アメリアはイケメンの定義が分からない
私のドレスやティア様の騎乗服のデザイン案も、興味がない私が参加していない中で決まり、ドレスショップの二人組は意気揚々と帝都へ戻っていった。
チョウモウユキリュウの体毛を手に入れたことが、よほど嬉しかったらしい。『新時代の幕開けだわ』とか、『次のトレンド、来たわね』とか言いながら、意気揚々と体毛が入った木箱を馬車に詰めてたし、あの様子だと頑張って生地に仕立てるんだろう。
「なにやら凄い事になってきたように思います……私も手で触れてみましたけど、あれなら本当に新しい高級生地が出来上がるかもしれません」
「へぇ、そんなもんなんですか?」
「えぇ。滑らかなのに硬さもなく……その上、原材料も希少となれば、付加価値も相当なものになるでしょう」
……確かに、そうかもしれない。
現状、チョウモウユキリュウの人工繁殖をする予定はないし、体毛は巨竜半島まで行かないと手に入らない代物だし、量産不可能ならその分コストも跳ね上がるだろう。
まぁだからって、新しい布の新開発が上手くいくかどうかなんて、私の知るところではないんだけど。
「私的には、生産者独自のアプローチでドラゴンの生体部位がどのような変化をするのか、それを知れれば何でもいいんですけどね」
早くレポート用紙が届かないかな……ドレスの完成なんぞよりも、そっちの方が断然関心がある。
何はともあれ、ダンスや話術、ドレスの事も一段落したし、コレで大体の面倒ごとに区切りは付いただろう……その事に開放感を感じながら、両手を上に掲げながら体の筋を伸ばしていると、後ろから足音が近付いてくるのが聞こえた。
「ここに居たか、二人とも」
その声に後ろを振り返って見ると、そこにはユーステッド殿下が立っていた。
「殿下? どうかしたんですか?」
「あぁ、今後の予定が決まったので、その報告にな」
予定と言うと、帝都行きの事だろう。
パーティーへの参加と、私の助手探しをするっていう。その日程スケジュールをセドリック閣下たちと話し合っていたけど、それがようやく決まったらしい。
「まず移動についてだが、こちらはドラゴンに騎乗してのものとなる。移動時間も大幅に短縮できるし、ティアーユの症状や体力面を考慮しても、ゲオルギウスの同行は不可欠。その飛行速度に付いて行くためにも、私や護衛の兵士たちもヘキソウウモウリュウに乗って行く必要がある」
まぁ道理ってやつだよね。思わず忘れそうになるけど、ティア様の魔蝕病は根本的に治ったわけじゃないし、運動不足が生まれた時から続いていたから、他の人と比べたらまだまだ体力が少ないし。
「でも、魔力を吸い出すのはどうしましょう? 毎回毎回、帝都の外に出るんですか?」
以前帝都に行った時、乗ってきたヘキソウウモウリュウは帝都の外で隠遁魔法を使って姿を隠し、待機させていた。
それは帝都民たちを無用に混乱させないための処置だったんだけど、今回もそうするんだろうかと思って聞いてみると、ユーステッド殿下は静かに首を左右に振る。
「いいや、今回は帝都内に入ることになる。それも街門から皇宮へ続く大通りを、凱旋するように堂々とな」
私とティア様は思わず顔を見合わせながら瞠目した。
ドラゴンに対する人々の意識は、未だに『危険な生物』という事に変わりはないと思っていたんだけど……そんな中で、ドラゴンに乗って帝都に堂々と入って大丈夫なんだろうか?
