バタンキュー
ユーステッド殿下が言った通り、私に接触しようとしてくる人間が、ここ最近増えてきているように思う。
ウォークライ領の町中に居ると、どこから嗅ぎ付けたのか、どこぞの商人だの貴族の遣いだのが現れては、『我々にもドラゴンを』なんて言ってくるし、北聖創神会の連中も私を聖女として迎え入れることを諦めていないようだ。
(ただそこは殿下らしいというか、ちゃんと守ってくれるように手配してくれてるんだよね)
一度口にしたからには実行する……そんなユーステッド殿下の信条が透けて見えるかのように、町中では辺境伯軍の兵士がそれとなく私を見守ってくれるようになった。
どうやらセドリック閣下とユーステッド殿下の指揮によって動いているらしく、私が身内以外……つまり、ウォークライ辺境伯家の息が掛かっている人間以外の、外部からの強引な交渉や干渉を受けていると、すぐさま間に割って入ってくれるのだ。
(相手が貴族の遣いでも、皇族の名前が出てくれば退くしかないみたいだし)
私には今、亡くなった先代皇帝の血縁者であるセドリック閣下にユーステッド殿下、そして現在の帝国で一番の権力を持っている第一皇子派の中核人物である正妃様が私の後ろ盾として名乗り出ているらしい。
これだけの面々に、『アメリアと面会したければ私たちに話を通せ』なんて言われたら、たとえ相手が他国の王族でも従わざるを得ないだろう。
その結果、私に関わろうとする外部の人間は、日に日に減っていっているように思う。
(……それでも油断はするな、とは言われてるけどね)
欲望を堰き止める理性が外れる人間はどこにでも現れる、そういった人間は何をしてくるか分からない……というのが、ユーステッド殿下の言葉だ。
実際、私もその通りだと思う。何しろ私自身、時々理性みたいなものが外れることがあるっていう自覚があるし。そうなった時の私は、後で振り返って見ると『無茶したなぁ』って思う事あるもん。主に巨竜半島の溶岩地帯とか荒野地帯での行動に対して。
(それを踏まえても、ひとまず安心ってところではあるけど)
少なくとも、ユーステッド殿下は私に言ったことを守ってくれていて、第一皇子派という抑止力が働いているのは如実に感じ取れる。
巨竜半島での調査中は、流石にそこまで追いかけてくる奴も居ないし、おかげで私は面倒くさい人間との交渉事に、一々時間を取られずに済んでいるわけだ。
そんなこんなで、私の快適な研究ライフは守られているわけだけど……。
「唐突だが、其方のフルネームはアメリア・ハーウッドということになった」
巨竜半島の調査から戻り、セドリック閣下に結果を報告しに行くと、いきなりそんなことを言われた。
「本当に唐突ですね。どうしたんですか、いきなり」
「うむ。エルメニア王国からの干渉を跳ね除ける為の方針が決まったので、その説明をな」
……? どうして今更、地元の話が出てくるんだろう?
