ドラゴンの能力
短編作品「チャラ男に控えめで清楚な幼馴染をBBSされた、無個性ハーレム男の胸糞悪くならない脳の破壊の仕方」も興味があれば呼んでくれると幸いです
「つまり、なんです? 公務で海外に行った帰りに、船がいきなり爆発して難破したと?」
「……私も事態の全容を把握できていないが、概ねその通りで間違いない」
ドラゴンを落ち着かせて退散させた後、私はアルバラン帝国の第二皇子を名乗った男と向かい合うように岩に座り、軽く互いの事情と経緯を話し合った。
どうやら目の前にユーステッド殿下は、将来的に臣籍降下をして、ポルトガを有し、巨竜半島とも地続きになっている辺境、ウォークライ領の統治を任せられるから、今の内に現地入りして色々勉強中の身らしい。
その勉強の一環として、国交がある海外の国に顔見せも兼ねて向かい、その帰りに何らかの事態が起こって、大砲の火薬が引火して爆発。船は真っ二つになり、殿下は半島まで漂流したと。
(この際、細かいことは聞かないけど……それはまた随分と不穏な話だ)
面倒だから首を突っ込む気はないが、火薬なんて危険物は基本的に、かなり丁重に扱われているはずだ。ユーステッド殿下の話だと、道中魔物や海賊に遭遇したわけでもなく、砲弾として使ったわけでもないらしい。
だというのに、船内の砲弾が保存されてあった場所が突然爆発。乗組員の誰かが砲弾の近くでタバコでも吸ってたというなら、まだマシな話なんだろうけど……。
「それで……本当に私以外の生存者は見つからなかったのか?」
「私が確認できた範囲では。誰か生存者が流れついていないかと思って、結構広い範囲を散策しましたけど……半島まで辿り着いていたのは、殿下だけですね」
下手に誤魔化さずにそう言うと、ユーステッド殿下は片手で顔を覆いながら俯く。
顔が隠されたことで、この人がどんな表情を浮かべているのかは、正面に座る私の方からは見えない。分かるのは、殿下が空いたもう片方の手を、何かを堪えるかのように強く握りしめているという事だけだ。
それから少しの間そうしていた殿下は、ゆっくりと顔を上げて、落ち着いた表情を見せる。
「おおよその話は理解した……その上で、どうか謝罪をさせてほしい」
かと思ったら、殿下は居住まいを正して私に頭を下げた。
「すまない。命の恩人とも知らずに、随分と失礼な物言いをしてしまった……その事を心より謝罪しよう」
……なんだろう。妙に調子が狂うな。
動けない程度に弱ってた方が良かったとか、そんなことを考えていた手前、こうも殊勝に謝られると、私の方が悪いことをした気分になる。
「いや、別にいいですよ。ドラゴンを落ち着かせるためとはいえ、私も皇族相手に結構滅茶苦茶なことしましたし」
「……その事で、私からも聞きたいことがある」
そう言って、殿下は真剣な眼差しを私に向けてくる。
「アメリアといったな? お前が巨竜半島に住み、趣味でドラゴンの研究に明け暮れている……というのは、正直今でも信じがたい事ではあるのだが、その話は一旦置いておこう」
まるで頭が痛そうに現実を無理矢理呑み込む殿下。
うん……我がことながら気持ちは分からんでもない。ドラゴンを前にした時の殿下の反応からも察せられるように、この世界の人間にとってドラゴンは、恐怖の対象でしかないんだろう。
おかしいのは、そんなドラゴンに魅せられて、人里から離れてでも巨竜半島で暮らしている私の方だ。
「本題は、お前がどんな魔法を使ってドラゴンを従えたかということだ」
その言葉を聞いて、私は思わず目を白黒させた。ドラゴンを従えている? 私なんかが?
確かに私は、ドラゴンを研究するにあたって幾つかの魔法を習得しているけど、ドラゴンを操るような、そんな馬鹿げた魔法を使えるわけではないのだ。
「もし本当にドラゴンを操れる魔法使いがいたとすれば、それは国家運営において途方もない脅威だ。恩人とはいえ、捨て置くような真似は……」
「待った待った、勝手に話を進めないでくれます? 私はドラゴンを操る力なんて持ち合わせてませんって」
「しかし、そうでもなければこれまでの話に説明がつかないだろう? 私をここまで運んだのも、ドラゴンの力を借りたというではないか」
確かに、傍から見れば私がドラゴンを従えているように見える事だろう。興奮した竜を落ち着かせているところを直に見たユーステッド殿下なら、尚更だ。
「違いますよ殿下、私が魔法を使ったんじゃない。ドラゴンが魔法を使ったから、私に従ったんです」
「……? どういうことだ? 些か要領を得ん」
「そうですね……じゃあ、ここらで私の研究成果の一部をお披露目といきましょうか」
といっても、観察と実験の結果から得た推察ではあるけど、それでも真実に近いであろうドラゴンの生態、その答えの一部を私はこの七年間で得ている。
「まず大前提として、ドラゴンは人間と同じ言語を理解している訳じゃない。なのに私に協力的になるのは、私がドラゴンにとって魅力的な餌を用意できるからですが……ではドラゴンはその事をどうやって知り、どうやって私が求めていることを理解できるのか? この疑問を抱いた私は、スサノオと名付けたドラゴンを相手に様々な検証を行いました」
始まりは、巨竜半島で暮らし始めた当初。水や道具の問題を解決できたものの、食糧問題の解決に苦戦させられていた私は、毎日のようにお腹を空かせていた。
狩りで動物や魚を仕留めるのも楽ではないし、植物は毒の可能性を考慮すれば迂闊に手を出せない。困り果てながらアサリでも居ないかと砂浜を掘っていた……そんな時、スサノオが大きな魚を咥えて私の元に届けてくれたのだ。
