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講演会は万雷の喝采と共に


 ジルニール殿下との一悶着から数時間後。学院の研究教授とも会談しながら時間を潰していた私は、遂に講演会本番を迎えることになった。

 アーケディア学院の大講堂は、さながら大規模なライブやオーケストラの会場を思わせる作りとなっている。最奥の壇上、その前方百八十度近くを取り囲むように階段状の席がズラーって並んでいて、話を聞きに来た人間の視線が全て壇上に向けられる構造だ。


(まさか私が、こんな場所に立つ日が来るなんてねぇ)


 前世の頃から、こんな事になるなんて想像もしていなかった。

 病気で朽ちるまで病院から出られず、日陰の存在として生きてきた前世。今世で巨竜半島に流れ着いてからも、特に誰からの評価も気にせずに生きてきたから、そう言った意味では私は日陰の存在のままだった。


(殿下と関わってから、私の人生は色々変わったと言わざるを得ない……か)


 末端とはいえ、流石は皇族と言うべきか。改めて振り返って見ると、他人に与える影響の規模がとんでもねぇ。


(良い事も沢山あったから、別にいいけどね)


 正直、こうして目立つ場所に立たされることに対しても、私は何とも思わない。

 どんな立ち位置になろうと、私は私だ。ドラゴンの研究者として、ドラゴンの生態と神秘を解き明かす……その事に今生を捧げることに、何ら変わりはないのである。

 むしろこうして表に立つことで受けられる恩恵というか、メリットまで皇族から提示されているんだ。受けない理由がどこにあるというのか。


「アメリア様、時間です。ご登壇のほどをよろしくお願いします」

「はーい」


 講演会の進行スタッフだという、アーケディア学院の生徒会に属している生徒さんから合図を送られ、私は舞台の袖から中央に鎮座している、拡声魔道具が備え付けられた設置物……前世の学校で、体育館とかで校長が長々と話す時に使う教卓みたいなのの前まで行き、全校生徒+来賓に向き合う。

 規模にして、数百人と言ったところか。これだけの数の視線を集中的に浴びると、物理的な圧力すら感じるようになってくる。


(ま……だからどうしたって感じだけど)


 別に死ぬわけじゃないし、何の意味も無いプレッシャーだ。

 こういう場に立つのは初めての事だから、緊張したりするのかなーって思ってたんだけど……思っていたより大したことはない。

 これなら話している途中で慌てて、とちったりしなさそう。


「アーケディア学院の皆様、並びに来賓の皆様、初めまして。この度、帝国政府の要請によってこの場に立つことになりましたドラゴン研究者、アメリア・ハーウッドです」


 与えられた仮初の家名付きで堂々と名乗ると、割と近い場所から騒めきのような声が聞こえてくる。

 よくよく見てみると、前席の方には位の高い人間が座るようになっているみたいで、ユーステッド殿下やティア様の姿が私の真正面に。

 そしてそこから通路を挟んで左側には驚嘆に満ちた表情を浮かべるジルニール殿下とアリステッド公爵令嬢。右側にはどこか慌てたみたいに少し顔を青くしている、イグリット侯爵令嬢の姿も確認できた。


(案の定、私の顔までは知らなかったか)


 今回帝都に来てから今日までの間に、ドラゴンに関連する色んな事は事前に耳にしていたんだろう。ティア様がドラゴンに乗って大通りを進む、パレードみたいな帰宅劇。今こうして開かれている、ドラゴンに関する講演会。後それから、ドラゴンを今後の帝国事業に組み込むって言う方針についても。


(まぁこの世界には、画像とかを世界に共有できるネット関連のツールが一切存在しないしねぇ)


 ティア様が帝都を凱旋した時も私に視線が集まっていたみたいだけど、だからって顔写真や似顔絵が出回っていたわけでもないし、あの人だかりを掻き分けて前列を確保するのも困難だっただろう。彼らが私の顔を知らないのも当然だ。


(そういう意味では、彼らは対応を間違えたのかもしれない)


 私がこういう場に立つような大それたことをやってのけたように見えないのも、まぁ無理もない。私の見た目なんてチビの子供だし、貧相で見すぼらしいらしいから、傍目からはただの下働きや情婦に見えたりもするんだろう。

