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第三皇子は思ったよりヤバかった


「それでは、失礼しました」


『こんなに面積必要?』って言いたくなるくらいにただっ広い、アーケディア学院の校舎を時間をかけて進み、職員室で打ち合わせを終えた私たちは、再び廊下に出て歩き始める。

 講演会の打ち合わせ自体はスムーズに終わった。元々決められていた予定の最終確認くらいだったし、問題も生じていなかったから予定の変更とかも無かったしね。

 ……ただし、追加で増えた予定はある。それも個人的には、楽しみに思える予定が。


「学院の研究教授との話せる機会が設けられるなんて、すっごい楽しみです」


 アーケディア学院は研究機関も有している学府であり、魔法や植物、生物に力学といった研究学科が充実しているけど、それを生徒に教える専門教授も数多く在籍している。

 ドラゴン研究をするのに、ドラゴンの事だけを調べればいいという訳でもない。全く別物に思える分野も取り入れることで、よりドラゴンの生態解明が進むと前々から思っていたんだけど、今回私が学院に来訪するに当たって、そうした本職の研究者たちと話せる機会が設けられていたのだ。


「教授の方々も、ドラゴンの生態については興味を示しておられたようですから。アメリアお姉様の来訪を心待ちにしていたのですよ」

「へぇ、そうなんですか?」


 考えられる理由としては……多分私と同じようなものなんだろう。

 学院教授たちの研究対象がドラゴンとどのような関係を持っているのかを私が知りたいように、ドラゴンという存在が自分たちの研究対象に与える影響を知りたいんじゃなかろうか?

 巨竜半島は自然豊かで魔力に満ち、独自の植生や生態系が築かれていたりする。そこで七年間観察と研究を繰り返していた人間が現れたとなれば、逆の立場なら私も同じように興味持ってたと思う。


「それに今回の教授方との対談のセッティング、ユーステッドお兄様が尽力なさったんですよ。お姉様の研究に役立つだろうからと」

「殿下が?」

「なっ!? そ、それはわざわざ言う事ではないだろう!?」


 思わず目を見開いてユーステッド殿下の方を見ると、殿下は顔を赤くしてそっぽを向く。


「い、言っておくが、お前の為などではないっ! ドラゴンの研究はこれからのアルバラン帝国にとっても非常に有意義なものとなる。その発展の為に人を動かすのは、皇族として当然のことだ! お前も以前、別分野の研究結果を参考にすればドラゴン研究も進むと言っていたからな……私自身、教授方の予定を空けてもらっただけで、大したことはしていない」

「殿下…………語るに落ちてません?」

「そう言うことは胸の内に仕舞っておかんかぁっ!」


 いやだって、私が前に言ったことをわざわざ覚えていて、その為に学院の研究者との会談の場をセッティングしてくれたんでしょ?

 そりゃあ、国とか皇族の為って言うも本当のことではあるんだろうけど……それでも主体的に動いてくれたのは、学院関係者であるユーステッド殿下のはずだ。

  

「感謝しますよ、殿下。向こうも忙しいでしょうから、こういう機会って中々ないですし。私が帝都に居る間に話す機会作ってくれて、助かりました」

「……ふんっ。私は仕事をしただけで、感謝などされる謂れはない。お前は対談を有意義なものにすることだけ考えればいい」

「本当に面倒臭いなぁ、この人。感謝の言葉くらい、素直に受け取ればいいのにぃ。照れてるんですかぁ? ねぇねぇ」

「えぇい、服を引っ張るんじゃない! 照れてなどおらんわ戯け者ぉっ!」


 そんなやり取りにティア様がクスクスと笑っていた……んだけど、その表情が不意に緊張したものに変わる。

 ユーステッド殿下も同じだ。怒りを引っ込めて、廊下の奥の方に鋭い視線を向け始めた。

 一体どうしたんだろうと思い、その視線の先を追ってみると、そこには一人の男子生徒を先頭にした集団が、ニヤニヤと笑いながらこちらに近付いてきていた。


「おやおやぁ? その白い制服は貴族生徒を表す物のはず。どうして下賤な庶民の血が混じった人間が着ているんだ?」


 まるで私とティア様を庇うようにユーステッド殿下が前に出ると、その殿下に向かって、先頭の男がそんなことを言い始めた。

 ユーステッド殿下やティア様と同じ、貴族生徒が着る白い制服を身に纏った赤毛の男だ。歳は殿下と同じくらいに見えるけど……皇族であるユーステッド殿下を呼び捨てにして、タメ口で話しかける人間なんて限られてくる。


