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だからNOT聖女だってば


「そんじゃあ、テオル先生。また今度話しましょう」

「えぇ。また今度」


 テオル先生の部屋を後にした後、肩にジークを乗せた私は屋敷を出て、兵士たちがヘキソウウモウリュウの走行訓練を行っているという草原へ向かうことにした。

 そんな忙しくも穏やかな日常が過ぎていく中、私は何時ものように巨竜半島に出向いたり、オーディスで飼育を始めたドラゴンの様子を要チェックしながら、相変わらずドラゴン研究に明け暮れる毎日を送っていたんだけど、今日はテオル先生と話をしてきたところである。


(魔力に関する病気の症状を緩和する魔道具か……テオル先生も頑張ってるなぁ)


 ティア様の主治医としてオーディスまで付いて来たテオル先生は、ティア様の経過観察の為だけではなく、とある理由でオーディスに滞在させてほしいとセドリック閣下に申し出ていた。

 それはゲオルギウス……シメアゲカエンリュウの魔力吸収能力を解析し、新たな医療魔道具を開発する研究をする為だという事だ。


(魔蝕病を始め、魔力そのものが原因になって色んな症状を出す病気がこの世界にはある)


 人類に多大な恩恵を与える半面、時に体を蝕む原因となる魔力……これを人体から抜き取ることで、ティア様みたいな魔力コントロールができない重篤な患者を救える魔道具を作るというのが、今のテオル先生の目標だ。

 ティア様とゲオルギウスの一件で、それは実現可能だって言うことは証明された形になるから、医学者としては研究する余地があるんだろう。


(流石に魔蝕病患者全員にシメアゲカエンリュウを一頭ずつ宛がうって言うのは現実的じゃないしね)


 忘れてはいけないことだけど、シメアゲカエンリュウはドラゴンの中では気性が荒い部類だ。管理できる範囲の数であればまだ大丈夫だけど、そう何頭も人間社会に混ぜることは出来ない。

 だからこそ、シメアゲカエンリュウの生態メカニズムを参考にした、新たな医療魔道具を量産できるようにしたいのだろう。セドリック閣下も、それは帝国にとって非常に有意義な研究だとして支援するつもりのようだ。


(……上手くいくと良いな)


 私は素直にそう思う。

 吸血ヒルを医療道具にするのと同様に、再生治療の研究対象となるイモリ、強力な免疫力から感染症からの生存率を高めるための研究対象となるワニなど、動物が人間の病気の治療に役立つケースは多々ある。そしてこの世界では恐らく初となる、人間の医療に役立つ動物研究の第一号に、ドラゴンが医学者に選ばれた訳だけど、それに協力しない私じゃない。

 そして協力した以上は上手くいってほしい……そう考えるのは当然だ。


(今後は色んな医学者が私に話を聞きに来るかもって、テオル先生も言ってたし、その時になったら私もドラゴンの生態の解明のための参考になる知識を色々と聞けるかな)


 もしそうなったらなったで楽しみだ。これはますます楽しくなってくるぞ。

 そう私はスキップしそうな気分になっていると……。


「失礼、少々よろしいですかな」


 街中で突然、横から声を掛けられた。

 一体何だろうと視線を移してみると、そこには白い法衣のようなものを纏った一人の男が立っていた。

 年頃は……テオル先生よりも幾らか年上だろうか? 白髪が目立つ年嵩の男は、一見すると穏やかな表情で私に話しかけてくる。


「突然お声がけして申し訳ありません。私、北聖創神会の司教を務めている者です。アメリア様で、間違いありませんでしょうか?」

「はぁ……? そうですけど……何か用ですか?」


 創神会……私でも一応知っている、この世界の一大宗教だ。

 でも北聖……って付いているのは知らないなぁ。


(エルメニア王国じゃあ、聖南って付いてたような気がするんだけど……?)


 その違いに思わず首を傾げていると、司教と名乗る男は恭しく私に頭を下げてきた。


「本日は、貴女を我ら北聖創神会へお迎えするために参りました、アメリア様」

「…………はい? 何で?」


 いきなりそんなことを言われて、私は思わず真顔で聞き返した。


「それって要は宗教勧誘? 私を? どうして?」


 ハッキリ言って、今の私は不信感しか抱いていない。

 当たり前である。私はそのような団体に勧誘されるような真似をしたつもりは一切ないのに、何が悲しくて宗教勧誘なんぞ受けなきゃならないのか。


「それは当然、貴女様こそがこの世に顕現した聖女、オニエスの化身であるからですよ」

「はいぃぃぃぃぃぃっ!?」


 しかし、そんな私から疑いの視線なんて軽く受け流し、司教はどこか光悦とした表情で、さも当然のように答えた

 聖女オニエスって、アレか? 私が神話に出てくるドラゴンを調伏した聖人その人だって、一時期ウォークライ領で噂になってた奴。

 あれは粘り強く説明したおかげで、領内では『聖女様』なんて呼ばれ方は段々無くなって来たと安心してたのに、まだそんなことを言ってる奴がいたのか。


(それどころか宗教勧誘って……)


 なんか悪化してない?

