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点と点で繋がる

書籍化決定しました! 詳しくは活動報告をチェック!



 調査開始から四日。アインバッハ大森林は広大なだけに、そこから一体の生物を見つけ出すのは困難を極めた。

 対象が氷霧を発生させるとはいえ、それも大規模という訳でもないらしい。あくまでも自身の周辺の気温を下げる為ってだけで、生活域全体の環境を作り替えるようなレベルじゃない。

 

「中々暑いですね……」


 つまるところ、真夏の調査というのは厳しいということだ。

 森の中は日陰ばかりなので平原とかを調査するよりかはマシだろうけど、それでも暑いものは暑い。


「そろそろ水分補給を兼ねて休憩をした方が良いのでは? こまめに飲まないと倒れますよ」

「あ、どうも」


 私はヴィルマさんが差し出してきた水筒を受け取り、近くに生えていた大木の根に座り込んで水を飲む。

 暑い中でも屋外訓練をするだけあって、こういう時の体調管理もヴィルマさんは上手かったりする。目の前の研究対象に夢中になって、ついついそれ以外の事が疎かになりがちな私とは偉い違いだ。


「それにしても、久しく忘れていましたよ……季節ってあるんだなって」

「それは……当然のことでは? 国ごとに違うと言いますが、アルバラン帝国やその周辺諸国では春夏秋冬が巡るじゃないですか」


 この異世界で私たちが住んでいる大陸でも、前世と同じように一年かけて春夏秋冬が巡る。ただし、日本とは違って夏や冬は短く、春や秋が長いと、前世と比べたら過ごしやすい気候だけど。

 これはエルメニア王国に住んでいた時も同じだったので、私も季節の巡りっていうのを当たり前のように体感していたんだけど、この七年間ではそうした季節の巡りを実感するような機会はめっきり減っていた。

 ポルトガの町に物々交換に行くこともしばしばあったけど、それだって毎日じゃなかったしね。


「実はですね、巨竜半島では季節の変化ってないんですよ」

「そうなんですか?」


 私が口にした事実に、ヴィルマさんも思わず瞠目した。

 そうなのである。学院教授の話だと、この世界における気候学的に考えれば、大陸と地続きで繋がっている巨竜半島でも、同じように季節が変化するはずなんだけど、七年間暮らしてみてそう言った気候の変化っていうものが存在しないことが明らかになった。


「巨竜半島では、地帯ごとに気候が定まってましてね。ここからここまでは春の気温と湿度、ここからこの先は冬の気温と湿度って感じで、時間の経過じゃなくて移動するだけで気候の変化っていうのが実感できるようになってるんですよ」

「はぁ~……そのような奇妙な土地が存在するのですね」

「普通はあり得ませんよ、こんな現象は」


 巨竜半島は確かに広大だけど、この星という一個の大地と比べれば、あまりに小さい。

 あの半島一つに、幾つもの気候や季節が詰め込まれ、入り混じるような環境が作られるなんて、気候学的にはあり得ないと学院教授も言っていた。


(要するに……居るわけだ。星と天の理に逆らい、巨竜半島の気候を好き勝手に弄り回している奴が)


 ウォークライ領に戻れば、その辺りの事も再調査しなければ……その事をしっかりと頭に刻み、私は目の前の調査に改めて集中する。

 

「魔力の噴出孔周辺を調べることで、《アインバッハの怪物》の痕跡は足跡以外にも幾つか発見することが出来ました。季節外れの氷属性を司る生物が、この森に居ることは確かなようです」


 異様に冷たくなった岩に、幹の一部が氷結した木。凍死した生物の死骸。そうした《アインバッハの怪物》が居たと思われる場所の近くでも、初日に見つけた足跡が発見されたことから、足跡の主と《アインバッハの怪物》の正体が繋がってきている。

 しかし決定的な結論……《アインバッハの怪物》との直接対面には至れない。魔力濃度が高い場所を中心に探してみているけど、それ以外の場所……魔力の噴出孔の影響がギリギリ及ぶ、大森林の外側へ移動しないとは限らないし。


「何だったら、すでに大森林の外に移動している可能性まであるんだよねぇ」


 私は借りた地図の写しに、痕跡を発見した場所に小さいマークを付けながら眺める。

 こういう作業を続けていくことで、その生物の縄張りや活動域が大まかに分かるんだけど……思っていた通りというか、やっぱりかなり広範囲に渡って移動しているみたいだ。

 痕跡を追っていたら、当初の探索範囲からどんどん拡大していっている。


(人海戦術に切り替えるべきか……?)