「……もしかして、第三皇子ですか?」

「……はい。第二皇妃様がお産みになられた、ジルニールお兄様。ユーステッドお兄様と同じ年に生まれた、異母兄弟に当たる方です」


 私が小声で話しかけると、ティア様は頷いて補足説明をしてくれた。

 なるほど。この人がレオンハルト殿下と皇位を争っている第三皇子派の神輿ってことか。


「母が平民であるのは事実だが、私がこの制服に袖を通すことは、皇族法と学院規則に則っての事であり、何一つ問題はないはずだが?」

「そのようなものは関係ない。次期皇帝である僕が駄目だと言ったら駄目なんだっ!」


 うわぁ……なんか凄いこと言い始めたぞ、この人。

 どんな動物の群れにもルールはある。優秀なリーダーの統率による順位制で争いを無くす種もいれば、回遊魚などはお互いに『近づきすぎない、離れすぎない、周囲と併走する』といった単純なルールの下、群れを作る。

 その群れごとのルールから外れた個体は異端の存在として、仲間に助けてもらえない……それは人間でも同じことだ。


(そう考えると……この人、なんか早死にしそうな感じがする)


 人間の場合、法律に従うって言うルールの中で群れを形成する生き物だ……それに従わない個体は同族によって淘汰されるのは、他の動物と同じ。

 広義的に見れば私と同類ではあるけど……群れを維持するための肝心なルールを決める側の立場であるはずの皇帝になろうって言う人間が、ルールを軽視するということが何を意味することなのか、そんなの私にだって分かる。


「……我が国の次期皇帝はまだ決まっていない。にも拘らず、そのように自分を次期皇帝であると僭称するのは止めてもらおう」

「僭称であるものかっ! 何しろ母上は亡き父上にとって最愛の寵妃であり、僕自身も父上から次期皇帝だと言われていたのだからな!」


 その言葉に私は思わず目を見開き、ティア様に視線を向けた。


「……え? マジで言ってる?」

「……少なくとも、第三皇子派はそのように主張をしています」


 ……あ。ようは自称ってことか。ビックリしたわぁ。


「ジルニールお兄様の生母である、キャサリン妃がお父様からの寵愛を受けていたのは事実です。我が国で次期皇帝を決める際、現皇帝からの指名が最も大きな指針となりますし、キャサリン妃のお子であるジルニールお兄様を皇帝にしようと、お父様が生前にそのような発言をした可能性は確かにありますが……それは公的に確認されたことではありません。遺書などの証拠や、第三者

による証言などは、今なお見つかっていないのです」

「あぁー……だから皇位継承争いが複雑化してるんですか」


 大抵の場合、国家元首の地位を継ぐとなったら正妃の嫡男……アルバラン帝国でなら、レオンハルト殿下だろう。

 しかしそこに第三皇子を擁立する貴族連中が、先代皇帝がキャサリン妃とやらを寵愛していた事実を背景に、嘘か本当かも分からない事を言って、『先代皇帝が指名していたし、次期皇帝にはジルニール皇子が相応しい!』って喚いてるわけか。


「まぁ貴様のような平民の血が混じった輩には、この僕の偉大さが分からないか……そのような、見るからに貧相で見すぼらしい小娘を連れ回っているくらいだからな」


 その時、ジルベール殿下の視線が不意に私の方に向けられると、その視線をユーステッド殿下とティア様が体で遮るように前に出る。


「何なんだ、その娘は? 貴様の情婦か何かか? それにしては随分と趣味が悪い……まぁ貴様程度にはお似合いだと思うが」


 ジルベール殿下とその取り巻きたちは、嘲りを一切隠さずに声を上げて笑い始める。

 うーん……今の私って、そんなに見すぼらしく見えるかな? 今日は講演会だからって、ユーステッド殿下や侍女の人たちに、髪を無理矢理梳かされたり、顔を洗われたり、綺麗に洗濯した服を着せられたりしたんだけど。


(……まぁ、普段から身綺麗にして立派な服を着ている連中からすれば、私が見すぼらしく見えるのは当然かもだけど)