 ただ、その勘違いで私を露骨に見下して無視したり、情婦扱いしたりするのは……彼らの表情を見る限り、政治だの交渉だのに悪影響が出るって考えてそうではある。

 実際、何らかの利益目当てで私に接触してくる人間は後を絶たなかったし、彼らやその親が私と上手いことやれって言い聞かせていた可能性もあったりするのかも。


(そんな心配しなくても、私は話を聞かれれば答えるんだけどね)


 人によって、私が得た知識を教える教えないを分けるつもりはない。学問は万人に向けて平等に開かれたものであるべきだと思う。

 だから私は今日、この場に立っているのだ。……まぁ、第一皇子派(スポンサー)がどう思うかは分からないから、知識を広げる以上の協力が出来るかは判別できないけど。


「今回この様な場が設けられたのは、政府によりドラゴンが帝国事業に組み込まれる事が決定したからですが、その事を聞かされた時は驚いたという人も多くいると思います。中には、先日ティアーユ第四皇女殿下が皇宮にお戻りになられた際、ドラゴンに乗っているお姿を目撃したという方もいるでしょう。そうした方々はこのような不安を覚えたでしょう……『恐ろしい人食いの化け物が、人間と共存なんて出来るのか』と」


 皇族からの正式発表によって、ドラゴンがそこまで危険な生物であるという事は否定されたらしいけど、それでもこれまで教え込まれてきた常識を打ち破るのは簡単な事じゃないし、実感が伴わなければ不安に残るだろう。


「ですが、否定に入るよりも先に、まず話を聞いていただきたい。その上で、物事の是非を皆様自身で決めてもらいたく存じます」


『新時代の幕開けだ』とドラゴンを受け入れることも、『危険だ』とドラゴンを遠ざけることも、どちらかが悪いなんて話をするつもりは一切ない。

 ただその判断基準として、まずは情報を知るべきだと私は考える。そうしなければ、彼ら自身がこれからの自分の方針を決めることも出来ないだろうから。


「私の故郷は巨竜半島からもほど近い、ウォークライ領のオーディスなのですが、昔から好奇心が強すぎると両親からも呆れられていまして。気になることは何でも調べなければ気が済まないという性格で、それが高じすぎて子供の頃、両親の言いつけを破って小舟で巨竜半島に渡ったのです。両親から教えてもらった、ちょっとした風魔法を使って」


 この部分に関してだけは、政治的な策略って奴の為に嘘を吐かせてもらう。

 正直、私の経歴に関してはどうでもいい事だ。これから語ることに関しては、直接関連性のない事だし。


「しかし所詮は素人の子供の操船。小舟を前に進めることは出来ても、危険を回避するだけの技術はなく、私は自分から渦潮に突っ込んでしまいました」


 講堂中からドヨドヨと戸惑いと驚愕の声が噴出する。

 うん、分かるよ? 実際はエルメニア王国の騎士の魔法で渦潮に突っ込んだんだけど、身分偽装の為に脚色されたこの説明だと、子供のしたこととはいえ『バカ過ぎない?』って感じだしね。むしろどうして今こうして命を繋いでいるのか、分からないだろう。


「激しく渦巻く水流に引き込まれ、海底へと呑み込まれた。呼吸も出来ず、生命活動が凄まじい速さで終わりへと向かう中、『死にたくない、助けて』と……私は海中では声にならない声を、心の中で必死に叫びました。当然、それを察知する人間など居るはずがない。私はこのまま死ぬのかと覚悟を決めかけた、まさにその時。巨竜半島付近の海域を泳ぐ、水を司るドラゴンが私の命を救いあげたのです」


 初めてドラゴンと関わった時に起こった出来事……その時に感じた感動を思い起こしながら、それが伝わるように私は当時の事を語り出す。


「まるで大自然の一部がそのまま形になったかのような、これまで見たどのような生物よりも雄大で力強く、そして恐ろしくも美しい。そんなドラゴンに魅せられた私は、巨竜半島で子供なりの独自調査をするようになりました。そうして判明したのは、これまで誰も研究をしてこなかったドラゴンたちの驚異の生態と、彼らを取り巻く巨竜半島という環境の真実でした」


