幕間・懲りない少女の数奇な人生
私には前世の記憶がある。
前世の私は可愛くて、お父さんもお母さんも一杯大切にしてくれて、学校でも先生やクラスの子皆と仲良くなれる、お姫様みたいな特別な女の子。
何をしても許されてたし、どんなお願いだって皆が一生懸命叶えてくれたの!
『お姉ちゃんのお洋服、良いなぁ』
そんな私には、お姉ちゃんが居た。
お姉ちゃんって言っても双子なんだけど、あんまり私と似ていない。私みたいに可愛くないし、私みたいに皆から好かれていない……むしろ嫌われてたのかも?
でも仕方ないかなって思う。だってお姉ちゃん、何時も怒ってるみたいに目つきが怖いし、私に意地悪ばっかりするんだもん。
『ねぇお姉ちゃん、そのお洋服、私も欲しいっ! ちょうだいっ!』
『やだ。自分のあるんだからそっち着なよ』
お姉ちゃんは素敵な物を沢山持っていた。お洋服も、お人形も、文房具も、髪留めも、お姉ちゃんが持っている物は何でもキラキラ光ってるみたいに見えて、すっごくすっごく羨ましかった。
だから『頂戴』ってお願いしたの。そんなにたくさん持ってるんだから、ちょっとくらい良いでしょって。でもお姉ちゃんは何時も決まって首を横に振る。
その事が悲しくて悲しくて、私はいつもお姉ちゃんに泣かされていた。だからお姉ちゃんはとっても意地悪な人なの!
『どうしよう……お皿割っちゃった……! お姉ちゃん、何とかしてよっ』
『無理。フツーに謝った方が良いよ』
私がお皿割っちゃった時だってそう!
あの時のお姉ちゃんは、私を守ってくれなかったし、怒ってるお母さんに謝れって言うんだもん。
そんな事したら、私が怒られちゃうっ。だからお姉ちゃんのせいってことにしたの。嘘を吐くのは悪い事って学校で習ったけど、私を守ってくれないお姉ちゃんが悪いんだもんっ!
でも、そんな可哀そうな私だけど、お父さんもお母さんも、学校の先生もお友達も、皆私の味方になってくれたから平気なの。
『■■は何も悪くないわ。悪いのは妹のお願いも聞かないお姉ちゃんよ』
『そうだ。こんなに可愛い妹を蔑ろにするなんて、なんて酷い子なんだ』
『こんな事を言うのは何だけど……お姉さんはちょっと冷たい子よね。妹さんの方はこんなに利発で可愛らしいのに』
『■■ちゃん、可哀そう……●●ちゃんは意地悪ばっかりで酷いっ!』
そうやって味方になってくれる人たちのおかげで、私は意地悪なお姉ちゃんから守られた。
お姉ちゃんの物も手に入るようにしてくれたし、お皿割っちゃった時みたいに何かあった時はお姉ちゃんのせいってことにしてくれたし……私はお姉ちゃんみたいに素敵な物を沢山持っている訳じゃないけど、その分大切にしてくれる人に囲まれてた。
(きっとお姉ちゃんに足りないのは、こういう人望っていうものだと思う。だからお姉ちゃんの味方をしてくれる人がいないんだ)
そうして、周りの皆が仲良くしてくれたおかげで色んな物が集まってくる私とは正反対に、お姉ちゃんの周りからは人も物もどんどん無くなっていった。
人はともかく、あんなに素敵な物に囲まれてたお姉ちゃんだったのに、一体どうしたんだろうって思ったんだけど……。
(どうしてだろう……お姉ちゃんが羨ましいって思っちゃう……)
もう何もないはずなのに、素敵に思えるような物なんて、何一つ持ってない筈なのに……お姉ちゃんが羨ましいって気持ちが消えてくれなかった。
物なんて無くなって、人から嫌われてたって、『別に何とも思ってません』って言ってるみたいな、平然とした顔と目を見ていると、無性にそんな気持ちが湧き上がってくる。
私には、その理由が全然わからなくて、具体的に何が羨ましいのか分からなくて、だから『頂戴』ってお願いも出来なかった。
その事が苦しくて苦しくて仕方がなかった。私じゃ絶対に手に入らない何かをお姉ちゃんだけが持っていて、どんなにおねだりしても手に入らない……その事が直感で分かっちゃったから。
(だからお姉ちゃんが病気で入院した時は、ちょっと安心しちゃった)
あのままお姉ちゃんが近くに居たら、どうにかなっちゃいそうだったから。羨ましいのに手に入らないなんて、そんなの耐えられないもん。
