暑苦しくて清々しい金髪オーガ
それからまた時が過ぎ、帝都入りするその日が訪れた。
ドラゴンに乗って、オーディスから帝都の前まで僅か一日以内でやってきた私たちは、ティア様が乗る低空飛行中のゲオルギウスを最前列に、その長大な胴体を挟むように、私とユーステッド殿下を先頭にした、合計十頭のヘキソウウモウリュウに乗る騎兵隊が二列編成で並んでいる。
「そ、それでは、開門いたしますっ」
「えぇ、よろしくお願いします」
初めてドラゴンを間近で見たからか、色んな意味で圧倒された様子の門番の合図と共に、皇宮に続く大通りに直接アクセスできる巨大な門が、音を立てて開かれた。
その門が巨体のドラゴンも通れるくらいに開ききったタイミングで、先頭のティア様が緊張する心を落ち着けるように深呼吸をし、ゲオルギウスに合図を出す。
前進を意味する思念波を受け取ったのだろう……ゲオルギウスは大きな翼を緩やかに羽ばたかせ、宙に浮かぶ自分の体を、オールによって推進力を得て水面を進むボートのように動き出した。
「うぉっ!? うっさ!?」
その後に続くように、シグルドに乗って帝都に踏み込むと、まず私たちを迎え入れたのは憲兵隊によって交通整理がされた大通りを挟む形で溢れかえる人、人、人……数え切れないくらいの人の波であり、その無数の帝都民たちが一斉に上げる、さながら轟音のような思い思いの声だ。
『ほ、本当にドラゴンが来たっ!?』
『な、なんて巨大な……あんな怪物を入れて、本当に大丈夫なのか……!?』
『見ろ、本当に人が乗っているぞ!? しかもあれって、ティアーユ皇女様じゃないか!?』
『病弱であったはずの皇女様が、本当にドラゴンに乗ってるなんて……!』
『あの肩に小さなドラゴンを乗せてる人……あれが噂の竜の聖女って人か!?』
『きゃあああっ! ユーステッド皇子ぃぃぃいいいっ! こっち向いてぇえええええ!』
私が辛うじて聞き分けられたのはこのくらい……それ以外の声は、入り混じり過ぎて単なる騒音としか認識できないレベルだ。
「これ全部見学人ですか? すっごい声ですね……耳イカれそうなんですけど」
比較的見学人が近いからか、私は特に音圧が強く感じる片側の耳を指で塞ぎながらボヤく。
日本でも、祇園祭りみたいな大通りを進むパレード的な行事があって、凄い数の見学人の声で埋め尽くされるって聞くけど、その主役として大通りを練り歩く側ってこんな気分なのかな? 左右からの声が凄すぎて、自分が発した言葉なのに、自分の耳で上手く聞き取れない。
「帝都は国内最大の都市だ。人口もそれに相応しい規模となっているが、この人だかりは今回の一件の注目度をそのまま表しているといっていいだろう」
ゲオルギウスを挟む形で、ヘキソウウモウリュウに乗って隣を歩いているユーステッド殿下の声が、何とか私の耳に届く。
つまり、それだけドラゴンが帝国の事業に組み込まれることに、人々が良くも悪くも関心を寄せているってことか。
(よく見たら、この人の波って皇宮の前まで続いてるし……)
確かに、ユーステッド殿下の言う通りだ。両隣から鼓膜が破れそうなくらいに、不安と期待の声が響き渡るのも、ドラゴンに関するこれまでの一般常識を考えれば無理もない話だろう。
「でも正直、暑苦しいくらいなんですけどね。こうも人が密集していると、体温が気温にも影響してってる感じがするって言うか」
「もう夏だからな。そこは耐える他あるまい」
自然界に新緑が満ちる季節に来たのは、正直間違いだったかもしれない。コンクリートジャングルって訳じゃないけど、帝都は基本的に石畳ばっかりだからか、自然が多いウォークライ領と比べると暑く感じる。
(この暑さでも平気なのかな……?)