 首輪も付いていなければ、檻やフェンスに囲まれていない、しかも高い飛行能力まで有しているであろう生物を探すのに、護衛と二人でっていうのも限界がきてきたし、普通ならそうするべきだ。


(でもなぁ……適任となる人が居ないっていうのも問題なんだよね)


 ドラゴンと接触するには、人間側にも慣れが必要だというのは、これまでの軍事転用計画での経過観察で分かってきている。

 敵意を向けないまでにしても、恐怖を感じる人間は小物や格下と認識してか、ドラゴンは興味を示さないが、強い好意を発する人間には興味を持って寄ってくる傾向がある……全ての種がそれに当て嵌まる訳じゃないだろうけど、共通して言えるのは害意を向ければ攻撃してくるという事だ。


(人間も個体差が凄い激しい。認識を改めてドラゴンに慣れないと、害意を向けてしまう可能性が十分ある)


 安全だ、温厚な生き物だって説明されても、牙や爪といった人間を殺せる力を持った生物に近寄られたら、防衛本能が働くこともあるだろうし、中には『ドラゴンと仲良くなりたい!』なんて口では言いながら、最初からドラゴンに危害を加えるのが目的……なんて極端な奴も居るかもしれない。

 ドラゴンを悪戯に刺激して余計なストレスを与えず、人間側にも余計な犠牲を払わないようにする為にも、調査員の選別というのは重要な課題だ。


(学院の生物関連の教授方に手伝ってもらう? 護衛には、ウォークライ領から連れてきた騎兵部隊とヘキソウウモウリュウを付けて)


 現実的な案としては、これが最適解だと思う。

 騎兵部隊の人間ならドラゴンにも慣れていて魔物相手でも冷静に対応できるし、学院教授とはドラゴンの話も沢山したから理解があるし、野生生物の研究している人となると、危険も織り込み済みでフィールドワークをしている。専門外であっても、捜索の手伝いであれば十分に力になってくれるだろう。


(でも決定的に数が足りないんだよねぇ)


 こんな広い森を調査するのに、一人二人増えたところで、そこまで大きな変化がない。ただでさえ護衛の数も限られているんだ。学院の生物学科の学生も動員し、一チームに一人付けたとしても手が足りないのは明白である。

 それでも居ないよりかは全然マシ。単純に考えれば、一人増えただけで捜索範囲を二倍に出来るし。


「そういえば、初日に見つけた靴跡の正体については何か分かったんですか?」

「あぁ、あれなんですけど……」


 ヴィルマさんからの疑問に答えようとして、私はふと思い至った……ここは発想の転換をしてみるべきだ、と。

 ここは無人の巨竜半島ではない。人が出入りすることもあるアインバッハ大森林だ。ドラゴンの行動に、人間の行動が影響している可能性を否定してはいけない。

 そう考えると、これまで発見した点々とした情報が結び付いてきた。


「ありがとうヴィルマさんっ! おかげで新しい調査アプローチを思い付きました! 今すぐ移動しましょう!」

「おぉう……? お力になれたなら良かったですけど、今度はどちらに?」


 私がシグルドの背中に飛び乗って移動を開始すると、ヴィルマさんも困惑しながらブリュンヒルデに騎乗し、密集した木々の間を縫うように高速で駆け抜ける。

 地面から盛り上がった太い木の根が大量にある大森林をこの様に駆け抜けられるのは、蹄を持つ馬には出来ない、強靭な力が宿る数本の指でガッシリと踏んだ物を掴むことが出来る、ドラゴンならではの走法だ。


「この森にも人が薬草採取の為に頻繁に出入りする以上、奥地まで進むために拓かれた人為的な道があるって聞いたんです。私たちは目的が違うからスルーしてたんですけど、まずはそこへ行きます」

「それはやはり、先日見つけた靴跡と関係が?」

「思い返してみてください。あの靴跡を見た時、ヴィルマさんはどう思いました?」

「……小さく、滑り止めがないと思いました。魔物が蔓延る森を歩く人間の靴跡としては、不適切だと」


 そう。初日に私たちが見つけたあの靴跡には、走行時に地面に踏ん張りを効かせたり、滑り止めの役割を果たすための凹凸が見当たらなかった。

 私やヴィルマさんも、活動用の滑り止めがある靴を履いているし、森に頻繁に足を踏み入れるに当たって知識を付けた人間であれば、同様の靴を履くようにするだろう。

 

「あの靴跡は石畳で整備された街中を歩く用の靴で付いた痕跡です。靴裏に処理加工をする必要が無くて安い分、帝都みたいな都会ではよく使用されているみたいですが、無整備で苔なども大量に発生している森を歩くにはあまりに不適切です」


 そこから導き出される推察として考えられる人物像は、大まかに分けて二つ。何の知識もなく適当な靴でも大丈夫って考えている能天気な奴か、経済的・精神的な理由で滑り止めがある靴を手に入れられない、帝都在住の人間だ。

