穏やかな田舎で起こる異常
書籍化決定!詳しくは活動報告をチェック!
皇族が治める帝都を中心とした国土中心部に位置する領。その隣地であるオズウェルへ調査へ向かうことになった私は、翌日には資料を取り寄せて中身を検めていた。
「山全域を覆う異常な濃霧に、高速で移動する異常な雷雲ね……」
それが今現在、オズウェル領で起こっている異常現象である。
本来なら、濃霧も雷雲も一過性のものであるはず。しかし、オズウェル領の都市近くの山では、ある日を境に濃霧が百日以上にも渡って覆われ続け、それと同時期に空を異常な速度で駆け抜ける雷雲が発生し、落雷を発生させているという。
(確かにこれは、自然界では考えられない事かも)
何時まで経っても消えない雷雲もそうだけど、濃霧が長期間に渡って発生し続けているのも、自然現象では考えにくい事だ。
濃霧の発生条件には高い湿度が必須。その条件は、夏場になっていることで満たされているけれど、もう一つの重要な条件である、気温の低下が夏では満たされない。
簡単に言うと、夏は濃霧が発生し難いのだ。しかも一日や二日ではなく、数百日も長期間に渡ってなんて。
「明らかに作為的な働きが、オズウェル領で行われているってことか」
現段階では、ドラゴンの関与は断定できない。人間でも魔法を使えばこういった現象は起こせそうだから。
しかし、ドラゴンの関与を否定することも出来ない。濃霧や雷雲を発生させるドラゴンも、私は十数種確認している。
そう言ったドラゴンが新たな餌場を求めてオズウェル領に来たとなれば、こういった現象が起こっているのも説明が付く。
(そしてオズウェル領でも、魔力の噴出孔が存在していることは既に確認済みか)
この事実もまた、私の仮説を裏付ける根拠だ。
ドラゴンにとって居心地のいい条件が揃っている。彼らの移動能力も考慮すれば、どんなドラゴンが移動してきていてもおかしくない。
「俄然ワクワクしてきた……! 一体何が目的で、どうやって大陸内部まで現れたんだ……!?」
自然と自分の口角が上がっていくのを、私は自覚する。
目的については『食べる為』……餌に引き寄せられての事だというのは分かる。しかし移動手段や、そこで暮らし始めたことによる生態の変化の有無は、私の興味と関心を引き寄せてやまない。
(報告書を見る限り、濃霧や雷雲の発生理由が今に至っても判明していないどころか、心当たりすらなさそうだし)
それは、仮にドラゴンが異常現象の原因だった場合、それを引き起こしているドラゴンは人々に感知されないまま、帝国中央付近まで進出していたことを指す。
シロのように小型で気付かれなかったのだろうかとも考えたけど……現象の規模的に、それはちょっと考えにくい。
ドラゴンは基本的に、体の大きさに比例して強くなる傾向がある。報告書に記されていた濃霧の発生範囲から察するに、中型なんてレベルじゃないと思う。
少なく見積もっても、大型ドラゴンが現れた可能性が高い。それを調査しに行くと思うと、今からワクワクして夜も眠れない。
(心配事があるとすれば、ゲオルギウスやシロの傍から離れることになるってことかな)
今現在、アリステッド公爵令嬢とシロは離宮で保護されている。
多分に政治的な思惑を含んだ処置だ。シロをこのままアインバッハ大森林に残しておいて、更なる被害を出すわけにもいかないし、そのシロが懐いているアリステッド公爵令嬢は、これから第一皇子派に引き抜かれる、今後のドラゴン研究に必要な人材だし、何よりも借金のかたに第三皇子や侯爵家から虐待紛いの目に遭わされていた国民だ。
なんか適当な名目を付けて、離宮に留めることにしたつもりのようだけど……その辺りの事は、正妃様たちに任せるしかない。
(第三皇子派の貴族たちも、立場上は皇族の臣下だから、レオンハルト殿下や正妃様にはある程度従わないとだしね)
しかし、それは同時に私が新たにシロという新たなドラゴンの監督も任されていることを指していた。
私としては、それはそれで楽しくて幸せではあるんだけど、こちとら体一つの人間だ。あっちもこっちもやれって言われても、分身でも出来なきゃ話にならない。
私がオズウェルへ行っている間はどうするべきか……何よりも、私が離宮にいない間の観察レポートはどうするべきか、その事に頭を悩ませていると、私の部屋のドアから控えめなノックの音が聞こえてきた。