私は思わず首を傾げると、セドリック閣下は順を追って説明を始める。
「まず第一に、其方がエルメニア王国、リーヴス伯爵家の令嬢であるというのは事実だ。他国の令嬢が帝国に無断で居ついている状況と言うのは、我々にとっても不都合でな。エルメニア王国から身柄の返還を求められれば、それを跳ね除け続けるのは国際法的に難しい」
「……エルメニア王国が、今更になってそんなことします? 私がこの国に流れ着いたのは、もう七年も前ですよ?」
「これまでであればな。しかし、今の其方が大きな利益を生み出す存在になったと、周辺諸国は既に感付き始めている。自分たちの利益を得るために、エルメニア王国が『自国民を保護する』といった名目で、其方を国に戻そうと動き始めるのは目に見えている」
確かにそう言われると、エルメニア王国が今になって私の事を『ウチの国の人間だ』って主張する可能性も否定できないか。ドラゴンが人間にとって有益な存在になり得るなら、巨竜半島の実態を詳しく調査した知識を貯め込んでいて、そこに生息するドラゴンを手懐けられる私には価値があるって考えるかも。
「人間一人相手に、また随分と大袈裟な話になってますねぇ」
「……そう言う其方は、もう少し自分の価値というものを認識すべきだがな。いずれにせよ、其方の身柄がエルメニア王国に渡ってしまえば、我が国で進められるドラゴン関連の事業が全て停滞する上に、それを再開する為にはエルメニア王国に主導権を渡す必要が出てくる。これはなんとしても避けたい事態だ」
あー……つまり、『アメリアはウチの国の貴族なんだから、アメリアに協力してほしかったら、まずはエルメニア王国に話を通せよ。主に金とか積んで』……みたいな話になっちゃうわけか。
私はもう自覚は無いけど、貴族である以上は国のために働く義務みたいなのがある。私がエルメニア王国の貴族だと主張され続けるのは、第一皇子派にとっても面倒臭いんだろう。
「しかし、エルメニア王国は七年前の段階で、大きなミスを犯した……アメリア・リーヴスを公的には病死したという扱いにしたことだ」
「あ、そっか。病死したはずの人間が、今更になってどうして隣国の巨竜半島で見つかるんだって話になりますもんね」
まさか国際問題を起こした王女の身代わりにしましたなんて、正直に言えるはずもない。そんなことをすれば、国内外での信頼が地に落ちる事くらい、私にだって分かる。
「そうだ。故に、建前さえ用意してしまえばエルメニア王国からの返還要求を跳ね除けられるのだ。偽造でも何でも、其方が生粋の帝国人であるという建前さえ用意してしまえば」
……なるほど、そこで最初に話が戻ってくるわけだ。
「故に設定を考え、それを周知させるように動いた。今現在、其方は祖父から孫の二代に渡って辺境伯軍の兵士として勤めているオーディス在住の平民の一家、ハーウッド家の長女。幼い頃から好奇心が異様に強く、それが高じて大人にも無断で密やかに巨竜半島に渡って独自にドラゴンを調査。それが最近になって周囲に発覚し、紆余曲折あって辺境伯軍の顧問研究者として抜擢された……という事になっている」
どうやら私は知らない内に、顔も見たことが無いハーウッドさん家の長女になっていたらしい。でも確かに、それなら何とでもなるかも。
今のこの世界のご時世、貴族ならともなく、平民の家族構成を調べるのは難しい。しかも領主自らがお膝元であるオーディスで暮らしている、親の代から仕えている部下の家族構成を偽造するわけだ。幾らでも誤魔化しがきく。
「表向き、其方を生粋の帝国人という事にしてしまえば、帝国側も自国民を守るという大義が成り立つ。其方にも、我々が考えた設定を守り続けてほしい」
「了解でーす」
元々私は故郷にも、そこに居る家族にも興味が無い。ドラゴン研究を快適に続ける為になるんなら、見ず知らずのハーウッドさん家の娘になるのも抵抗は無いのだ。