それでもお姉ちゃんは私の大切な家族だから、お見舞いには行こうと思ったけど、お父さんやお母さんにはそう切り出せなかった。またあの平然とした目を見せられたら、どうすればいいんだろうって思ったから。
(結局、入院してからは最後まで会えないまま、お姉ちゃんは死んじゃった)
お葬式も開かれなかった。お父さんやお母さんは、『お金と時間の無駄』って言ってたから。
私もそれが良いって思った。何も持ってないのにキラキラ光ってたお姉ちゃんと、どう接すればいいのか分からなかったし、お葬式なんて開いたら、そんなお姉ちゃんの姿を思い出さなきゃいけないような気がして怖かったから。
(それからは、お姉ちゃんが居ない人生が始まって、私はもうお姉ちゃんのことを気にせずに楽しく暮らせるって……そう思ったんだけど)
お姉ちゃんが死んでしばらく経った頃、私が高校の友達の綾子ちゃんの彼氏である、健司君と浮気してたのがバレた。
最初は綾子ちゃんに悪いって断ったんだけど、健司君は私の方が可愛い、好きって凄く強引に迫ってきたから。
それに健司君はカッコ良かったし、綾子ちゃんが羨ましかったから。だからちょっとくらい良いよねって、綾子ちゃんは私のことが大好きだから許してくれるよねって、そう思ってた。
『最低っ! 大っ嫌いっ!』
でも綾子ちゃんは許してくれなかった。泣きながら私にビンタして、『もう絶交だ』って。
そこから先は、私の人生はどんどん歪んでいった。
綾子ちゃんが私と健司君の浮気を友達皆に教えちゃって、皆が私の事を汚い物を見るような眼を向けるようになって絶交されちゃうし。他の子たちも私の事を意地悪な眼で遠巻きに見ながらヒソヒソ悪口言うの。
『悪い、俺たちもう終わりにしようぜ』
私に浮気を持ち掛けてきた健司君だって、周りからヒソヒソ言われるようになったら、私から離れていった。
こうなったのも全部健司君が悪いのに酷い。私は悪くないのに……そう皆に訴えたけど、誰一人聞き入れてくれない。
こんな事は人生で初めてだったけど、悪い事は雪崩を打ったみたいに立て続けに起こる。
『退学処分だ。理由には心当たりあるな? 高校生でありながら飲酒に煙草に不純異性交遊……ここまでやらかされたら、先生も庇えん』
酷いことに、私は高校を辞めさせられちゃった。でもこれだって私は悪くない、悪いのは健司君だ。
私と浮気を始めた少し前くらいから、健司君は綾子ちゃんにも隠れて、煙草とかお酒とかを口にして、エッチなことも一杯している人たちと友達になってた。
そんな健司君やその友達に勧められて、私もそういうことをしてただけ。なのに退学なんて酷いっ! 酷過ぎるよっ!
私は必死に訴えたけど、先生たちは聞く耳を持ってくれなかったし、綾子ちゃんたちも庇ってくれなかった。それで結局私は退学させられちゃって……家族の関係まで変になっちゃった。
『お前の教育が悪かったんじゃないのかっ!? 普通の高校生なら、こんな馬鹿な真似をして退学になんてならないだろ!? なのにお前が甘やかしてばっかりだからこんな風に……!』
『何よ!? それは貴方も同じでしょう!? ■■に言われるがままに玩具や洋服を買うお金を出してきたのは父親である貴方じゃないっ!』
私が退学になったことが切っ掛けで、両親は毎日喧嘩をするようになった。
あんなに仲が良くて優しい、私がお願いすると何でも叶えてくれた素敵な両親だったのに、今ではずっと怖い顔ばっかりしていて、私のお願いも聞いてくれない。
それどころか、新しいバッグが欲しいとか、綺麗なアクセサリーが欲しいっておねだりすると、凄い怖い顔をして、私の事を一杯叩いて怒鳴ってくるようになっちゃった。
『こんな時に何を馬鹿な事を言っているの!? 誰のせいでこうなったのかくらい、理解しなさいよっ!』
『そうだ! お前の為にどれだけ金をかけてやったと思っている!? なのに親にこんな恥を掻かせて!』