「お前たちの懸念は理解できる。事前通達の時点で帝都民たちに大なり小なり混乱を与えることも想定内だ。それをどのように収めるかは第一皇子派の腕の見せ所だが……それも今後の政略の為に必要な事でもある」
「ドラゴンを今後の帝国の事業に組み込むって奴の事ですか」
ドラゴンは軍事力としても強大だけど、その生体部位が生産業者にとって貴重な材料となり得ることは、私も分かっていた。
今日訪れたドレスショップの二人然り……ドラゴンがオーディスを中心に軍事転用されて以降、ドラゴンの体毛や爪、牙や鱗などを、魔道具や武器の材料としての価値を見出す人間は、それなりに増えてきているのである。
なにせ何の加工もしていない、剥がれ落ちていた爪だけでも、一振りで木の枝を断ち切る鋭利なナイフとして使えるくらいだ。その特性の価値に気付かないほど、人間も愚かじゃない。
(人間の手が加わればどのような物が仕上がるのか、私にもちょっと想像できないし)
人間は良くも悪くも欲と業が深い。価値があると分かれば、たとえ恐怖の怪物と恐れられているドラゴンでも受け入れる器がある。
そしてドラゴン側もまた、その知識の高さから、人間は自分たちにとって有益な存在と認識することが可能なのだ。
その点を考慮し、権力者が全力でドラゴンを人間社会に受け入れさせようとすれば、それはきっと上手くいくんだろう。
「その先駆者となれば、確かに権力争いで有利になりそうなイメージはありますけど……それでも初期の混乱とか反発とか凄そうですね」
「分かっている。だからこそ、ティアーユの力が必要なのだ」
「……なるほど。そう言う事なのですね」
ユーステッド殿下の言葉に、ティア様は納得したように呟く。
「今回の帝都への出征と皇宮への帰還は、帝都憲兵の力も借りて大通りの交通整理を行い、さながらパレードのような様相を呈することとなるが、そこには多くの見学人が現れるように仕向けられることになる」
「あ、納得しました。要するに、ティア様をアピール要員にするって訳ですね」
「……言い方には少し引っかかるものがあるが、そう言う事だ」
ユーステッド殿下は何だか渋い顔をしているけど、そこまで言われると、私にも第一皇子派の意図が理解できた。
「ティアーユが病弱であったのは、国内外でも有名な話だ。そのティアーユがドラゴンの力によって症状が劇的に緩和し、ドラゴンの背中に乗っている姿を帝都民たちに見せつければ、帝国の事業にドラゴンを組み込む事へ抵抗を示す者たちへの、これ以上ない説得材料となるだろう」
病弱でか弱いお姫様が、自分から率先してドラゴンと接している……その姿を見れば、確かに大勢の人間に『なら自分でも出来るんじゃね?』って思わせることが出来るか。
まぁそれでも、接し方を間違えれば怪我することに変わりはないわけだけど……その点は、辺境伯軍が立ち入りを制限しながら、ドラゴンとの接し方を教え広めることで、上手くカバーするって感じかな?
「ティアーユ、お前には人とドラゴンを繋ぐ橋渡し役となることを求められている。ゲオルギウスに帝都の大通りを低空飛行させ、不安を感じているであろう帝都民に笑顔で手を振ってやってくれ……頼んだぞ」
「……は、はいっ」
ユーステッド殿下から真っすぐな視線を向けられたティア様は、何時になく力強い返事をする。
きっと嬉しいんだと思う。生まれて来てからずっと、体調を慮られてばかりで離宮の奥で大事にされて申し訳なさそうにしてだけだったのに、今では誰かから頼りにされているという事が。
「問題はティアーユを狙って離宮に侵入してきた者がいたという事実だが……その点についても、ドラゴンが居てくれれば解決できそうなのは、正直助かるからな。ドラゴンたちの滞在場所についても、正妃殿下や兄上が率先して離宮を開放することで確保する予定だ」
「あぁ、確かにそれは万全そうだ」
ドラゴンが守っている場所……そんな話が広まれば、ちょっかいを出そうという奴も居なくなるだろう。
仮に居たとしても、魔力を貰うためにゲオルギウスがティア様の傍に居る。そのティア様に手出ししようとすれば、自分の餌場を維持する意味でも、ゲオルギウスが黙っていないだろう。
「出発日は、パーティー開催の一か月前となる。それまでの間に、最近新しく増やしたヘキソウウモウリュウたちの調教も済まさなければならない。アメリア、お前にも存分に働いてもらうぞ」
ゲオルギウスがオーディスに移り住むようになった後、主に魔物を実験に使った兵士たちの弛まぬ努力と協力のおかげで、ヴィルマさんたち騎乗部隊の面々は、害意を向けられて興奮状態になったヘキソウウモウリュウを宥め、落ち着かせられるようになった。
