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視線だけで人を殺せそうでした(アメリア談)


 私のお披露目……そう聞いた私の脳は最初、意味のない音としか認識しなかった。

 あまりに馴染みも無ければ、そういう日が来るとも想像したことすらない事だからだ。だって自分がどこぞの立派な会場で壇上に立ちたいなんて、考えたことすらないし。

 ……ていうか。 


「ティア様の回復祝いパーティー……あれマジでやるんですか?」

「当たり前だろう。なぜやらないと思った?」


 だってあの時はノリだけで適当なこと言ってただけだし、マジで実現することまで考えてなかった。

 でもまぁ、ティア様も皇女なんだし、何かあれば盛大に祝われたりするのも普通なのかも。


「皇宮内での政争が終息していない以上、ティアーユが帝都に戻るのはあくまでも一時的なものではあるが、その為にはゲオルギウスの同行も必要になる。ドラゴンによる長距離移動には、まだまだアメリアの監督が必要なのだ」

「確かに……ヘキソウウモウリュウであればともかく、ゲオルギウスはこれまで兵士たちが相手してきたのとは全く別種のドラゴンですからね。前と同じような感じで、私が付いて行った方が良いでしょう」

  

 ……それに、ティア様の快復祝いに参加するのも吝かじゃない。曲がりなりにも私が関わったことだし、快復祝いの場に顔を出すくらいは別にいいんだけど……それはあくまで、身内同士でやるようなのに限る。


「そういうお堅い場に、私が参加する必要あります? もっと緩い感じの……それこそ、前に言ったみたいに気兼ねなく参加できる小規模のならともかく」


 話を聞く限りだと、国内の色んな権力者を集めての大規模なパーティーになるんだろう。皆が皆、ビシッと礼服を着て参加する感じの。

 そんな中に私も参加すると聞かされると、もうその時点で息が詰まりそうだ。野生児は野原を駆け抜けてこその野生児、堅苦しいパーティーなんてのには参加しないのである。


「あのな……今回、ティアーユの体調快復の立役者となったのはお前だろう。そのお前が参加せずしてどうするのだ」

「そういう席に、恩着せがましく顔見せに行くのって性に合わないんですけど……」


 繰り返して言うけど、私は私の為にティア様の症状を抑えるように動いただけだ。恩が売りたくて色々動いてた訳じゃない。


「それに、私は正式に平民になったわけですよね? その私が、お偉いさんが集まる場所に行くのって場違いとか言われたりしません?」

「そこまで気にすることでもあるまい。其方はあくまでも招待客であり、ただ呼ばれたから向かうだけの事。恩着せがましいなどと考える者が居たとしても、招待主である正妃殿下の名が其方の盾となるであろう」


 なるほど、皇族が招待した相手にケチを付けれる人間なんてそうそう居ないしね。ましてや正妃様は、今の帝国で一番の権力者って言われてるし。


「……それに、今回其方が再び帝都へ赴く話は、其方にとっても有益となるはずだ」

「……というと?」

「まず第一に、正妃殿下に招待される形で会場に赴き、国内外から集まった賓客に紹介されることで、其方が正式に第一皇子派に与したと見なされる。そうすれば、今後其方に手出しをすれば、第一皇子派が敵に回ると国内外に発表される形となり、より強力な抑止力となって其方の身を守るだろう」

「はぁ……そういうものなんですか?」


 まぁ確かに、研究の邪魔をされたくないから、利権目的で頻繁に干渉してくる奴が居なくなるって言うのは有難いかな。

 当然、完全に居なくなるわけじゃないとは思うけど、今みたいに兵士が近くに居ない隙を狙ってくる奴も少なくなるだろう。

 純粋にドラゴンの生態とかについて色々教えて欲しいっていう人なら、私は普通に大歓迎なんだけど……ここ最近私のところに来るのは、金とか地位とかまるで興味の湧かない物を取引材料にして『ウチに来い』みたいなことを言ってくる奴ばっかで辟易してたし、兵士の人たちの負担も減るなら、正妃様からの招待は確かに悪い事じゃないかも。


「そして第二に、其方の研究環境の改善だ。これに関しては我々にも非があるが、軍港設立に向けた巨竜半島のドラゴンの分布調査に、ドラゴンの軍事転用にその他諸々と、其方の研究スケジュールの過密さは日に日に増していっている。其方としては、ドラゴンの研究が楽しくて苦になっていないようだが、疲労は確実に蓄積され、結果的に今回のように倒れるような事態が起こった」

「うーん、それはどうですかねぇ」


 別に閣下たちから休息時間を削ってまで働け……なんて強要されたことは一度もない。休息を取らずに研究に没頭してたのは、私が勝手にしていたことだし。


「これからドラゴンの研究活動は必要性に応じて拡大していくのは避けられない。そうなると、其方一人だけに研究活動をさせるのは時間的にも体力的にも不可能だ……そこで、帝都で研究助手を探して、正式に雇うというのはどうであろうか?」