   =====


 それから私は、今日この日まで体験したことと、判明した事実とそれに基づく仮説の数々を、五十分という時間制限の中で聴衆に伝わるよう、端的に分かりやすく教えていった。

 人食いと恐れられていたドラゴンの本当の食性や、凶悪と呼ばれるほどではない、理性すら宿す知能の高さ。

 そして女子供でしかない私が長期間に渡って、どのように巨竜半島で活動し続けられたのかと、客観的に見たドラゴンの事業的な価値。

 これら全てを語り終えた頃には、大講堂に集まっていた聴衆は、皆一様に視線を私に釘付けにさせながら、時折感心したような声をあちこちから漏らしていた。


「……以上が、私がこれまで発見した事例と、そこから導き出される仮説となります。他にもまだまだ話したいことはありますが、皆様もこの後予定があるでしょうし、それはまた別の機会が来ることを祈りましょう」


 そう締めくくりにかかると、ティア様は笑顔で両手を合わせ、ユーステッド殿下が満足そうに頷いたのが見えた。

 懐中時計を見てみると、時刻は講演会が始まってから丁度五十分が経過しようとしている頃。終わるには少し早いけど、聴衆の反応を見るに内容としては十分かな? 事前にユーステッド殿下に原稿の添削してもらってよかった。


「それでは、今日の講演会は――――」

「おぉっと! 何をもう終わろうとしているんだ!?」


 締めの言葉を言おうとしたその時、最前列から声が上がった。

 ジルニール殿下だ。私の話が気に入らなかったのか、はたまたそれ以前の問題なのか、隣でオロオロとしているアリステッド公爵令嬢を無視して、やけに堂々とした様子で立ち上がり、私の方を指差す。


「話を聞く限り、ドラゴンが人間にも危害を与えることがある、危険な生物であるという事には変わりないじゃないか! そのような化け物が我が国で飼育をし始める!? 事業に組み込まれる!? 馬鹿も休み休み言え!」


 ジルニール殿下の言う通り、私は講演会の場でドラゴンが人間にもたらす有益性と共に、その危険性についても包み隠さず話した。

 どうしても必要な事だったからね。知識を広げる側として、メリットだけではなくリスクも同時に伝えるべきだと、第一皇子派と話し合って決めていたのである。


「皆、騙されるな! そこにいる女はどうやって正妃殿下に取り入ったのか知らないが、我が国に危険な生物を放流して帝国を危機に陥れようとしている売国奴に違いないっ! そんな奴の言う通りにしてドラゴンなんて化け物との共存なんてしようとしたら、大変なことになるぞ!?」


 これと言った根拠も示さず、ただ『ドラゴンが危険そう』というだけで、第一皇子派の政策を真っ向から否定すると同時に、私を危険な売国奴呼ばわりまでし始めたジルニール殿下。

 正直、薄っぺらい内容だとは思うけど、その声のデカさと地位は本物。それが妙な説得力みたいなのを生んでいるのは確かみたいだ。


「ジ、ジルニール様……! 何も今言う事じゃ……」

「おい……貴様いい加減に――――」


 アリステッド公爵令嬢が何とか諫めようとし、ユーステッド殿下が黙らせようと腰を浮かせ始めると、私はそれを制するように手をかざして止めた。

 この壇上に立っているのは私だ。説明責任は私にこそある。


「ジルベール殿下、確かに貴方の主張は至極当然の事。先ほど説明した通り、ドラゴンは接し方を間違えれば人間にも危害を加えてくる。その危険性を訴えるのは当たり前ですし、殿下と同じ考えの方は、この講堂には何人もいるでしょう」

「そら見たことかっ! 自分から認めるような発言をするとは愚かな――――」

「ですが、人間社会は既に危険なもので溢れかえっているのではありませんか?」


 勝ち誇ったかのような笑みを浮かべるジルニール殿下の言葉を、私は拡声魔道具による、より大きな声で遮る。


「皆様の日常に当たり前のように存在しているペン、椅子、包丁などは使い方次第では人を殺す凶器になり得るし、生活用の魔法だって暴発の危険性がある。軍隊で使われる攻撃魔法や武装は正しく人を殺すために開発されたもの。使い方を誤れば、どんな人間でも人を害する土壌はすでに出来上がっているのです。そして世の中には、法律に逆らい、積極的に人を害する人間も少なからずいる」


 そういう意味では、人間同士が集まって暮らすことも多大なリスクを孕んでいると言える……そう訴えかける私の言葉に、ジルニール殿下の言葉で騒めいていた聴衆が一斉に静まり始めた。