 司教の光悦とした表情も相まって、何かゾワゾワと嫌な感じが全身を駆け巡る。ただでさえ、聖女なんてガラじゃないってのに。


「ドラゴンを従え、ケイリッドで起きた火災を防ぎ、皇女殿下の病を癒したこの事実。これだけでも、貴女こそが聖女オニエスの化身であるということは自明の理です。創造の女神を信奉し、女神の加護と寵愛を受けた人間として、帝国に大いなる恩恵をもたらす使命が、貴女様にはあるのです」


 そんな私の様子に気付いていないのか、司教は好き勝手に言い始める。

 ……しかも厄介なことに、口に出す言葉や表情からは嘘は感じられない。割と本気で、私が聖女だって思い込んでそうな感じだ。


「僭越ながら、我々北聖創神会がそのお手伝いをさせていただきます。今こそ世界をこの国を神の愛で満たし、永久の繁栄を築こうではありませんか!」

()っ」


 そう言って差し出された手を、私は一言どころか一文字……いいや、それを飛び越えで一音だけで拒否すると同時に払いのける。

 何が目的かは知らないけど、勧誘するにしてもリサーチ不足が過ぎる。私がこんな話に乗るなんて、本気で思ってるんだろうか?


「な、何故です!?」

「私は神様とかには一切興味ないの。そんなのに関わってドラゴン研究の時間が削られるなんて冗談じゃない」


 別に、宗教や神様を信じる心までは否定しない。宗教だって、人間という動物が生きる為に編み出した生態活動の一部。好きにすればいい。

 ただし、それは個体差が激しく表れるものだ。傾倒する個体はとことん傾倒するし、興味のない個体はとことん興味が無く、その中間を漂うように行き来する個体だっている。

 私の場合、全く興味を示さない個体だ。だというのに、その自由を侵害して個体差を無視しようというのであれば、私だって抵抗する。


「そもそも、神様なんて実際にこの目で見たこともないし、研究対象として魅力的に映るかって言われると、何とも言えないんですよねぇ」


 なにせ相手は実在するかどうかも分からない存在だ。そんなのがドラゴンとどういう関わりを持っているのか、ドラゴンと接触することでどのような関係性を築くのか……そう言った私の知識欲を刺激するようなものも、神様の実在がきちんと証明されない限りは、イマイチ頭にピンとこない。


「という訳で、他を当たってください。私は興味ないんで」

「お、お待ちくださいっ!」


 私が踵を返して走り去ろうとすると、司教はすぐさま私の腕を掴んだ。

 チッ……! 年食ってる割りには思いの外素早くて、しかも握力あるな。私の腕力じゃ外せそうにない。


「どうか再考を! 貴女が神に遣わされた聖女であるのは確かであり、我々と共に人々に恩恵をもたらすのは運命なのですっ!」

「運命なんて言うのはこの世に存在しない。全ては生物的、現象的な力が作用した可能性の話です」

「貴女の力があれば、この国で苦しむ多くの人を救うことが出来るはず! 今こそその使命を果たす時なのでは!?」

「であれば、まずはその当人が直接私に頭下げに来いって感じです。行動も決断もしない、どこの誰とも分からない人間の為に動いてやる理由も無ければ、会ったことも無い神様とやらの使命を果たしてやる義理も無いですねぇ」

「い、いいからせめてお話を! 教会まで案内しますのでっ!」

「だぁああああああーっ! しつっこい!」


 いい加減イライラしてきた。ここは力尽くで撃退するか。

 ジークの力を借りるって言うのは流石に問題だから、ここは私のローリングソバットの出番だろう。フィールドワークで鍛えに鍛えた私の脚力を見せる時だ。


「そこで何をしている?」


 そこで足を僅かに上げた瞬間、聞きなれた声が聞こえてきた。

 振り返って見てまず初めに視界に映ったのは、風に靡くサラサラした黒髪。


「あ、ユーステッド殿下」

「ユーステッド……だ、第二皇子殿下!?」


 突然の権力者の登場に驚いたのか、司教は慌てた様子で私から手を放す。

 その隙を突くように、ユーステッド殿下は険しい表情を浮かべながら、まるで私を守るように、私と司教との間に体を割り込ませた。


「遠くから少し話が聞こえたが、この者は我が辺境伯軍の顧問研究者だ。何か用事があるのであれば、まずは我々に話を通してもらおう」

「い、いえ……ですがその方は、女神に遣わされた聖女で……」

「仮にそうであったとしても、当人は拒絶している。我が国の平民には就職先の自由が認められており、相応の理由もない特定の職種の強要は明確な法律違反に当たる。我々とて、彼女本人からの了承を得た上で、顧問研究者としての地位に就いてもらっている立場だ」