「おぉー……確かにそれは有りかもしれないですね」


 セドリック閣下の言う通り、ドラゴンの研究は私一人で行うには限界がある。人手は幾らあっても困らないのだ。


「……あれ? でもウォークライ領で探すのじゃダメなんですか? わざわざ帝都まで行く必要あります?」

「それに関しては、ウォークライ領における領民の就職先比率が大きく関連している」


 そんな私の疑問に答えたのは、ユーステッド殿下だった。


「帝国の領土は広大で、その分地域差が激しく、同じ国内でも国民性が地域によって異なる場合が多いのだが、それは人が就く職種と言うものにも深く影響していてな。簡単に言うと、この地の場合は生産業や兵役といった生活に直結する職業への需要が高く、領民たちはそれ以外の職業への関心を持ちにくい傾向にある」

「……そう言えば、ちょっと心当たりがありますね」


 私がこっちで暮らし始めてしばらく経ち、色んな人と話をしてきたけど、ドラゴンが自分たちの生活にどのような影響をもたらすかってことに関心を持っている人間が大勢いた割には、ドラゴンの生態そのものに興味を示す人間は居なかった。

 例外なのは、元々帝都で暮らしていた閣下や両殿下、テオル先生と言った面々くらいだろうか。

 

「魔物の襲撃が多く、早急な対応が求められることが多い土地柄によるものなのか、ウォークライ領の人間は良くも悪くも実利主義だ。全員が全員そうであるとは言わないが、成果が現れるのが遅くなりがちな研究職に、大きな関心を示し難いのであろう」

「なるほど……そういう事ですか」


 確かに、同じ動物でも地域差によって生態が大きく異なるケースはごまんとある。カブトムシの角の大きさも島ごとによって違うし、ゲンジボタルの発光間隔も地域差があるのだ。特に人間なんて、地域差で生態が異なる代表格みたいなものだろう。

 前世でも黒人や白人、黄色人種なんて感じで地域ごとに見た目が変わるし、アジア人と欧米人とでは地域ごとに築き上げてきた食文化の違いから腸内細菌の種類も異なっていて、海藻を食べる習慣がない欧米人は、生の海藻の細胞壁を分解できないから、加熱処理をしないと消化できないと言われている。

 

(特に考え方の違いなんてのは最たる例だ)


 これは同じ地域に住んでいても必ず出てくるんだから、文化という性格形成の大きな要素が違えば、画一化されるなんてまずありえない。

 広大で色んな文化が入り混じっているという帝国では、地域ごとに色んな考え方が出てくるのは当然だろう。


「一応聞きますけど、ティア様じゃダメなんですか? 私が知る中で、一番ドラゴンの生態に興味ある人ですけど」

「おい待て、何をさも当然のように皇女を研究助手にしようとしているのだ」

「良いじゃないですか、興味あるんだったら、その人にやって貰えば」

「大変魅力的な話ではありますが……ごめんなさい、それは難しいです」


 私がそう言うと、ティア様は苦笑しながら答えた。


「病状が回復した以上、これまで遅れ気味だった皇女教育にも力を入れる必要がありますから……アメリアお姉様のお手伝いをできれば楽しそうではありますが、私にも皇族としてやるべきことがありますので」


 少し残念そうに呟くティア様だけど、この声と表情には迷いのようなものは感じられなかった。

 まぁ皇女ともなると、政治とやらにも関わらないといけないだろうしね。私自身、ダメ元で言っただけだから、この返答には驚きはしない……ちょっと残念ではあるけど。


「話を戻すが、生活に直結した事柄に関心が強いウォークライ領に対し、帝都を始めとした帝国内地にある街々では学問や研究が盛んだ。国立学院を始めとした、様々な分野の研究者の卵たちが研鑽に励んでいる」

「その中には当然、生物学を志す者も多い。大抵は家畜や魔物の研究をしようとしている者ばかりだが、ドラゴンというこれまで誰も踏み込んでこなかった分野が拓かれたとなれば、関心を持つ人間も多いだろう」


 なるほど、要は領主権限でやる気のない領民に命令して無理矢理研究に参加させるよりも、やる気のある帝都の人間を勧誘した方が良いだろってことか。

 確かに、これから一緒にドラゴンの生態を解き明かしていく仲間となれば、まず第一に熱意が欲しくなる。私と一緒に泥土に塗れ、ドラゴンの排泄物を被るくらいの覚悟を持った人が手伝ってくれるなら心強い。

 仮に知識とかが無くても、研究しながら身に付けていったって良いしね。個人的には、資料を纏めたり、力仕事を手伝ってくれたりするだけでも凄い助かる。


「更に言えば、お前を風呂に入れて眠らせて食事休憩をさせられることが出来れば完璧だな。……いや、むしろ必須条件と言うべきか。今回助手を雇うのはアメリアの生活改善も見込んでの話だからな。研究への熱意よりも、清潔であることの大切さを重々心得ている者が好ましいだろう」