最初は恩返しでもしてくれたのかと素直に喜んでいたんだけど、これと同じようなシチュエーションが何度も何度も繰り返され、私も疑問に思った。
私が腹を空かせて海に来るタイミングに限って、都合よく海産物を咥えて現れるスサノオ。この事象に原因があると考えた私は、色んな事を試してみた。
文字や言語を用いたコミュニケーション、植物や泥土に塗れての体臭の変化、群れを成す別種のドラゴンの観察……ドラゴンの生態の謎に辿り着くため、とにかく思いつくことは何でもだ。
「そうして数多の検証を繰り返した私は、ドラゴンは相手の心を読む魔法を使うのではないかと……そう仮定しました」
もちろん、素の知能が高いというのもあるんだろうけど、思い返せば、七年前に私が渦潮に呑まれた時にドラゴンが助けに現れたっていうのもタイミングが良すぎた。助けを求める私の強い思念をドラゴンが探知し、渦潮から救い上げ、魚を運んできたと考えれば、別種族の私が求めていることを理解したと仮定すれば、辻褄は合う。
「その仮定に思い至った数年後、ドラゴン研究に必要な魔法を物々交換で幾つか教えてもらえる機会があって、その中に魔力感知の魔法もあったんですけど、ドラゴンとコミュニケーションを取ろうとした時に角に魔力が集まってたことから、恐らく角を媒介に対象の意思を読み取る魔法を使い、外敵の察知や仲間内でのやり取りに使ってると思われます」
これはスサノオと同じ種族のドラゴンに限った話ではない。
ジークのような小型のドラゴンは自分の死角から大きな魔物に狙われても瞬時に察知するし、尻尾を逆撫でされるのを嫌がる個体に向け、『尻尾を逆撫でる私の姿』を強くイメージすると、嫌そうに尻尾を何度も振り回したりと、明らかに相手の思考を読んだかのような行動を取ることが多いのだ。
「以上のことから、ドラゴンが角をコミュニケーションツールに使い、人間とも連携が出来る知能の生物だと推察した私は、その能力を逆手に取り、餌を対価に色々と手助けしてもらってるって訳です」
「まさか……そのような……! で、では先ほどのドラゴンが興奮していたのは……」
「殿下が発した強い敵意と警戒心を感知したんでしょうね。ドラゴンは気性が穏やかな種が多いですけど、害意やそれに準じる感情を発した生物を外敵と認識する傾向がありますし、野生動物は敵と出会えば戦うか逃げるかの二択。向こうも生きるのに必死ですから、どんなに知能が高い生物でもそこは変わりません」
たとえ人間とやり取りができる能力があろうと、ドラゴンは人間とは全く違う感覚を持って生きている別種族だ。その事を忘れ、無暗に刺激をすれば怪我をする……そういう点では見れば、ドラゴンも地球の動物たちと同じだろう。
そう思えば、最初にドラゴンを見た時に恐怖を覚えず、むしろ好意的に捉えていた私は、色んな意味で運が良かったんだろう。
「ちなみにドラゴンは天敵が存在しないくらい強いですからね。外敵に対しては、逃げるよりも排除する方が簡単だと知っている可能性が高いですから、ドラゴンを前にした時は一旦深呼吸をしてでも、気持ちを落ち着かせた方が良いですよ」
「何と……いう……もしや我々人類は、ドラゴンという種を誤解していたのか……?」
「まぁ無理はないと思いますよ。どんな生物も基本的に、自分より強くて大きい生き物は苦手ですし」
「…………情報量が多すぎて、頭が痛くなってきた」
ただでさえ深い眉間の皺をさらに深くし、額を抑えるユーステッド殿下。私が話した内容が、それだけ衝撃的だったという事だろう。
「しかし、そうか……となると……」
「……殿下?」
一体どうしたんだろう……? 殿下は何かを思いついたみたいに、口に指を当てながら小声でブツブツと呟き始めたかと思いきや立ち上がり、深々と私に頭を下げた。
「アメリア、救けてもらった身でありながら厚かましいのは重々承知だが、私は一刻も早くウォークライ領に戻り、混乱しているであろう領地を落ち着かせねばならない」
「そうなんですか? だったら近くまで送るくらいはしますよ」
「あぁ、それは助かる……のだが、用件はそれだけではない。どうか私と共に現ウォークライ辺境伯爵である、叔父上と会って欲し――――」
「えぇええ~~~やだぁ~~~!」
「せめて話は最後まで聞かんかっ!」
見捨てるのも目覚め悪いから助けたし、助けた以上はこのまま放り出すつもりはない。だから殿下と一緒にスサノオに乗り、ポルトガのような海辺の町まで送るくらいのことはするつもりだったけど、それ以上の事となると話は別だ。明らかに面倒そうなオーラがビンビンの話を聞いてやる必要はない。
そもそも私は、七年前にあのようなことがあった手前、政治関係者とはあんまり関わりたくないのだ。結果的に巨竜半島でエンジョイできているから、今更恨むつもりはないけど、権力を笠に着て好き勝手に振り回されたら堪ったものじゃ――――
「ウォークライ領にドラゴンが棲み付き、領民が混乱しているのだ! ドラゴンの研究者として、お前に協力を要請したいと――――」
「それを先に言えぇっ! 今すぐ準備だひゃっほぉおおおおおおおおいっ!」
半島の外側に出現したドラゴン……その話を聞いた私は、まるで恋する乙女のように胸を高鳴らせながら、爆速で支度を整えるのだった。
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