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難破と騒動と第二皇子


 第二皇子……生まれ持って得ていたその肩書は、権力を持ち、裕福な暮らしができる選ばれし者である証であると同時に、呪いであった。

 彼はアルバラン帝国の皇帝の元に生まれ、幼い頃から文武に優れ、更には容姿にまで恵まれるという、まさに天から二物を与えられたかのような男である。

 しかし、幸せというものは確固たる形がなく、他人から見て幸福にしか見えない生い立ちも、当人の目にも同じように映っているとは限らない。


 自身の生い立ちをそのように感じる一番の要因は、彼は皇族でも妾腹……城の下働きとして働いていた平民の娘に、皇帝である父が戯れに手を出して生まれたからだった。

 どこの国でも同じようなものだが、高貴な血筋に庶民の血が混じった者は疎まれる傾向にある。上流階級にありがちな凝り固まった選民思想は、時に人が人を思いやる心を奪うのだ。

 当然、皇帝の御手付きとなり、第二皇子を身籠った平民の母は色んな方面から悪意を向けられた。そのくせ、事の発端となった皇帝は、身の置き場の無い母に対して早々に興味を失い、第二皇子も、その母も、皇宮という政治的な魔窟の中で取り残される羽目になった。


 これで親子共々、市井に下されるなら、話は違ったかもしれない。決して裕福ではないにしろ、皇宮の悪意から遠ざかり、心穏やかな人生を送れたかもしれない。

 しかし、そうはならなかった。例え下賤の血が流れていても、皇族は皇族。反体制派の人間に身柄が渡れば、反乱の旗印に使われかねないのだ。

 そんな帝国政府の思惑から、第二皇子は悪意に晒されながらも皇宮で生きることしかできなかった。


 余りの気苦労から母は心労によって早くに亡くなり、数多く存在する腹違いの弟妹達からも、その親である皇帝の側室たちからも毎日のように虐げられる。家臣たちも口では丁寧な物言いをしているが、慇懃無礼な態度をとる者も少なくなく、平民の血が流れているからと見下してきて、問題行動を起こされることも珍しくない。

 せめてもの救いは正妃と、彼女が生んだ皇子皇女たちが自分を庇い立て、良くしてくれたことだが、それでも妾腹の第二皇子にとって、皇宮と言うのは非常に生き辛い場所だった。


 しかも、そんな第二皇子に追い打ちでもかけるかのような事態が頻発するようにもなった。

 第二皇子が成長するにつれて、様々な女性から、〝襲われた〟と言っても過言ではない、度を越えたアプローチを受けるようになったのだ。

 これも上流階級ではよくあることだが、高貴な身分の人間と既成事実を作ることで、自分も位の高い人間になろうとする者は、何時の時代も一定数存在する。

 特に第二皇子の場合、生まれ持った容姿や才覚が良すぎるのも問題だった。


 女性が羨むほどの艶やかな黒髪に、涼しげな切れ長の瞳が特徴的な端正な顔立ち、程よく筋肉が付いた彫像のような長身。いずれも世の女性を虜にするには十分であり、そこに地位や才覚が加わって、母親の身分の低さを補うだけの評価を、多くの女性から受けることとなった。

 ……主に、悪い意味でだが。


 今まで庶民の血が流れている王子と見下してきていた令嬢が、成長するにつれて欲望にギラついた目をしながらすり寄って来るだけならまだ可愛いもので、寝静まった夜中に、顔と玉の輿狙いの侍女に寝室に忍び込まれたり、酷い時には、五十路を過ぎた未亡人に媚薬を盛られそうになったことまであった。

 ちなみにこれらは、人生でも特に多感な年頃である、十歳から十五歳の間に起きた出来事である。問題が大きくならないように自分を律し、今まで一人も殴らなかったことを、第二皇子は自分で自分を褒めたいくらいだった。


「う……っ。こ、ここ……は……?」


 ……と、自分のこれまでの人生を悪夢と言う形で振り返っていた第二皇子は、ゆっくりと目を覚ます。

 先ほどまで見ていた過去の夢のせいで気分が悪い。その上、妙に硬い場所に寝ころんでいたらしく、全身が痛い。

 これまでの人生で、トップクラスに悪い目覚めを経験した第二皇子は首を動かして辺りを見渡すと――――。


「あ、起きた」


 小柄でやたらと目つきの悪い、ボサボサの色褪せたような薄い鼠色の長髪をした若い娘が、第二皇子の顔を覗き込んだ。


   =====


 巨竜半島には、水源となる山から海まで続く川が幾つもある。

 人の手が全く及んでなく、大気汚染もない、自然そのものの半島の川はいずれも透明度が高く、水源に近い山中の水は煮沸せずとも飲めるくらいだ。

 そんな巨竜半島の水源の近く。無数の岩石ばかりで植物が少ない渓流の傍に、私が生活している拠点はある。


 家と呼べるほど大層な物じゃない。ドラゴンの力を借りて大岩をコの字状になるように設置して隙間を小石などで埋め、更にその上に太枝とワラを蔓で束ねた屋根を被せた、スケールの大きい子供の秘密基地みたいなものだ。