 そしてサイズなどを見れば、女子供である可能性が高い。


「ですが、アメリア博士がそこまで不思議に思う事でしょうか? 薬草を換金するために森へ足を踏み入れる民間人は、ウォークライ領にも居ます」

「えぇ、ただ靴跡を見ただけなら私もそう思ったでしょう。ですが問題なのは靴跡が見つかった場所です」


 あの靴跡は、植物の異常繁殖の原因であり、アインバッハ大森林の中心部である魔力の噴出孔近くで見つかった。

 魔物や猛獣が生息する深い森の奥だ。そんな場所で、相応の準備もしていない街歩き用の靴を履いてくる奴の足跡が残っていることに、私は非常に強い疑問を抱いていた。


「居たんですよ……私がいちいち来なくたって、これまでの常識を破っていた人間が、帝都には既に」

「……博士?」


 思い返せば、私は驕っていた……他の誰でもない、先駆者である私が教え広めなければ、偏見も誤解も解けないのだと。

 でもそんなことは無かった。正直、ユーステッド殿下あたりにでも知られたら、恥ずかしくなりそうな思い込みだ。


「よし、着いたっ」


 そうしてドラゴンに乗って走っていると、すぐに目的地に辿り着いた。

 前に植物学の教授と話していた時に聞いた、木材確保も兼ねて人が出入りするために人工的に切り拓かれた道だ。

 ただ鉈とかノコギリで枝や木を伐り、切り株を掘り返しただけなんだろう。地面は土が剥き出しの状態になっていて、幾つもの足跡が刻まれていた。


「……あった。ブナ科の木だ」


 そんな通り道の脇には、根元に大量のドングリが落ちている木々が並んでいるのを確認できた。


「その木がどうかしたのですか?」

「えぇ……こういうドングリは基本的に、秋に実が落ちるものなんですが、この森は高濃度の魔力の影響で、植物にも異常が出ているみたいで……」


 そんなことを口で応えながら、私は腐葉土と木の芽で覆われた地面を魔法で照らしながら、慎重かつ丁寧にある物を探す。

 これだけ植物が密集している場所だ。足跡以外にも、きっとあるはず……。


「……見つけた」


 それからしばらくの間、ヴィルマさんと一緒に探し物をしていると、遂にそれを見つけた。

 何か動物が無理矢理押し通った跡みたいな、枝が折れた背の低い雑木。その近くには、これまで重点的に調べていた《アインバッハの怪物》の足跡と、滑り止めのない靴跡が、ドングリの芽を踏み潰す形で、並ぶように刻まれていた。


「まだ新しい……最後に雨も降ったのも七日ほど前だし、やっぱり近日中に訪れた証か」


 長年、大量の落ち葉によって形成された腐葉土が厚く堆積している場所は、足で踏んでみると数センチほど沈み込み、ブーツを土で汚す。

 通気が悪くて太陽の光が届かず、一週間ほど前に降った雨水も完全には乾き切ってはいないようだ……今から数日前であれば、靴に泥も付くだろう。

 色々と腑に落ちた気分になっていると、何やらドカドカと騒がしい音が聞こえ、近付いてくるのが分かった。


「この音は、ヘキソウウモウリュウの群れの足音?」


 馬が蹄で鳴らすのとはまた違う、体重が重くて脚力が強い走竜科のドラゴン特有の力強い足音だ。

 それを鳴らしているのは、シグルドでもブリュンヒルデでもない……ユーステッド殿下を先頭にした、ヘキソウウモウリュウを駆るウォークライ領の騎兵部隊だった。


「殿下? どうしたんですか?」

「お前たちかっ! 実は緊急事態が発生した!」


 慌てた様子で人工通路を通ってきていたユーステッド殿下は私たちに気付くと、一旦ドラゴンを停めて、逸る気持ちを抑えながらも、分かりやすく端的に説明を始めた。


「ジルニールがクラウディア嬢を含む数名の生徒と共に、《アインバッハの怪物》を退治するという名目で、大森林へ無断で踏み込んだことが分かった! このような危険な森の中、皇族がまともな護衛もなく踏み入るなど、流石に看過できん! 急遽ドラゴンに乗って森林内を駆け抜けられる我々が捜索部隊に組み込まれることとなったのだ!」




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― 新着の感想 ―
神輿は軽いほうがいい とは言いますが。最早、大空に羽ばたいちゃってるレベルだと思うの。
ろくな事せんな、と思うが誰かに煽られたかな。
ば か な の ? あの王子、原発に突撃するようなマネを… もう一度言わせてもらいます。 ば か な の ?
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