そう思った私がゲオルギウスに騎乗するティア様を見上げると、ティア様は笑顔で観衆に手を振っていた。
それを見た帝都民たちは、またしても爆発的な歓声を上げる。出発前にユーステッド殿下が言った通り、帝都民たちとドラゴンの橋渡し役として、しっかりと務めを果たしているみたいだ。
顔色も悪くないみたいだし、この調子なら皇宮まで体調も保てるだろう。そんな私の一安心を保証するかのように、交通整理がされた大通りをゆっくりと、しかし順調に進んだ私たちは、城門を潜ってスムーズに皇宮へと入ることが出来た。
「それではこれより、離宮に急遽設けられた厩舎へと移動する。その後、ティアーユとアメリアは私と共に正妃殿下へご挨拶へ、他の者は皇宮の近衛部隊の代表者と共に警護の打ち合わせを済ませて来てくれ」
『『『はっ!』』』
ユーステッド殿下の指示に、護衛として付いて来たヴィルマさんを含めた八人の辺境伯軍の兵士が短く、キレのある返事で応じる。
そのまま殿下が先導する形で、ティア様と初めて出会った離宮の近くに設けられたというドラゴン用の厩舎に向かうと……。
「……うん? 何だあの人?」
そこには何だか凄い目立つ姿をした、短く刈り上げた金髪の人物が、部下と思われる数人ほどの人間を引き連れて待ち構えていた。
何がどう目立つのかと言うと、とにかくデカいのである。高身長のユーステッド殿下と比べても更に巨体……目測だけでも、二メートルは超えているのが分かるくらいだ。
軍服みたいなデザインをした白くて仕立ての良さそうな服を着て、肩には外套を羽織っているという、見るからに貴公子っていう感じの出で立ちをしているけど、その白い服も布の下から盛り上がる筋肉でピッチピチで、今にもボタンが弾け飛びそう。
「……何あの金髪オーガみたいな人」
「おぉいっ!? 貴様何を失礼なことを言っているのだ!?」
私の率直なコメントにティア様が苦笑し、ユーステッド殿下が鋭いツッコミを入れると、件の金髪オーガがこちらを見て、その青い瞳をキラキラと輝かせ始めた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおっ! よくぞ戻ってきた、ユーステッド! そしてティアーユよ!」
「で、殿下っ! どうかお下がりを! 不用意にドラゴンに近付くのは危のうございますっ!」
滅茶苦茶によくとおる大声を発しながら、満面の笑みを浮かべてズンズンとこちらに近付いてくる金髪オーガの後ろから、傍に控えていた人たちが必死に諫める。
しかし金髪オーガは立ち止まる様子はない。恐らく初めて見るはずのドラゴンにも臆していないのだろう……そんな金髪オーガに向かって、ゲオルギウスから降りたティア様が小走りで駆け寄った。
「ご無沙汰しております、レオンハルトお兄様っ」
「はっはははははははっ! 息災であったか、ティアーユ! まさか其方が私に駆け寄ってくる日が来ようとはなっ!」
「きゃあっ!? お、お兄様!?」
お兄様……ティア様から確かにそう呼ばれた金髪オーガは、ティア様の脇に手を差し込み、その小さくて華奢な体を軽々と頭上に持ち上げた。当人たちの身長差もあって、その構図は完全に大人と幼子のそれだ。
「報告では聞いていたが、壮健になったようで何よりであるっ! 私も嬉しく思うぞ!」
「もう……お兄様ったら」
皇族としてああいう風に扱われる機会なんてまず無いはずなんだけど、金髪オーガの行いに対し、ティア様は悪い気はしていないらしく、苦笑しながらもされるがままになっている。