「何言っているんですか。私と一緒に泥と排泄物に塗れてもいいってくらいの情熱が最優先ですよ。連日徹夜にも付いて来れる体力があれば、なお良いですね」

「そちらこそ何を言っているのだ!? それでは今までと何ら変わらんではないかっ!」

「ドラゴンの研究ですよ!? 変な妥協はしたくないんですっ!」


 そもそも、研究者の本懐は事象の解明だ。

 ドラゴンという生命の神秘を解き明かす為なら手段を選ばない……そういう私の意識を共有できる人間を助手にと考えて、何が悪いというのか。


「まぁそちらに関しては実際に帝都で見繕ってもらうとして、問題は実際にパーティーに参加した時の話だな」

「……どういうことですか? ちょっとパーティー会場に出て、『どーも、よろしくお願いしまーす』って挨拶するだけでは?」

「それがそうもいかんのだ。皇族主催のパーティーともなるとな」


 そんなセドリック閣下の言葉に、ユーステッド殿下とティア様が同時に青ざめたような表情を浮かべる。

 何も分かっていないのは私だけみたいだけど……え? 何? どういうことなの?


「そうだ……! 今回のパーティーの趣旨はあくまでも、皇女であるティアーユの快復祝い。国内外から数多くの来賓を招いた、非常に格式高いものになる。そのような厳かな場に、この様な排泄物をこよなく愛する、下品極まる不潔な野生児を放り込めば、国家の威信が……!」

「さりげなくボロクソに言ってくれますやん」


 まぁ否定はしないけどさ。でも私が排泄物に強い関心を持っているのは、あくまで研究対象としてだから、そこのところは勘違いしないでほしい。


「あの、叔父様……もしかしなくても、今回のパーティーは……」

「あぁ、国際水準でもあるダンスパーティーだ。一曲も踊らないという訳にはいかんだろう」


 ……ダンス? この私が?

 貴族の言うダンスって言ったら、あれでしょ? 楽団が鳴らす如何にも上品って感じの音楽に合わせてクルクル回ったりする奴。

 それを、私が……?


「そんな、おジョーヒンでおユーガなおダンスなんてのを私がやるとか……考えただけで鼻で嗤っちゃいますよっ!」

「ほら、ご覧ください叔父上! あの者、仮にも年頃の娘だというのに足を大きく開いてしゃがむという下品なポーズを! まず間違いなく社交ダンスなど習得していませんっ! あのままパーティーに出してしまえば、間違いなく帝国の威信が落ちます!」


 きっとパーティー会場には、ユーステッド殿下みたいに便所座り程度でギャースカ言う人も多いんだろう。そんなところに私が参加したらどうなるか……それは間違いなく、殿下が危惧している通りになるんだろうなぁ。


「それに、ドレスも必要になりますよね……? アメリアお姉様が着用しているところを、見たことがありませんが……」

「え? この格好じゃあダメなんですか? 白いローブコートは学士の正装で、正妃様と会う時にも着てましたよね?」

「購入してから僅かな期間で薄汚れたローブコートなどで出席できるか! そもそも、以前話したのはあくまでも個人的な対談する時の服装の事だ。皇族主催のダンスパーティーとなれば、ドレスやスーツなどと言った、また別の礼装を着て出席しなければならん……それから叔父上、もしや今回のパーティーには兄上も参加をされるのですか?」

「あぁ、手紙にはそのように記載されている」


 ……なんだろう。凄く面倒臭くなってきたぞ。

 最初はちょっと挨拶して終わりかなって思ってたのに、ダンスだのドレスだの七面倒臭そうな話題が続々と出てきて、やる気ゲージがどんどん無くなっていくのが分かる。


「すみません、私やっぱり面倒臭くなったんでパーティー参加はキャンセ――――」

 

 そう言いながら踵を返した瞬間、私の肩をユーステッド殿下が鷲掴みにする。

 まるで絶対に逃がさないとでも訴えかけるような万力の握力だ。正直、外せる気がしない。


「逃がさんぞ……今回のパーティーには、次期皇帝となられる兄上も参加されるのだ。ドラゴン研究の長期的な支援の継続の為にも、お前には是が非でも参加してもらう」


 何時になくギラついた、血走った目で圧を掛けてくるユーステッド殿下。その圧力に、私は不覚にも屈するしかなかった。



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― 新着の感想 ―
自分が倒れる事で研究が3日間完全に止まった(場合によっては取り返しがつかない事態になる)事を一切気にしてないんだなあ
次期皇帝との一悶着ありそうですね!
今までの中でいっちゃん面白い回でしたw
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