 所謂、ブッシュクラフトって奴である。それと同じのを三つほど作り、生活用、資料作成用、食糧貯蔵用として活用。文明人と呼べるような生活ではないけれど、どーせ私一人で他に誰か人がいるわけでもないので、開き直って野生に帰り、毎日開放感全開で暮らしていた。


(そんな私の拠点に、初めて人間が……)


 海上に浮かぶ難破船を見つけた後、近辺の海流的に、人間が巨竜半島に流れ着いているんじゃないかと思った私は、スサノオの背中に乗って半島の海岸を探索することにした。

 何が原因で難破したのかは分からない。探索の途中、水夫と思われる水死体を幾つか発見し、これはもう乗組員は全滅したんじゃないかと思いながら手を合わせていたんだけど、何と一人だけ生存者を見つけたのだ。


 それが今、拠点がある渓流の脇で、敷き詰められた落ち葉のベッドの上で寝ている、黒髪ロン毛の男である。

 砂浜に打ち上げられているところを発見し、息をしているのが分かったので、ドラゴンたちに協力を仰いで拠点まで連れて帰ってきたわけだ。

 ……本当なら拠点に連れて帰るのは抵抗あったんだけど、私だって、死にかけの人間を見捨てるほど冷酷じゃない。これと言って頼れる人間も居ないし、食料や最低限の医療品が揃っている場所って言ったら、もう此処しかなかったのだ。


(助けたことへの見返りまでは求めないけど、どうか後悔するような結果にだけはならないでほしいなぁ……)


 そう不安に思っていると、寝ていた男が呻き声を上げる。

 咄嗟に視線をそちらに向けて見ると、男はしっかりと目を開いて辺りを見渡していた。


「あ、起きた」


 とりあえず大した怪我もなく、命に別状は無さそうだ。その事に安心しながら声をかけた……その瞬間、一気に目を見開いた男は跳ねるように起き上がりながら私から距離を取り、何もない腰に手を当ててから思いっきり顔を顰める。

 動作的に、多分剣か何かを抜こうとして、それが無いと気付いたんだろう。男はサラサラの黒髪をなびかせながら、やたらと目つきの悪い顔で私を睨みつけ、近くに落ちていた木の棒を手に取り、その先っぽを私に向けた。


「何者だ、女! 他の乗組員たちはどうした!?」


 ……前言撤回。動けない程度に弱ってた方が良かったかもしれない。

 なんでわざわざ助けてやった側の私が、助けられた側の男に木の棒を向けられて睨まれなくちゃいけないんだ。


(いや違う、問題はそこじゃない……!)


 よほど警戒心が強い性格でもしているのか、それとも別に理由でもあるのかは分からないが、この男が私に対して強烈な敵意を向けているのは間違いない。

 私自身は、別にこの男から嫌われたって究極的にはどうでもいい。危害さえ加えてこず、大人しく巨竜半島から出てってくれれば御の字だ。

 問題は、誰に対してとか関係なく、今この場で、強い敵意や怒気と言った苛烈な感情を周囲に撒き散らしたことである。


(いけない……刺激される(・・・・・)……!)


 そう思った時にはもう遅かった。

 ドスン……ドスン……という、大きな足音が地鳴りと共に響き、音がした方に視線を向けて見ると、そこには翼を持たない代わりにガッシリと太い四本の脚で地面を踏みしめる、牛のように前に向かって伸びる一対の巨大な角を頭を生やしたドラゴンが、ゆっくりと向かって来ていた。

