ドラゴンの「目」と「科」
巨竜半島を出た先に現れたという未知のドラゴン……その正体を追求すべく、紙とペンと画板を持った私は、ウォークライ領へ向かった。
ジークをブカブカのローブに隠すように背中に張り付かせ、ユーステッド殿下と共にスサノオの背中に乗って向こう岸に辿り着き、まずはポルトガへと向かった私たちは、そこで殿下の身分を明かして幌馬車を借り、辺境伯閣下がいるという都市へと向かっていた。
この世界では道の舗装技術は未発達で、ガタガタ揺れる幌馬車の乗り心地も良いとは言えないけど、それでも私の気分は時間と共に高揚していく。
(それはきっと、この先に私の胸を焦がすような相手が待ち受けているからかな)
あぁ……早く、早く逢いたい。一体どんなドラゴンが、どうしてこの地まで移動してきたのか、今から気になって気になって仕方がない。
「それで? どんなドラゴンなんです? 体形は? 体長は? 角や鱗の色は? 群れの有無、普段から取っている行動は? 知っていることを何もかも全部教えてくださいよ、さぁさぁさぁ!」
「えぇい、教えてやるから落ち着かんかっ!」
道中、待ちきれなくなった私は事前情報を聞き出そうとユーステッド殿下に詰め寄ると、殿下は両手を私に向かって伸ばし、嫌そうな顔をしながら距離を取った。
「今回、ウォークライ領で発見されたのは、ガドレス樹海と隣接し、辺境伯邸を有する防衛都市、オーディス……その近郊の平原地帯だ」
ガドレス樹海と言うのは、巨竜半島とウォークライ領の中間に位置する大森林である。
豊かな動植物に恵まれていると同時に、凶悪な魔物が数多く生息している危険地帯であり、ウォークライ辺境伯は代々、ガドレス樹海から出て来て人を襲う魔物や、その奥の半島に跋扈しているドラゴンたちから国民を守るために、ガドレス樹海のすぐ傍に高い城壁で囲まれた防衛都市を築いたという。
それがオーディス……屈強な軍隊の駐屯地にして、ウォークライ辺境伯が陣取る最前線防衛基地である。
「事の始まりは一月ほど前、これまでドラゴンなど一頭たりともいなかった筈の平原に、突如としてドラゴンの群れが現れたのだ。体色は赤っぽく、体格はいずれも、馬よりもやや大きい程度……現状では人が襲われた形跡は見れず、その群れを囲むように部隊を展開しているが、感知したドラゴンの個々の魔力量から交戦は危険と判断。今は様子見に徹しているが、オーディスはかなりの緊迫状態にある」
「なるほど……下手に危害を加えなかったのは良い判断ですね」
もし人間の方から手出しをしていれば、そのドラゴンたちは人間を敵として学習する可能性があった。
そうなれば、近付くだけでも死を覚悟しなければならなかったところだ。もちろん、敵意を向けられ続けたドラゴンたちは興奮状態にはある可能性は高いけど……。
「ですが群れで行動となると……もしかしてそのドラゴンって、後ろ脚が凄い発達してて、地面を素早く走り回ったりします? 翼はなくて三本の角が全部尻尾の方に向かって伸びてる……」
「その通りだが……もしや、心当たりがあるのか!?」
「見てみない事には確かなことは言えませんけど、多分、火竜目走竜科のハシリワタリカリュウかなって」
「な、何だそれは……? 種族名か何かか? 聞いたこともないが」
「あー……すみません、これ私が勝手に付けたドラゴンの種族名と、その分類分けです」
殿下が聞いたことがないのも無理はない。ここまでの道中で聞いたんだけど、やはりこの世界では危険だからという理由で、ドラゴンの研究は殆ど進んでいなかったらしく、種族名も何も分からないから、私の方で勝手に種族名を付けたり、分類分けしてたりしてたのだ。
「渡り鳥みたいに各地を転々とし、火を吹く種族のドラゴンなんですけど、特徴の一つとして翼を持たず、強靭な後ろ足で走って移動するんです。それで、私が付けた種族名が、ハシリワタリカリュウってわけです」
「なるほど、名が体を表していて分かりやすいな」
「まぁ、生物の種族名なんて、特徴を踏まえた分かりやすいのが一番ですからね」
前世だと、ツキノワグマとかが有名だろう。あれは胸に三日月みたいな模様があるからっていう、安直なネーミングセンスだし。
でもその安直さこそが重要だと私は思う。複雑な名前を付けられたって、頭に入ってこなくて覚えにくいしね。
「ではその火竜目走竜科……というのは何だ?」