そう言って、私の事を叩いてくる両親。痛い、止めてってお願いしても全然止めてくれなくて、私はなんて酷い親だと思った。長年一緒に暮らしてきた二人がこんな人たちだなんて、思いもしなかった。
友達も先生も両親も、あまりにも理不尽。そんな人たちに苛められるなんて、私はなんて可哀そうなんだろう。
『どうしてこんな頭の悪い馬鹿で我儘な子になっちゃったの……? …………同じ双子でも、詩弦はあんなに大人しかったのに』
そんなある時、お母さんは詩弦という名前を口にした。
死んだお姉ちゃんの名前だ。それを聞いたお父さんも、何かに気付いたかのような顔をする。
『そうだ……詩弦はこんな問題を起こすような子じゃなかった。俺たちに手間を掛けさせない良い子だった』
『でしょう? 詩弦は子供の頃からいつも冷静で、■■と違って我儘も言わなかった』
『詩弦の方が■■よりも頭が良さそうな感じだったな。顔立ちも、どこか冷静な性格が出ている感じで……』
『詩弦はお金のかかる我儘も言わなかったわ。それに引き換え、毎月大金をつぎ込んで育ててきた■■は……』
『…………今思えば、俺たちの本当の子供は、詩弦だったんじゃないか?』
「…………そうよ。私たちが手間を掛けるべきだったのは、こんな我儘ばかりのバカな子じゃなくて、冷静で頭が良さそうで、自慢の娘になりそうな詩弦だったのよ……私たちは、愛嬌だけの■■に騙されたんだわ』
それから、両親は私を死んだお姉ちゃんと比べながら怒るようになった。
お姉ちゃんは私と違って頭が良かったはずだ、お姉ちゃんなら私みたいに問題を起こさなかったはずだ、お姉ちゃんなら良い学校とかに入って自慢の娘になったはずだって……毎日毎日。
それをよりにもよって、今までお姉ちゃんなんて居なかったみたいに扱ってた両親が言うのが嫌になって、何時しか限界が来た私は夜中に家を飛び出し……そのまま、石階段を踏み外して死んじゃったの。
(……ロクな人生じゃなかったなぁ……)
そんな人生の幕切れに、悲しくて悲しくて仕方がなかったけど……神様は私の事を見放してなんて無かった。なんと私をお姫様に生まれ変わらせてくれたの!
お姫様みたいな……じゃない。地球じゃない異世界の、エルメニアっていう国の王族! 何をしたって許される、何でも願いが叶えられる、正真正銘本物のお姫様に!
(きっと神様が、可哀そうな私の人生を憐れんでくれたんだわ!)
こうなるのも当然だと思った。だって私の前世の最後は酷い事ばかりだったもの。神様が助けてくれて当たり前なのよ!
(きっと前世の人生は何かの間違いだったのよ。今度こそ、最高に楽しい人生を送るのだわ!)
それからは、私の本当の人生が始まった。美味しい食事も、可愛いドレスも、綺麗な装飾品も、お願いすれば何でも揃えてくれた。お父様やお母様、お兄様たちや使用人たちは、私の事を天使みたいだって愛してくれたわ。
でも王族って忙しいみたい。まだ小さい私だって色んな習い事を押し付けられるし、家族との時間が中々取れないのが不満ね。
(でもそんな時でも、ターニャが傍に居てくれたから寂しくないわ)
ターニャは私が生まれてすぐに付けられた侍女頭。私のどんなお願いも聞いてくれて、毎日私に優しく接してくれる、二人目のお母様みたいな人。
他にも私を可愛がってくれる使用人だって沢山いて、私の第二の人生は毎日充実して過ごしていたの。
(……だけれど、ちょっと色んな事が起こって大変だったわ)
七年位前だったかしら? お隣のアルバラン帝国って言う国のお城まで、国際交流パーティーって言うのに参加しに行ったのだけど、そこで私はお人形みたいに綺麗で小さな金髪の女の子が、私と同じくらいの歳の凄くカッコいい黒髪の男の子と一緒に居たのを見かけたの。
もうビックリした! だってその男はまだ子供だったけど、健司君よりも全然素敵だったんだもん!
(羨ましい、欲しい!)
私はすぐにそう思った。だから私は挨拶回りが終わると、すぐに男の子を探しに行ったんだけど、見つけられたのは、お城の正面出入り口前で侍女を数人控えさせた女の子の方。男の子の方はいなかった。
でもそんなの関係ない。だって私はお姫様、すっごく偉いんだもの!
