラゴンを傍で見続けてきたけど、この様な姿を見せるのは初めてだ。
特にヘキソウウモウリュウは、巨竜半島での移動も手伝ってくれていた、私にとって非常に馴染み深い種。見ていない日の方が珍しいってくらいだけど、こんな風にフラフラする姿は初めてである。
「それが一体だけじゃなく、一斉になんて……」
これがシグルド一頭だけなら、体調不良の可能性を考慮しただろう。
しかし、シグルドだけじゃない。ヴィルマさんが乗っていたブリュンヒルデも、他の個体たちも、同じタイミングで同じ症状が現れている。
つまり、こうなったのは偶然ではなく必然だ。そしてその原因があるとすれば……。
「恐らく、ドラゴン自身にではなく、外的要因が近辺に存在しています」
「近辺……と言っても、この辺りにはヒマワリ畑しかないぞ? このように体調を崩す理由など、あり得るのか?」
問題はそこだ。何も有毒な花粉をばら撒く品種って訳でもないだろうし、そもそも辺りにヒマワリ畑は収穫後で枯れたのが残っているだけ。
仮にヒマワリが咲き誇っていて、有毒な花粉をばら撒くにしても、人間には効かずにドラゴンにだけ作用しているっていうのも、可能性としてはどうなんだ?
(確かに、ネコにタマネギなどのネギ属の野菜を与えれば、中毒を引き起こすこともある。人間には効かず、ドラゴンにだけ通じる物があっても不思議じゃないけど……)
その場合だと、現状では調べるのは不可能だ。
化学物質が細胞の染色体に異常を起こしているかを確認する有害性試験を行うには、顕微鏡による綿密な調査が必要になる。そして今回、私は顕微鏡を持ってきていないのだ。
(いや……でも待って。私は何かを見落としている気がする)
短時間で体調不良を引き起こす有害物質の可能性だけに固執する必要は、現時点ではない。
よくよく見てみると、ヘキソウウモウリュウたちの呼吸音は安定しているし、体がフラついているけど痛みなどで興奮して暴れている訳でもない。
異常が起こっているのは間違いないだろうけど、それを分かりやすいサインとしては出しておらず、どことなくボーっとしているようにも見える。彼らの知能であれば、何かあれば人間に原因を取り除いてもらうようにアピールするはずだ。
(それに何と言っても、眼だ)
乗ってきた五体のヘキソウウモウリュウを確認してみたけど、どの個体も瞬きの回数が増えたり、瞼が落ちかけたりしていた。
これは苦しんでいるというよりも、眠たい時の様子だ。人間やドラゴンに限らず、瞼を持つ生物は眠たくなるとこういう目をすることが多い。
今彼らが『眠たい』と感じているとなると、これは毒というよりも誘眠効果がある何かが、ドラゴンたちに作用したと考えるのが妥当だ。
(ではそれは何なのかってことになるんだけど……)
原因をハッキリさせない事には、行動の移しようがない。
少なくとも近くに原因があるはず……そう思った私は周囲の枯れ果てたヒマワリ畑を眺めていると、ふとある事に気が付いた。
「これは……小動物?」
この辺りは紙作りに再利用するための枯れた茎の回収がまだみたいで、枯れたヒマワリに紛れてすぐには気付かなかったけど、畑には小鳥や齧歯類などの複数の小動物が存在していることが分かった。
それだけなら、別に普通の事に思うだろう。小鳥も齧歯類も雑食で、農作物は勿論のこと、それを食べる虫や、土の中で暮らすミミズなどを食べる。
ご馳走が密集する畑は、小動物たちにとっては楽園みたいなものだ。鳥や齧歯類が現れることは、むしろ自然なことではあるんだけど、一つだけ不自然なことがあった。
「なんだコレ……全然動かないし」
齧歯類は地面に倒れ、小鳥は枯れたヒマワリの花托の上で寝転がっていて、私が近付くだけでなく、手で体を持ち上げても逃げ出そうとする気配すら見られない。
こういった小動物は警戒心が非常に強く、人間が近寄ろうものなら即座に逃げ出す。そんな彼らが、人間に手で触れられても動こうとしないのには理由があるはず。
そう考えた私は、鳥や齧歯類を踏まれない場所にそっと降ろすと、近くに落ちていたヒマワリの種を見つけた。この世界独自の品種改良によるものなのか、私が知っているのよりも幾分か大きい種を手に乗せて鼻を近づけてみると、ツンとした匂いが漂ってきた。
「この匂い、まさかアルコール?」
「何だと?」
しゃがんだまま、私は種を指で割って、もう一度匂いを嗅いでみる。
すると今度は、先ほどよりも鮮烈なアルコール独特の匂いが漂ってきたのが分かった。
まさかと思い、深呼吸をして周囲の匂いを嗅いでみると、微かだが種から発せられたのと同じ匂いがする。
「もしかして、酔っぱらった?」
「酔った……だと? 酒を飲んだわけでもないのにか?」
「酒なんか飲まなくても、動物が酔うっていうケースはあるんですよ」
自然界でも天然の酵母菌が地面に落ちた果物などを発酵させることでアルコールを生み出し、それを食べた動物が酔っぱらうという事が起こる。
人為的に植えられたヒマワリ畑でも似たような現象が頻発していて、収穫後に地面に落ちた種子が微生物の力によって発酵し、それを食べた小動物が酩酊状態に陥ることがあるのだとか。