 実はこのドラゴンこそ、この男をここまで運ぶのを手伝ってくれた個体である。別れたのも先ほどの事だったから、まだ近くにいるとは思っていたが……。


「グルルルル……」


 角から魔力の燐光を発し、通常よりも瞳孔が鋭くなり、喉から肉食獣のような唸り声……威嚇音を鳴らしながら近づいてくるドラゴン。

 興奮状態になりかけている。その事を私が察すると同時に、背中にいた男は明確な恐怖と敵愾心が入り混じったような表情を浮かべ、絶叫した。


「ド……ドラゴンだとぉおおおおおおおおっ!?」


 その叫びに呼応するかのように、目の前のドラゴンも咆哮を上げる。

 辺り一面をビリビリと振動させ、周囲の木々をも揺らすほど爆音が鳴り響く。咄嗟に両手で耳を塞ぐことで鼓膜が破れるのは防いだが、それでも耳穴の奥に痛みを感じるほどだ。

 きっと、大抵の人間ならこの時点で腰を抜かして恐怖に震えるんだろう。しかし、中には例外的なのもいるわけで……。


「まさかドラゴンと遭遇することになろうとは……!」


 その例外が、どうやらこの男らしい。ドラゴンを前にしても恐怖に屈さず、必ず生き残ってやろうという、強い意志の光を目に宿し、全身から魔力と戦意を迸らせながら、手に持っている木の枝を剣に見立てたように構える。


「だが私はこのような場所では死ねんっ! 必ずや生きて戻「せいっ」ぶっ!?」


 その瞬間、ダッシュで男に近付いた私は、その両頬を挟むように、同時に平手打ちを叩き込む。

 バチンッ! という高い音が木霊し、目を白黒させていた男は、次第に私に向けて怒りの視線を向ける。


「き、貴様! 一体何を……!?」

「いいから黙っててくれません? 下手なことしてドラゴンを刺激しないでください。深呼吸をして気持ちを落ち着かせましょう」

「は、はぁ!? そんなことをしている場合では――――」

「いいからやれ。死にたくなかったら私の言う通りにしてください」


 意識的に気持ちを落ち着かせつつ、男の目を至近距離で覗き込みながら有無を言わせずに平坦な声で告げると、男はひたすら困惑した様子になった。

 それはそうだろう。人食いドラゴンを前にして、私のしていることは何もかもイカれているように見えて当たり前だ。

 しかし、これで一時的とはいえ害意が消えた。今はこれで十分……そう判断した私は、ゆっくりとドラゴンに向かって歩み寄った。


「ごめん、驚いたでしょ。いきなりのこんなのが出てきてビックリしたよね。私のせいだ、本当にごめん」


 そう心を平静に保ちながらゆっくり近づくと、ドラゴンの鼻から「フーッ、フーッ」という息を吐くような音が聞こえた。

 ドラゴンが興奮している合図だ。犬などの動物にも見られるもので、ドラゴンの場合だと臨戦態勢に入る兆候を現している。


「いきなり喧嘩売られて怖かったでしょ。大丈夫、見てたでしょ? アイツは私がよーく懲らしめといたからさ。本当、ごめんねー」


 それに構わず、私はドラゴンの顔を優しく撫でつけ、口調は穏やかに、しかし強く訴えかけることをイメージしながら、興奮したドラゴンを宥めた。

 時間をかけて丁寧に、この個体が撫でられて落ち着く箇所をゆっくりと手で探りながら、かつて私がしてもらったみたいに、ドラゴンの顔に自分の顔を擦り付け続ける。

 するといつの間にか、ドラゴンの口から洩れる吐息の間隔が長くなっていく。同時に威嚇音も小さくなっていくのを確認した。


「さぁ、これ食べな。美味しい奴。怖がらせたお詫び、ほいっと」


 そのタイミングで、私はローブのポケットに忍ばせていた、とびっきりの餌をドラゴンの口に放り込む。

 するとドラゴンはジーっと探るように私を見つめてきて、それに対して私も心を穏やかにしたまま見つめ返す。

 そうすることしばらく……ドラゴンは別のことに意識を向けたかのようにそっぽを向き、そのまま踵を返してどこかへ歩き去っていった。


「ば……馬鹿な……あの狂暴なドラゴンを、あんなやり方で退けた……だと……!? き、貴様は一体、何者なのだ……!?」

「いや、それ私のセリフなんですけど」


 信じがたいものでも見るかのような視線を送ってくる男に、私は思わずツッコミを入れる。

 事ここに至るまで、私はこの男の正体はおろか、名前すら把握していない。まぁそれはお互いさまではあるんだろうけど……正直な話、大層な正体なんて無い、人間社会では何者でもない私の正体よりも、水夫にしてはやけに身なりの良い恰好をした男の正体の方が気になる。


「とりあえず、お互いに自己紹介しません? お互い、聞きたいことがあるでしょうし」

「む……確かに、その通りではあるか」


 ようやく落ち着きを見せた男は、構えていた木の枝の先を地面に向け、懐に手を突っ込んである物を取り出す。

 それは懐中時計だった。精緻な細工が施され、一目見るだけで高級品だと分かる代物で、その蓋の部分には家紋か国章と思われるものが印されていた。


「私はアルバラン帝国第二皇子、ユーステッド・グレイ・アルバラン。竜を鎮めた娘よ、そちらの名と正体を知りたい」



 


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