『ねぇねぇ! 貴女の傍に居た黒髪の男の子、すっごく素敵ね! 私に頂戴っ!』
お姫様になってからは、私が一言言えば人であっても私の物にすることが出来た。私が普段から傍に控えさせているカッコいい執事も、面倒見が良い侍女も、そうやって私付きにした使用人たちだ。
婚約者や家族と過ごす時間がーとか、よく分からないことを言ってたけど、ターニャが「臣民は王族に仕えることが最優先」って言うから、問題ないわよね?
だから今回も、私が望むままにあの男の子が私の物になるんだって楽しみにしてたんだけど……。
『お、お断りします。ユーステッドお兄様は、物などではありませんから……!』
まさか断られるなんて思わなかった私は、思わず泣きそうになった。
だって私はお姫様なのよ? そんなお姫様の言う事を聞かないなんて、この女の子はなんて酷い子なんだろう!?
諦めきれずにおねだりし続けたけど、女の子が全然言う事を聞かないせいで、私もだんだん頭に来ちゃって……。
『意地悪っ! 一人くらい良いじゃないっ!』
思わず、女の子を突き飛ばしちゃったの。
多分、周りの侍女たちも私がそんなことをするなんて思ってなかったんだと思う。咄嗟に止めようとしたけど間に合わなくて、女の子は階段から落ちちゃった。
階段って言っても、三段くらいしかない短いのよ? そこから落ちたって大した怪我なんてしない筈なのに、女の子は顔色を悪くしながらグッタリとして動かなくなってて、侍女が悲鳴を上げたせいで色んな人が集まってきたのを覚えてる。
(ど、どうしよう……)
後から聞いたんだけど、その女の子は帝国のお姫様……つまり私と同じくらい偉い子だったみたい。
それで怒った帝国の偉い人たちが、私に責任を取れって迫ってきた。慰謝料を払うからってお父様たちが説得したけど、全然聞いてくれなくて……私がどうしよう、どうしようって泣きそうになっていると、ターニャが助けてくれた。
『ご安心ください、姫様。全てはこのターニャにお任せください』
そう言うとターニャは、表向きは私は巨竜半島って言う恐ろしい化け物が沢山いる場所に送られたことで反省したってことにして、実際はターニャの子供を身代わりに送ることを提案した。
この話に私も喜んで飛び付いた。身代わりになる子はちょっと可哀そうだけど、お姫様の為なんだから仕方ないわよね。何より親であるターニャ自身が提案してきたんだし、私は悪くないわ。
そんな経緯があって、身代わりになるターニャの子がお城にやってきた。そこから馬車に乗って、巨竜半島に送られるその子の顔を見に行ったんだけど……。
(何でだろう……お姉ちゃんの事を思い出しちゃった)
その子……アメリアの目つきを見ていると、前世のお姉ちゃんの事を思い出した。
突然呼び出されて困惑してたけど、何とか状況を把握しようとしているみたいな……十歳なのにどこか大人びて見える、そんな目がお姉ちゃんを思い起こさせる。
その事にちょっと嫌な気分になったけど、おかげで私は今もこうして相変わらずお城で元気に過ごせている……いいや、それ以上に人生が華やかになった。
『聖女様、バンザーイ!』
『神の慈悲と寵愛によって、ドラゴンの爪牙から逃れた奇跡の乙女!』
『我らに恩恵をもたらす存在!』
何と私は、王女にして聖女って言う、なんだかもう凄い立場になっちゃったの!
よく分からないけど、この国では巨竜半島から無事に戻ってきた人は聖人になって、色んな奇跡を起こして国に恩恵をもたらす存在になるっていう言い伝えがあるんだって。
私は実際に巨竜半島に行ったわけではないけど、教会の偉い人や家族、ターニャも私が聖女だって言ってるし、別に問題ないわよね?
(でもこれが私の本当の人生! 誰もが私を愛して、言うことを聞いてくれて、何でも上手くいっちゃうなんて、私の人生はバラ色だわっ!)
そう、思っていたのだけど…………私がこれと言った奇跡も起こさず、恩恵をもたらさないまま七年が経った頃、アルバラン帝国からある話が伝わってきた。
巨竜半島に住み着きながら、恐ろしいドラゴンを従える竜の聖女って呼ばれてる人の話。
その力で隣国の第二皇子を救って、火災が起こった村を守って、帝国の軍隊を強くして、病気に苦しむお姫様まで助けちゃったって言う、私が思い描いていた奇跡を起こす聖女のような事をしていて、神話に出てくる聖女オニエス本人だって言われている人がいると。
……その人の名前は、七年前に見たのと同じ、鼠色の髪をしたアメリアって言うらしい。
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