「元々、ここのヒマワリ畑って油や酒造メインで品種改良されたんですよね? 普通のヒマワリよりも、アルコールを発生させやすい種になっているとか、そういう可能性ってありません?」
「正にその通りだ……オズウェル領のヒマワリは強いアルコールを生成するように独自の改良がされていて、酒造の過程でマスクを付けなければ酔う作業員も居ると聞いたことがある」
「じゃあ原因もハッキリしてきましたね」
恐らくだけど、この広大なヒマワリ畑の至るところには、取りこぼした種が大量に落ちているに違いない。
そうした種を齧歯類が割ることで、或いは微生物によって種皮に穴が開くことで、内部で発生していたアルコールが空気中に気化し、それがドラゴンの鼻に入ったことで酩酊状態になった……検証もしてないし、根拠としては若干薄いけど、現状だとこれが一番可能性が高そうではある。
「種皮越しでも人間の鼻で感知できるほどの濃度のアルコールを発する種が、あっちこっちで膨大な数が割れ続けているなら、気化したアルコールを吸引することで、ヘキソウウモウリュウたちも酔っぱらったのかも……?」
「……だとすると、酒に弱すぎるのではないか?」
「えぇ、まさか臭いだけで一斉に酔うとは」
日本神話の多頭竜である八岐大蛇や、ウェールズの伝承に出てくる赤い竜は酒で酔っぱらうことで有名だけど、この世界のドラゴンも同じだとは思わなかった。
魔力食のドラゴンはアルコールなんて摂取する機会がまず無いから、その辺りの代謝能力が他の生物と比べても発達していないのかもしれない。
「大変興味深い現象ではありますけど……このままドラゴンたちをヒマワリ畑に居させ続けるのは良くないですね。ヴィルマさんたちは、急いでヒマワリ畑から離れた場所まで誘導しましょう。ハンカチか何かで鼻を覆い、これ以上アルコールを吸引しないようにして」
「あぁ、そのようにした方がいいだろう。ただし、酒造が行われているミリセントでも同じような状況になっている可能性が高い……今日のところは近郊の平原で野営をしつつ、ドラゴンたちの経過を観察する。それで良いな?」
ユーステッド殿下の確認に、私は頷く。
透視魔法で確認したところ、ドラゴンにも肝臓と思われる臓器はある。ヘキソウウモウリュウたちが本当にアルコールで酔っているなら、水などを摂取しながら安静にすることで、時間は掛かっても分解されると思う。
「では、ヒマワリ畑や酒造場から離れた場所に位置に位置するミリセント東門前を野営地とする。本来であれば、先触れを出したことで用意されていたはずの厩舎と宿で休む手筈だったが……ドラゴンの管理も兼ねて、ミリセントでの滞在中は私と共に野営をすることは覚悟しておけ」
『『『了解っ!』』』
ユーステッド殿下の号令を受け、ヴィルマさんたち護衛の兵士三人は素早く行動を開始し、先頭を進んでいたヘキソウウモウリュウから順番に手綱を引いて、東門前へと誘導するために歩き出す。
それを見た私も、同様にドラゴンを誘導しようと立ち上がり、殿下の方に振り向く。
「それじゃあ殿下、私たちも――――」
『行きましょうか』……そんな言葉は、私の口から出てこなかった。
突然、私の体はユーステッド殿下に覆い被され、そのまま押し倒されてしまったからだ。
「殿、下……?」
咄嗟に押し返そうにも、私と殿下とでは体格差があり過ぎて無理だった。私は為す術もなく、背中から地面に押し倒される。
幸い、地面はフカフカした畑の土だったから痛くはなかったけど、ユーステッド殿下の突然の行動に、私は内心はちょっとしたパニック状態だ。
「ちょ、どうしたんですか殿下っ。重いです、退いてくださいっ」
背中をベシベシ叩いたり、腕に力を込めて何とか退かそうと頑張ってみるけど、身長がある上に筋肉質な殿下を退けるには、私の腕力では足りなさすぎる。
というか、この人本当にどうしたんだろう? いきなりこんな事をしてくるなんて、余りにらしくない。私が退いてって言っても、全然退こうとしないし……普段の殿下からは考えられない行動だ。
「すまない……アメリア……」
私に覆い被さった殿下が、私の耳元で熱に浮かされたよう声を発する。
それを聞いた時、殿下のドクン、ドクンっていう心臓の鼓動が、密着したお互いの服越しに伝わってきた。
「本当はずっと耐えてきたのだが…………もう、我慢できそうにない…………」
「殿下……それって……」
まるで堪え切れない感情をぶつけるように私の白いローブコートの肩部分を掴み、ゆっくりと緩慢な動きで体を少し浮かしたユーステッド殿下は、至近距離から真剣な表情で私の目を見つめて来て……。
「何やら私も眠たくなってきた……というか、少し吐き気もしてきたような……うぷっ」
「お前もかい」
どうやら気化したアルコールで酔ったのは、ドラゴンたちだけではなかったらしい。
人の事もドラゴンの事もまるで言えた有様ではない殿下は、そのまま私の体を押し潰しながら、スヤスヤと眠り始めるのだった。
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