「はーい、どうぞー」
「失礼します、アメリアお姉様」
入室の許可を出すと、部屋に入ってきたのはティア様だった。
今日は制服ではなく、何時ものような普段着用のシンプルなデザインをしたドレス姿だけど、その胸には紙束が抱えられている。
「ティア様、どうかしました?」
「あの、こちらを見てもらっても良いですか?」
そう言って、ティア様は抱えていた紙束を私に見せてくる。
怪訝に思いながら紙束を受け取り、その中身を見てみると、私は思わず目を瞠った。
「これは……今の離宮にいるドラゴンたちの観察記録ですか? それにこんなに沢山……シロにゲオルギウス、ヘキソウウモウリュウたちのまで」
しかもただ量がある訳じゃない。生理現象の頻度や、その時々の行動といった事柄が事細かく書かれてはいるけど、線や番号などを書いて分けられているし、内容自体は至ってシンプルで理解しやすく、それを補足するかのように簡単なイラストまで付けられている。
こういう資料の書き方を、私はよく知っていた。
(これ、私と同じやり方だ)
イラストは流石に難易度が高かったからか、絵柄はデフォルメされているけど、ドラゴンの体の細部などが特徴を捉えられながら描かれている。
この資料内容を見れば分かる……これは明らかに、後で私に見せるために、私の資料の書き方を真似て作られたものだ。
「それはクラウディア様と共同で作成した資料です。お姉様がオズウェル領へ赴いている間、離宮に残ったドラゴンたちの観察記録を取れない事について心残りがあるのではないかと思って」
私が抱えていた課題点を補うような、完璧なムーブを披露するティア様。それはまるで、調査の手が足りなくて困っている私の心を読んだかのようだった。
「離宮にはお姉様に研究助手と認められたクラウディア様が居ます。ドラゴンと触れ合う経験を積み重ねてきた、オーディスから同行した騎兵部隊の方々も、半数は残ってくれます。それに僭越ながら、私も……だから帝都でのことは私たちに任せて、お姉様は気兼ねなくオズウェル領へ調査に向かってください」
ふと、初めてこの離宮で出会った時のティア様の姿を思い出す。
あのまともにベッドから出ることも出来なかった辛気臭いお姫様が、何時の間に人に気を遣い、自ら動き出せる一丁前の人間にまで成長したのか。
……いや、そこに関しては元々の気質か。ただ魔蝕病に苦しむ必要が無くなったから、自由に動けるようになっただけで。
「……私、そんなに分かりやすかったですか?」
「えぇと……正直に言わせていただければ。お姉様は高度な学説をお考えになられますけど、その行動には常にドラゴンを指針としていますから」
あー……そいつは否定出来ないわ。これまでの私の言動を振り返って見ると、他人からそう言う風に見られていても不思議じゃない。
「なら仕方ない。私が居ない間の事は、ティア様たちを頼りにさせてもらいましょうかね」
「は、はいっ! どうかお任せください」
=====
「んで……何でユーステッド殿下も同行してきてるんですか?」
翌日、諸々の手配やら準備やらを終えた私は、シグルドに乗って早速オズウェル領へ向かっていた。
今回の同行人は、オーディスから連れてきた、ヘキソウウモウリュウに乗ることが出来る騎兵部隊の五人。もしもの時に備えた護衛として同行するように、上から指示された面々だ。
自分の身柄を守る為に護衛まで付けられるようになる日が来るなんて思わなかったけど、緊急事態じゃなければ一~二人までを調査の手伝いに使っても良いっていうし、私は特に文句もたれずに、大きなリュックサックを背負って、ドラゴンの背中に乗りながらオズウェル領へ向かっていたんだけど、その同行者の一人が殿下だったのである。
「帝都に戻ったら戻ったで忙しそうにしてましたし、この手の調査についてくる必要あります?」
「元々、私もオズウェル領には別件で用事があってな。出資相手であるお前の研究の視察も兼ねて、同行しただけだ」
聞くところによると、オズウェル領を治める伯爵は第一皇子派の人間であり、今後の連携を見据えた調整をしに行くとの事らしい。
私もあんまり人のこと言えないけど……里帰りしたというのに働き詰めで、この人その内ぶっ倒れるんじゃなかろうか?