「では次は、其方からの報告を聞こうか」
「あ、はい。巨竜半島で軍港を作ることが可能かどうか、ですね」
ここ最近、私が巨竜半島で行ってきたメインの調査だ。
ドラゴンの生息域を荒らすことにならないか、その事によって駐在することになる兵士や作業員に被害が出ないか、その確認をしてきたところなのである。
「結論から言えば、十分に可能です。閣下が言った通り、沿岸部に小規模な軍港を点々と……って感じにするなら、生態系への影響はごく僅かかと」
「その理由は?」
「元々、巨竜半島沿岸部は全体的に海風が強く、塩害によって雑草のような生命力が強い植物以外は育ちにくい環境なんですけど、同時にマーキングが出来る物も少ないんですよ」
縄張りを作るタイプのドラゴンは、木や岩に傷を付けたり、尿を掛けたりしてマーキングをすることで、自分の生息域を主張する。
しかし半島の沿岸部はマーキングするための岩や木が少なく、強い海風が常に吹き付けているため、尿の匂いも流されてしまう。その為、沿岸部には特定の縄張りを作らない、ハシリワタリカリュウのようなドラゴンが主に暮らしている。
「同じく沿岸部付近に生息しているヘキソウウモウリュウを見ても分かる通り、その手のドラゴンは環境の変化にも強いですからね。町を作るみたいに大規模な開拓ならいざ知らず、軍の駐屯だけが目的の港を作るだけなら、ほぼ影響はありません」
この世界の場合だと、重機とかの代わりに魔法を使っているからか、工事の際に環境を破壊する化学物質をまき散らす訳じゃない。
魔力を食べるドラゴンは植生の変化とかも関係ないし、人間の事も害意を向けてこなければ敵とは認識しない。水場さえ壊さなければ普通に生息できるものと思われる。
「とは言っても、巨竜半島の沿岸部はマングローブなどの塩害に強い樹木の群生地や魔物が蔓延る荒野地帯、更には溶岩地帯なんて場所もありますから、どこにでも港を作れるって訳でもありません。それに縄張りも作らないドラゴンも過敏な気性をしていませんけど、図太くて好奇心が強い種族も多いですから、港とかにも平然と入り込んでくると思いますよ」
サバンナで野営する時、火を焚くことで肉食獣の警戒心を煽り、遠ざけることが出来るなんて言われてるけど、これは大きな嘘だ。
実際の動物は好奇心が強く、見慣れない物を見かけると近寄ってくることが多々ある。ドラゴンたちにとってのそれはまさに人間であり、人間が作る灯台と港だろう。
「特に沿岸部は、移動の妨げになる物が少ない分、大型のドラゴンも沢山いますからね。思念波による交渉が出来ないと、せっかく建てた灯台とかに興味を持ってベタベタ触って、そのまま倒しちゃうことも十分考えられますし、海に生息するドラゴンとかも、停まっている船に興味を持って弄り倒し、転覆させたり穴を開けたりすることもあり得ます」
「なるほど……では最低でも一人、ドラゴンとの交渉が可能な人間が駐在し続けなければならないという事か」
まぁそれに関しては、私もやり方を教えても良い。ドラゴンに好き勝手やらされてたら、港なんて作れないし。
「後それから、今後巨竜半島に駐在する人間が増えてきたとしても、内陸に向かって開拓するのは絶対止めた方が良いです。あっちは縄張り意識の強い種族のドラゴンが沢山いますし、下手に荒らせば攻撃してきますから」
私は以前、ドラゴンが別のドラゴンの縄張りを荒らした時に大喧嘩しているのを見たことがあるんだけど、それはもう凄まじいものだった。
辺り一面に地鳴りを起こし、山が崩れて森を吹き飛ばすという、とても生物同士が争っているとは思えないくらいの規模の大破壊を巻き起こす……それがドラゴンの闘争だ。
「なるほど、理解した。こちらでも、今回の調査報告を元に新たな方針を打ち出してみよう……が、それはそれとして」
不意に、セドリック閣下は私の顔をマジマジと見やる。一体どうしたんだろう? 何か付いてる?