 挑発のつもりだろうか……私にはあまりにもどうでもいい内容過ぎて、何とも思わずに聞き流している私に対して、思うところがあったらしいティア様は一歩前に出来る。


「ジルニールお兄様、こちらの方は……!」

「いい加減にしてもらおう」


 その時、ティア様の言葉を遮る形で、ユーステッド殿下が静かでありながら低く響くような声を発した。


「この者が私の情婦だと……? 侮辱するのも大概にするがいい」

「……殿下?」


 冷静に見えて、全身から怒りを露にしているユーステッド殿下。

 この人のこんな様子は初めて見る……思い上がりじゃなければ、殿下は私が情婦扱いされたことを……。


「訂正してもらおうぞ、ジルニール! 私がこんな、何日も風呂に入らなければ、洗濯も掃除もまともにしない不潔な女を性的な目で見ていると、本気で思っているのかぁっ!?」

「違いますお兄様っ! フォローの仕方を完全に間違えていますっ!」


 より正確に言えば、私を自分の情婦……つまり私の事をエロい目で見ていると思われることが我慢ならないみたいだ。

 まぁ薄汚れた野犬のメスに生殖器を突っ込む奇特な人間の男など、そうは居まい。殿下にとってはそれくらい、私とそういう関係だって思われるのが嫌なんだろう。いつになくガチギレしていらっしゃる。


「しかも動物の排泄物を喜んで弄り回し、必要とあれば全身に浴びることになるのも辞さないと豪語する女だぞ!? 最早女性として見ることすら憚られるわっ!」

「ぎゃあああああああああああああっ!? なぜそんな汚らわしい奴を僕と同じ建物の中に連れ込んでくるんだお前はぁああああああああっ!?」


 先ほどまで情婦だ何だのと侮辱するような視線から一転。とんでもない化け物か何かを前にしたかのような青ざめた顔で、悲鳴を上げながら私を見るジルニール殿下と、その取り巻きたち。

 ジークは離宮に留守番してもらっているからか、ここに来るまでの道中、学院の生徒たちも私が今日の講演会の主役だと分からないみたいだったし、この様子を見る限りだとジルベール殿下も同じだろう。私が排泄物に塗れることだってある生物学者だとは知らず、ギャーギャー大袈裟に騒いでいる。


「……この会話だけ聞くと、ユーステッド殿下がどっちの味方なのか分からなくなってきますね。えらいボロクソ言われてますよ、私」

「え、えっと……ユーステッドお兄様も、決して悪気がある訳では……」


 そんな私の呟きに、ティア様は必死にフォローを入れてくる。

 いや、悪気が無いのは私も分かるよ? だって言っていることは全部事実だし、私は言い返すことも無ければ、気にすることも無い。ただ会話の流れだけ聞くとってだけだから。

 

「それでも……この者の偉大さは、そのような低い次元には存在しない」


 ……不意に、そんな確固たる自信に満ちた声が私の耳に入る。


「彼女は絶大な行動力と、誰もが挑もうとも考えなかったことにも挑む勇気を併せ持ち、帝国を新たな段階へ引き上げるだけの力を手にした人物だ。情婦という職業そのものを否定する気はないが、不当に貶められるべき人間では決してない。この際、私の事はどう言ってくれても構わないが、彼女に対する認識だけは改めてもらうぞ」


 どこまでも真っすぐで堂々とした声と目で、ユーステッド殿下はジルニール殿下を見据える。

 するとジルニール殿は一瞬虚を突かれたような表情を浮かべたかと思うと、俯きながら全身を小刻みに振るわせ始めた。


「そう言うところだ……妾腹の生まれのくせに、由緒正しい血筋を持って生まれた僕が何を言っても、生意気に言い返してきて……!」


 まるで自分の中に溜め込まれ続けた鬱屈とした気持ちが、今にも吹き出しそうな気配を発し始めるジルニール殿下。そして次に顔を上げた時には、その表情は憤怒を中心に色んな感情に支配されているように見えた。