そんな二人を見かねたのか、ヘキソウウモウリュウから降りたユーステッド殿下が嘆息しながら近づいて、金髪オーガを諫めに掛かる。
「兄上、どうかその辺りで……」
「うむ、ユーステッドもよくぞ参った!」
その瞬間、ティア様を地面に優しく下ろした金髪オーガは、流れるような動作でユーステッド殿下の事を、ティア様と同じように軽々と持ち上げた。
「あ、兄上!? 何をするのです!? 私はもう十七で、この様な幼子のように扱われる謂れは……!」
「はっはっはっ! 良いではないか、良いではないか!」
顔を赤くして降りようと藻掻くユーステッド殿下だけど、足が地面に付かない上に、下手に怪我をさせられない相手なのか、その抵抗はどこか弱々しい……というよりも、当人も心からは嫌がってはいないようだ。
……それにしても、ユーステッド殿下は細身に見えて筋肉質だから、体重はそれなりにあるんだけどなぁ。魔力の流れからも、魔法を使っているようは見えないし、あの金髪オーガは見た目の通り素の筋肉が半端ないみたいだ。
「兄上! 他の者たちも見ております! 皇族として、そろそろ威厳ある立ち振る舞いを心掛けて頂きたいっ!」
「む、確かにそうであったな。すまぬな……家族との久方ぶりの再会に、思わず気が昂ってしまった」
「あぁ、いえいえ。お気になさらず。私は全然気にしてませんから」
ユーステッド殿下を地面に降ろした金髪オーガは、私や護衛の兵士たちに軽く頭を下げてきた。
こちらとしては、ユーステッド殿下の珍しい姿を見たって感じがしただけで、家族の団欒にアレコレ口出しをする気は毛頭ないのである。
「名乗ろう。私はアルバラン帝国第一皇子、レオンハルト・グレイ・アルバランである。其方が竜の聖女と名高い、アメリア殿で相違ないか?」
「聖女でも何でもないですけど、ドラゴン研究をしているアメリアです。どうも、よろしくお願いします」
案の定と言うべきか、金髪オーガの正体であるこの国の次期皇帝候補……レオンハルト殿下は、自己紹介と共にゴツゴツしたデカい手を差し出してきたので、私は遠慮なく握手に応じる。
「……それにしても、体色以外は正直ティア様とは全然似てないですね。母親である正妃様成分が数パーセントしかないって言うか」
「ちょ、おまっ!?」
「ははははは! よい、ユーステッド。本当の事ではないか!」
線が細いユーステッド殿下にティア様、正妃様と本当に血が繋がっているのかと言いたくなるような濃い強面の顔立ちに、私が思わず率直な感想を口にすると、諫めようとしたユーステッド殿下を止めて、むしろ豪快に笑いながら受け入れるレオンハルト殿下。
「私は母上の実家である公爵家に婿入りしたという、軍閥として鍛えていた大柄な祖父に似ていてな! 所謂、隔世遺伝と言うものらしい! そのおかげか武才があると子供時代にはよく褒められたものだ! 自身の身を自分で守れる、実にありがたい事ではないか!」
「あぁ、なるほど。そういう事なんですね」
また複雑な皇族の血縁関係のアレコレかって思ったけど、どうやら違うらしい。
「其方の話はよく聞いている。差し当たって、まずは感謝の意を示そう……ユーステッドの危機を救い、ウォークライ領での事件を解決し、ティアーユの病状の回復にまで尽力してくれたこと、心より感謝する」
ガバリと、豪快に頭を下げるレオンハルト殿下。
紛れもなく、次期皇帝に最も近いとされる人物の行動に、後ろに控えている護衛の兵士たちは動揺し、私も少し目を瞠った。
皇帝になろうっていう人間が、こうも簡単に頭を下げていいんだろうか?