「まぁいいや……それにしても、帝都の近くだから何となく都会な街並みを想像してたんですけど、結構長閑な場所なんですね」
帝都から馬車なら街道沿いに進んで一日、ヘキソウウモウリュウであれば最短距離を突っ切って十分前後で到着したオズウェル領は、帝都と違って自然豊かな土地だった。
山脈から吹いた涼やかな山風が草原を駆け抜け、領主官邸がある領内最大の街であるミリセントに近付くにつれて、とんでもなく広大な農園が広がってるのが見える。
「オズウェルは大陸最大規模の運河の源泉へと繋がる大瀑布を有する、避暑地として有名な領地だ。ミリセントには国内の貴族や豪商が別荘を構え、特に大瀑布を一望できる山は、歴史を見れば歴代の皇族にも愛された風光明媚な観光資源でもある。私も昔、一度目にしたことがあるが……それは見事なものだったぞ」
「へぇ、そうなんですね」
この世界でも観光産業みたいなのってあるんだ。
生活が大変な平民も多いから、そういうのに需要は無いって思ってたけど……なるほど、確かに貴族や豪商なら話は別か。別荘を建てるのに必要な税金だけでも、それなりに稼げそうではあるし。
「他に有名なものと言えば、私たちを囲む、この広大なヒマワリ農園もそうだろう」
そう言いながら、ユーステッド殿下は周囲に視線を巡らせる。
「ヒマワリは油、酒、紙、飼料などの素材にもなる万能な農作物。魔法を用いた品種改良を長年繰り返し続けたことで、安価に大量生産を行うことが可能であり、特にヒマワリ油はケイリッドのオリーブオイルのような高級品ではないが、安価で平民の暮らしを大きく支えているし、東洋の酒造技術からヒントを得て作り出されたヒマワリ酒は、世界各地で愛好家も多い名産品だ。開花の時期になれば、辺り一面が黄色い大きな花で覆われ、その絶景を拝むために世界各地から観光客のみならず、画家などの芸術家が集まってくる」
「ほうほう、それは確かに一見の価値ありかもですね…………まぁ、全部枯れちゃってますけど」
本来なら、黄色い花が辺り一面を覆いつくす、ユーステッド殿下が言うようにそれはもう見事な絶景だったりするんだろう。
しかし、今私たちの周囲に広がるのは、薄っすらとした焦げ茶色になるまで枯れて、花托が力なく下に向いているヒマワリが点々と地面から伸びているという、おおよそ観光地としては相応しいようには見えない光景だった。
「先ほど私が言ったのは、あくまで開花の時期での話だからな。収穫後ともなれば、こんなものだ」
「あ、これ収穫し終わった後なんですね」
「それはそうだろう。ヒマワリの開花時期と言えば春だ。それが過ぎれば収穫される」
前世のヒマワリは、夏が開花時期なんだけどな。ブナ科の木の時もそうだったけど、異世界なだけあって、私が知っている植物とは少し違ってきているらしい。
「農業産業が盛んなミリセントでは今頃、収穫したヒマワリの種や茎などを加工され、観光客向けのヒマワリ製品が溢れかえっているだろうが……間違っても酒は飲むなよ? お前はまだ未成年なのだからな」
「分かってますって。そもそも私、酒も煙草も口にする気ないですから」
当たり前のように世間で広まっている酒や煙草も、口にし過ぎれば脳細胞を傷付け、収縮させる有害な効果がある。頭を使って考えるのが仕事の研究者にとって、害悪でしかない代物だ。私が口にする理由がない。そもそも、あんな中毒性のある物質が含まれたものを口にする奴の気が知れないし。
そんな話をしながら収穫後で枯れ果てたヒマワリ農園のど真ん中にある通り道を、ドラゴンに乗って進んで行っていると……不意に、私の体が大きくグラついた。
「ぅおおおっ!? ちょ、どうしたのシグルド」
慌てて手綱を握って落ちるのを回避したけど、シグルドは普段のしっかりとした足取りからは想像も出来ないくらいに体を揺らし始める。
わざとそうしている……という訳ではなさそうだ。どちらかというと、体調不良で足元が覚束なくなっているかのような、そんな体の揺らし方をしている。
「何だ!? 突然どうした!?」
それはシグルドだけではない。私たちが乗っている全てのヘキソウウモウリュウにも同じ症状が現れていた。
これは……このまま乗って進むのは危険だ。そう判断した私は、即座にシグルドから飛び降りて声を張り上げた。
「今すぐドラゴンから降りてください! 転倒の危険がありますから!」
面白いと思っていただければ、評価ポイント、お気に入り登録よろしくお願いします