「お前のそう言うところが僕は――――」

「あ、あの……」


 そして怒りのままに怒鳴り散らそうとした、まさにその時。ジルニール殿下たちの背後から、どこか気弱そうな声が聞こえてきた。

 声の主は、白い制服を身に纏った一人の女子生徒だった。薄い色合いの茶髪をお下げにして、怯えたような眼でジルニール殿下の元まで歩いてくる。


「えっと、頼まれていた仕事が終わりました、ジルニール様。他に何もなければ、私――――」

「……っ! うるさいうるさいっ! 人が苛立っている時に、この間の悪い女めっ! どうしてお前みたいな芋臭い女が僕の婚約者なんだ!?」


 一体何があったのか、何が気に入らないのか、今度は突然現れた女子生徒に怒りをぶつけながら向かい合うジルニール殿下。

 その様子は、肉食生物が獲物に飛び掛かる前兆のようにも見えて、私は自分の中の嫌な予感に従い、二人の元へと駆け出す。


「本当なら、僕にはもっと相応しい女性がいるのに……! お前みたいな奴が傍に居るから、僕の運気まで下がるんだよぉおおおっ!」


 そう叫びながらジルニール殿下が女子生徒に殴り掛かった……それと同時に、私は戸惑ってまともに動けない女子生徒の腰を抱え、助走の勢いも借りながら進行方向上に向かって思いっきり引き寄せた。

 私が通り抜けながら女子生徒をジルニール殿下の前から移動させ、ズザザザと音を立てながら靴裏で床を擦る。その一方、殴る標的を突然失ったジルニール殿下は前につんのめりながら、廊下の床に無様に倒れた。


「ジ、ジルニール殿下!? 大丈夫ですか!?」

「うぐぐぐ……! ぼ、僕を……この僕をよくも転ばせたなぁ……!?」


 取り巻きに起こされながら、私の方を睨んでくるジルニール殿下。

 身分的に怪我とか滅多にしないのか、ちょっと転んだだけなのに涙目になっている。


「いや、そっちが勝手に転んだんじゃないですか。私のせいにされても困るんですけど」

「う、うるさいうるしゃあああああああいっ! 僕がそうだと言ったら――――」

「いい加減にせんかっ!」


 軍隊の号令訓練で鍛えた、ユーステッド殿下の窓ガラスが震えそうな声量の一喝に、その場に居た全員の肩が跳ね上がった。

 

「怪我をするほどの勢いで何の非も無い相手に殴り掛かるなど、言語道断っ! 皇族と言えど超えてはならない一線があるっ! この事は、各方面へ報告させてもらうぞっ!」

「ぐぐ……! クソォっ!」


 相手が怪我するレベルの暴力沙汰ともなると流石に体裁が悪いのか、これ以上騒ぎを起こすのはヤバいと判断したっぽいジルニール殿下は、あまり上品に聞こえない悪態をついて乱暴な足取りで立ち去り、その背中を取り巻きたちが慌てて追いかけていく。

 とりあえず、嵐は去った……この場に残った面々はそう認識したらしく、場の空気が一気に弛緩する。


「で、大丈夫ですか? 怪我はさせなかったと思いますけど」

「は、はい! 大丈夫ですっ! 助けてくれてホント、ありがとうございましたっ」


 そう言って、女子生徒はペコペコと私に何度も頭を下げたかと思うと、今度はユーステッド殿下やティア様に青い顔を向けて、深々と頭を下げた。


「両殿下に置かれましては、見苦しいところをお見せして申し訳ありません……どのようにお詫びすればよいのか……」

「どうかお気になさらないでください。貴女は被害者なのですから……お怪我が無くて、本当に良かった」

「もうじき授業時間だ。この場はこちらに任せて、そちらは教室に向かうがいい。決して悪いようにはしない」

「すみません……本当にすみません」


 二人がそう言うと、女子生徒は申し訳なさが入り混じったみたいな、今にも泣きそうな顔で何度も頭を下げ、立ち去っていく。

 その後ろ姿を見送った私は、少し気になっていたことをポツリと呟いた。


「あの人、婚約者って呼ばれてましたけど……もしかしなくても、ジルニール殿下の?」

「あぁ。第三皇子派の主要メンバーであるアリステッド公爵の長女、クラウディア嬢だ」

「え……? 公爵家の娘さんなんですか?」


 正直、意外だった。あの人が学院に着いてすぐに殿下たちに群がっていた女子生徒の一人である、イグリット侯爵家の娘さんよりも家格が上だなんて。

 私がそう思ったのは、ハッキリ言ってそんな高貴な身分というか……貴族にすら見えなかったからだ。

 どちらかと言うと、私よりの立場……どこにでもいる平民の娘に近いように思えてならなかった。




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