「ありがとう、アメリア殿。おかげで私の家族二人は未来に命を繋ぐことが出来た。国内外で難しい情勢が続く中、其方のように国の未来を切り開く可能性を秘めた人間が帝国に付いてくれたことに関しても、とても嬉しく思う。今後何かあれば、遠慮なく私を頼るがよい」
「はぁ……それは良いんですけど……」
そこで『私に』ではなく、『帝国に』と言ってのける辺り、レオンハルトという人間の本質が出てるような気がする。
「そしてそちらに居る雄々しい赤いドラゴンが、手紙に書かれていたゲオルギウスだな」
そう言うと、レオンハルト殿下は迷いや躊躇いのない足取りでゲオルギウスに近付いていく。
危険だ……そう判断した私が止めようとしたけど、それよりも先にレオンハルト殿下は、躊躇せずに巨大生物であるゲオルギウスの顎を優しく撫でていた。
「其方にも感謝を示そう。ティアーユが私に元気な姿を見せてくれたのも、其方が妹と共に歩むことを選んでくれた結果だ」
グルルルルと喉を鳴らしながら、目を細めてされるがままにレオンハルト殿下に撫でられるゲオルギウス。
その様子を見て、『おや?』と思ったのは私だけではなかったらしく、ティア様も同じようなリアクションだった。
「で、殿下……そろそろ次の予定が……」
「む、もうそのような時間か。では名残惜しいが、私はこの辺りで失礼しよう」
計十一頭ものドラゴンを前にして、ビクビクとしながら話しかける部下の言葉に対して、レオンハルト殿下は堂々と私たちに向き直って右手を心臓の上に当てる。
「ユーステッド、そしてティアーユよ。また予定を合わせて語らおうぞ! アメリア殿も、その時にはドラゴンについて詳しく聞かせてくれ!」
最後までよく通る声で言い残し、暑苦しいくらいに清々しい様子で立ち去っていくレオンハルト殿下。
その後ろ姿を見送った私は、思わず感心させられながらポツリと呟いた。
「滅茶苦茶暑苦しい人ですけど、話していて気持ちの良い人でしたね」
「前半部分は余計だ! 先ほどからずっと口に出したかったが、兄上に対して失礼だぞ貴様! …………後半部分に対しては、同意するが」
何というか、話していて不思議な気分にさせられた。口にする一言一句を、一々聞き入ってしまうというか……理屈ではなく、本能的に従わされるオーラが出てる。
多分、ああいうのを『カリスマがある』って言うんだろう。単純な能力値では推し量れない、人間という種族のリーダーとなる素質があるのかも。
「何より私が驚いたのは、ゲオルギウスが大人しく撫でられていたことですね」
「それは私も思いました。この子が初対面の人を受け入れるような態度を示すなんて……」
気性が荒く、警戒心が強めなゲオルギウスは、初対面の人間に対しては牙を向いて威嚇することも珍しくない。
私だって、最初会った時は威嚇されたし、オーディスで飼育されるようになった今でも、ティア様が同乗でもしない限り、ティア様以外の人間が背中に乗ることを良しとはしないのだ。
これの意味するところは、角を介してレオンハルト殿下の心を探り、無害であると判断したという事に他ならないだろう。
「正直、私は特に驚きはしなかったがな。兄上は昔から、人からも動物からも好かれやすい方だった。ドラゴンとて、例外ではないということだろう」
まるで『当たり前だ』と言わんばかりに、フンッと鼻を鳴らすユーステッド殿下。
まるで取り繕ったかのように素っ気ない態度だけど、その表情には嫉妬でも何でもない、隠しきれない純粋な尊敬の念のようなものが浮かんでいた。
……何となく察してはいたけど、さてはこの人シスコンでブラコンだな? レオンハルト殿下がゲオルギウスを撫でてる時も、『流石は兄上! 気性の荒いドラゴンも呆気なく手懐けるなんて、尊敬します!』とでも言いたげな顔で目を輝かせてたし、何があったのかは知らないけど、実はお兄さんのこと大好きだろ、この人。
「いずれにせよ、興味深いですよ。レオンハルト殿下の一体何が、ドラゴンが気を許す要因になったのか……これはドラゴンの心理を解き明かす、重要なサンプルになるかも……! ……ドラゴンについて詳しく話し合おうって言ってたし、その時になったらぜひ実験に使……協力してもらおうかな」
「貴様今『使う』と言いかけただろう!? 我が国の第一皇子を実験材料にしようとするんじゃないっ!」
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