 そう言うと、殿下は威嚇するように腰に差してある剣の柄に軽く手を置いた。


「少なくとも、教会には他者を所属するように強要することが出来る権限はないはず。にも拘らず、彼女に教会への所属を強要しているようであれば、話を聞く必要があるが……?」

「そ、それはその……! し、失礼いたしましたっ!」


 これは相手が悪いと思ったのか、司教は脱兎のごとく逃げ出す。女神だの運命だの言ってた割りには、権力には弱いらしい。


「二度と来るなよーっ! ……いやぁ、助かりましたよ殿下。ナイスタイミング」

「気にするな。私も巡回中だったというだけの事。職務を果たしたに過ぎん。……掴まれた腕に怪我はないか?」

「あー、大丈夫大丈夫。それにしても随分と強引な勧誘でしたねぇ……聖職者って、大体あんなもん?」

「全てが……という訳ではないがな。だが少なくとも、帝国では八十年ほど前に政教分離政策が施行されたことで、北聖創神会の権威が民間団体レベルにまで落ちた経緯がある」


 ユーステッド殿下が言うには、創神会と一口で言っても一枚岩ではなく、教えの解釈ごとに幾つもの派閥に別れて対立しているらしい。

 特に北のアルバラン帝国と南のエルメニア王国の国境を境に、北聖会と聖南会の二つの宗派に別れた両者は、まぁまぁ仲が悪いそうだ。


「エルメニア王国を本拠地とする聖南創神会は今、カーミラ王女を聖女として迎え入れたことで権威が上がってきている。政治に干渉することも禁じられた北聖創神会が、それに対抗するために聖女オニエスの化身と噂されているお前を引き込もうと躍起になるのは、ある意味当然だろう」

「あー、なるほど。自分たちの組織っていう群れを維持するために、向こうも必死だったってことですか」


 理解した。確かに自分たちが生きるために形成した群れが崩壊するかもってなったら、手段を選ばないくらい必死になるのも当然だろう。

 ……もっとも、それに私が付き合ってやる義理は全くないんだけど。


「この際だから忠告するが、お前のこれまでの活躍は、様々な尾ひれを付けて世界各地へ広がってきている。個々の意図や目的は違えど、今後もああした人間からの接触があることだろう」

「うへぇ……マジっすか」


 私は思わずげんなりした。あんなしつこい奴が今後も現れるとか聞かされたら、当たり前だ。


「……案ずるな」

「殿下……?」

「お前にはほとほと手を焼かされているが……それでも、ケイリッドやティアーユの事を始めとした、多大な恩義があることは忘れていない。その恩を返す意味でも、ああいった手合いの人間からお前の研究生活をより快適にし、守ることは出来る」


 これから面倒な人間からの干渉を対処しないといけないのか……そんな風に気落ちする私に、ユーステッド殿下は真っすぐで力強い視線と言葉で告げる。


「だからお前は、己の為すべきことを存分に果たすがいい。例え政治権力の手がお前に向かって来ていても、第一皇子派が……辺境伯軍が……そして私が、お前を守る」

「……殿下」

「それに……」


 キリリと凛々しい目で宣言したユーステッド殿下だけど、何を思ったのか、次の瞬間に心底悩ましい表情で額に手を当てた。


「お前のような奴を下手な勢力に移せば、多くの人間に多大な迷惑を掛けるだろうからな……目の届く場所に居てくれた方が監督しやすく、余計な心配に悩まされる必要が無いのだ」

「私の感動返してください」


 大真面目に何言ってるんだ、この人は……まぁ言ってることは全然否定できないけど。仮に教会に籍を置いても、ドラゴン研究の為なら、教会が勝手に決めた戒律とか平気で破ると思うし。

 ……でも、そっか。適当な嘘や気休めなんて言わないこの人がここまで言うんなら、私も信じてみようかな。


「私の研究環境を守るっていうんなら、風呂とか掃除とか洗濯とか、余計なことに時間を取らせないでほしいですけどねー。ちょっとくらいサボったって死にはしないんですから」

「戯けっ。貴様はこちらから言わなければ、何時まで経っても風呂に入らず掃除もしないではないか。研究の資本たる健康を守る為にも、我々が目を光らせておかねばならんだろう」


 そんな会話をしながら、私とユーステッド殿下は並んで歩き出す。

 ドラゴンの騎乗訓練中の兵士たちと合流するまで、殿下は私に付いてきてくれた。



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 二人の絆(らぶ)に乾杯。
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