「生物学における分類分け……その生物がどのグループに属しているかを大まかに表す「目」と、姿形で分類する時に使う「科」ですね」
凄い大雑把にライオンで例えると、肉食だから食肉目、ネコみたいな姿をしているからネコ科と、基本的に全ての生物はこういう感じに分類分けがされる。
この世界の生物学でもそれは同じで、私もドラゴンを分類分けする際には同じ法則を使って分類分けを行ったのだ。
「私は巨竜半島で数多くのドラゴンを目撃してきました。そして理解したのは、ドラゴンたちは地・水・火・風・雷・氷のいずれかの属性魔力を司り、大まかに六種類の姿形をしているという事です」
これらの情報から、私はドラゴンの「目」を次のように分類分けした。
地属性を司るから地竜目。風属性を司るから風竜目。火属性を司るから火竜目。水属性を司るから水竜目。雷属性を司るから雷竜目。氷属性を司るから氷竜目って感じに。
(本当だったら、動物の「目」は食性を表すものではあるんだけど……ドラゴンの場合、これでも間違いないしね)
そしてドラゴンの姿形を表す「科」。私はこの七年で六つを確認し、分類分けをした。
最も種類が多く、四つの脚を持つ四脚竜科。発達した後ろ脚で走るのが得意な走竜科。前肢が大きな翼になっている翼竜科。ヒレで水中を泳ぐ鰭竜科。頭が複数存在する多頭竜科。そして胴体が蛇みたいに長い蛇竜科……って具合に、誰も研究をしていないのをいいことに、私の方で勝手に色々決めてたのである。
「ちなみに、私の背中に隠れてるジークなら、雷竜目四脚竜科のデンシンコリュウで、スサノオなら水竜目鰭竜科のクビナガセオイリュウと、勝手に種族名付けて分類分けしてやりました」
「クビナガセオイリュウ……確かに首が長く、人を背負って海面を泳いでいたな。ではそのジークとやらの名前の由来は何なのだ?」
「あぁ、それは……」
初めて詳しく聞くであろうドラゴンの話に、ユーステッド殿下も興味津々なのか、真剣な表情で詳しく聞いてくる。
その目はどこか輝いているようにも見えて、私も研究を開始してから初めてドラゴンの事を解説するから興が乗ってきた。このままウンチクでも垂れ流してやりたい気持ちにはなってきたのだが……。
「……殿下? もしや、ユーステッド殿下であらせられますか!?」
話し込んでいると、私たちを乗せた幌馬車はいつの間にか、巨大な城壁に備え付けられた大きな門……城塞都市オーディスまで来ていて、そこで見張りの兵士と思われる人物が、興奮した様子で殿下に話しかけてきた。
「殿下を乗せた船が、昨日に到着予定だったのにまだ帰港していないと聞いて……! もしかしたら事故でも起こったのかと……!」
「心配をかけてすまない。この通り、私は無事だ」
「あぁ……良かった……! しょ、少々お待ちくださいっ、丁度近くに閣下がいらしているので、すぐに呼んでまいります!」
皇子の生存を知り、心底安心したのだろう。安堵と共に深々と息を吐いた兵士は、大急ぎで誰かを呼びに走って行く。
それから少し待っていると、他の兵士よりも明らかに立派な鎧を身に纏った、銀髪を短く刈り上げた男性がユーステッド殿下の元に駆け寄ってきた。
若々しく見えるけど、目元の皺から察するに三十路は軽く超えてそうだ……そんなちょっと実年齢が察し難く、どことなくユーステッド殿下と似た雰囲気の顔立ちをした男性は、顔から汗を流しながら目を見開いて殿下の方を見ている。
「ご心配をおかけして申し訳ありません、叔父上。ただいま帰還いたしました」
「ユーステッド……よくぞ無事に戻った。しかし、一体何があったというのだ?」
「はい、実は……」
その正体はお察しと言うべきか、「叔父上」と呼ばれた男性は、ユーステッド殿下から大雑把な事情の説明を受けると、今度は私の方に近付いてくる。
「話は聞かせてもらった。どうやら其方には、大きな恩が出来てしまったようだな」
「あぁ、いえ。こっちも偶然殿下を見つけただけなんで……」
こういう時、一々恩着せがましくするのは性に合わない。
適当に謙遜していると、この地を守る辺境伯は、胸に手を当てて軽く頭を下げた。
「名乗ろう。私がウォークライ辺境伯、セドリック・グレイ・ウォークライだ。我が甥の命を救ってくれたこと、心より感謝する」
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オーディスの中心に位置する辺境伯邸。ユーステッド殿下や辺境伯閣下が暮らしているというこの城館は、私の実家よりもずっと大きいけれど、内装や外装はかなり武骨で、どちらかというと要塞と呼ぶべき威容を放っていた。