いわば、ドラゴンを御す力が増し、興奮したドラゴンが暴れて街や人に被害を与える可能性が低くなったのだ。これでドラゴンが人間の生活圏でより活動しやすくなった訳だけど、それを切っ掛けにオーディスでは、新しく六頭のヘキソウウモウリュウを巨竜半島から迎え入れたのである。
「まぁ元々手伝うつもりでしたし、それは構いませんけど……また随分と時間に余裕を持たせますね。一か月もなんて」
「それに関しては、我々の事情もあってな。そろそろ学院に登校しなければならない時期なのだ」
学院……登校……その言葉をすぐには理解できなかった。
「……え? もしかしてお二人って、学生だったんですか?」
「はい……帝都にある、アーケディア国立学院に在籍しています」
「全然知らなかった……でも今日まで、登校とかしてませんでしたよね?」
というか、ウォークライ領から帝都まで毎日登校するとか無理がある。登下校だけでどれだけ時間かけるんだって話だ。
「アーケディア学院は、帝国最高学府の一つで、代々皇族や国中の貴族が通っている名門校なのだが、跡取りとしての教育も受けなければならない生徒も多いからな。学院生活との両立は時間的に難しいケースもあるし、中にはやむにやまれぬ事情で登校できない者もいる。そう言った生徒の為に、自宅学習制度があるのだ」
「そういうことでしたか」
確かに、殿下はウォークライ辺境伯家の跡取りになるし、ティア様は病弱だ。自宅学習制度とやらが使える条件が揃ってたんだろう。
「それでも、全く登校しなくても良いという訳ではなくてな。何らかの行事が迫ると、出席を求められることがままある。今回の場合は、本命の皇族主催パーティーの前に、学院主催の開校記念を祝した大きなパーティーがあってな……それに参加せねばならない」
「私も、これまでは発作が出る可能性を考慮して出席を控えていたのですが、今年こそは参加させていただこうかと思いまして」
「はぁ~……大変ですねぇ、お二人とも」
そんな連日パーティーに参加して、肩が凝らないんだろうか?
私だったら、何らかの事情でもない限りは全力でブッチすると思う。
「貴様も皇族主催パーティーに参加するのだから他人事ではないのだが……とにかく二人とも、そのつもりで動いてくれ」
「あ、はーい」
「承知いたしました、お兄様」
私たちが頷くと、ユーステッド殿下は忙しなさそうに早足で立ち去っていく。その後ろ姿を見て、私はポツリと呟いた。
「……何か、ユーステッド殿下の様子がおかしくありませんでした?」
具体的に何が……とは言えない。ユーステッド殿下は声にも態度にも表していなかったから。
ただ何となく、帝都行きの予定を私たちに伝えた殿下の方こそが、あまり気乗りしていないように見えただけだ。
「……お姉様はその、ご存じですか? お兄様が女性の事を……」
「あぁ、知ってます。苦手なんでしょう?」
これに関しても普段は態度に出さないし、私やティア様には気兼ねなく接しているようだけど、それ以外の女性に対しては明らかに一線を引いて接している。
「決して不満を口にする方ではありませんが……元々、ユーステッドお兄様は帝都で過ごすことも苦手としておられるようなのです。多くの貴族が集まる帝国の中心地では、妾腹の生まれであるお兄様の事を悪く言う人が多いというのもありますが、女性関係のトラブルも多くありまして」
「トラブル? 何でまた?」
「分かりやすく言うと……お兄様に強引に関係を迫る女性が多いのです。皇族でありながら平民出身の御母堂様をお持ちという点が、本来高嶺に咲く花が手に届く場所にあると、世の女性たちに思わせているようで……その上、あれだけの美貌ですから、良くない意味でお兄様と接する女性が多くいたのです」
なるほど……聞くところによると、次期皇帝最有力候補だっていう第一皇子と仲が良いっていうし、曲がりなりにも皇族だけど平民の血が混じってるから、結婚相手として心理的なハードルが低く見えるのかもしれない。
「それから、これはあまりお兄様の前で話題にしないでほしいのですが……七年前に隣国のカーミラ殿下と私との間に起こったトラブルも、お兄様の容姿が起因となっていました。当時のカーミラ殿下はお兄様のお顔立ちを一目で気に入られたようで、どうやら傍仕えにと望んでおられたようです」
「それはまた、中々ぶっ飛んだ個性の持ち主ですね」
カーミラ殿下って言うと私と同い年だったはずだから、七年前だと十歳だよね。その年齢で男の顔面が気に入ったから寄こせとか、ビッチの才能あり過ぎん?