「其方、最後に寝たのは何時だ? 目元の隈が、凄まじいことになっているぞ」
「え?」
最後に寝たの……? ……何時だっけ? 巨竜半島での調査を始めて、ここ六日くらいは体を横にした覚えがない様な気がする。
「其方の睡眠不足は前々から問題があるとユーステッドから報告が上がっていたが……その様子は流石に見過ごせぬぞ」
「いやいや、大丈夫ですって! 単に目が超絶冴えてるだけですから!」
そう、私はドラゴン研究が楽しすぎて、体が眠るのを忘れていたのだ。
でもそれは仕方ない事だと思う。だってここ最近はドラゴン研究が凄い捗るもんだから、中断するタイミングが分からなくなってるって言うか……。
「もうね、ここに来てからは食事とか物資補給とか全部やってもらって余計なことに時間を取られてないから、研究にすっごい集中できるんですよ! おかげで目もギラギラして、頭に血がグルグル巡って眠れなくなって――――」
……そう言いかけた瞬間、突然私の視界が暗転した。
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「三日? 私は三日も寝てたんですか?」
次に意識を取り戻した時、私は屋敷の一室にあるベッドで横になっていた。
それから、セドリック閣下に事情を聴くと、どうやら私は閣下と話している最中に突然意識を失ってバターンッと後ろ向きに倒れ、そのまま三日三晩鼻提灯を膨らませながら爆睡していたらしい。
「あぁ、最初は死んだかと思って随分と焦ったが、医師の診断によると重度の睡眠不足によるものらしくてな。一先ず命に別状はないとのことだが、其方が目を覚ますまでの間、その二人を随分と心配させていたぞ」
そう言って、閣下はベッドの両隣に居る二人……両手で顔を覆って泣き崩れるティア様と、片手で顔を覆いながら、心底安心したように深々と溜息を吐いているユーステッド殿下を見た。
「よ、よかった……っ。お姉様が、死んでしまうのではないかと……っ」
「貴様と言う奴は……だからあれほどきちんと睡眠をとれと言ったではないか……! 報告を聞いた時は、心臓が止まるかと思ったぞ……!」
「あー……何か心配かけたみたいですみません」
どうやら体に蓄積された嬉しい悲鳴が、リミットオーバーしたらしい。脳内の快楽物質が枯渇して、そのままバタンキューってなった感じか
ここ最近は、研究したいことも沢山増えてきたからなぁ。多忙なのに苦にならないっていう状況が続いていたから、止め時を完全に失っていたし。
「いい加減に貴様は早急に生活を改めろっ! そうしなければ、今度こそ本当に死ぬぞ!?」
「うぐ……ひ、否定できない」
何しろ、つい先ほどまで寝不足で気絶していたくらいである。今回は辺境伯邸で倒れたから問題なかったけど、これが巨竜半島でだったらどうなっていたことか。
「…………っ」
ティア様もティア様で、何かを訴えかけるような涙目で私の手を強く握ってくる。
正直、そんな目で見られたら何も言えなくなってしまうんだけど……まるで私が悪いことしたみたいな気分になっちゃうじゃん。
「とにかく、今回の一件でハッキリした。貴様は自己管理ができる類の人間ではない。巨竜半島で生活をしていた時は日々の雑事が研究中断のタイミングになっていたようだが、こちらに移り住んでからはそれも失い、必要な物だけを与えていれば、今回のように却って自分の体調を考慮しない無茶をし始めるようになるという事がな!」
「そんな人を駄目人間みたいに……」
「実際にその通りだろう!? 自覚がないのか貴様は!?」
いや、まぁ確かにそうではあるんだけど……でもそれは仕方ないと思う。
だって目の前にドラゴンが居るんだもん。 寝るのとか二の次にして研究したくなっちゃうじゃん。
「叔父上、このような事を二度と起こさない為にも、アメリアの生活改善は急務でしょう。こうなったら、誰かしらアメリアの生活全般をコントロールする人間が必要になるかと」
「ふむ。であれば、あらゆる意味で丁度良いタイミングであったやもしれんな」
そう言って、閣下は懐から封筒を取り出す。その仕草に、私は強い既視感のようなものを感じた。
「ティアーユの体調快復の報告を受け、正妃殿下が国内向けにパーティーを開くことを決定した。これと同時に、帝国がドラゴン関連の事業を取り組むことを公表し、その中心人物となるアメリアのお披露目を行うとのことだ」
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