壁には武器も飾ってあるし、中庭では兵士が訓練しているし、軍事拠点の名に偽り無しって感じだ。
(それにしても……ユーステッド殿下といい、セドリック閣下といい、あんまり権力振りかざすタイプじゃなかったのはラッキーだったかな)
聞いた話によると、セドリック辺境伯閣下は、この国の皇帝の弟にあたる人物らしい。
昔は名前の最後にアルバランと名乗っていたそうだけど、成人を迎えると同時に臣籍降下をし、ユーステッド殿下と同じようにウォークライ領に赴任。正式に辺境伯を継ぐと、ウォークライと名乗るようになったのだとか。
要するに、両方とも皇族って訳である。私は故国で唯一顔を見たことがある王族が、私を身代わりにして島送りにした王女様だっただけに、この国のトップはどうなんだと不安になったんだけど、今のところ嫌な感じはしない。どちらも礼儀正しいというか、私とは育ちからして圧倒的に違うオーラが出てる。
そんなセドリック殿下に言われて、私は今、城館の応接室でお茶菓子を前にソファに座っていた。
(何か……すっごい久々に見たわ、こういう洒落た食べ物)
巨竜半島に住み着くようになってからというものの、私の食事はとにかくワイルドになった。
仕留めた小動物の丸焼きに、自然に生っている木の実のまる齧り。海魚に至っては時折、火を熾すのが面倒だからって生で食べる時もあった。
そんな巨竜半島の暮らしは今では楽しくて仕方ないし、正直、紅茶とかクッキーとか、もうこの目で見ることもないんじゃないかと思ってたから、かつて送っていた貴族生活を思い出して、なんだか不思議な気分である。
「待たせてすまない。今、ユーステッドから事の仔細を聞かせてもらった」
そんなことを考えていると、ユーステッド殿下とセドリック閣下が応接室に入ってきた。
「アメリア。其方が巨竜半島でドラゴンの研究をし、ドラゴンとある程度のコミュニケーションが可能であり……そして今、この場に護衛としてドラゴンを引き連れてきている。その事に相違はないか?」
「えぇ、そうですね……ジーク」
そう名前を呼び掛けると、私のローブに隠れていたジークが這い出てくる。それを見たセドリック閣下は、これ以上ないってくらいに目を見開いた。
「本当に、ドラゴンを……! 話には聞いていたが、実際にこの目で見せられると、信じざるを得ないな」
いくら親戚であるユーステッド殿下の説明を受けても、私のことに関しては半信半疑だったらしい。まぁそれに関しては仕方ないと思うけど。
「とりあえず、兵士や住民の混乱を避けるため、人目に触れる場所ではそのドラゴンには隠れてもらうとして……改めて感謝の意を伝えたい。ユーステッドを救ってくれた恩賞については――――」
「すみません、話し遮って悪いですけど、それはマジでどうでもいいです」
私は恩賞欲しさに人助けしたわけじゃないし、見返りなんて最初から期待していないのだ。
「そんなことより、私をドラゴンの元に案内してくださいっ。出現したんですよね、この領地……それもこの町の近くに!」
「いや、しかしだな。皇族の命を救ったというのに、何一つ報いぬというのは、皇族としての体面が……!」
「もしお礼をしてくれるというなら、例のドラゴンの研究をさせてください。というか、ドラゴンをどうにかして欲しくて私を呼んだんですよね?」
皇族相手に不敬だろうが何だろうが、私は逸る気持ちを抑えられなかった。
巨竜半島の外に出現したドラゴンなんて、この目で実際に見るのは初めての経験になる。地域差によるドラゴンの暮らしの違い、魔力量の違い、行動原理の違い……巨竜半島という、ドラゴンが集まる特異な地から出た時、ドラゴンにどのような変化が訪れるのか、その有無と詳細を知ることに比べれば、皇族の面子とかクソどうでもいいっ!
「叔父上……短い付き合いですが、彼女はどうやらこういう気質の人間のようでして。混乱を収めるためにも、ここは彼女の言う通りにした方がよろしいかと」
「うむ……それもそうだな。ではアメリアよ、着いてくるがよい。ドラゴンの元へ案内しよう」
「わーいっ!」
話の早い人は好きだ。結果として私はグダグダと話し合うことをせず、ドラゴンの元へ案内してもらうことが出来た。
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