「身近な家畜である牛や馬も、接し方を間違えれば人を殺す生き物です。馬の後ろに回り込んだら、人間を遥かに上回る脚力で蹴られて、骨が砕けて死ぬという話は有名でしょうし、食肉や農耕用に飼育される牛だって、怒らせられれば角や体当たりで人を殺すこともあります」


 前世でも、養豚場の人間を飼育されていたブタが食べた……という事例がある。

 長い年月をかけて家畜化されたブタだけど、その元を正せば野生のイノシシ。大人しいなんて言われても、本来は狂暴な気質な上に力も強く、しかも雑食だから、暴れて人間を殺し、その死体を食べるという人食いブタの事件も、確かに存在するのだ。


「要するに、何事も接し方や使い方の問題なのです。正しく使い、接すれば、人に恩恵をもたらす一方、誤れば人を害する凶器や猛獣となる」


 便利な移動手段として親しまれている車だって、年間何人もの人間をひき殺すし、人間社会に当然のように紛れ込んでいる蚊だって、伝染病の媒介として史上最もに人間を殺した生物として恐れられている。

 ただ生きるというだけでも、リスクは至るところに転がっているものなのだ。


「人間を含めた全ての生物の歴史は、目の前で変化し続ける環境が生むリスクに対し、どのように対処してくるかの繰り返し。それはドラゴンに対しても同じであると、正妃殿下を始めとした統治者の方々はお考えになられている」


 人間は古来より、その高度な知能と手先の器用さで、あらゆるモノを利用して繁栄し、時に失敗をしながらも、それに伴うリスクを克服し続けてきた……その適応力こそが、人間という種族を生態系の頂点足らしめてきた力なのである。

 

「ドラゴンに関してもそう。確かに存在する人知を超えた生命体をただ無視をするのではなく、リスクに備えてドラゴンの生態を解明する研究に投資をし、互いの生存を賭けて双方がぶつかり合い、多くの犠牲を生み出さないために共存の道を模索する……私の研究成果を知った方々は、帝国の繁栄も見込める、実に優れたリスク管理政策を施行されようとしておられるのです」


 私はただ研究結果を伝えただけ。そこからドラゴンの事業利用に繋げ、人とドラゴンに無益な争いを強いないようにするために理解を深め、知能が非常に高い相手と相互利益の原則に基づいた関係を築こうと考えたのは、セドリック閣下や正妃様たちだ。

 ジルニール殿下の言うような、私から発案してドラゴンを事業利用しようって持ち掛けた訳じゃないし、閣下や正妃様のやり方は非常に上手いと、少なくとも私は評価している。


「ドラゴンに限らず、何事においても危険性を訴えかけるのは重要な事です。しかし、ただ危険だからと遠ざけていては、いざという時の対処が出来なくなってしまう。人間にはメリットとリスクを学んで管理し、あらゆるものを利用する能力と強かさがあるのだから、それを使わないなんて勿体ない話ではありませんか。……皆様には反対も賛成も求めません。危険なものは危険だと主張されることも大いに結構。しかし、まずはドラゴンについて学んでみる事。今回の講演会を機に、同じ世界で生きるドラゴンと、人がどの様に関わっていけばいいのか……それを考える切っ掛けとなれば、若輩ながら一人の研究者として幸いです」


 今度こそ最後の締めと、そう意思表示するように、私は深々と頭を下げる。

 すると、大講堂のあちこちから拍手の音が鳴り始め、それが水面の波紋のように広がっていき、やがて大きな建物を揺らすような万雷の喝采へとなるのであった。




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― 新着の感想 ―
良かった、ドラゴンのうんこの話で盛り上がるドラゴン研究者なんていなかったんだね。 「貴方達もドラゴンのうんこ最高と言いなさい。言え」なんて言うアメリアなんていなかった。 第3皇子が暴走したのは事前に…
第三王子はこの程度なので支持されるんでしょうね。良き傀儡になりそうですね。婚約者の令嬢が気の毒。その父親は大笑いでしょうが。
アメリアがカッコ良すぎます。身分も時代も超越した、研究者という感じでです。講演会も、まるで熟練の講師のようですが、田舎の平民の野生育ちの娘としては、違和感がありすぎですが、良いのでしょうか…天才という…
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