会ったのは一回きりで会話も無かったけど、あの人そういうキャラだったのか。転生者で精神年齢が肉体年齢と合っていない私が言う事じゃないけど、十歳で男漁りは不健全だって、周りの大人は注意したりしそうなもんだけどな……。
「結果として、私はカーミラ殿下を諫められず、口論になって怪我をすることになってしまいました。その事をお兄様は今でも気に病んでおられるようでして……本当なら私が上手く場を収められれば良かったのですが、不甲斐ないです」
「そうは言っても、その時のティア様は七歳かそこらでしょう? そこまで期待するのは筋違いでしょ」
でもそうか、ユーステッド殿下がティア様の事を気にかけていたのは、家族としての情だけではなく、そういう経緯があったからなのかもしれない。
あのクソ真面目な殿下の事だ。全然自分のせいなんかじゃないのに、ティア様から目を離した自分にも非がある……みたいなことを考えてるんだろうなぁ。切っ掛けを作ってしまったのが自分なら尚の事だ。
「…………ていうか、ちょっと聞きたいんですけど、ユーステッド殿下ってそんなにイケメンなんですか?」
これまでの話を聞いて、私は率直にそう思った。
私には人間の顔一つで随分と大袈裟な話になっているように聞こえるんだけど……そんな私の呟きを聞いたティア様は、思わずと言った感じで目を見開いた。
「え、えぇ……ユーステッドお兄様は、中々居ないくらいの美貌をお持ちだと思っています。だからこそ、多くの女性が惹き寄せられたのですが……お姉様の目には、そのようには映らないのですか?」
「全然ピンと来ないです。どうにも私は、ここ七年間で人間の美醜に疎くなったようでして……」
人間の顔に関心を持たなくなったからか……正直、今の私は男女の違いや年齢、パーツの大きさや位置を見分けられる程度で、そういった個体ごとの違いがどのように、人間感覚における美醜の違いに繋がるのか、そういうのが本気で分からなくなってるように思う。
人間だって、どんな動物のオスがメスからモテるのか、その気持ちが共感できないじゃん? それと同じって言うか……。
「これがドラゴンだったら分かるんですよ? ドラゴンの中には角の大きさや翼膜の紋様でメスにアピールする種族もいますからね。どういうオスドラゴンがメスから好かれるのかは観察することで大体分かるんですけど、人間となると全然……」
「……ふふっ。ふふふ」
その時、ティア様が口元を手で覆いながら控えめに笑い始めた。
「……? どうかしたんですか?」
「ご、ごめんなさい、お姉様。ユーステッドお兄様が、どうしてアメリアお姉様に対して苦手意識を持っていないのか……それが分かったような気がして」
「……???」
「ふふ……そうですよね、分かりませんよ。でもそれで良いんです……そんな貴女だから、お兄様も心を許されたのだと思いますから」
心を許すも何も、私は普段から怒らせてばっかりなんだけどなぁ……むしろ『風呂入れ』『掃除しろ』『着替えろ』って私の動向を警戒して目を光らせているような……。
そんな私の疑念を理解しているのかしていないのか、ティア様は楽しそうに笑い続けるのだった。
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